「反ナポレオン考 時代と人間」(両角良彦/朝日選書)

・総括

 近代フランス史の知識のある者には物足りない内容ではあるが、入門書としてはわるくないように思う。

 両書を読んでいないのならば、「ナポレオン フーシェ タレーラン 情念戦争1789-1815」(鹿島茂/講談社学術文庫)のほうを薦める。

 タイトルが実にすばらしいのだが、羊頭狗肉の感がある。時系列で話を進めるのではなく、掉尾に置かれていた「タレイラン」「フウシェ」のように、人物ごとにナポレオンとの関りを書いたほうが、おもしろい評伝になっていたのではないか。

 文章はうまくて、今書いている小説の参考になった

 また、一八〇四年に帝位につき、姓を捨てるまでのナポレオン・ボナパルトをボナパルトと呼び、それ以後をナポレオンと記したこだわりもよかった。

 読み方としては、まとめである第十四章「心身のカルテ」(疾患の記述はやや注意が必要か)をまず読み、それから、第十二章「悪徳の論理 タレイラン」、第十三章「権謀術数 フウシェ」、第一章「主役登場」~と読むのがよいように思う。

 以下に、所感を述べたい。


・自由と平等

 自由と平等というのは、相反するところがある代物である。

 国民公会解散後に成立した総裁政府(およびフランス市民)は、その矛盾の解消を、ナポレオン・ボナパルトという軍事的天才に求めたところに、ひとつの(栄光を伴った)悲劇があったといえる。

 共同体が矛盾にむしばまれたときというのは、専制者の登場を誘発しやすい(ここら辺の細かい話はドラッカーの「経済人の終わり」に譲りたい)。

 紙幅の都合上、端的に述べさせてもらうが、ナポレオンが権力を握った時代のフランスというのは、国内の矛盾を解決するのではなく、軍事的な勝利により棚上げし続けるという、末路の見えた、英国人ならば決して選択しない方法を選んだ時代といえる。

 ナポレオンという英雄、もしくは化け物に巻き込まれ、あまたの人々が敵味方を問わずに亡くなった。その犠牲から得られる教訓としては、自由と平等の保全を専制者に委ねることは不可能だということである。なぜなら、専制者と言えども人間であり、死と変質を余儀なくされる存在であるからだ。

 自由と平等というのは、その共同体に参加している者全員の自発的かつ自律的な血と汗の継続的な提供によってのみ、長期的に獲得することができる。


・ナポレオンと秀吉

 権力の正統性というのは、その保持した長さが大きく影響してくる。それを確保できない権力者は、結局、戦争による華々しい勝利や新領土の獲得で、自らの正統性を証明する必要がある。それが、成り上がり者(およびその支配下にある市民)のつらさである。


・ナポレオンとタレーラン

 タレーランは、ナポレオンと同時代に、外交面でフランスを支えた人物であり、この男も一種の怪物であった。

 タレーランで言えば、長谷川哲也の描く「ナポレオン」において、もはやフランスにとって厄災となってしまったナポレオンに対し、タレーランが、自ら生み出した化け物を自分の手で退治しなければならないのかと嘆息する場面が印象深い。

 タレーラン自身の言葉を借りれば、本書の252ページに次の一文がある。

『ボナパルトに君主の素質があったかどうかよりも、彼はフランスをもう一度君主制の規律に慣らせるだけの資質を持っていた。真の問題はいかにしてボナパルトを短期の君主にするかにあった』

 上の文章は、ナポレオンに訪れた顛末と合わせて、とくに専制者に権力を与える際に注意しなければならない言葉である。

 共同体が危機に瀕した社会では、往々にして、専制者を求めがちである。

 共同体の委託を受けた専制者が、共同体の抱える問題を短期間で解決してくれた事例は、世界史上に無数にある。問題は、それと同時に、役割を終えた専制者がすんなりと権力を手放した例があまりにも少ないことであろう。

 その専制の持つ最大かつ致命的な問題点を、我々は共同体を運営するうえで、常に肝に銘じておかなければならない。

 上の考えの補足として、288ページの文章を引用したい。

『人間の精神は絶対的かつ無制限な権力を長く持ち続けられるほどしなやかにはできていない。つまり万能であることは人間性とは両立しないのである』

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