第3章 絆 13話 「竜騎士②」
「見目麗しい、全裸の女性だったそうだ。」
「······························。」
召喚された竜騎士は、女性だったのか?
「白磁のような肌に白銀の髪を持つ、それはもう絶世の美女だったそうだ。」
ドレイグも隣で話を聞いているアレクセイも、何を想像しているのかは知らないが鼻息を荒くしている。
オッサン達は欲求不満のようだ。気持ち悪いから、その恍惚とした表情はやめてくれないかな。
「だが、そこで驚愕の事実が知らされたのだ。召喚された女性は、自らを竜の化身ヴィーヴルと名乗り、氷のような瞳でこう言った。」
ヴィーヴルって···まあ、そんな気はしたが···。
「我を未熟な力で召喚しようとしたふとどきものは貴様らか?とな。」
それはたぶん、あれだな。
召喚されたのではなく、何らかの違和感を感じたヴィーヴルが、神威術か何かで自らやってきた可能性が高い。
身勝手な振る舞いをする奴の存在を感知し、様子を見に来た気がしてならない。
「召還した者は事情を話し、守護者であるヴィーヴル様に懇願をした。この国を救って欲しい···とな。」
「直接の手助けはできないと、突っぱねられたのではないですか?」
「おお···やはり、この伝承を知っておられたか?」
「いえ、初めて聞きましたが、ヴィーヴルは四方の守護者の一角です。しかも、彼女はこの世界では真神にも匹敵する存在。直接的な手助けは、神界の不興を買うことになりかねないですから。」
「···く、詳しいのだな。」
「俺がこの大陸に現れた時に一緒にいた竜の話が出ましたよね?」
「そうだな。」
「あれがヴィーヴルですよ。」
「「「······························。」」」
全員が押し黙った。
ドレイグやアレクセイだけではなく、ルイーズや後ろに控えていたタニア達も同様だ。
この様子だと、全裸女性と白銀の竜が同一の存在であることは考えもしなかったらしい。自らが竜の化身と言ってはいるのだが、人は見た目の印象を鵜呑みにする習性があるからな。
ヴィーヴルが詳しくは伝えていなかった公算が大きいが、伝承や神話などその程度のものだ。事実との差違などが、必ず生まれたりする。
「ま···まさか、美しい全裸女性と白銀の竜が同じ存在とは!?」
驚くのは良いが、全裸女性のところだけ強調して言うのはどうかと思うぞ。ギルマスさん。
「この大陸のことをあまりよくは知らないが、一部の竜人や獣人が、竜化や獣化で姿を変えることはご存知ではないのですか?」
「知らない···と言うよりも、亜人種は独自のコミュニティを築いていて、あまり姿を現さない。」
「彼らに対して、差別意識は?」
「それはないが···むしろ、彼らの方が我々人族を蔑んでいると思う。」
「なぜ?」
「彼らは個々の能力に優れているからな。共存しようとは思っていないだろう。」
ふむ···こちらの大陸ではそうなのか。
興味本位で聞いてみたが、まあ良いだろう。
「話がそれました。ヴィーヴルは擬人化ができる。人の姿で現れた理由はわかりませんが、おそらく竜の姿のままでは不都合を感じたのでしょう。」
人間の前にいきなり竜が現れたとなると、どういった反応が出るかは想像に難くない。
ヴィーヴルは優しい性格をしている。
恐怖や敵意といった感情が生まれるのを、回避したのだろう。
「随分と話がそれましたが、竜騎士はいつ出てくるのですか?」
「ああ、そうであった。竜騎士の話だったな。」
脱線しないで早く本題に入ってくれないかな。村の寄り合いじゃないんだぞ。
「んん···その竜騎士についてだが、ヴィーヴル様が直々に見いだされた者がいてな。その者は、ミラという村人だったのだ。」
「村人ですか?」
「そうだ。だが、村人と言っても、ただの村人ではなかった。」
「ミラという名前からして、女性だと思いますが、どんな人だったのですか?」
「そう、女性だった。彼女も、村人とは思えぬ気品を持っていたらしくてな。それはもう美しい女性だったそうだぞ。」
「ああ、確か胸も大きくて、安産型の体型だったそうだな。」
アレクセイが、ここぞとばかりに割り込んできた。
2人して、嬉々とした表情で声を弾ませている。
どうでも良いが、このどうしようもないオッサン方は、少しお灸をすえた方が良いのじゃないだろうか。
「お二方とも、話がまったく進んでいません!いい加減にしていただけませんか!?」
さすがに見かねたのか、ルイーズがテーブルを叩いて2人を注意した。
いや、わかるわかるぞ。
俺なんかは、オッサン方の頭を蒼龍で一閃して、河童スタイルにしてやろうかと思案していたところだ。
「ルイーズ···いや、すまない。伝承の女性の美しさに気がいってしまってな。」
伝承の女性はお目にかかったことすらないだろうに。その時の美女の定義が、平安時代のようなおかめだったらどうするんだ。
因みに、平安時代の美女の定義で一番重要視されたのは、長くて艶やかな髪だったそうだが。
「しっかりしてください。既に死傷者も出ているのですよ。」
そうだそうだ。
目の前にこんなに美女が揃っているのに、不謹慎だぞ。
「す···すまない。」
「これは···ルイーズに一本取られてしまったな。」
騎士団長のドレイグはともかく、ギルマスのアレクセイは、この状況でも軽い発言をしている。
ほら、ルイーズが睨んでいるぞ。
一本どころか、全部抜き取られてしまうのではないか?
「あなたもです!」
「···え?俺!?」
ルイーズがこちらに目線を持ってきて、ピシャリと言い放ってきた。
···こっちに飛び火した。
「あなたが女性がどうのと振るから···。」
それは理不尽すぎないか?
「この助平親父たちを増長させてはダメです!」
なぜか怒られているのだが、少し興味深いことがあったので、質問を入れてみた。
「それは申し訳なかった。ところで、ルイーズは貴族の出身ではないのか?それも上位の。」
「···なぜですか?」
ものの言い方、立ち居振舞い、そして気品。
一介の冒険者のものとは思えなかった。
それに、騎士団長が相手でも物怖じをしているようには見えない。もちろん敬意は払ってはいるのだが···。
「興味本位と言うわけじゃない。君から時々不思議な気配のようなものを感じるんだ。」
別に貴族がどうとかは、どうでも良かった。
今さらになって気がついたのだが、ルイーズからは微かにだが、馴染んだことのあるような気を感じるのだ。
うまくは説明できないが、自分が知っている何かと同じにおいがするとでも言うべきか。
「気配?何を言っているのかは、よくわかりませんが···確かに、私は貴族家の出身です。しかし、継承権があるわけでもないですし、今は一介の冒険者に過ぎません。」
苛立ったような表情で話すルイーズからは、やはり微かな何かを感じた。
「彼女は、ドレインセルク公爵家の血筋だよ。」
ギルマスであるアレクセイが補足をしてくれた。
ルイーズは、さらにムスッとした表情になっている。
「ドレインセルク公爵家ですか?」
こちらに来て間なしの俺には、どのような家系なのかはわからない。ただ、公爵家と言えば、王族の可能性が高かった。
「公爵家とは言っても、王族との血縁は婚姻を通してのものしかありません。それに、そんなものは今回の件とは、何の関係もないことです。」
やはり、ルイーズは気分を害している。家の話を持ち出されることを嫌っているようだ。
その時に、俺の中で何かのピースがはまったような気がした。
「もしかして、竜人の血が混じっているのではないか?」
竜人の里で出会った、暴虐竜ガルバッシュ···リーラの気配と、どこか似ているのだ。
「··························。」
これでもかと言うくらいに両目を見開いて凝視してくるルイーズを見て、推測だけが頭の中で構築されていく。
「ミラの末裔なのか?」
別の切り口で問いかけると、ルイーズは信じられないといった様子で口をパクパクとさせた。
「待ってくれ。それ以上の話は、ここでは···。」
そう横やりを入れたのは、騎士団長のドレイグだ。
配慮が足りなかったのかもしれない。俺はそう感じた。
推測が正しかったとして、この手の話は秘匿されている可能性を考慮すべきだった。
ここにはタニア達もいるのだ。
「···タニア。」
「な···何!?」
タニアは予想外の話に、全身を硬直させていた。
「ここでの話は、他言無用だ。」
「わ···わかっているわよ。」
「他のみんなもだ。」
全員がこくこくと頭を縦に振る。
「もし、漏らしたらどうなるか···わかるよな?」
殺気をこめて、ダメ押しをしておいた。
全員が身を震わせて、さらにうなずきを返してくる。
「た···タイガ殿。その···殺気は···。」
「あん?」
「「ひっ!?」」
声の主に視線を移すと、ドレイグとアレクセイがイスから転げ落ちた。
···なぜ、あんたらがびびっているのだ。
「なぜ、あなたがそれを知っているのだ?ドレインセルク家は確かに有名ではあるが、ミラとの関わりは公表されてはいないはず。」
ルイーズは、射るような目線で問いかけてきた。
「待て、ルイーズ。場所を移した方が良い。」
ドレイグから待ったがかかり、場所を移すこととなった。
「···私の家系のことを聞いてどうするのですか?」
ルイーズと2人きりになった。ドレイグとアレクセイが配慮をして、ギルドの面談室を貸してくれたのだ。
彼らが同席をしなかったのは、ドレインセルク家のことに関わるのは、鬼門とされているからかもしれない。
「聞きたいのは家のことじゃない。」
「では、ミラのことですか?あなたと同じ竜騎士だった。」
そう言えば、竜騎士の話は説明途中で脱線しまくるオッサン達のせいで、何も聞けていなかったな。
「俺は竜騎士ではないと思うぞ。」
「何を···今さら···。」
「もしかして、君が不機嫌なのはその事が原因なのか?」
一瞬、ギクッとしたような表情が垣間見れた。
こういった場合は、相手の情報を無理に引き出そうとしては逆効果となる。
ならば、引き出したい情報と等価、もしくはそれ以上の内容を与えれば良いのだ。
善意の人間であれば、相手の秘密を知ることで、何らかの負い目を背負う。しかし、それと同時に、秘密を共有しているという、ある一種の信頼を得たりもするのだ。
ルイーズが善意の人間かどうかは、俺のソート・ジャッジメントが判断をしてくれた。
「そんなことが···。」
ルイーズの表情は、驚きと戸惑いに染まっていた。
こちらの世界に転移してからの出来事を、可能な限り要約して聞かせたのだ。
「信じるかどうかは任せる。」
じっと、俺の顔を凝視していたルイーズは、視線を落として黙考を始めた。
膝の上の両掌が、白くなるほど強く握られていた。
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