第3章 絆 12話 「竜騎士①」
「タニア···ややこしくなるから、そんな言い方はやめてくれ。」
「え、あ···ごめん。」
ギルマスと王国騎士団長の2人が、剣の柄に手をかけようとしたのが見えたので、タニアに注意を行い、これ以上の混乱が起きないように先手を打った。
「申し訳ありません。ギルドの建物内に息を潜めている人達の気配を感じたので、何かの罠ではないかと疑ってしまいました。閃光と爆音によって、一時的な麻痺をもたらすフラッシュバンという魔道具を用いただけですので、あなた方を含め受傷した者はいないはずです。彼らもすぐに意識を取り戻すでしょう。」
ゆっくりと丁寧に説明を行い、相手への理解を促す。
フラッシュバンによる麻痺から覚めたとしても、内面の混乱がおさまっていない可能性も否めない。
因みに、プロの間では、スタングレネードをフラッシュバンと呼んでいる。
「「·································。」」
「···聞こえていますか?」
おかしい。
先ほど、"悪魔"という単語には反応をしていたのだ。
それなのに、目の前にいる2人は、口をあんぐりと開けて突っ立ている。
···厳つい風貌と、格式のある装いをしているのに、今のビジュアルは解雇を言い渡されたオッサンが途方にくれて立っているような様相だ。
気を抜くと、吹き出しそうになるほどシュールなのでやめて欲しい。
「···ド、ドレイグ。間違いないのか?」
「あ···ああ···いや、わからん。」
1分ほどが経過しただろうか、ようやく2人が言葉を発するようになった。
「わからんだと?なぜ、わからん!?」
「いや···遠目にしか見ておらんからな。」
「···ちっ、使えない奴だな!?」
「なんだと貴様!?」
しかし、次にはケンカを始めてしまったようだ。
オッサン同士のケンカになど、興味はなかった。
俺はオッサン2人が落ち着くまで、食事を再開することにした。
「いや、食べるんかいっ!?」
タニアがツッコミを入れてきたが、知ったことではない。
「初対面のオッサン達の仲裁をするほど、暇じゃないからな。食事も取れる時に取っておくべきだろう。タニアは食べないのか?」
「···まあ、一理あるわね。」
こうして、俺たちは食事を再開し、傍らでは厳ついオッサン2人による言い合いがしばらく続くのだった。
「く···何が起こった···。」
意識を取り戻したルイーズは、すぐに状況を把握できなかった。
竜騎士ではないかと思われる男性が他の町で見つかり、こちらに向かっているとの報告があった。
ギルマスのアレクセイと王国騎士団長のドレイグが、異常なテンションで歓迎会を開こうと言い出した時には、「今の状況で何を言っているのか?」と呆れはしたものの、逆に考えればこんな状況だからこそ、そういった催しは必要なのかもしれないと思い直した。
魔物の氾濫に次いで、悪魔らしき存在が確認されたことで、それを知る者の中には重苦しい雰囲気が立ち込めている。
しかし、それを打開できうる存在である竜騎士の出現は、現状では最も明るいニュースと言えた。
仲間が死傷したことでナーバスにはなっていたルイーズではあったが、彼女自身も今無事でいられるのは、間違いなく彼のおかげだと思っている。
きちんとした礼も言わずに逃げ出したままでは、人としての礼を失してしまう。
そう思って、細々とした準備を手伝った。
そして、彼が到着したとの報を受けた後、突然の閃光と爆音に意識を失ってしまったのだ。
ぼんやりと経緯を思い出したルイーズの視界に、剣の柄に手をかけたギルマスと騎士団長の姿が映る。
『!?』
この異変は、やはり敵襲か!?
そう思ったルイーズの視界に入ってきたのは、紛れもない彼の姿だった。
「あなたは!?」
思わず叫んだルイーズの言葉に、目の前にいる者達の視線が集中する。
「ああ···良かった。無事だったか。」
労るような、優しい声が耳朶を打つ。
彼が微笑みを見せて、自分を見ている。
「···あなたのおかげだ。あなたがいなければ、私はこの場にはいなかった。」
「いや···仲間を助けることはできなかった。すまなかった。」
命の恩人である彼が頭を下げてきたことに戸惑う。
なぜ、彼が謝罪をするのかは理解ができなかった。しかし、それだけで彼が誠実な人間であると感じられた。
この時、タイガの真意は語られることはなかったが、本人は様子をうかがっていたことで、結果的に冒険者たちを見殺しにしてしまったのではないかという自責の念を少なからず持っていた。
客観的に考えても、あの状況で複数の冒険者を救うことは難しいことではあった。
そして、それを理解しているタイガではあったが、それでも目の前で救えなかった命があったことは、虚無感のように心の内にこびりついていたのであった。
「そうか···ルイーズが面通しを行ったのであれば、間違いはないだろう。」
冒険者のルイーズが俺のことを説明してくれたおかげで、ギルマスと王国騎士団長の2人は臨戦態勢を解き、改めて話をすることになった。
しかし、面通しという言葉はどうなのかと思う。
こちらの世界では意味に相違がないのかもしれないが、俺のいた世界では『面通し』という言葉は、犯人を特定する作業である『面割り』と同義語だ。
俺は何も悪いことはしていないのに···という気分にさせられてしまう。
まあ、エージェントなどをやっていると、そういった状況も経験したりはするので、あまり気持ちの良いものではない。
「ふむ···それでは、あなたが魔物の氾濫から我々を救ったということに間違いはないのですな?」
「そうです。」
「あの竜は?」
「西の大陸から、俺を送ってくれただけです。いきなり戦いの場に落とされたから驚きましたが。」
じーっと、目を覗きこむように直視された。しかも、偉丈夫2人から。
何これ?
やはり、取り調べ?
「単刀直入に聞きましょう。あなたは竜騎士なのですかな?」
「竜騎士という言葉は、この大陸に来てから初めて耳にしました。まずは、それの説明をお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「ふむ···。」
王国騎士団長のドレイグは、顎をさすりながら俺を直視している。隣にいるギルマスのアレクセイも似たような感じだ。
···何これ?
居心地が悪いのだが···。
「その前に、あの白銀の竜とは、どのような関係なのかをお聞きしたい。」
ヴィーヴルのことを問われているが、どこまで本当のことを話して良いのか、判断がつきにくかった。
どのような思想や史実から、事情聴取がされているのかわからない状況だ。事実を話したからと言って、相手が受け入れるかどうかは別の話になる。
最悪の場合は、また変な騒動に巻き込まれる可能性もあるのだ。
しかし、竜騎士とは何なのかを教えてもらうためには、黙秘して良い訳でもなさそうだ。
「友達です。」
「と···友達!?竜が!?」
「それに、師匠と呼べる存在です。」
「·····························。」
あれ?
驚いた顔で黙りこんでしまったぞ。
もしかして、応対を間違ってしまったのだろうか···。
「白銀の竜は、唯一無二の存在。それは神の代理とも呼ばれている。そして、その神竜を友と呼び、師事したそなたは、やはり竜騎士と呼ぶにふさわしいのだろう。」
遠い目をしながら話し始めた騎士団長ドレイグの言葉は、遥か昔の伝承を語ったものである。
「この大陸は、幾度となく邪神の脅威にさらされてきた。邪神とは言っても、その時々によって姿形は異なり、それは死の気配を振り撒く暗黒の竜であったり、神界を追放された堕天使であったりと色々だ。」
そこで言葉を区切ったドレイグは、目の前のコップに手を伸ばして喉を湿らせた。
「我々の王国でも、同じように邪神が暴れまわったという史実がある。それは、悪魔という存在が、たった1人で成した地獄だったそうだ。」
「悪魔が暴れまわったのは数千年も前のことだと聞きましたが、その時のことですか?」
「ふむ···それは伝承ではなく、神話の方だな。」
「神話?」
「数千年も前となると、人の文明はそれほど発達してはおらぬ。紙のような媒体もなかった時代だからな。口伝てでのみ伝わっておるが、詳細や事実関係は立証のしようがない。」
神話の内容としては、悪魔族が世界を混沌へと誘おうとしたが、神命を受けた複数の守護者が悪魔を討伐し、世を救ったというものだった。
口伝てでしか残されてはいない神話だが、これがヴィーヴルが話していたものと考えて良いだろう。
「伝承に関しても、1000年以上も前の出来事にはなるのだが、こちらは羊皮紙に内容が記されていたのでな。その事実は事細かに残されておった。」
伝承としては、次のような内容だったそうだ。
繁栄の一途をたどっていた王国に、ある日激震が走った。
国内3番目の規模を誇る都市が、前触れもなく一晩で消失したというのだ。
国内は騒然としたが、情報の伝達が今ほど迅速ではなかった時代のこと。王城にその事実が伝わった頃には、既に3つの都市がこの世から姿を消していたらしい。
その災厄がいつ王都に訪れるかわからない状況の中、当時の王族の中に召喚術を行使できる者が現れたという。
「その召喚術士は、災厄から国を守るために、遥か昔に世界を救ったと言われる守護者を召喚しようと試みたそうだ。そして、その術で現れたのが···。」
竜騎士ということか。
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