第3章 絆 11話 「悪魔⑤」

「ねぇ、あなたは本当に竜騎士なの?」


冒険者パーティーのリーダーであるタニアが、ジーッと俺をにらみながら聞いてきた。


そこまで嫌われるようなことをしただろうか···。


「さあ?そもそも、竜騎士が何かを知らない。」


「は!?」


「だから、そんな顔はやめておけと言っている。せっかくの美貌が···。」


「あ~、はいはい。わかったわよ。私は美人で可愛くて、性格も最高。だから、変な癖はなおすわよ!」


「いや···性格は違うだろ。」


厚かましいにもほどがある。


「何よ!性格が悪いとでも言いたい訳!?」


「性格がわかるほど、歩み寄っていないだろう。」


「···まあ、それはそうかもしれないけれど。」


「何度も説明をしようとしたのに、人を変質者扱いして殺そうとしたのは誰だ?」


「いや···まあ···それについては、反省してる···。」


ごにょごにょ言ってて、何を話しているのかわかりづらいが、本質的に悪い人間ではないと感じられた。


「まあ、そうだな。そういう意固地な性格は可愛いかもしれんな。」


「ふぇっ!?」


「その変顔はマイナス評価だ。そんな顔ばかりしていると、表情筋がそれを覚えて元に戻らなくなるぞ。」


「え!何それ、嘘でしょ!?」


「本当だ。俺の知っている奴は、商売で作り笑いばかりしていたんだが、そのうち表情が戻らなくなってしまった。笑顔でマジギレされた時は、腹筋が崩壊したものだ。」


さぁーと、青ざめていくタニアを見て笑いたくなったが、ポーカーフェイスは崩さなかった。


「ちょっ、ちょっと、嘘でしょ!?嘘って言いなさい!」


確信した。


彼女は根は純粋で、良い奴だ。


単に騙されやすいとも言うが···。


ただ、俺の胸ぐらを掴んで、振り回そうとするのはやめて欲しい。


「···ねえ、タニアちゃん、落とされちゃった?」


「違うんじゃない?からかわれているだけだと思う。」


「ああ···確かに。」


サイファと魔法士のアシュカは呆れ顔だった。


悪魔らしき存在には、警戒が必要だろう。


ただ、馬車の中は平和だった···。




王都冒険者ギルド。


「おう、来たらしいぜ。」


「あ?」


「噂の竜騎士って奴だ。」


「ふ~ん、おもしろいことになりそうだな。」


「本物だったら、俺たち死ぬんじゃねえのか?」


「そんなわけがあるかよ。驚かせて化けの皮を剥がしてやりゃ良いんだ。それに、協力すれば報酬もでかいからな。」




「ここが王都の冒険者ギルドよ。」


「·····························。」


「ん、どうかした?」


「いや、ちょっとな。」


タニアが怪訝な顔をしたが、特に何も言わなかった。


王都ギルドに入る前から、何か嫌な予感がしていた。


ソート・ジャッジメントが反応しているのではない。直感とも言うべきものだ。


危険が迫った時や、想定外の罠が仕掛けられていた時など、この直感は背筋を這う悪寒のような形で現れる。


謀略に触れてきた時間が長い者だけが持つ、特有の危機察知能力のようなものだ。


「タニア、お前たちは建物から少し距離を置いた方が良い。」


「はあ?」


「冗談じゃなく、本気で言っている。後の人生にトラウマを残したくなければ、言う通りにしてくれないか?」


俺の目を見たタニアが、何かを感じたらしい。しばらくして、パーティー全員が冒険者ギルドの敷地外まで後退した。


次いで、ギルドの建物内の気配を読む。


人数は30名弱。いずれも、一階の正面入口近くで息を潜めている。


殺気のようなものは感じられないが、緊張感や重苦しい雰囲気は伝わってきた。


このパターンで考えられることは、一つ。


理由はわからないが、どうやら待ち伏せをされているようだ。


なぜ?


そう思ったところで結論は出ない。


そもそもが、俺がなぜここに連れてこられたのかも、わかっていないのだ。


ただ言えることは、俺を拘束する、もしくは無力化するための準備がなされているということだ。


そうとなれば、躊躇はしない。


俺を謀ろうとする奴らには、それなりの報いを受けてもらう。


俺はゆっくりと正面入口に近づき、扉を少しだけ押し開けた。


内部から感じとれる緊張が高まるが、気にせずに取り出したサッカーボール大の炸裂球を投げ入れ、すぐに扉を締める。


「な、何だ!?」


くぐもった声が聞こえた瞬間、炸裂球が爆ぜた。


俺のこれまでの行動を良く知る者ならば、今の行いをこう思うだろう。


『コイツ、次は冒険者ギルドをババまみれにしやがった!?』


ふん。


惜しいが、不正解だ。


相手が何を考えているかわからないのだ。さすがにいきなりのババは可哀想だろう。


それに、あれは臭い。


とてつもなく、臭い。


炸裂球にセットをするのは、嗅覚を死の危険にさらすのだ。


好んで増産しようとは思わない。


バーンっ!


炸裂球が爆ぜた瞬間に、ギルドの建物にある窓から閃光が走った。


そう、あれはスタングレネード。


製作者のカリスが、最も魔石の配合に頭を悩ませたという苦心作だ。


なんでも、致死性がないように爆音と閃光だけを出すのが難しいようだが、その辺りは説明をされてもよくわからなかったので割愛する。


俺は冒険者ギルドの正面入口を開き、様子を伺った。


見事なまでに全滅している。


気配を察知した人数分の男女が、床に転がっていたのだ。


窓ガラスを割るほどの爆音仕様ではなかったので、被害は小さい。


テーブルが倒れて飲食物が散らかり、横断幕のような物が半ばから垂れ下がっている程度だ。


おそらく、10秒以内には全員が復活するだろう···。


ん?


横断幕?


なんでそんな物が、冒険者ギルドにあるのだろう。


俺はそれらしき布を掴み、表面に書かれた文字を見てみた。


"ようこそ!伝説の竜騎士様!!"


「···なんじゃこりゃ。」


「ちょっと、あんた何を···ええっ!?みんな···死んでる!!」


後から追ってきたタニアである。


「あ、あんた、何をしてんのよーっ!?」


いや···頼むから、襟首を掴んで振り回さないでくれ。


「こ、これって···。」


「もしかして、タイガさんの歓迎会!?」


後続のサイファ達が絶句した


なぜだ?


なぜ、俺のための歓迎会なんかを準備している?


息を潜めたりして、紛らわしいだろうが。


「どうすんのよ、これ!?あんた、何の罪もない冒険者たちをこんな風にするなんて···あ、悪魔でしょ!?あんたが、本当の悪魔なんでしょ!!」


「·································。」


違う。


違うぞ。


俺は悪くない。


そして、誰も殺っていない。


「ね···ねえ、あのカウンターに突っ伏してるの、ギルマスじゃない!?」


「あの横にいる鎧姿はどっかで···あ、騎士団長のドレイグ様じゃ!?」


俺はタニアに振り回されながら、サイファ達の声を聞いて思った。


瞬間移動で逃げて良いだろうかと···。




「うぅ···一体、何が···。」


王国騎士団長のドレイグ・ブルマンは、額を押さえながら立ち上がった。


突然の閃光と爆音で意識を失ったことは何となくわかったのだが、冒険者ギルドで竜騎士様の歓待の準備をしていて、なぜこんな目に合うのか···。


「まさか、何かの襲撃か!?」


「く···大きい声を出さないでくれ···。」


ドレイグのすぐ横で、冒険者ギルドのマスター、アレクセイ・スーダンが弱々しい声をあげた。


「アレクセイ、これは一体···。」


「ぐぬぅ···俺にもわからない···魔法の暴発でもしたのか···。」


周囲を見回すと、そこにいた全員が床に突っ伏していた。


そして、テーブルや椅子が倒れ、歓待のために用意していた飲食物も散乱して···。


「あっ、それは私が食べるって言ったでしょ!?」


「ああ、悪い。」


「ちょっ、食べかけじゃない!」


「嫌なら半分に切って食べれば良い。」


「も~、わかったわよ。」


なぜか1ヶ所だけ騒がしく、そこには数人の冒険者がテーブルを囲んで和気藹々と何かを食べている光景があった。


「······························。」


「···タ、タニア達か!?」


「あ、ギルマフ!ただひま、もぐぉりまふぃたぁ。」


アレクセイの問いかけに答えたタニアだが、口いっぱいに何かを頬張っており、返答はぐだぐだになっていた。


「さすがに失礼だろう。ちゃんと飲み込んでから話せ。」


「もぐもぐ···んむ。わかっているわよ。細かいわね。」


状況が把握できないドレイグとアレクセイは、次の言葉がすぐに出てこなかった。


「···タ、タニア。一体何があったのだ?それに、他のみんなは···。」


「ああ、みんなはすぐに復活するみたいですよ。とは言っても、この人が気絶をしてから10秒ほどで気がつくはずだって言っていたのに、もう10分以上は経過していますけどね。」


「この人?」


「はい。この状況を作った張本人です。竜騎士だって聞いてましたけど、悪魔みたいな奴ですよね。」


タニアは笑いながら、隣の男性の肩に手を乗せていた。


「なっ!?」


「悪魔だって!?」


ドレイグとアレクセイは、共に剣の柄に手をやるのだった。










  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る