第3章 絆 9話 「悪魔③」

いきなり青龍刀のような幅広剣で首を刈りに来たのは、チャイナ服のような脚線美を強調する装いをした青髪の女の子だった。


ヒュンっという風切り音を発しながら、一直線に喉元を襲ってくる。容赦がねぇな、おい。


俺はバックステップでかわし、さらに後退する。


無抵抗だと主張をするように両手をあげるが、青髪チャイナの後ろにいた女性が、詠唱を終えて炎撃を放ってきた。


本当に躊躇いがない。過去に、誤解が解けないまま殺された奴もいるのじゃないかと思えてきた。


悠長なことをしていると、本気で殺されかねない。


気配をその場に置き、魔法を放った女性の傍らへと移動する。


瞬間移動ではなく、気を操っての移動だ。


神威術は便利だが、あまり多用をするとややこしいことになる。


今はまだ、それなりに腕の立つ冒険者志望の男を演じている方が良いだろう。


「なっ!?消えた?」


青髪チャイナが叫ぶ。


「いい加減、ちゃんと話を聞いてもらえないか?」


魔法士の女性の肩に手を置き、懇願してみた。


「ひ···きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁーっ!?」


予想外のことに驚愕した魔法士が悲鳴をあげた。


俺は痴漢か!?


「貴様ぁーっ!その手をどけろーっ!!」


さらに背後から、新手が出てきた。


先頭の馬車で御者をしていた男性冒険者だ。


戦斧を振りあげて襲いかかってきた。


···いい加減にして欲しいものだ。


戦斧が握られた手首を、振り下ろされている途中で払ってそらす。


俺よりも体格には優れているが、見たまんまの力任せによる攻撃。単調過ぎる。


顎先に肘を入れて昏倒させた。


「ヤァーッ!」


よくわからない奇声をあげて、青髪チャイナが再び襲いかかる。


今度は手首を掴み、青龍刀擬きの攻撃を止めた。


目を覗きこむ。


殺気を帯びた目で見返してくるが、気にせずに無表情で見る。


心理学的に言えば、これも威圧にあたるのだが、特に女性は無表情に不安を感じやすい。これは、女性が男性よりも感受性が8倍も高いと言われているためなのだが、この特性を逆手に取ることで、争い事を終息させる効果があったりもする。


敵である俺に呑まれたかのように、視線が不安定になるまで待った。


青髪チャイナの目が泳ぐ。


籠絡者ケージマンスキルの一端。


「落ち着いて。話を聞いてもらえないかな?」


俺はそう言って、優しげな笑みを浮かべた。


「サイファから離れろ!」


青髪チャイナを籠絡しようとしたが、複数人が相手では、やはり時間的余裕がない。


俺は背後から迫り来るリーダー格の剣を、ナックルナイフで受け止めた。


「危ないなぁ。俺が避けたら、仲間に当たっているところだぞ。」


「黙れ!貴様、サイファに何をした!?」


「···何もしてないぞ。ちょっと話を聞いてくれって笑いかけただけだ。」


「じゃあ、何でサイファは真っ赤なんだ!?」


はい?


サッと、視線を青髪チャイナに走らせた。


確かに真っ赤にはなってはいるが···籠絡者ケージマンスキルにはそんな即効性はない。


そんなことが可能なら、俺はエージェント・ドンファンになっている。


「あのな···いい加減に話を聞いたらどうだ?」


「ふざけるな!貴様···精神干渉でも使ったのか!!まさか、魔族!?」


いい加減、うんざりとしてきた。


思い込みが激しいと言うか、何と言うか···。


「サイファ、動けるなら今のうちに奴を斬れ!」


リーダー格の女性は、俺の背後に向かってそう叫んだ。


「う···うん、わかった!」


いや···わかった!じゃねえよ。


「なんでやねん!」


たまらず、キーワードをつぶやいた。


まばゆい光が周囲を照らし、冒険者たちの目をくらます。


「ぐ!」


「うわっ!?」


漆黒の鎧を纏った俺は、そのまま姿をくらませることにした。




再び孤立し、街探しを再開した。


思えば、ヴィーヴルにいきなり戦いの場に放り出されてから、非生産的な行動ばかりをしている。


「さて、どうしたものか···。」


ぼやいていると、後方から猛スピードで馬車がやって来た。


今度は何だ?と思い観察をしてみると、先ほどの冒険者たちが馬車の上から俺を指差しながら何かを叫んでいる。


「·························。」


何度も相手をするのは面倒なので、俺は道から外れて森の中に入り、逃亡を始めた。


···俺は罪人じゃないぞ。




竜騎士ドラゴナイトか···。」


王城内の一室で、マルガレーテ・キャロラインはつぶやいた。


煌めく金色の髪と、深い碧眼を持つ容姿は、女神とまで噂される絶世の美女。


そして、そのルックスからは想像もつかないが、武芸家及び魔法士として高名な、王国の特別守護官という要職にある。


彼女は、先の魔物の氾濫における報告書に目を通している最中であった。


「その竜騎士らしき者についてですが、同一人物と思える男性の報告が、冒険者ギルドからも上がってきております。」


マルガレーテの特別秘書官を務める女性が、2通の封書を差し出してきた。


「····························。」


黙って受け取り、開封したマルガレーテは、ざっくりとその内容に目を通してから思考を始めた。


傍らでは特別秘書官が紅茶を入れ直して、次の指示を待っていた。


目を閉じて思慮深げな美貌を見せていたマルガレーテは、そっと息を吐き出して次の言葉を発した。


「この者の捜索を、関係各所に指示してください。冒険者ギルドへも至急案件で依頼を。」


「はい。ただ、王国騎士団長ドレイグ・ブルマン様も、この者の捜索を独自のルートで行われているようです。」


「···騎士団長殿の目的は把握しているのかしら?」


「おそらく、伝承の竜騎士を担ぎ上げて、国の安寧を計られるつもりではないかと···。」


「それは、多分にあなたの主観ではなくて?」


「···はい。実状からの推測です。」


特別秘書官は顔を蒼白にした。


マルガレーテは、机上の空論を極端に嫌う。


実力者であり、かつ現場主義の彼女は、実践に即した結論を重んじる傾向にあり、常日頃から推測や空論は雑音に過ぎないと豪語しているのだ。


「···そう。騎士団長殿には、私が直接話をしますわ。アポイントメントを取っていただけるかしら?」


「承りました。直ちに···。」


特別秘書官は譴責されなかったことに内心ほっとしながら、一礼をしてその場を辞した。


特別秘書官が立ち去ってから、再び思考を重ねたマルガレーテは、「本物かしら···。」と、そっとつぶやいた。




「地図?そんなものは、こんな寂れた町にはない。王都にでも行きな。」


ようやくたどり着いた町の雑貨屋で地図を購入しようとしたが、結果は店主の言葉通りだった。


「王都はここから近いのかな?」


「馬車で半日もかからんだろう。1日1便しかないから、次は明日だな。」


「そうか···ありがとう。」


馬車の発着場は、町の入口で見かけていた。


歩いて行けない距離ではないが、また道に迷うと困るので、一泊することにした。


「宿と···冒険者ギルドがあれば、場所を教えてもらえないか?」


手持ちの中で換金できるものを店主に提示しながら聞いてみた。


「宿は2つある。あんた、そこそこ持っているから、上等な方を教えてやるよ。あと、冒険者ギルドなら、町の中央に出張所がある。看板があるからすぐにわかるさ。」




雑貨屋での用事を済ませた俺は、先に冒険者ギルドの出張所に向かった。


交差した剣の看板が出ており、数名の冒険者らしき者達が出入りをしているため、そこだと見当をつけて建物に入る。


それほど広くはない空間の正面にカウンターがあり、2人の職員が職務に追われていた。


順番待ちの札を手に取り、壁に貼られた依頼書に目を走らせる。


ちょうど良い依頼があった。


王都までの馬車の護衛だが、急いでいるらしい。運が良ければ、今日中に出発ができるかもしれなかった。




「あなたがタイガさん?」


ギルド近くの酒場で声をかけてきたのは、まだ若い女性だった。10代後半といったところか。


「そうだ。」


「ああ、良かった。私は馬車の護衛任務を受けている冒険者パーティーのキャミーよ。」


「タイガだ。よろしく。」


「こちらこそ、よろしくね。早速だけど、ちょっと来てもらえるかな?」


キャミーに誘導された俺は、酒場を出てギルドの裏側にある広場に連れて行かれた。


そこには3名の男女が待機している。


このパターンは···あれだな。


もはや定番と言うか、恒例というか···。


「じゃあ、タイガさん。ちょっと実力を見させてもらうわね。」


またもや、模擬戦だった。


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