第3章 絆 1話 「神龍①」
目を開けると、真っ暗な場所にいた。
空気はやや湿り気をおびているが、不快な感じはなく、ほんわりとした暖気を感じる。
仰向けに寝かされてはいるが、背中や腰が強ばっており、接しているのが固くて、わずかな起伏がある地面だということしかわからない。
空気がゆっくりと循環しているのは肌で感じられる。
何となくだが、感覚的に洞窟のような所にいるのだと思った。
暖気は地熱。洞窟であるために空気に流れが発生し、そのため湿気が滞留せずに今の環境となっている。
そう感じたのだ。
すぐ近くには、生き物の気配はない。
どうやら、何者かにここに連れ込まれたようだが、体に部位欠損があるような感覚はない。
魔物や獣が、食糧として運んできたわけではないと直感で思った。
ヘイズ王国の高山地帯に来たのは、古文書にあった文面を見てのことだった。
神威術というものは、真神ならば神力を等価として使用し、施術する。しかし、それ以外の亜神などは神力が弱く、その代替えとして精神力を消費するのだと、先見の巫女からは聞かされていた。
しかし、別の大陸への転移ともなると、等価となる精神力は莫大なものとなる。
先見の巫女の試算によると、目的としている大陸までの転移は、精神を焼き切らしたとしても、半分にも及ばないだろうと結論づけられた。
この大陸に来た時の転移は、神アトレイクがいたからこそ、実現が可能だったのだ。
では、それ以外の方法をと調べてみたが、大海を越える術はなく、別の視点での考察が必要となったのである。
数多くある古文書を根気よく調べている内に見いだしたのは、他の力を利用しての転移術の行使。
そして、その力というのが、ここを訪れた理由である"龍脈"であった。
龍脈というのは、元の世界にも存在する言葉である。
日本では陰陽道や古代道教、風水術において、繁栄を司る土地を龍穴と呼んだ。
龍脈は、その龍穴へと流れる道のことを言い、大地の気の流れともされている。
因みに、この世界に存在するのは龍ではなく竜である。そのため、古文書には龍脈を
当初は、以前にクリスティーヌの命を救うために、神アトレイクによって一時的に解放された"聖脈"を使えないかと考えた。
しかし、先見の巫女によれば、聖脈とは真神にのみ解放できる聖域であり、その恩恵を受けれる者は、対象の神を崇拝する敬虔な聖女クラスでしか存在しないとのことであった。
亜神とされている俺は、残念ながら崇拝される対象でもなく、その恩恵を受けることはできないとの事で、選択肢としては断念せざるを得なかったのだ。
それに対して、龍脈は龍に縁がなくとも、その力に耐えうる地力があるのであれば、何とかなるのではないかと考えられた。
そもそも、大地の気が山の尾根伝いに流れるとされており、それが龍のように見えることから、龍脈という言葉が成り立っているのである。
龍穴同士を繋げている龍脈、すなわち、大地の気に身を投じることで自らの力を補い、他大陸への移動手段にしようと思い立ったというわけだ。
では、どうやって龍脈に乗るのか?
それについても、先見の巫女がヒントをくれていた。
「神威術とは、魔力とは異なる自然の摂理に寄るところが大きいんだ。自力限界の範囲で施術を行い、結果として、超常現象に至る。そこには、精神と肉体の限界の範囲であれば、それに見合った事象を起こす神業特有の過程が含まれている。要は、そこに外部からの力を取り入れて事象を引き上げれば、望む結果は必然と生まれるはずだよ。」
かなり乱暴だが、龍脈に飛び込み神威術による転移を行う。それにより、龍脈の力が取り込めれば、希望通りに事が運ぶと結論づけた。
失敗する可能性はある。しかし、それを恐れていては、前に進む事すらできない。
龍脈に至るためには、まずは龍穴を探し出す必要があった。
俺の知識では、龍穴とは活断層や山の配置といった土地の構造によって選定されるものである。
古い家柄の出身であるため、陰陽道にも多少の知識があったので、そこから龍穴と考えられるポイントをピックアップしていった。
余談だが、関西にある京都や奈良も龍穴の上にある。陰陽道における、尋龍点穴と呼ばれる相地法で聖なる土地を探し出され、そこに都が移されたからである。
その観点からいけば、災害に見舞われることが少なく、栄えた都が龍穴の候補としてあがってくる。
しかし、大陸の地図を広げ、対象の地にマークをする作業に没頭していた時に、その考えが間違いであることを知ることとなった。
作業中の俺に、じっと見ていた大聖女ミリネが、こうつぶやいたのだ。
「爺様。
「ああ。活断層は推測だが、山の配置や各都の繁栄の度合いから、候補がようやく3つに絞れた。」
「···なぜ、そんなに人が多いところが竜門などと思っておるのじゃ?」
「···どういう意味だ?」
「竜門とは、竜が住んでおる所じゃ。人などは共存できんぞ。」
「···え?」
「それに、
「いや···俺の世界の龍穴だと···。」
「爺様のいた世界では、竜は実在せんのじゃろ?その常識をこっちの世界で当て嵌めても、非常識なだけじゃ。」
理屈は通っている···通ってはいるが···。
「それにの、竜は大地の気を取り込んで、自らの糧とするのじゃ。爺様のいう竜道とは、正にその事じゃと思うがの。」
···マジか。
「大都市を築く時に、活断層や地形を考慮したりはしないのか?」
「もちろん、地形は考慮するのじゃろうが···活断層とは何じゃ?」
ミリネの言葉には、納得できるものがあった。
陰陽道や風水とは、その時代背景や環境、気候などを熟知した上に組み上げられたものだ。
元の世界とここでは根本が違う。
このやり取りがなければ、俺は龍脈を探すのに、路頭に迷っていた可能性があった。
「竜についての記述がある書物はあまりなかったな。この大陸にはいるのか?」
ミリネの言う通りだとすると、竜門を探し出すには、竜そのものの存在を探す方が近道だと言えた。
竜人族がいるのだから、竜がいてもおかしくはないのだが、この世界に来てから姿そのものを見たことがない。
「ここしばらくは見ておらんが、以前は時折見かけたの。遥か上空を飛んでおったわ。」
「それは、どのくらい前の話なんだ?」
「100年くらい前かの。」
「···そうか。」
昔過ぎるだろ···。
「竜は余程の事がない限り、棲みかを変えぬと聞く。今も同じ所にいる可能性は高いじゃろ。」
「それはどの辺りなんだ?」
「ヘイズ王国の高山地帯じゃ。あの頃は、かの国も普通じゃったからの。妾たちも布教でたまに出向いておった。」
「高山地帯か···だいぶ奥の方なのか?」
例の件で出向いた時には、そのような気配は感じられなかった。
「最も標高の高い所じゃ。あそこに竜門があると言われておる。」
「そうか。」
なかなか到達するのは厳しい所だろう。だが、他の竜門を探したところで、条件に違いがあるとは思えない。
「じゃが、あそこは竜門の中でも特に難しい場所じゃと思う。」
「具体的には?」
「あそこにおるのは、ただの竜ではない。数千年を生きる
「
「そうじゃ。竜の中でも、唯一神格を持った生き字引じゃ。高い知能を持っておるが、縄張り意識が高いのは他の竜と同じでな。不用意に踏み込むとブレスで焼かれて、即あの世行きじゃ。」
「ミリネはその
「遠くから見たことはあるのじゃ。怖くて近寄れんのじゃ。」
ミリネはぶるぶると震えながら答えた。
これは···嫌なフラグが立ちそうだ。
竜がいるかどうかは別として、とにかく竜門であるかを確認するために、現地へと赴いた。
ここで一つのミスを犯している。
転移術があるからと、大した準備もせずに高山地帯へと入ってしまったのだ。
途中までは険しい岩山を登るようなもので、時間さえかければ、然程の困難に出会うこともなかった。
実際に竜がいるからかどうかはわからないが、魔物の一体とも出会うことなく、道程は順調に進んでいた。
そして、目的地に近づいた時、妙な感覚が不意に襲ってきた。
ほんのわずかな圧迫感。そして、何か警笛のようなものが頭に鳴り響いたのだ。
「······························。」
警戒を強め、周囲の気配に意識を割くが、何も捉えることはできない。
エージェント時代にも似たような感覚に陥ったことがある。
それは、本能が危険を察知した時に起こる第6感のようなものだろうか。
何者かの領域に入ってしまったのか、それとも罠の類いか···。
一度、仕切り直した方が良いと考え、転移術を発動しようか考えた。
しかし、同じ場所に転移で戻ってくるのには、リスクが伴い過ぎる。
地形が複雑と言うよりも、険しすぎて転移時の危険度が極端に羽上がるのだ。
尖塔のように連なる岩山や、断崖絶壁のような山肌、突然ざっくりと抉られたような溝など、安全な場所をマークする方が非現実的としか言いようがない。
転移で戻った瞬間に、地形の脅威にさらされて、即命を落としかねないのだ。
少し考えた末に、かまわず進むことにした。
ここで出直したとしても、同じことを繰り返すのが目に見えている。
代わりに警戒心を強め、より慎重に行動をすることを心がけた。
進度は鈍るが、捉えようのない違和感は続いている。さすがに無防備、無警戒で進むことは躊躇われた。
その後、随分と長い時間をかけ、ようやく最も標高が高いと見られる地点近くまで来た。
「マジかよ···。」
眼前にあるのは、聳え立つような絶壁。
見上げると雲を貫くような感じで、その頂上部は視野には写らない箇所にあった。
自身の常識では、このような所に龍穴があるとは信じられなかった。
しかし、竜の棲みかとして考えると、イメージ的にこれほど相応しい所はないのではないかと感じられた。
「ふぅ」と溜め息を吐き、腰をおろせる場所をみつけて、休息を取ることにした。
携行食を取り出し、ゆっくりと咀嚼しながら食べる。
水分も口に少量ずつ含み、体内に浸透させるかのように摂取した。
このような所で、ビッグウォール・クライミングをすることになるとはと憂鬱な気分にはなったが、すぐに予測の範疇であったと自戒する。
ビッグウォール・クライミングとは、高さ1000メートル以上の岩壁を、何日もかけて踏破することである。
崖で長い時間を過ごすため、通常はポータレッジという吊り下げて使う簡易テントや、ボルトやあぶみといった人工登攀が必要となる。
当然、単独でのチャレンジなど自殺行為であり、パーティーを組むのが常套とされている。
しかし、この世界では、道楽でビッグウォール・クライミングなどをする酔狂な人間がいるとは思えなかった。
当然のごとく、人工登攀に関する道具なども、市販されてはいないだろう。
「最悪の場合は転移術を使うしかないか···。」
俺は周囲を丹念に探索した上で、岩に手をかけてクライミングを開始するのだった。
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