第2章 亜人の国 42話 「変革②」

「フェミリウム公爵は自らの派閥を拡大し、その立場を強固なものとしてきた。私は長兄が命を落としたために王太子となったが、それを良くは思っていないと思う。リーナのスキルで見ても、害意を溜めていると出ているらしいが···。」


「公爵がそういった考えを持っているのは、お兄様の性格故だと思います。父もそうですが、政には必要悪を受け入れる度量も必要と、常日頃から公言していますから。」


セインもリーナも、立場を考えればよく真っ直ぐな人間に成長できたものだと思う。


確かに、どこの世界でも必要悪と見なされる存在や決断はある。王位継承者としては、そういった国の頂点に立つ者の資質を要求されるものだろう。


「それはそうかもしれない。多勢を救うために最小限の犠牲を強いるのは、政治の世界では正当なものだという考えは強い。でも、だからと言って、そこに葛藤しない者が王に相応しいというわけでもないと思う。」


必要悪···かつての俺がそうだった。


一方から見れば正義であったとしても、同じ人間を主義主張の違いで排除する。それがエージェントとしての任務の一つだった。


私利私欲に走る者への躊躇などはなかったが、中には善者と呼べる相手もいた。


それを俺は、自分が所属する側を守るために破滅に追いやり、命を奪ってきたのだ。


「国のトップに良心がなければ、必要悪たる存在は意義を失う···もはや、そんなものはただの人殺しに過ぎない。だが、それが本当に多くの人のためになる英断であれば、ある側面で必要悪も正義になりうるのではないのかと思います。」


「タイガ殿も、その英断をしてこられたのか?」


善意のあるトップも必要悪も、どちらとも荊棘の道に違いない。


でも、同じ苦しむのであれば、意義のある道を歩みたいものだと思う。


「いえ···俺はただの必要悪に過ぎない。今も···昔も。」




「タイガ、索敵に反応した。」


エルミアが、エルフ独自の魔法で問題の場所の状況を調べてくれた。


自然と調和するエルフならではのそれは、一般的な索敵魔法に比べると精度がかなり高いらしい。


「何人いる?」


「4人···でも、これは···。」


エルミアが、相手の1人の正体を看破した。


名前を聞いた俺に衝撃が走る。


マジか!?


まさか、アイツが刺客とは···。


「まさか···本当にフェミリウム公爵が···。」


公爵とは、王家の血筋。いわば、セインとは身内である。


だが、王位継承に関して言えば、骨肉の争いや、権力闘争が巻き起こるのが必然である。


セインやリーナは、それをわかっていながらもショックの色を隠せない。それだけ、2人の人間性がまともだということなのかもしれないが、立場からすると、ただの甘さが際立ってしまう。


「相手の中に手練れがいる。俺が出ます。」


「タイガ殿···。」


俺は他の馬車に乗り合わせている同行者に事情を話し、ここでの待機と周辺警戒を依頼した。


ここにいる者達のほとんどは、セインやリーナの護衛である。だからこそ、別口で魔族が襲ってくる可能性を示唆した。


俺が初めてセインと出会った時に出くわした魔族の言葉を考えれば、あれは偶発的なものではないと言える。このタイミングで来るかはわからないが、警戒を強めさせる必然性を感じていた。




敵のいる場所まで移動をすると、見知った顔が並んでいた。


「魔王というのは、名うての詐欺師なのか?まんまと騙されてしまったよ。」


これまでとは違う剣呑とした口調で話しながら、キザったらしく頭を撫でるのは、勇者マイケルだった。


「くっ···頭が光ってまぶしいぞ。」


わざとらしく顔をしかめると、マイケルは怒りをあらわにした。


「誰のせいでこんなに光ってると思っている!全部、貴様の嘘のせいだろうが!?」


「頭を剃ると毛根が復活するのは本当の話だ。それに、俺が剃れと言った訳じゃない。」


「ふざけるなっ!貴様の···。」


「マイケル、不毛なやり取りはやめなさい。」


髪はないが、怒髪天を衝く勢いで捲し立てようとしたマイケルを止めたのは、後ろに控えていた女性の内の1人だ。


「ふ、不毛だとっ!?」


確かに毛がないから、この場に最も相応しい言葉と言えよう。


「四席である貴様が、我々に口答えをするのか?」


「あ···いや···。」


マイケルは意気消沈した。


「ただのメイドではないと思っていたが、もしかして、あんたらは国の暗部か?」


マイケルの傍に立つ3人は、この場では違和感しかないメイド服を着ていた。


そう、あいつらだ。


俺に猥褻を働こうとした、"おかめ"、"般若"、"なまはげ"の冥土三人衆。


ただ者ではないとは思っていたが···くっ、こいつら···また俺のケツを触る気か!?


「もっと隅々まで堪能したかったけど、これまでね。」


メイドの1人である般若が、にたぁ~と粘液質な笑みを浮かべる。


ああ···悪寒がする。


「雇い主は誰だ?」


国の暗部かと思ったが、今の表情を見て間違いだと感じた。


これが公務だとしたら、内面が凶悪すぎる。


職業的暗殺者というよりも、狂人といった方が良いだろう。人の命を快楽で奪う類いの奴らだ。


「魔王が相手だなんてゾクゾクするけど、これから死ぬ相手に答える口なんてないわ。」


「ただ殺すだけだともったいないから、死ぬまでオモチャに···。」 


ドンっ!


ドサッ···。


「なっ!?」


話すだけ無駄だと思い、SGー01で"おかめ"の胸を撃ち抜いた。放たれていた殺気の密度を考えると、まともな対話ができる相手ではないと判断をしたのだ。


スラッグ弾での一撃のため、着弾した辺りから、"おかめ"の体は分断されていた。


ガシャッ!


ドンッ!


ガシャッ!


ドン!


ガシャッ!


ドン!


残りの3人に向けて連射をしたが、倒れたのは"なまはげ"だけだった。


さすがは勇者級。


それなりに回避力は高いようだ。


「くっ!何だ、あの魔道具は···。」


斬!


素早い動きで射線から抜け出した"般若"を、蒼龍で袈裟斬りにした。


わずかな時間で、メイド服を着たメイドという名の怪人達は冥土へと旅立った。


これでもう、罪のない男が貞操の危機を感じることもあるまい。


「く···くそっ!何なんだ貴様はっ!!うちの首席から三席までを、こんなに簡単に···ぐおっ!?」


マイケルの背後をとり、両足の大腿部にナックルナイフをそれぞれ突き刺す。


動きが止まった瞬間、間を与えずに剣を握る腕を取り、引き倒しがてらに肩を脱臼させた。


「ぐ···があぁぁぁぁ···!」


「マイケル、いろいろと聞かせてもらうぞ。」


まさかモブだと思っていたコイツが刺客として現れるとは思っていなかったが、大したことはない。


やはり、モブ中のハゲモブだった。


俺は尋問を開始することにした。




ドサッ。


「トゥーラン隊長にお土産だ。」


俺は瀕死のマイケルをかついで、みんなの所まで戻った。


冥土三人衆は生き絶えていたので、魔物や病原菌の発生を防ぐために、簡易ではあるがすでに火葬を済ませている。


「この男は?」


「勇者マイケルだ。フェミリウム公爵の私兵である非合法活動部隊の四席らしい。」


「まさか···フェミリウム公爵が、勇者を私事に使っていたとは···。」


当初、マイケルは尋問に素直に応じなかった。


拷問などはあまり好きではないのだが、時間をかけるわけにはいかなかったので、WCFTー01のファイヤーモードで、ちょっとしたデモンストレーションを見せてみたのだ。


具体的には、最高出力で冥土三人衆の遺体を焼き消すところを見せ、マイケルの四肢を同じように消すぞと脅した。


実際には、脅しだけで実行をするつもりはなかったのだが、生きたまま手足が無くなることを危惧したマイケルが、洗いざらいをぶちまける結果となった。


「殿下、勇者マイケルはフェミリウム公爵の推薦で認定をされたと記憶しております。おそらく私兵としては、それ以前より雇用されていたかと。」


マイケルは元々腕の立つ冒険者だったのだが、女癖が悪く、ある時に貴族の娘に手を出してしまったらしい。それがフェミリウム公爵邸に仕える下級貴族の子女だったということから、半ば強引に公爵の私兵にならされたとの事だ。


腕利きの冒険者が、貴族の私兵になることは珍しいことではない。だが、マイケルに関しては、多額の賠償金の埋め合わせを理由に、非合法活動に身を投じていたらしい。 


普通に考えれば、自業自得だ。


ハゲるのが当然と言えよう。


「やっぱりろくな奴じゃなかったのね。」


ストーカー行為をされていたエルミアにしても、同情の余地なしといった気持ちだったろう。


「今回は、俺の命を奪うように指示をされていたようだ。同じ所属の3人もいたが、そちらはもう排除した。他にも、王城に対する背信的行為や、反社会的な活動などの余罪もあると言っている。身柄を渡すから、吐かせるなり、消すなり好きにしてくれ。」


「···わかった。罪人として預かろう。駐在騎士がいる町に近づいたら、そこで投獄をすることにする。」


さすがに魔の森に連れて行けるほどの人手はないので、トゥーランに丸投げをすることにした。


マイケルの手足はバキバキにしておいたので逃げる心配はない。移動に関しては、馬車の屋根にでもくくりつけておけば、何の労力もかからない。


「王族に関わる不正を知っているようなら、フェミリウム公爵を糾弾する一助にはなる。協議の際に公爵に横やりを出されても困るから、良い証人になるかもしれんな。」


セインが話した通り、フェミリウム公爵は今回の協議に関して弊害となる可能性が高い。マイケルが俺を狙ったのも、その一端で間違いはなかった。


しかし、このような動きを見せた公爵だが、立場を考えると常識的な行いに過ぎないと言える。


深い闇のような悪意を出していたのは、その次男である将軍。一枚岩ではないであろうフェミリウム親子への警戒は、今後さらに強めるべきであった。




フェミリウム公爵から俺の抹殺を命じられた経緯について、マイケルからは話を聞いていた。


亜人との対等な協議など、実現させてはならない。


それが最大の理由だ。


ただし、この理由には含みがある。あくまでマイケルの見聞と推測での話だが、フェミリウム公爵は王太子セインがいる限り、自身の裁量での政への関与が不可能になると考えているらしい。


海千山千の老獪であるフェミリウム公爵から見て、セインは聖人君子のごとき男である。


自身の欲へは目を向けず、いついかなる時も公正であろうとするその姿に、立場上の危険を感じられずにはいられないのだろう。


王太子セインが順当に王位を継承すれば、国は存亡の危機に陥る。


それがフェミリウム公爵の持論なのだ。


確かに、政はきれい事だけでは済まされない。権力や派閥による闘争、議題の推進にまつわる根回し、政敵の排除など、裏で流される血は想像以上に多い。


そんな中で、誠実さが服を着て歩く様なセインが王位につけば、私服を肥やしている上流貴族だけでなく、公爵たる自身の立場すらも危ぶまれるのである。


そういった理由で、亜人を統べる魔王の命を奪い、それに巻き込む形で王太子をも暗殺しようと企んだようだ。


やっていることを考えれば、プライドと権威の塊···要するに、小者でしかなかった。


余談だが、実子である将軍が何らかの動きをしていることに気づき、それに対しても脅威と焦りを感じているとマイケルは話していた。


何のことはない。


公爵その人は、最上位貴族として胡座をかいている、ただの道化に過ぎなかったのだ。


今更ながら、ソート・ジャッジメントに反応をしなかったのは当たり前のことのように感じた。


悪意というものは、それを向ける対象や周囲への弊害を理解していて、尚行う卑劣な行為。


フェミリウム公爵のそれは、単なる貴族としての防衛本能にすぎない些末さだったのだから。




騎士が駐留するという町に立ち寄り、マイケルの身柄を一時投獄させておいた。


俺たちはそのまま宿を取り、一時の休養を得る。


動き始めてしまったからには、次にいつ体を休めることができるのかはわからない。


俺は1時間程度を頭の整理に使い、その後はゆっくりと睡眠を貪ることにした。







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