第2章 亜人の国 41話 「変革①」
「アストライアーの寵愛を受けると、魔王でも信用ができるということかな?」
アトレイクが女神であるなどとは、あまり考えたくもないが、とりあえずは棚上げすることにした。
今はもっと重要なことがある。
当然、事が落ち着けば、それをネタにアトレイクをいじり倒すつもりではあるが。
「先見の巫女の予言が、正にそれだったのだ。そなたは元々は人族。そして、亜人種からの信頼も得ている。我々にとっては、これ以上にない相手と認識している。」
再び、国王が話を継いだ。
「それで、亜人種と共闘して、魔族を退けたいということでよろしいのですか?」
「そうだ。」
随分と都合の良い話に聞こえる。
他の国の事情は置いとくとして、この国の亜人に対する扱いは、冒険者ギルドでの一件を見れば明らかだ。
奴隷として扱うまでではないが、差別は根強い。
「王太子殿下の闘いを拝見しましたが、普通の魔族であれば対抗できるのではないですか?」
上位魔族が相手だったので遅れを取ったのだろうが、王太子の実力はそれなりに高かった。スレイヤーとして、スカウトしたいくらいだ。
「タイガ殿。王太子殿下は、この国で五指に入る実力を有しておられます。逆に言えば、騎士達の実力は、殿下を遥かに下回るのです。魔族1体を相手取るのに、大隊クラスの投入が不可欠。他国との情勢を考えると、非常に厳しい戦力しか持ち合わせてはいないのです。」
宰相が力説を始めたが、そんなことは知っている。
代わりに亜人で魔族に対抗すれば良いと言っているようにしか聞こえないのだ。
「勇者がいるでしょう?」
「···確かに勇者たちは強い。魔族にも対抗できるでしょう。ですが···。」
「予算は有限だと?」
「·····························。」
それが本音か。
勇者への魔族討伐報酬は非常に高額だ。仮に数十体の討伐に成功したら、国の年度予算が破綻するのかもしれない。
それに、王国騎士団を投入した場合、国家防衛のための戦力が魔族によって削がれ、他国に攻めこまれる可能性が高くなる。
ジリ貧だな。
この国は魔族だけではなく、他国にも睨まれ、国防のための予算も工面できない状態にある。
そこに亜人を戦力として取り込めれば、急場は凌げるとでも考えているのか。
「王太子殿下はどうお考えですか?」
「私は···あくまで個人の意見として言わせてもらうが、亜人という蔑称すら改められない今の状態で、あなた達に一方的な要望を伝えなければならない国情を、まずは恥じなければならないと思っている。」
国王と宰相が、今の言葉で凍りついた。
そうだ。
それが正しい認識だと思う。
そして、それを躊躇うことなく言い放った王太子セインに、この国の希望が見れた。
王太子セインの放った言葉は、王国側からすれば物議を呼ぶ内容だ。
国王と宰相が、揃って苦虫を噛み潰したような顔をしている。
「さすがは殿下。今の言葉がなければ、私はすぐにこの部屋を出る所でした。」
「タイガ殿···。」
これまで、亜人蔑視の体制を変えることなく放置してきた国だ。
細かい内情はどうあれ、一方的に都合の良い解釈をされるのは愚かすぎる。
国王からしてみれば、亜人や魔王にすがりたくても、媚びる訳にはいかない立場もあるだろう。
だが、それは人族以外の存在を軽視し、さらに心情を無視した身勝手でしかない。
「私が正義の女神に寵愛をされていると言われましたが、陛下や閣下は正義とは何だとお考えでしょうか?」
「それは···。」
言葉が続かない。
余計な事を言えば、自らの立場···国の救済が頓挫することは理解しているのだ。
「アストライアー様の正義は、人間を信じることですよね?」
リーナだ。
彼女も兄と同じく理解をしている。
「そう···そして人間とは、人族だけを指すわけじゃない。」
言外に、人族だけの味方をする気はないと告げた。
国王と宰相の表情がさらに強ばる。
「良い機会だと思います。今後、どうすれば共存していけるか、顔を合わせて協議をされてみてはいかがでしょうか?」
「···タイガ殿の今の言い回しですと、協議をする相手はあなたではないのでしょうか?」
王太子も驚いた顔をしている。
「これまでにもお伝えしたように、私は元々人族です。仲介はしますが、実際に互いの立場から率直な意見を言い合った方が良いでしょう。」
「それは、確かにその通りかと。しかし、魔族のことを考えると、あまり悠長なことも言ってはいられないのだが···。」
「魔族が大軍ですぐに攻めてくるわけではないでしょう。散発的なものなら勇者もいますし、私も対応します。それから···強力な助っ人を呼ぶので、戦力的には問題ないかと思います。」
「助っ人···ですか?」
王太子と国王、そして宰相が顔を見合わせる。
「それは、獣人かエルフの冒険者ということですかな?」
「私の知人に超強力な魔法士がいるのですよ。」
「魔法士ですか。それなりに名が通った者であれば、我々からも要請を致しますが?」
「いや、あなた方からの要請では、彼女は首を縦に振らないかと思います。」
「彼女?一体、どなたのことをおっしゃっているのですかな。」
「名をカリスと言います。」
「カリス···そのような魔法士が、我が国にいたであろうか?」
国王の問いかけに、他の者たちは首を振る。
知らないのも当然だろう。
「ああ、彼女は一介の魔法士ではありませんよ。何せ、魔神ですから。」
「···························は?」
「ま、まままままま魔神ですとぉ!?」
「タ···タイガ殿っ!魔神とは、あ···あの魔神かっ!?」
あの魔神が、どの魔神かは知らないですけど。
「そうです。あの魔神です。何か問題でも?」
「「「「「「「·····························。」」」」」」」
あれ?
みんな震えてるぞ。
「どうかされましたか?」
「···魔王に···魔神···。」
おお、国王の顔が蒼白だ。
「お···終わりです···この国は···。」
宰相の顔は真っ白だ。
大丈夫か?血の循環が止まったら死ぬぞ。
あ···セインは、その口を開けたまま硬直した表情はやめた方が良い。せっかくのイケメンが残念なことになっているぞ。
「さすがはタイガ様です。魔神すら配下にしておられるとは!」
満面の笑みで讃えてくるのは、当然リーナだ。
いついかなる時でもブレない。
いや、たまにはブレろよ。
「配下と言うわけじゃないけどな。まあ、カリスは一つの国を壊滅させたことがあるらしいから、魔法士としての実力は問題ないかと思う。」
「···違う意味で問題がありすぎです。」
宰相さん、ボソボソ話すのはやめて欲しい。悪口を言われているようで気になる。
もう顔が紫に変色しかけているし、宇宙からの侵略者みたいな表情になってきているぞ。
城を出た俺はクランハウスへ戻ることにした。
国との話し合いのお膳立ては無事に終わった。
しかし、どのようにして、その席を設けるかが問題となる。
とりあえず、ミンやアグラレスと連絡を取る手段があるかどうかだ。クランマスターのサブリナに相談をして、手段がないようならエルフの里に向かうことも必要かと考えていた。
「おかえり、タイガ。」
エルミアが笑顔で迎えてくれた。
本当の嫁なら、この笑顔で1日の疲れが吹き飛ぶのだろうなと思いつつ、挨拶を返した。
「ただいま、エルミア。」
「無事に終わったみたいだね。」
「なんとかね。そう言えば、エルミアはお父さんと連絡をする手段を持っていたりするのか?」
「あるけど、届いてもルービーまでしか無理かな。魔の森やエルフの里だと、はっきりとした方角がわからないし、魔力的にも厳しいと思う。」
魔石を使った通話方法があるらしいが、いろいろと問題があるようだ。念のために試してくれるとのことなので、お願いをすることにした。
クランマスターであるサブリナの執務室を訪れた。
「すごい話だな。上手くいけば、私たちの存在を国が公に擁護するということか。」
事の経緯を説明すると、サブリナが食いぎみに身を乗り出してきた。
「上手くいったとしても、差別はそれなりに残ると思う。人の意識なんか、すぐには変わらないだろうしな。」
「それでも大きな前進だと思うぞ。」
この先をどうするかは、当事者たちに任せるつもりだった。
そのためにはミン達と合流して、協議の場を作らなければならない。
「アグラレス様に連絡を取る方法を知らないか?」
「それは···さすがに無理だな。ルービーの冒険者ギルドになら連絡はつくだろうが。」
やはりエルミアと同様の答えが返ってきた。
「そうか。」
「行くのか?エルフの里に。」
「それしか手はなさそうだ。」
3日後。
俺は再び魔の森を抜けて、エルフの里に向かうことになった。
国王達も魔族の脅威はあるにせよ、今後のために全面協力を申し出てくれた。
のだが···。
「タイガ様、私と同じ馬車にどうぞ!もちろん、お席は隣で。」
同行者が多かった。
「今さらだが、馬で単騎で向かった方が速いのだけど···な。」
リーナだけではない。
なぜかセインやトゥーラン、ダニエルやシュラといったリーナの護衛達、それにサブリナやエルミアまで同行するらしい。
セインやリーナは、エルフの里の視察と交流を深めるため。トゥーランやダニエル達はその護衛。サブリナはアグラレスとの再会と帰郷を兼ね、エルミアは父親の安否を確認するためという名目である。
本来であれば、王族やその護衛と人族以外のメンバーが共に行動をすることはあり得ない事のようだ。だが、サブリナはその立場から、人族以外の種族から絶大な信頼を得ており、王太子セインとも旧知の仲なのが今回のメンバー構成につながった。
と言うよりも、サブリナが王太子に働きかけて実現したらしい。
「殿下はスラム街扱いだったクランハウスの周辺を、よくお忍びで視察に来ていたんだ。そこでちょっとした事件があって、そこからの仲なのさ。」
サブリナがあっけらかんと言う事件だが、獣人の子供を奴隷として他国に売ろうとしていた商人達と街で対峙した時に、王太子が王国法で商人達を裁いたという内容だったらしい。
普通なら犯罪者であろうと、同じ人族の肩を持つのが王国騎士の定番と言えたそうだが、「人種など関係ない。処罰されるべき対象を見間違えるな!」と、その時に対応していた王国騎士を王太子が一喝したとのこと。
最初は何か裏があるのではないかと勘繰ったサブリナだったが、何度か話をかわすうちに、王太子が本当に公正な人物であると理解をしたらしい。
「殿下は自虐的なくらい誠実な方だからな。加虐的なタイガとは正反対だな。」
おい、サブリナ。
さりげなく俺にケンカを売っているな?
「お兄様は融通がきかないくらい真っ直ぐな方ですから。私もその影響で一途なのですよ。」
話に乗じて、隣に座るリーナがぐいぐい体を押しつけてくる。
因みに、同じ馬車にはセインとリーナ、サブリナとエルミア、そしてなぜか俺まで乗せられるはめになっていた。
「近い。リーナが
「タイガ様、ひどいですぅ!私は
さらに体を押しつけてくるリーナの額を掴み、一定の距離をあける。客観的に見たら、アイアンクローを王女にかましている光景だ。
「いや、リーナが
「え···それは怖いですね。」
うん、怖い。
想像したら、戦慄が走る。
「はは···リーナのそんな無邪気な姿は初めて見た。タイガ殿は不思議な人だな。魔王であるなどと、とても思えん。」
いやいや、セイン。
俺はそれなりの力でリーナの頭を締め上げている。
ミシミシいってるのに、なぜか笑っている君の妹こそ、真の魔王だったりするのではないだろうか。
「そろそろかな。」
「本当に来ると思う?」
「魔の森までの道程では、一番襲撃をかけやすい地形だからな。」
王都を出発してから、何事もなく順調に進んでいた。しかし、無事に魔の森にたどり着けると思うほど、平和ボケしてはいないつもりだ。
「タイガ殿が言っていたように、この先の地形は挟撃をしかけるのには最適な場所となる。だが、私たちの出立は、秘密裏のはずなのだが?」
「殿下達には申し訳ありませんが、俺たちの動きは宰相を通じて特定の者にリークをしてもらっています。馬で駆ければ先回りも可能ですから、襲撃を受ける可能性はそれなりにあるかと思います。」
国王と宰相には、王国の不穏分子の炙り出しのために協力をしてもらっていた。そのために王太子が囮となることを、渋々ではあるが了承してもらっている。
実際にターゲットとなるのは王太子だけではなく、俺かその双方である可能性も高いのではあるが。
「リークした相手は?」
「将軍と公爵···フェミリウム親子です。」
「····························。」
セインが無言でリーナに視線をやった。
「リーナのスキルで、わかっていた事ではないのですか?」
「···タイガ殿は、リーナのスキルのことをご存知だったのですか?」
セインが驚いた顔で言葉を発しながら、リーナの様子をうかがう。
リーナは当然、首を横に振った。
「リーナから聞いた訳ではありません。俺も同じようなスキルを持っていますので、何となくわかるのですよ。」
実際には、ヴェルザンデイから聞いて確証を得ている。いくら似たようなスキルを持っていようが、リーナのスキルを詳しく知ることなどできない。
「因みに、獣人の中にも同じようなスキル持ちがいます。彼女とリーナが同席をして協議を行えば、余計な勘繰りをすることなく、互いに対等な立場で話し合いをすることができますよ。」
驚いた顔をするセインとリーナだったが、今の話の主旨を理解したようだった。
「なるほど。今代の魔王が相手の善悪を読み取るスキルを持っているというのは驚きだが、それで納得した。タイガ殿は、我々を交渉相手として相応しいと考えていてくれたのだな。」
「まあ、そうですね。逆も然りですが。」
セインだけでなく、国王や宰相が俺の提案を受け入れることに時間を要しなかったのは、やはりリーナの存在が大きいのだ。彼女が俺を味方だと感じていることが、絶大な保険となっている。
「それに、リーナとその獣人が立ち会えば、互いに害意をなす相手であるかどうかはすぐにわかる。これは今後の材料としては大きいでしょう。」
協議や交渉をする上で、最初から互いに疑心暗鬼な状態では、話を進めるのは困難をきわめることになる。
だが、リーナとミンが持つ特異なスキルが、双方を結びつける恩恵を生み、互いの未来を明るくすると言っても過言ではないと感じていた。
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