第2章 亜人の国 34話 冒険者ナミヘイ③

意識のない冒険者を全員縛りあげた。


その間、俺の行動を見ていた冒険者ギルドの職員も、獣人やエルフといった冒険者達も、唖然とした顔で距離を置いて見ているだけだった。


バシャッ!


謝罪DEATHの後に蹴りをかました男にコップの水をかけた。


「ぶはっ!あ···あ、げふぉつ···。」


椅子に座らせて縄で固定しているため、鼻から入った水でむせかえっている。


「トワイだったよな?気分はどうだ?」


「···き、貴様っ!?ころ···。」


トワイが、周囲の状況に気がついた。


「み···みんな···。な、何だよ、これ!?」


「ギルマスを殴って気絶させたことは覚えているか?」


「え?はあ!?ギルマスを殴って···て、できるわけないだろ!?あのギルマスは、元ランクSだぞ!!」


え?


嘘?


あのバーコードが?


「引退してるから、腕が落ちてる。現役の冒険者なら、それくらいできてあたりまえだ。」


「い、いや、俺はランクBだぞ!?いくら年老いたとはいえ···。」


「年老いたって···あのおっさんはまだ40歳くらいだろ?老けてるってか?主に頭が。」


「い、いやいやいやいや!そんなつもりは···。」


「まあ、不意打ちで殴ったことには変わりはない。」


「ち、違う!」


「いや、証人もいる。」


リーリュア達に視線をやると、目をそらされた。


「···ほらな。」


「いや!?あいつらの反応がおかしいだろっ!」


「気のせいだろう。おまえはギルマスを殴るくらいに錯乱しているからな。」


「な!?違う!なあ、おまえらはわかっているんだろ!?俺がギルマスを殴ったりしていないって!!」


「なんだ?普段はあいつらを蔑んで、見るに耐えない仕打ちをしているのに、こういった時は頼るのか?」


「いや···それは···。」


「自分でもおかしいとは思わないのか?」


「ぐ···。」


「まあ、口で諭しても、これまでの行動はすぐに改まらないだろ。」


俺はナイフを抜き出した。


「ひっ!?」


トワイは目を見開き、やがて震えだした。


「ナミヘーさん!それはやり過ぎですっ!!」


リーリュアやシーリー達が俺を止めようと詰め寄ってきた。


「優しいな。こんな奴らは、助ける必要なんかないと思うぞ。」


「ですが、いくら何でも···。」


「ナミヘー、それくらいで良い。殺してしまえば、おまえがただでは済まない。」


それまで無言だったバーンまでが、止めに入ってきた。一番腹を立てていたようだが、俺の行いを見て冷静になったようだ。


「仕方がないな。トワイ、おまえらはバーン達に感謝すべきだな。命は奪わないでやる。ただ、他人から嘲笑され、蔑みを受ける経験はしてもらうぞ。」


俺はわざと冷酷な笑みを見せた。




「う···んん···。」


気絶をしていたギルマスが、ようやく目を覚ました。


気を失ってから1時間程が経過している。


「···は?何だ···これは···。」


元腕利きの冒険者らしく、ギルマスの体は未だに筋肉量が多く、重量がある。


それ故に、誰かに運ばれることもなく床で倒れたままになっていたのだが、意識を取り戻した視界には、衝撃的な状況が映っていた。


数十人の冒険者達が、腕を縛られて転がっている。


そして、所々に山積みになった茶や金色がいりまじった何か···。


「何が···起きた···?」


ゆっくりと立ち上がったギルマスは、転がる冒険者を見る度に顔をひきつらせていく。


「これは···まさか···。」


ギルマスが見たものは、頭頂部をキレイにハゲ散らかした冒険者達。


彼らは一同に、サイドとバックだけを残して、髪の毛を失っていた。


「··································。」


周囲に警戒の視線を巡らせて、頭部を両手で保護しようとするギルマス。


その異様な光景に、場に残った者たちも声をかけにくい状況が続いた。


そして、しばらく後···。


「ギ···ギルマス!良かった。気がつかれたのですね!?」


受付嬢がおそるおそるといった感じで、ギルマスに声をかけた。


「あ···ああ···。これは···この状況は···モウコンスイスイの大量発生か!?」


「···えと···モウコンスイスイって、何ですか?」


「え!?」


「···え?」


ギルマスの頭には、モウコンスイスイへの恐怖しかなかった。


「モウコンスイスイはどうしたっ!?」


「いや···だから、モウコンスイスイって何ですか?」 


「その名の通り、毛根を吸う虫だ!やられたのは人族冒険者だけか!?」


「···頭、大丈夫ですか?」


「は?」


その後、2人の話が噛み合うまでに、5分以上の時間が費やされるのだった。




「気がつきましたか。心配しましたよ。」


俺は受付嬢と文字通り不毛な会話をしているギルマスに声をかけた。


床に横たわっていたギルマスを椅子に乗せるくらいのことはできたが、人族冒険者の頭を刈り上げるので手が一杯だったので、とりあえず放置をしておいたのだ。


今は、人族冒険者の頭の油が手について気持ち悪かったので、手を洗いに行っていた。


「ナミヘー···。これは、どういうことなんだ?」


「トワイって奴が、ギルマスに攻撃をしかけたので、教育的指導をしたんですよ。」


「···こいつらの頭は···なぜ···その···。」


「ギルマスを敬うように、似たようなヘアスタイルにしときました。」


「···は?」


「は?」


「···ナミヘー···おまえ···もしかしたら、俺に遠回しにケンカを売っているのか?」


「とんでもない。」


「···モウコンスイスイの話はデタラメなのか?」


「ギルマスの背後にいますよ。」


「なに!?」


咄嗟に頭部を両手で庇いながら後ろを振り返ったギルマスは、キョロキョロと周囲に視線を巡らせた。


「モウコンスイスイは、視界でとらえることはできません。」


「···おまえは何を言っているんだ?モウコンスイスイという虫は本当に存在するのか?何となく状況は理解しているが、俺にはおまえが悪魔に見えてきているのだが···。」


ギルマスの眼には怒りが垣間見えた。


ギルドにいる人族冒険者をフルボッコにして、頭を落武者のように刈り上げる。


そのような印象を持たれるのは当たり前だろう。


逆の立場なら、俺も相手が頭おかしい系に見えるからな。


「俺の国には、モウコンスイスイは実在します。そしてそれは、全ての人間の中にも潜んでいるのです。」


「おまえは···何を訳のわからないことを言っているんだ?」


ギルマスの語気が荒いものになっていく。


「解説しましょう。モウコンスイスイの正体は、精神的負担のことです。」


「精神的負担だと?」


「精神的負担は、体内の分泌物のバランスを崩させ、本来の働きを損なわせます。」


俺は精神的ストレスと、ホルモンや血流などに対する悪影響を、こちらの世界に合わせたレベルで解説した。


「···と言うわけで、精神的負担のために毛根が果てしなくダメージを負うわけです。これらの影響による最悪の状態が、毛根が枯れ、毛髪も枯れるという悲しい結末です。それを踏まえて、俺の国ではモウコンスイスイという虫が、この悲しい事象を発生させたという比喩表現を使います。」


ギルマスだけでなく、場にいた全員が口をあんぐりとさせて、無意識に頭部を触りながら俺の話に聞き入っていた。


「そんなことが···。」


ギルマスは恐怖に顔を歪めていた。


だが、思い当たることがあるのか、俺の言葉を否定する態度は取らなかった。


まあ、全部嘘だが。


単に話を聞いてもらう体制を整えるための詭弁だ。


「ギルマスにとっては、異なる種族同士の諍いが、モウコンスイスイをその身に巣食わせる要因かと思いますが。」


「どういうことだ?」


「まあ、今更ですが、あなたは種族の違いによる差別を良しとはされていませんよね?」


「ああ···。」


「その理由を聞いても?」


「···人族だろうと、獣人やエルフだろうと、同じ人間だからな。」


「···その理由を聞いても?」


「いや···だから···。」


「建前とかはどうでも良い。理由を話せ。」


口調を元に戻した。


俺は人と距離を置く時には敬語を使う。だが、それだと懐には踏み込めない相手がいる。


ギルマスはそういったタイプの人間だった。


「···若い頃の話だ。」


「髪の毛が日々抜けていくのが、恐ろしかったと···。」


「そうなんだ···って、やっぱりケンカを売ってんのか!?」


「違うぞ。言いにくそうだから、肩の力が抜けるように冗談を言っただけだ。」


たちが悪すぎるわっ!」


「悪い。それで、若い頃に何があった?」


「あるダンジョン探索で死にかけた。」


「順調にランクが上がって、慎重さにかけたか?」


「···そうだ。同期の冒険者同士でパーティーを組んでいたが、仲間は全滅した。俺自身も瀕死の状態で、あとは死を待つ段階まで来ていた。」


「·······························。」


「俺たちと同時期に、獣人だけのパーティーを立ち上げた奴らがいた。獣人は人族よりも身体能力に優れている。普通なら、互いに切磋琢磨して競いあえば良いものを、俺たちはそいつらの能力に嫉妬していた。つまらないガキだったと思うよ。自分達よりも優れた冒険者だってわかっていたのに····俺たち、いや俺はそいつらを蔑んでいた。ここにいる人族冒険者と同じだ···。」


縛られ、頭をハゲ散らかされて、うなだれていた人族冒険者達は、ギルマスの話を真剣に聞いていた。


···俺は落武者くん達が真剣な表情をしているのを見て、必死に笑いをこらえていた。なんだ、このシチュエーションは?


「俺がダンジョン探索で死にかけた時、その獣人達はわざわざ助けに来てくれたんだ。俺は目を疑ったよ。普段から辛辣な言葉を投げかけていた俺を、なぜこいつらは助けに来たのだろうと···。」


ギルマスの拳がブルブルと震えていた。


「助けられた後に、理由を聞いた。なぜ俺みたいな男を助けたんだと···。何て言ったかわかるか?」


「·························。」


「そいつは、『おまえには、生まれたばかりの子供がいるんだろう?個人的にいろいろと言いたいことはあるが、子供に不幸を背負わせるな。』と言ったんだ。」


そうだ。


獣人やエルフなど、亜人と呼ばれる者たちは、痛みや悲しみを絶えず抱えている。だからこそ、他人の痛みや悲しみにも聡いのだ。


「自分の馬鹿さ加減を思い知らされたよ。それ以来だ。俺があいつらの優しさに目を向けるようになったのは···。」


周囲は静まり返っていた。


いや、受付嬢の号泣する声が聞こえてくる。


落武者どもは揃ってうつむき、項垂れていた。


「それで?あんたは何かしたのか?」


「···え?」


「実際に、何か結果の残る行動をしたのか?」


「いや···それは···。」


「···まあ、良い。あんたはまだマシな方なんだろう。でも、このままだと何も変わらないということは、頭の片隅に入れておいた方が良い。そうでなければ、そのうち俺がこいつらを再起不能にする。」










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