第2章 亜人の国 33話 冒険者ナミヘイ②
「···調味料が、塩とビネガーしかないんだが?」
パントリーや厨房の棚を探してみだが、他は見つからなかった。
せめて、コショウとかないのかよ。
「え!?調味料って、塩とビネガーのことだろ?」
ギルマスの言葉に頭が痛くなった。
他の者たちの顔を見ても、ふるふると顔を動かすだけ。
「わかった。」
塩とビネガーしかなければ、料理ができないわけじゃない。だが、塩の加減など、個々の好みによって変わる。
まあ、良い。
ある物で料理を作ってやろう。
鶏肉があったので、皮は残して肉との間にある油や筋を丁寧に取ってから、一口大に切り分ける。
キノコ類は手で付着物を取り、細かく刻んだものと、スライスしたものを用意した。
寸胴鍋をコンロにかけ、鶏肉とキノコを入れ、牛乳を注いだ。
弱火で煮る。
根菜類は火が通りやすいように、小さめに切って鍋に入れ、フタをした。
あとはコトコト煮込みながら灰汁を取り、仕上げに切った葉物を入れたら一品完成だ。
郷土料理の飛鳥鍋みたいなものだ。
飛鳥鍋は、本来は白味噌や砂糖、醤油を入れるが、ないものは仕方がない。
具材から出た出汁で、ちょっとしたシチューのようになるはずだ。
次に、鍋に水を入れて鶏の胸肉をボイルする。適度に熱が通ったら、胸肉を取り出して粗熱をとり、身をほぐす。そこに刻んだキュウリを入れて、ビネガーとオリーブオイルで味付けをする。
二品目、洋風の棒々鶏。サラダの代わりだ。
最後に、フライパンに油を入れて熱する。
卵を割ってほぐし、塩で味付けをする。空気が入るように卵をかき混ぜるため、箸の代わりにフォークを代用した。
フライパンで調理して、プレーンオムレツの完成だ。
最初の飛鳥鍋擬きが完成したら、順に味見をしてもらう。
「···手際が良すぎないか?」
「この人、料理人ですか?」
そんな声が聞こえてきたが、アウトドアで作るような手抜き料理でも、そう思えるのならそれで良い。
求められているのは本格的な料理よりも、誰でも簡単に作れて、そこそこの味になれば及第点のものと感じていた。
と言うより、塩しかないのなら、それで正解だろう。
休憩中なのか、受付嬢もやって来た。味見をしたいって表情が見てとれる。
「完成だ。パンと一緒に食べてみてくれ。」
全体的に塩などで味は濃い目にしてある。
素材の味だけでは、パンと一緒に食べると物足りないだろうからだ。
「···美味しい。」
「この卵料理、ふわふわしてる。口の中で溶けるみたい···。」
「うまい···うまい。」
こいつらは、普段どんな料理を食べているのだろうか···。
「この食事処のメニューは、どんなものがあるんだ?」
興味本意に聞いてみた。
「肉を焼いたやつとか、目玉焼きとか···かな。」
「前はシチューもあったよね?作り方がわからないから、今はないけど···。」
「塩味のパスタ···具材なしの。」
「野菜を茹でて、塩をつけて食べるやつ。」
単純に肉を焼くと言っても、ちゃんと仕込まないと臭みとかが残るし、野菜を茹でるのも適正な時間や火の強さがある。
シンプルなものほど、ごまかしは利かないのだ。
···そりゃあ、メシがマズイって言われても仕方がないだろう。
「満点です!ナミヘーさん、ギルドからの依頼を受けてください。」
受付嬢が祈りを捧げるように、手を組んでうるうるとした瞳をこちらに向けてきた。
「···もしかして···私たち···クビですかぁ···。」
厨房にいた冒険者たちは、俺の料理が合格だという言葉を聞き、別の意味で瞳をうるうるとさせている。
「いや、違うんだ。実はな···。」
ギルマスが説明を始めたが、この流れだと断りにくくなるのだが···。
説明を聞き終えた冒険者たちが、恐る恐るといった感じで俺に近づいてきた。
「あ···あの···兎人は···お嫌いですか?」
「先生···とお呼びしても良いですか!?」
口々に懇願の意思を向けてくる冒険者たち。いたいけな瞳を向けて来られると断りずらい。
「まあ、急ぐ予定もないので、短い期間なら···。」
「おおっ!マジかっ!!」
「助かりますぅ~。」
どちらかと言えば、ギルマスと受付嬢の方が喜んでいる気がした。
俺と冒険者たちは、厨房から出て食事処の方へと移動した。
ギルマスから、「今日は互いに親睦を深めて、明日からの段取りを話し合ってくれ。」と言われたので、腰を落ち着けて話をすることになったのだ。
「リーリュアと言います!よろしくお願いします!」
兎人族の娘だ。
「シーリーです。」
色白エルフ。
「バーンだ。」
···唯一の男性。虎人族···なんか偉そうだな、おい。
「ミュウミュウだにゅあ。」
にゃあ?
猫人族か。
リーリュアとミュウミュウは、愛らしい顔、シーリーとバーンは美形と言って良かった。
種族が違えど、人族が見ても「かわいい」「きれい」「かっこいい」と思えるルックスだ。
これで蔑視しているという人族は、馬鹿なのかと思う。
「ナミヘイだ。とりあえず、短期間だと思うけどよろしくね。」
偽名をフルで伝えるといろいろと厄介なので、ファーストネームだけを伝える。
「ナミヘーさん。」
「変わった名前だにゃあ。」
「異国の出身ですか?」
バーン以外は歓迎ムードだ。
「そう、遠いところから来たんだ。冒険者としては、君らが先輩にあたる。いろいろと教えてもらえるとうれしいかな。」
やわらかい態度で話をすると、3人の警戒心は多少薄れてきたようだ。
バーンだけは無表情だが。
「おい。」
と、突然話しかけてきた冒険者がいた。
人族だ。
バーンが睨みつけるような視線を送る。
「なんだ?」
「亜人どもが群がって何をやっている?目障りだ。」
女性3人は視線を落とし、拳をきゅっと握る。
「ここは冒険者ギルドだ。俺たちがどうしていようと、お前らには関係ない。」
バーンがすっと立ち上がり、威嚇するように相手に返答をした。
これは···荒事になりそうだ。
「偉そうにほざくなよ、獣ふぜいが。おまえらがいるだけで臭うんだよ!」
「何だとっ!?」
これはアレだな。
人族の馬鹿さ加減が全開になっているな。
「落ち着け、バーン。」
俺はバーンの傍に行き、肩に手を置いた。
バーンは剣呑な目で睨んでくる。
「どうせ、おまえもこいつらと同じことを思っているんだろ?」
何を言ってもダメそうだ。
バーンの瞳には、憎しみすらこもっている。
俺は視線を外し、絡んできた人族冒険者の前に立った。
背は低い。
俺の胸あたりに顔がある。
「何だ、てめえ?人族のくせに、こいつらの肩を持つのかよ。」
「こういった雰囲気は好きじゃない。とりあえず、俺が謝ろう。」
「はあ?」
「ナミヘー!おまえ、何を勝手にっ!!」
人族の男とバーンの反応は無視する。
俺は両手を真っ直ぐに下ろして、直立不動になった。
そのまま姿勢良く、頭を下げる。
勢いをつけて。
「申し訳ございませんでしたっ!」
ゴンッ!
ドサッ!
人族の男は、俺の頭突きをくらって床に倒れ伏した。
"土下座DEATH"の劣化版。
"謝罪DEATH"だ。
これは致死性は低いが、目や鼻に当てると一時的に視界を失わせたり、呼吸困難に陥らすことが可能だ。格闘術を身につけていない奴には結構効果がある。今回は脳天に喰らわせたので、気絶状態を付与した。
他にも、派生系の"御詫びDEATH"や、"懺悔DEATH"などもあるが、詳しくは機会があれば語ろう。
場の空気が固まった。
「あまり胸くそ悪いことをやらないでもらえるかな?そういった態度を取る奴は、人族の恥だと思うぞ。」
一時的な静寂。
そして、次の瞬間に、怒号が響き渡る。
「てめえ、何様だ!?」
「ふざけたことしてんじゃねぇぞっ!」
「亜人の味方してカッコつけんなや!」
「ぶちのめせっ!」
etc…
立ち上がった数十人が、汚い言葉を吐きながら威嚇をしてくる。
「ナ···ナミヘーさん···。」
「·································。」
リーリュア達は豹変した場の空気に脅え、バーンは無言で顔を白くした。
「恥さらしばかりか?」
いますぐに詰め寄りそうな人族冒険者を見渡しながら、そう尋ねる。
「さっき見てたぞっ!おまえ、今日登録したばかりの新人だろうが!?死にてえのか、ああ!!」
"謝罪DEATH"の犠牲になった冒険者のツレらしき男が、高圧的に大声を上げる。
「新人でも、おまえらみたいなクズよりも強いぞ。去勢してやるから、かかってこいよ。」
俺は不敵に笑った。
「おいっ!おまえらっ!!なんの騒ぎだ、これはっ!?」
執務室に戻ったはずのギルマスが現れた。受付カウンターの職員達が呼んだのかもしれない。
「トワイっ!おまえが扇動したのか!?」
高圧的に話していた奴が、ばつが悪そうに顔をしかめた。さすがにギルマスには歯向かえないのだろう。
「いや、違うっ!コイツがっ!」
トワイと呼ばれた男と俺の間に、ギルマスが割って入った。
「何度も言ってるだろ。種族差別はやめろ。」
できた人間だと思う。
ギルマスのような男が1人いるだけでも、まだ救いはある。
人族冒険者たちは、彼の顔を立てて今日は退くだろう。
だが、これで終わっても先に遺恨を残す。
ビシュッ!
バチッ!
ドサッ!
ハーブの種を飛ばした。
ギルマスの後頭部に。
「へっ!?」
突然倒れたギルマスに、人族冒険者たちは唖然としている。
チラ見をすると、バーンやリーリュア達は、目と口を丸くして俺を見ていた。
後ろから見ていれば、俺が何をしたのかは、ある程度はわかるだろう。
「おまえらは、仲裁に入ったギルマスにまで危害を加えるのか?」
俺は真顔で言う。
人族冒険者たちに。
「え!?は?何を言って···。」
ドゴッ!
「ぐはぁっ!」
目の前の男を蹴り飛ばす。
後ろにいた数人が巻き込まれて倒れた。
「普段からお世話になっているギルマスに対して、何てことをする?おまえらには良識というものがないのか?」
淡々と話ながら前に出る。
後ろからは、「え···え~···。」という誰かの声が聞こえてくるが、ここは無視をして最後までやり通す。
そうでなければ、人族冒険者の横暴はエスカレートしていくだろう。
こいつらには、今この場で痛みを知ってもらうべきだ。
「てめえ、やりやがっ···。」
怒鳴りだした奴の首に回し蹴りを入れる。
返すもう片方の足で、隣の男の腹を蹴る。
別の相手の顎に掌底を入れ、その腕を引きながら近くの男に肘を入れる。
手加減をしながら、目につく人族冒険者を片っ端から無力化していった。
中には反撃をしようとする奴もいるが、カウンターで脳を揺らす。
総勢32名。
全員が床に突っ伏すまで、1分とかからなかった。
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