第2章 亜人の国 31話 エージェントは冒険者を目指す④
「勇者というのは何だ?」
大浴場でのやり取りから、なぜかマイケルに懐かれた?ようで、「一緒に酒を飲もう」と誘われた。
いろいろと聞いておきたいこともあったので快諾し、近くの酒場で一席もうけることとなった。
「勇者というのは、魔族と対抗できるだけの勇士を指します。この国では、魔族への対処は騎士団が行っているのですが、彼らは本来は国防と王城の守護を担うべき存在です。魔族の出現情報があったとしても、その対応が後手に回ってしまうことは否めません。そこで、勇者という存在が容認されたという訳です。」
「勇者の定義は?」
「魔族1体につき、騎士団では大隊を投入する必要があります。勇者は、10人に満たない複数名でその対処ができる実力を有しています。」
それって···まんまスレイヤーじゃないか。
「なるほど···マイケルさんは、普段から魔族の対処ばかりを行っているのか?ヘカトンケイルの討伐は、どちらかと言うと冒険者の領域に思えるが。」
「ええ。普段は、冒険者として活動していますよ。とは言っても、強力な魔物討伐専任ですが。」
なるほど。
要は、スレイヤーギルドがない代わりに、特定の冒険者がその任を専門で請負うと言うことか。
「ですが···今回は参りましたよ。馬車での移動中に強風にあおられて俺のトレードマークが飛んでいくとは···。あれでヘカトンケイルの討伐に対処ができなくなってしまいましたから。ははは。」
ははは、じゃねーよ。
要はカツラがなくなったから、依頼放棄しただけだろうが。
「ふむ···これはアドバイスなんだが、あのトレードマークに依存することは、将来のマイケルさんにとって、必ずしも良いことではないと思うぞ。」
「えっ!?どうしてですか?」
「まず、あれはムレる。それだと、毛穴がつまりやすくなり、発毛が阻害される。」
「···まさか···そんなことが···。」
「加えて、冒険者···勇者の活動と言うのは、いろいろと清潔を保ちにくい環境を強いられる。」
「ええ、確かに。」
「そうなると、さらに毛穴がつまる。端的に言えば、毛根が死ぬ。間違いなく、死ぬ。壮絶に死ぬ。」
「····························。」
無言となったマイケルは、青ざめた顔となっている。
「あと、別の視点からも考察すると、いつトレードマークが飛んだり、ズレたりするかが常時気になるはずだ。」
「···はい。」
「それだと、精神衛生上よろしくない。悩みが続くと、毛根はさらに···死ぬっ!」
「うっ!?」
「俺の知り合いの実話だが、あのトレードマークと同じものを愛用していた奴は、若くして大変なことになっていた。」
「た···大変なこと···とは?」
「20代にして···頭が枯れた。」
「枯れ···そ、それは本当ですか!?」
「嘘は言わない。」
「そんな···。」
「だが、あるところに活路があった。」
「活路!?それは一体、何でしょうかっ!?」
いや、声がデカイし。
周りの酔客まで、こちらを見ながら頭を触りだしたじゃないか···。
「ある時を境に、彼はいろいろとあきらめた。そして、一思いに髪を剃ったんだ。」
「ス···スキンヘッド···ですか···。」
「だが、それが巧を奏したんだ。」
「ス···スキンヘッドが···ですか?」
「そう。スキンヘッドになった彼は、それまでと違って髪のことで悩まなくなったんだ。明るく前向きな性格になり、精神面で毛根にダメージを与えることがなくなった。」
「ほ···ほほう。それで?」
「さらに、トレードマークを被らなくなったことで毛穴は風通しが良くなり、1年後には···。」
「1年後には?」
「なんと、死に絶えたと思っていた毛根から、産毛が生えてきた。しかも、女性からは精力的な男性像と見られたのか、アプローチされることも多くなったそうだ。」
「おおーっ!」
「「「「「「「おおーっ!」」」」」」」
マイケルの叫びと合わせて、周りの酔客からも一斉に感嘆の叫びがあがった。
と言うか、毛根が死んだ奴が多いのか、この酒場は。
翌日。
「師匠!見てくださいっ!!」
マイケルの頭は、日光を反射していた。
見事なスキンヘッド(日焼けしていないから青白い)だ。
「似合ってるよ。」
「そうですか?なんか、悩んでいた昨日までが嘘のように清々しいです!」
マイケルは、まぶしい笑顔を見せていた。
なぜか、俺を師匠と呼び出したが、まあ良いか。
これも、
こうして、俺は変装用のカツラを、持主公認のもとで使い続けることとなった。
「···ぷ···ふ···マイケル···。」
「いつまで笑っている?」
「だ、だって···ぶふっ!」
王都に向かう俺たちを、マイケルが同じ馬車に乗せてくれた。
パーティー専用の精霊馬車だ。
御者台には、昨日はいなかった寡黙な男性チューリが乗っている。
因みに、町を出て1時間ほどになるが、マイケルの頭が視界に入る度に、ケイトはあの状態だ。すでに腹筋を痛めているようだが、笑わずにはいられないらしい。
チューリに至っては、今朝マイケルを見た瞬間に、「似合っているぞ。」と親指を立ててくれたそうだ。
「師匠も何か言ってくださいよ。ケイトがウザくて仕方がないです。」
マイケルがウンザリした顔でヘルプを求めてきた···いや、俺にふるなよ。
とは言え、カツラを返す方向にはならないようにしておいた方が良さそうだ。
「シンキングタイムだ、マイケル。誰もが目を奪われるような美人がいたとする。」
「はい!?いきなり何を···。」
「10人中、何人の男性がその女性に好意を持つと思う?」
「誰もがってことは、全員でしょう。」
「そうかな?」
「違いますか?」
「ケイトさんは、そういった類いの美人だと思う。」
「はい?」
「へっ?」
「む···。」
三者三様の反応だ。
「でも、俺はケイトさんよりも、エルミアが良い。」
「·························。」
「·························。」
「へ?へ?え!?」
「スキンヘッドも同じだ。わかる人にはわかるし、わからない人にはわからない。人間には、好みや個性があるからな。」
「何となく、言っている意味はわかりますが···。」
「だから、気にせずに堂々としてれば良い。ケイトさんも、見慣れたらいちいち笑ったりはしないはずだ。」
「そ、そうですね。そうします。」
何となく理屈をこねておけば良いほど、マイケルはチョロかった。
「エルミア。」
「なに?ケイトさん。」
「タイガって、いつもあんな感じなの?」
「あんな感じ···だと思います。」
「気をつけなさい。」
「え、何がですか?」
「あれは、天性の人たらしよ。」
「································。」
露出の多い女よ、全部聞こえているぞ。
そんな会話をしながら、旅路は進んでいったのだが、道程の半ばくらいで思いもよらない事件に巻き込まれた。
「···魔族がいる。」
俺のソート・ジャッジメントが反応した。
邪気。
しかも、暗く陰湿だ。
「魔族!?」
「あなた、魔族が感知できるの?もしかして、聖属性魔法士?」
「いや、そういうスキル持ちだ。」
「師匠も冒険者ですよね?魔族と闘ったことがあるのですか?」
そう言えば、頭髪やカツラの件で話題が偏り、俺の素性を話す機会がなかった。
「俺は、スレイヤーだ。」
「スレイヤー?」
「マイケル達と同じ、魔族を屠る者だ。」
俺はそう返答をすると、馬車から飛び降りて邪気の方に向かっていった。
馬車から飛び出した俺は、道を外れて近くの森に突入した。
邪気の反応があった場所は、ここから2キロほど先だ。
一見、何の変哲もない森。
緩やかな傾斜で下っていくが、それがさらに足に勢いを乗せた。
木々の間を抜い、下草を踏みながらの疾走。
低木の枝が、頬を撫でる。
俺はそれらを回避する時間を惜しみ、一つの言葉をつぶやいた。
"知らんもんは知らん!"
空間収納から武具を引き出すためのキーワード。
いい加減にウンザリするが、またふざけた内容でしか受付られなかった。
瞬時に、俺は全身に防具を纏う。
ピルケ渾身の一作。
忍装束をイメージした手甲に脚絆、そして額当て。これらには、薄く鈑金されたアダマンタイトが使用され、軽量化と高強度が与えられている。
靴先に防具同様に鈑金されたアダマンタイトが入ったブーツ。そして全身を包む黒のツナギと、目の下までを覆うマスク。
体の動きを阻害されず、スピード重視の防具を依頼した結果がこれだ。
全身黒装束。
カリスは、「暗殺者ぽくって、僕は好きだな~。」と言っていた。
本音を言えば、ツナギを着て、安全靴を履いた作業員が、手甲や脚絆、額当てを着け、忍者漫画のコスプレをしているだけにしか思えない。
まあ、実用性は高いので文句を言うべきではないのだろが、素性を隠すためのマスクについては、呼吸困難を起こしそうで、はっきり言って邪魔だ。
だが、これで顔や体に当たる枝木から守られる。
俺は、さらにスピードを上げて、邪気の発生源まで急行した。
すり鉢状になった森の奥···最下層が視界に入った。
魔族らしき一体と、人間が闘っている。
人間の方は、騎士と見てとれる鎧をつけており、両手剣で魔族から放たれる黒い炎を凌いでいる。
周囲には、十数名の騎士達が倒れ、一方的な展開を物語っていた。
「リーナを迎えに来た騎士達と同じ所属か···。」
騎士の鎧には、遠目でも王家の紋章らしきものが入っているのが確認できる。
魔族はともかく、あの騎士達は敵なのか味方なのか、判断をしにくい状況ではあった。
戦闘中の騎士は、動きを見ていて相当な腕前だと感じられる。しかし、魔族には余裕しか見られない。
幸い、素顔が見られない防具もある。
俺は魔族を倒すべく、戦闘に乱入することにした。
一瞬のうちに、複数の黒炎をさばききる剣技。
そして、並外れた身体能力。
魔法による強化を使っているとしても、闘っている騎士はかなりの強者だ。
だが、相手は魔族。しかも、おそらくは上位種だろう。
騎士を一定の間合いで固定し、弄ぶかのような攻撃。
その口角には、凶悪な笑みが浮かんでいた。
「くっ···これほどとは···。」
「ようやく気づいたか、人間。貴様もなかなかの腕前のようだが、我が普通の魔族と同じであると、浅はかにも思い込んだのが愚行。」
既に勝利を確信した笑み。
「傲るな···まだ勝敗は決していない!」
「くかかかか。ここまで力の差を見せられても折れぬか。」
「···折れてたまるか。私には···国と民を守る···義務があるのだ。」
魔族の攻撃に反応が遅れだしているが、騎士はさがらない。
肉体は悲鳴を上げているが、精神面が体を前に出そうと踏ん張っている。
「さすがは王太子···か。なかなかの英傑。だが、もう後はない···。」
ドスッ!
ドスッドスッドスッ!
「な···。」
余裕の笑みを浮かべていた魔族は、突然糸が切れたかのように跪き、そのまま倒れこんだ。
「································。」
騎士は唖然とした。
「相変わらず、魔族は油断が多い。」
倒れた魔族の向こう側にいた人物を見るが、呆けたような表情は戻らない。
「無事ですか?」
「·····························は?」
思考停止状態がようやく解除された騎士が絞り出した言葉は、その一言だけだった。
圧倒的な強さで、他の騎士達を瞬殺した魔族。
腕におぼえのある自分ですら、防戦一方で死を意識した。
騎士はちらっと、その男を見た。
長身痩躯。
黒装束に身を包んだ彼は、何の気配も感じさせずに、魔族···おそらく上位種の背後を奪い、所持した2本のナイフで魔族を滅多刺しにした。
傷はすべて、寸分の狂いもなく急所を捉えている。
そう思わずにはいられなかった。
魔物を相手取る冒険者は、ナイフなど使わない。間合いが長く取れる剣が普通だ。しかも、この男は対人戦闘に特化したかのような攻撃を見せた。
魔族の急所も人体とそれほど変わらない。それを的確にとらえた刺突。そして、尋常ではない気配の消し方。
まさか、自分をターゲットにした刺客?
いや、それならば、わざわざ上位魔族を倒したりはしないだろう。
何者かはわからないが···あの強さは本物だ。
王太子セインは警戒を維持したまま、その男との対話を求めることにした。
魔族を倒した後、騎士の姿を観察した。
イケメンがしてはダメな表情で凍りついている。
良く見ると、周囲で倒れている騎士達とは、装飾の異なる鎧を纏っていた。
ベースは同じだが、縁などに赤の装飾がされている。
剣も同様で、高価なミスリル製らしく、たまに降り注ぐ陽の光を跳ね返して、鋭く輝いていた。
『そう言えば、魔族が王太子がどうとか言っていたな···。』
顔の造りはリーナに似ている···気がする。雰囲気が正反対だから、兄妹か?と問われれば迷うが···王族ならば、異母である可能性も低くはない。
仮に実の兄妹としても、思想は違うかもしれない。しかし、接点としては悪くはないだろう。
そんなことを考えていると、表情に平静さが戻ってきた。印象としては、俺が何者であるか観察を始めたようだ。
悪意は感じない。
となると、素性を偽り、関係値を高めるべきか。
「まだ息のある者がいるようです。回復魔法は使えますか?」
王太子?は、はっとして、倒れている者たちに視線をやった。
···甘いな。
初対面の俺から、警戒が外れた。
だが、悪い印象はない。何より、自分の味方、おそらく部下達の安否を優先した。
「回復魔法が使えるのなら、周囲警戒は私がやりますが?」
「···すまないっ。頼めるか!」
王太子···善良すぎる人格。
やはり、リーナの兄である気がした。
命を取り留めたのは3名。
傷は深いが、回復魔法の恩恵で命に別状はなさそうだった。
「ありがとう。君がいなければ、魔族に全滅させられていただろう。」
「通りすがりに助力しただけです。魔族は人間を死に至らしめる存在。1体でも多く滅するのが道理かと。」
彼の警戒は薄れていた。
命を救われ、その後の配慮や態度が功を制したのだろう。
「冒険者なのか?」
素性をそのままに語ると、ややこしいことになりかねない。
「ええ。これまでは別のところで活動をしていましたが、王都に拠点を移す予定です。」
「私は王国騎士団のセインと言う。名前を聞いても良いか?」
王太子···というのは、さすがに濁されたか。
それよりも、名前か···。
一瞬、頭に浮かんだものを言う。
「ナミヘイと言います。」
「ナミヘー?···変わった名だな。」
最近、ハゲが近くにいたからか、毒されたようだ。
国民的アニメのお父さんが頭に浮かんでしまった。
「東の出身なので。」
「ほう···極東か?」
「ええ、まあ。」
「そうか、その装束も珍しいが、そちらの物なのだな。そう言えば、極東では身分に関係なくラストネームを持っているそうだが···。」
ラストネーム···。
「ヌケスギタと言います。」
「ナミヘイ・ヌケスギタ殿か。この礼は王都に戻ったら必ずしよう。」
「いえ、お気づかいなく。」
「そういうわけにはいかない。冒険者ギルドに連絡を入れさせてもらう。」
あれ?
これは冒険者に登録しないとダメなやつか?
そのまま無視すると、ヘタに疑われそうだ。
仕方がない。
王都に着いたら、冒険者登録をしておくか。
あ!?
名前···。
適当に言い過ぎた···。
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