第2章 亜人の国 26話 エージェント vs 巨人①
「タ···タイガ様?生け贄というのは冗談ではなかったのですか?」
「まさか。彼は騎士ですよね?騎士なら、仕える相手に最大限の貢献をしてもらわなければ。」
リーナが不安そうに聞くので、楽しそうに笑いながら返した。
「い···いやいやいやいや、騎士だから生け贄になれなんて、横暴すぎるだろっ!?」
ダニエルが噛みついてきたので、理詰めで返すことにした。因みに、これも
「リーナ様が国に戻るためには、ヘカトンケイルを倒す必要があるよな?」
「それは···まぁ···。」
「じゃあ、ムニエル君はヘカトンケイルを倒せるのか?」
「倒せ···ない。と言うか、俺はダニエルだっ!」
「そうか。じゃあ、リーナ様の従者全員でならどうだ?」
俺の言葉に返答はない。全員が俺から目をそらしている。
「それじゃあ、リーナ様はいつまでも帰れないだろ?魔の森で一緒に朽ち果てるのか?」
「···く···それは···。」
「そこで提案だ。ダニムシ君が手伝ってくれるのなら、俺がヘカトンケイルを倒す。」
「なんだと!?いや···その前に、真顔で俺をディスるはやめろっ!」
「どうする?リーナ様のために、自身の体を張る勇気は出ないか?このゴクツブシ君め。」
「···確実にケンカ売ってるよな?と言うか、既に名前の原型すらないだろ!?」
ダニエル君のこめかみに血管が膨れ上がった。
「おお、素晴らしい気迫だな。よし、決まりだな。」
「え?···へ?いや、待てっ!なんでそうなる!?」
「なんだ?酷くないか?リーナ様のためには命をかけれない薄情者か?」
「ぐ···リーナ様のために体を張ることに躊躇いなどない。おまえが信用できないだけだ。」
「そうか。リーナ様は俺のことを信用してくれているよな?」
「え?あ、はい。大丈夫です!?」
いきなり話を振ると、リーナは即答した。
狙ってやったが、チョロすぎませんか?
「だそうだ。ダニエル君はリーナ様のことが信用できないのか?」
「そ、そんな訳がないだろうが。」
「じゃあ、信頼しているリーナ様が信用した俺を信用するということだな。」
「···どれだけゴリ押しだよ。」
その辺りで、ダニエル君はいろいろと諦めたようだ。
「ここからは真面目な話をする。ブリーフィングを始めよう。」
俺が声音を急変させると、ほとんどの者が姿勢を正した。
ダニエルだけは、「やっぱり、今までは真面目じゃなかったんだろうが···。」とつぶやいていたが、無視した。
「ヘカトンケイルと近接戦をやるのは自殺行為だ。」
ブリーフィングを開始した。机に羊皮紙を出し、ガイやリーナの従者達に協力をしてもらい、渓谷の地図を書いていく。
「そりゃあ、そうだろ。あんなのと打ち合える人間なんていない。」
「そうだ。でも、だからと言って、魔法で攻撃をするにしても、奴の攻撃範囲は広い。となると、極大魔法を撃ち込むくらいしか方法はないかと思う。」
普通の魔法の射程範囲は数十メートル程度だ。しかし、射程に入る前に岩でも投げられたら、それで詰む。
「極大魔法なんか扱えないですよ···。」
この中の唯一の魔法士である煉獄ちゃん···本名キャロちゃんがつぶやく。
「渓谷で極大魔法なんかを放てば、地形が変化する。あそこは魔の森から魔物が出ないための壁のようなものだ。もし使える者がいたとしても、オススメはできないな。」
ガイの言葉だ。
なるほどと思った。
ガイにしてみても、魔の森から魔物が減ることはともかく、その結果として、人族の街に犠牲が出たり、逆に悪意を持つ人族が、自分たちの居住地域に立ち入ってくることを好ましく思われずにはいられないのだろう。
「となると、手段は限られるな。」
そこで、俺はダニエルを見た。
「···やはり、俺に生け贄になれと?」
ダニエルは、まるで悟りを開いた修行僧のような表情をしていた。
「いや、あれは冗談だ。」
「···あの質の悪い冗談のために、あんな長い尺を使ったのかよ···。」
ん?
なんだ、その発言は?
尺?
おまえは芸人か?
まあ、良い。
「そういうわけじゃない。だが、それに近いものを頼みたい。」
「近いもの?」
「囮だ。」
「いちおう、聞かせてくれ。なぜ俺なんだ?」
「囮にはヘカトンケイルの攻撃範囲ギリギリで奴の意識を引き付けてほしい。攻撃を回避するために、それなりに動きが素早く、目立つガタイを持つ者の方が良いからだ。」
ガイやシュラも身体能力は高いだろうが、2人とも細身だ。ダニエルは騎士らしい体格をしている。
「···なんだ、ちゃんと意味があったんだな。」
「あたりまえだ。俺はピンポイントで遠隔攻撃をする術を持っている。ただ、渓谷は風の動きが不安定だからな。射程範囲は、最大で500メートルといったところだろう。」
ダニエルがヘカトンケイルを引き付けている間に、正面から頭部にAMRー01で狙撃をする。
それが一番確実な方法だと考えていた。
ブリーフィングから2日後。
俺たちは渓谷に来ていた。
メンバーは囮役のダニエル、索敵のためにガイ、ダニエルが負傷した際の回復役でゆるふわちゃん···本名ケティちゃん、そして狙撃手である俺···のはずだったのだが···。
「好奇心旺盛なのも良いですが、万一の際にカバーができるかは、わからないですよ?」
「大丈夫です。私も障壁くらいは張れますし、キャロの魔法で援護も可能ですから。」
いや···それでどうこうできる相手じゃないから、この作戦を立てたのだろうが···本当にこの王女は···。
危険だからと言って、同行を断っていたのだが、後から勝手に追って来たのだ。
途中で魔物に襲われて危険な状況になっていたのに気づき、結局は渓谷まで一緒に来てしまった。
リーナは普段から非常識なところがあるらしく、「何とかしろ。」というアイコンタクトを全員に送ったのだが、そのことごとくを無視された。
王女が命を落としても良いのか?
普通は良くないよな?
なのに、なぜお前たちは「自分に振るな。」オーラを全開にする?
「諦めるしかなさそうだ。ヘカトンケイルの攻撃範囲に入る前に、がんばって倒してくれ。」
ポンッと肩を叩いて話しかけてくるガイは達観している。
先ほど少し話をしたが、これについては意見が一致した。
要するに、自ら死地に飛び込む奴は、救いようのないバカであると。
渓谷の風下である南側から、ヘカトンケイルの捜索を開始した。
渓谷は真っ直ぐに伸びているわけではない。
大きくアールを描いたり、ジグザグになっているので、見晴らしはきかない。
ガイは視力だけではなく、聖霊の力を借りながら索敵を進めていくが、先にヘカトンケイルに見つかるわけにはいかないので、慎重に進んでいった。
渓谷の幅は、一番狭い所でも数キロの隔たりがある。高さは5~10メートル。おまけに、下には猛毒を持つ大蜥蜴が蔓延っているらしい。この大蜥蜴とヘカトンケイルは共存しているのかもしれないが、それが横断をさらに困難にしていた。当然のことながら、神風の時は大蜥蜴も避難していたため、リーナ達が通過した時は、その対処はいらなかったそうだ。
半日ほどが経過したところで、ようやくヘカトンケイルが見つかった。
だが···状況が想定外だった。
数百メートル···おそらく700~800メートル程先にいるヘカトンケイルを直視した。
身の丈は軽く10メートルを超え、目算ではおよそ12メートル前後。腕は左右に計6本あり、頭部も3···いや、左右裏表に4つあるようだ。
濃緑色の体は、家庭用TVゲームのRPGに出てくるギガンテスのような印象だが、何となく阿修羅像を彷彿させるシルエットだった。
ただ···なぜ、全裸なのか。
まあ、大事なところにはアレがないので、気にしなければ良いのだが、マッチョな体で男性を意識するのか、同行している女性陣がちらちらと局部に視線をやっている気配があった。
こういったところは男性と同じなんだなと、なぜか親近感を持ってしまうのだが、そんなことより先に今の状況を把握しなければならない。
想定外の状況。
ヘカトンケイルは、俺たち以外の誰かと交戦しているようなのだ。
厳密には、交戦というよりも敗走している者達を追いかけ回していると言った方が良いかもしれない。
たまに魔法による爆発のようなものが見受けられるが、ヘカトンケイルはその衝撃をものともせずに、何かを追いかけ回している。
岩を投げ、大木を振り回す。
踏み込み、渓谷の崖部分を殴りつける。
何かを踏み潰すように地面に足を振り下ろす。
その姿は、特撮映画の怪獣かと見紛うほどのものだ。
さすがに目や口から破壊光線を出したりはしていないが、縦横無尽に暴れまわる姿は迫力満点だった。
「タイガ···ヘカトンケイルと交戦しているのは···俺たちと同じ種族の奴等だ···。」
ガイの一言で現実に押し戻された。俺にはその存在が黒い点にしか見えないが、エルフ特有のスキルで確認できるのだろう。
「仲間か?」
「いや、集落の人間じゃない。」
「リーナ達に心当たりは?」
「···一番近くのルービーという都市の冒険者かもしれない。あそこは、亜···エルフや獣人たちの自治区のようになっているから。」
答えたのはシュラだ。リーナは初めて聞いたような顔をしている。
「どうするんだ?」
「そうだな。とりあえず計画は中止だ。」
「え?」
「ダニエル達は、全員でリーナ様を守ってくれ。」
「わかった。」
「タイガ様は···。」
「リーナ様はここで待機してくれませんか?正直に言わせていただくと、一緒に来られると戦闘に支障をきたします。」
何かを言おうとしたリーナを遮った。
「···わかりました。」
因みに、彼女に対して敬語を使うのは、一定の距離を置きたいからだ。彼女は不用意に距離を許すと、トラブルを発生させる。もちろん、悪意がないのはわかっているのだが、だからこそ質が悪い。
「ガイ。」
「···なんだ?」
「一緒に来てくれないか?」
「了解だ。」
ガイの様子が少しおかしかった。
おそらく、戦争によって分離された、かつての同胞だからだろう。
長い年月で、彼らはそれぞれの想いと経験を積み上げてきたはずだ。
互いにどう感じているのかはわからない。
しかし、どう転ぶにしても、接点を持つ良い機会には違いなかった。
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