第2章 亜人の国 24話 ダークエルフ③

「魔王様は···やはり人族と戦争を起こすつもりなのか···。」


レド爺が、悲嘆に暮れた声を出した。


リーナ達は腹パンからの衝撃から何とか回復し、広場を後にした。


それを見届けたエルフ達も集会場に戻ったが、一同の表情は暗い。


「アグラレス様のメッセージは、私たちに光をもたらすものだった。その使者として来たタイガさんが、まさか魔王様だなんて···。」


リリィの声も沈んでいる。


ガイは己の軽率な行いに腹を立て、拳が白くなるほど握りしめた。


コンコン。


集会場のドアがノックされた。


一番近くにいたガイは、苛立ちを抑えながらドアを開ける。


「少し話がしたい。」


そこに立っていたのはタイガだった。




「なぜ···あんなことを?」


複雑な表情を浮かべるエルフ達に囲まれながらも、タイガは会議用のテーブルについた。


「さっきの広場でのことか?」


「そうだ。あんたが魔王であると、俺たちはアグラレス様から聞いた。人族と争うつもりなのか?」


険しい表情をしたガイは、怒りを押し隠しているように見えた。


「彼ら人族の現状を知りたかった。」


「腹を殴る行為はどうかと思う。しかも、あのリーナって娘は、おそらく王族だ。そんな立場の人間に手を上げて、ただでは済まないだろう?」


「そうだな。確かにやり過ぎたかもしれない。でも、偶然だが彼らの目的がわかった。」


「·······················。」


結果論だが、なぜかリーナが魔王に執着していることがわかった。しかも、かなり病的に。


「はあ···それで、どうするんだ?」


あきらめたような表情で、ガイは質問を変えてきた。


「彼らがここにいる経緯を聞きたい。」


「·······················。」


「大丈夫だ。人族と大がかりな戦争をしたりはしない。あのリーナの様子を見ればわかるだろう?なぜだかはわからないが、魔王という存在を必要としている。しかも敵対者ではなく、どちらかと言えば懐柔したいと考えていそうだ。」


ガイは納得できない表情ではあったが、やがて彼らを招いた経緯を話し出した。




ガイから話を聞いたが、やはりリーナ達がなぜ魔王を探していたのかはわからなかった。


これまでのことを考えると、リーナは魔王という存在を必要としていると思う。少し狂気じみた感情を持っているのが解せないが···。


亜人に対する牽制や懐柔のためであるのならばともかく、別の理由であれば協力体制が築けるかもしれない。


亜人と人族が互いに手を取り合い、共に発展を目指すというのであれば、こちらとしてもありがたいことではある。


だが、一国の王族が、少数の従者を引き連れて魔の森に入る危険をおかすなど、普通では考えられない。


何らかの脅威···国全体の存続に影響を及ぼす何かが理由なのではないかとも感じる。


その事情を知るために、俺はエージェントとしてのスキルを使うことにした。


あまり気は進まないが、このまま停滞している訳にはいかないからだ。




「うう··わだじは、もうおばりでずぅ···。」


リーナは自室にしている部屋のベッドで落ち込んでいた。


普段の高貴な雰囲気からは一転し、瞳や鼻から何かが垂れ流されている。


「う···う···ダイガ···ざまに···嫌われでじまい···まじだぁ···。」


チーンと鼻をかみながら自己嫌悪に陥るリーナは、まっすぐで思いこみの激しい性格から、そういう勘違いをしていた。


実際は、嫌われる以前の問題ではあったのだが···。


殴られたはずのお腹は、なぜか痛まない。


後で確認をしたが、タイガに倒された者達は嘔吐こそしたものの、後を引くようなケガをした者は皆無だった。


今思えば、ひどい内容で名前を言い間違え、いきなり命を奪おうとしたり、複数の者で捕らえようとした自分たちにすべての非がある。


身分を傘に来た振る舞いを自分は忌み嫌っていたはずなのに、そういった悪い部分ばかりが出ていた気がする。


彼は、おそらくそれに激怒したのではないか?


一方的な想いを押しつけようとした自分に、ドン引きをしたのではないか?


テンパり続けるリーナには、悪い想像しか出てこない。


「どうじだら···どうじだら、もう一度、ぢゃんどお話が···でぎるのでしょうか···。」


悲嘆にくれた声でつぶやいていると、突然ノックの音がした。


ビクッとしたリーナだったが、何かあったのかもしれないと、すぐに返事をする。


「は···はい!」


「リーナ様。夜分に恐れ入ります。もう一度、話をするお時間をいただきたいと思いまして、失礼を承知で参りました。」


その声を聞いた瞬間に、リーナはあたふたとした。


こちらが会いたいと思っていたタイガが、向こうからやって来たのだ。


「は、はいっ!すぐに開けましゅっ!!」


リーナはベッドを飛び出し、ドアノブに手をかけるのだった。




リーナ達は空家を2棟借りて、男女に別れて寝泊りをしているらしい。


俺はガイから建物の場所を聞き、深夜帯に訪れた。


正攻法ではまた邪魔が入るかもしれない。そう考え、裏手から侵入を試みたが、そこには俺をいきなり殺そうとしたアイツがいた。


「やあ。」


気配を消して近づいていたが、建物はそれほど大きいものではない。このまま侵入をしたところで、従者達に気づかれずにという訳にはいかないだろう。俺は、正面から対話をしてみることにした。


「き···貴様っ!」


「武器は持っていない。リーナ様と話をさせてくれないか?」


あからさまな殺気と、敵意丸出しの視線。やはり、未熟者だ。


「勘違いはしないで欲しい。俺は敵対するつもりはない。」


「·······························。」


ギリギリと歯軋りが聞こえてきそうなほど、奥歯を噛み締めている。


「冷静に考えて欲しい。そのつもりなら、君らを殲滅することもできた。」


装備している剣の柄に、手が近づいていくのが見えた。


「リーナ様に俺を斬れと言われたのか?」


エージェントは、動と静のスキルを身につけている。


動とは武であり、射撃や護身、武具を使った近接から遠距離までを網羅する戦闘力を指す。


対して、静とは知識や思考、話術などを駆使することによって相手の懐に入り込み、欺いたり、破滅や協力をさせることを言う。


優れたエージェントほど、後者の静のスキルが高い。


武力だけで解決を計ろうとするのは、傭兵か破壊工作員で事足りるからだ。


因みに、タイガのスキルレベルは、最高ランクの籠絡者ケージマンだ。籠絡者ケージマンは、巧みな話術で相手を意のままに操る術を持つ。


ランクには他に2つが存在し、性技で異性同性を問わずに相手を取り込む夜這屋ナイトウォーカーと、薬物や道具を使用して半強制的に操る調教師トレーナーがいる。


タイガは夜這屋ナイトウォーカーにも適性があったが、「何が悲しくてオッサンとベッドインをしなければならないのか?」と考え、教官を理詰めで籠絡したことがある。異性相手の技は極め尽くしたが、いくら任務でも男色は嫌だからだ。


そう言えば1人の教官がしつこく俺をつけ回し、その有益さを実技で教えようと強行策に出られたことがあった。その教官の姿は、それ以後確認されたことがないのだが、何があったのだろうな。


ああ、つけ足しておくと、俺の貞操は未だに無事だ。今も、そしてこれからも、そういったバカな輩は、たぶん姿を消すことだろう。


なぜかは知らないがな。




俺に向けて強い殺意を放つ女性は、リーナの名前を出した瞬間に怯んだ。


短絡で精神的な未熟さはあるが、リーナに対する忠誠は本物のように感じる。


こういった場合に、俺の籠絡者ケージマンスキルは本領を発揮する。


「君は未熟な腕前の上に、短慮で主たるリーナ様を危険にさらす結果へと誘導してしまった。その自覚はあるのか?」


はっとした表情の後、その顔色からは血の気が引いていた。


自身が犯した過ちの大きさを自覚し、自責の念が噴出したのだろう。その体は微かではあるが震え出していた。


「君の行為によって、他の人達も要らぬ恥辱を与えられる結果となった。気を失っている間の出来事は聞いているのだろう?」


震えが微かなものから、誰にでもわかるようなものに変化していく。


この娘は、自尊心も強いが、それ以上に真面目なのだろう。自らの責務に、日頃から多大なプレッシャーを感じているのかもしれない。


「安易な状況判断は身を滅ぼす。自分の失態で自滅するのは仕方がない。しかし、周りを巻き込むのは最悪な結果としか言えない。」


俺のこういった籠絡者ケージマンスキルは、ブラックなものだと自覚している。


心理学的に、実社会で問題となっているマニピュレーターという存在がある。それは、相手に信頼と安心感を植えつけた後で、自分のための踏み台にしたり、優越感を満たすために貶める悪辣な存在。この被害にあった者は、相手が敵であると認識ができない間に自身が追いつめられ、最悪の場合は人間不信や精神崩壊を起こすこともあるという。


今回、俺が行っている手法は、それの逆バージョンである。


理詰めで相手の落ち度を指摘し、自責の念が最大となるように追い詰めるのだが、やり過ぎると逆効果となるので、そこは細心の注意を払う必要がある。


『そろそろか···。』


彼女の様子を見て、頃合いだと判断する。


「だが、君が任務に対して真摯に臨んでいることはわかる。未熟さはあるが、逆に言えば伸び白が大きい。だから、大丈夫だ。」


その言葉が聞こえたのか、彼女はぎこちなく顔を上げ、すがるような瞳でこちらを見てきた。


「すぐに挽回できる。君なら、もっとリーナ様のお役に立てるはずだ。」


まっすぐに瞳を見て言う。声のトーンは、先程の糾弾めいたものとは真逆に、低めに、優しく、じっくりと響くように。


穏やかに微笑むと、彼女の瞳がうるうるとしだし、やがて涙が溢れてきた。


『本当に···嫌なスキルだ。』


そうは思いながら、敵認定をされているような相手には、有用なスキルと認めるしかない。


「俺に手伝えることがあるのなら、何でも言って欲しい。何度も言うが、俺は敵じゃない。君らの役に立ちたいんだ。」


とことん反論が出来ない状況で貶めた後、一転して救いの手を差し出す。


相手が任務対象であれば、籠絡させるのに何の感情も生まれない。だが、今回は胸がチリチリと痛んだ。


エージェントとして甘くなったのだろうか?


それとも、人間としてまともになったのだろうか?


自分自身の変化に戸惑いを感じつつ、すぐに結論は出なかった。




「確か、シュラという名前だったと思うが、間違いはないか?」


「······························。」


無言で頷いたシュラの瞳からは、敵意が消えていた。しかし、警戒心がまったくなくなった訳ではない。


先程のやり取りで、少しは話を聞くつもりになったのだろう。


籠絡者ケージマンのスキルは、敵意丸出しの相手に使うと、この程度のものだ。本来は、もっと初対面から良い印象を与え、時間をかけて信頼を上げていかなければ、籠絡など成功しない。


シュラが精神的に若く、自己嫌悪や自責の念に押し潰されそうになっていたので、敵意という感情が大幅に軽減できた。


異世界のスキルとは違うのだ。


エージェントとして暗躍していた世界では、完全無欠のスキルなど存在しない。いや···超能力スーパーナチュラルパワーを持つ人間が実在はしていたから、絶対とは言い切れないか。それに、俺のソート・ジャッジメントもその類いだ。先天的才能と、後天的才能の違いと言えるだろう。


「シュラ。リーナ様と話がしたい。立ち会ってくれてもかまわないから、彼女の所に案内をしてくれないか?」


「何の···話をするつもり?」


「俺は、人族と亜人の社会が共に歩めるかどうかを確認したい。ここに立ち寄ったのは偶然だが、元々は君らの住む国を目指していた。」


「共に···歩める社会···。」


「そうだ。シュラは、この村に住むエルフをどう思う?」


「ダーク···エルフ?」


「彼らは、元々は普通のエルフだ。」


俺はダークエルフと呼ばれるようになった経緯を説明した。


「そんな···。」


シュラは初めて知るダークエルフの歴史に、瞳を大きく見開いて驚きを見せる。


「彼らと出会ってから、その優しさや親切心に懐疑的だったかもしれない。でもそれは、ダークエルフが悪しき存在だと信じていたからだと思う。」


「·····························。」


「人族にも浅黒い肌の人間はいる。それは悪い心を持っているのではなく、生まれ育った環境によるものだ。彼らもそれと同じなんだ。」


「·····························。」


シュラは押し黙ったが、表情を見る限り、頭の中では理解ができたようだ。


「亜人と呼ばれる様々な種族も同様だ。善人も悪人もいるが、それは人族も同じだろう?」


シュラは急に真顔を向けてきた。


「···あなたは、どっち?」


「どっちとは?」


「亜人には見えない。」


回答が難しい質問だった。


今の俺は何なのだろうか?


「元は人族だ。」


「元?」


「なぜか、知らない間に魔王になっていたらしい。」


途端にシュラは、「は?」という顔をした。


意味がよくわからないのだろう。


俺にも訳がわからないからな。


「じゃあ···魔王も同じなの?」


「ん?」


「固定観念で、魔王は邪悪な存在だと考えていた。さっきのダークエルフの話と同じで、そうではなかったの?」


「魔王と言うのは、ただの呼称だ。シュラが想像しているような魔王なら、こんな話をすると思うか?」


「それは···絶対にない。」


「だろうな。」


「わかった。なんとなく理解できた。」


生真面目なのだろうが、頭の良い娘のようだ。


リーナも同じなら良いのだが···不安だ。







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