第1章 112話 天剣と呼ばれた男③

闇ギルドの殲滅は1時間程度で完了した。


魔法は魔力を溜めたり、短いながらも詠唱をつぶやくか、念じる必要がある。しかし、タイムラグのほとんどない銃火器と魔法を無効果する俺の体質は、闇ギルドの人間が束になってかかってこようが、何の脅威にもならない。


総勢約40名を戦闘不能に陥らせ、最上階にいたギルマスを拘束した。いたぶるつもりはなかったが、激しく抵抗をされたので四肢を砕いている。


依頼主が誰なのか口を割らないので、ゴム弾擬きを股間に撃ち込むと、威力が強すぎたのか30分も悶絶していた。着弾時に、「はうっ!」とあえぎ声を出し、プチッ!という何かが潰れるような音がしたような気がするが、発射の轟音にかき消されたので、気のせいだろう。


守秘義務も大事だろうが、人さらいや殺人などを生業としている非合法な組織の頭なのだ。今日で男を卒業することなど、覚悟の上だろう···たぶん。


そんなこんなで、洗いざらいを白状させた上で、他の罪についても口を割らせた。


命を奪うよりも、正規の手続きで罪が裁かれるように、目立つ街中に吊るすことにした。


気絶から覚めようとしていたギルマス以外の連中の股間にもゴム弾擬きをプレゼントし、複数回に渡って転移でシニタまで運ぶ。


シニタで一番背の高い建物(大聖堂)から太いロープを渡し、闇ギルドのメンバー全員を等間隔に吊るす。さながら、日本各地で行われる鯉のぼり祭の超劣化版といった感じか。禍々しく汚ならしいが。


「私達は闇ギルドです!」という看板を立てておいたので、あとはシニタの治安部隊に任せておくことにした。




翌朝。


街が大騒ぎになっているのを尻目に、元の宿場町に転移してフェリ達を迎えに行った。


闇ギルドが壊滅されたこともそうだが、大聖堂から吊るされていたことが、大きな話題を生んだらしい。


曰く、神罰だと。


曰く、吊るした奴は罰当たりだと。


曰く、闇ギルドの被害者が石を投げつけるかどうかで、神が人の本懐を試しているのだと。


曰く、天剣爵を叙爵する者の仕業だと···。


単に一番高い建物から吊るしただけなのだが、いろんな推測が出ているようだ。まあ、闇ギルドのこれまでの所業が表沙汰になれば、お得意様であった貴族連中は淘汰されていくので、近隣諸国の内政も少しは良いものに変わるかもしれない。


「しかし、暇な奴等が多いな。」


力なく吊るされた奴等の周囲は、かなりの人が見物に訪れていた。


『そなた···大聖堂にあんなことをするとは···相変わらず神を尊ぶ気持ちなど、欠片もないな。』


神アトレイクが呆れたようにつぶやいた。


フェリが操車する馬車でシニタに到着した。今朝の喧騒は終息しているようだ。


移動は転移の方が楽ではあるが、緊急時以外には使わないことにしている。毎回嘔吐くこともあるが、あまり多用すると人間という存在からかけ離れていくのでは?という危惧があった。魔法が存在する世界においても、転移というのは稀有な術だ。ただでさえ、天剣などという大それた爵位を与えられそうなのだ。これ以上、変な枠に足を踏み入れたくはない。俺は常識的な人間としての生活をしたいのだ。




合同庁舎に出向くと、アトレイク教の教皇ビルシュがひきつった顔をしていた。


「悪人を粛清するのは良いけど···大聖堂に吊るすのはどうかと思うよ···。」


さすがに教会の責任者として抗議をしたいのだろう。横にいたフェリ達が何のことかと俺の顔を見ていた。


「何のことかわからないが···悪しきものを浄化するのが教会の本分だと思うが?」


「···本当に···神をも恐れぬ所業だよ···。」


『同感だ···。』


何やら、どこぞの神も同調しているが、知ったことではない。むしろ、不適任だと叙爵を諦めてくれ。


「タイガ、また何かやらかしたの?」


パティ君。


俺がいつも何かをやらかしているような言い方は失礼だと思うよ。


「闇ギルドのメンバーが、何十人も大聖堂から吊るされていたんだ···全員が男性としての人生を終了させられて。」


「全裸で吊るされてR18指定にはならなかったから良いんじゃないのか?」


「いや···そういう問題じゃなくて···と言うか、R18って何!?」


闇ギルドのメンバーを大聖堂に吊るしたのは、別に教会やビルシュを困らせようとしたからではない。くだらない事を企んだ輩や、それに続こうとする奴等への牽制や警告が目的だ。闇ギルドへ依頼を出していた貴族達へのペナルティは、個々が所属する国が裁けば良いが、俺に仕向けたイジイベラ兄弟にはしっかりと御礼をしておいた。


兄は熟睡中に股間がクラッシュし、弟は執務机の上にひび割れた鉄の玉2つが置いてあるのを見て恐怖したという。


利用価値のない者には実害を、使える奴には精神的な負荷を。


エージェント道における対処法であった。


「また···タイガが悪い顔をしているよ···。」


ふふん、それは誉め言葉として受け取っておくよ。パティ。


その後、シニタに滞在中のイジイベラ兄に襲った悲劇により、股間繋がりで闇ギルドとの関与が立証されることとなる。




叙爵式は1時間とかからずに終了した。


参列した来賓が豪華で、シニタ中立領と接する3国の王太子や公爵、政の重鎮など、そうそうたるメンバーが顔を連ねている。


式に関しては、教皇のビルシュから、「世界の救世主が復活した···云々。」などという重たい言葉と、天剣の証と言える勲章のようなものを授受されて終わりだったのだが、その後がさらに大変だった。


会場を移して立食式の晩餐会が始まると、各国の首脳や重鎮達が殺到し、幾重にも囲まれだした。


一目で高級な誂えとわかる正装ばかりだが、なぜか目が血走っていて怖い。


「テトリア様っ!」


いや···テトリア様じゃねえし。


「私はフレトニア王国のサバルサ·フォン·タバサ公爵です。ぜひ、わが娘をあなたの妻に!!」


「私はテスラ王国王太子であるクルイニ·ベルタ·ロシ·テスラ。私の長女をあなたに娶らせよう。」


etc···


貴族とは、婚姻関係をもってその勢力や人間関係を広げるものだそうだ。俺が稀代の英雄という認識をされていたとして、様々な利権を背負ったカモネギのように見えるのだろう。


国の超重鎮である王太子に公爵、大富豪である営利組織の会長などが次々に寄ってきてうるさい。それぞれに、バスケのゴール下でのポジショニングのように激しく自分の体を押し込んでくる。


うざい。


くさい。


この俗物どもがっ!


と、目突きか頭突きをかましたい心境ではあったが、さすがに実行する訳にはいかない。


めんどくせぇ···と思いつつ、社交辞令で相手をしていると、耳に入ってきた音色に脱出する術を思いついた。


晩餐会の場は2~3千人は優に収容ができるような大ホールだ。壁際には料理を並べたテーブルや、料理人、給仕の者達が陣取り、そこより内側に団欒用の小さなテーブルが並んでいる。


中央は何もない空間が広がり、その端には楽団がいた。ヨーロッパなどの格式高いパーティー同様、ダンスをするための場が準備されているようだ。


因みに、貴族社会で立食式の晩餐会は珍しいと言えるが、主催者のビルシュにしてみれば、参加者である王族や貴族の席決めなど、めんどうすぎてやっていられないのだろう。権威や血筋、爵位など、貴族は招待されたパーティーなどでの己の扱いにひどくこだわるからだ。記名や席の順番で戦争が起こることもあるらしい。


俺は視界の端にとらえていた人物に、視線をまっすぐに向けて笑顔を見せる。向こうも、こちらの視線に気づいたようだ。


「申し訳ありませんが、私のパートナーは武芸や魔法に秀でた者と決めております。失礼します。」


周囲の返答など待たずに、目的の人物に向かって歩みだした。


上質できらびやかな光が、大ホールの天井に配置されたシャンデリアから降り注ぐ。


その明かりを反射して、金色の髪が綺麗に輝いていた。


軍服とは違い、鮮やかなブルーのドレスをまとった彼女は、公務の時と同じくクールビューティーな佇まいで、周囲からの目線を独り占めにしていた。


男女問わず、凛とした彼女の美しさに、今日の主役である天剣爵位の男など霞んでしまうのかもしれない。


多くの者が、話しかけることを躊躇うかのようなオーラがその身を包んでいる。彼女自身が他と距離を置こうとしているのだろう。目に見えない防壁のようなものを纏っているかのようだ。


だが、タイガと目が合うと、その氷のような青い瞳が、やわらかな眼差しに変わる。


心なしか潤ませた瞳に、優しげな笑顔。


「タイガ。」


「軍服姿は凛々しいけど、ドレスだと本当にキレイだな。」


特にお世辞でもないのだが、雰囲気に合わせて歯が浮くようなセリフを言った。


背筋が痒くなったのは内緒だ。


「あなたも、髪があると精悍そのものね。」


笑顔もかわいい。


ギャップ萌えというやつだ。


因みに、「髪がないと性感そのものとでも言いたいのか?」などと言うツッコミはやめておいた。TPOを無視しすぎるし、隣には覇王がいるからだ。


「ありがとう。ディセンバー卿、お嬢さんをお借りします。」


一応、父親である覇王に許可を取る。


「む···あ、ああ···いや、はい。」


この時のディセンバー卿は、かつて見たことのない娘の笑顔を目の当たりにして、驚きを隠せなかった。しおらしいというか、はにかんだ笑顔に、「あのサキナが!?」という想いで一杯だったのだ。


「では、サキナ様。ダンスのお相手を。」


サキナの手を取り、瞳を覗きこむ。


「はい。」


サキナは可愛く微笑みながら、タイガと共に歩を進めるのだった。




「「むぅ···。」」


金髪のキレイな女性の手を取って、ホール中央に向かうタイガを見ながら、フェリとパティはむくれていた。


確かに、すごくキレイな人だけど、自分達だってドレスアップをしてきたのに···と。


「テスラのディセンバー家のご息女か。」


「うん、王家の血筋らしい。」


隣にいるマリアとシェリルは、タイガといる女性を知っているようだ。


「適任と言うしかないわね。今の状況なら、テスラ王家の血筋で、覇王と呼ばれる辺境伯のご息女がお相手なら、他の貴族は手出しができない。」


リルはむくれている2人に説明をするようにつぶやいた。


貴族とは、力の有るものと婚姻関係を結び、自分の家の繁栄を企てるものだ。天剣爵位を叙爵するということは、名誉爵位であるとは言え、国家の枠にとらわれない地位と名声を得ると同意義である。


一代限りの爵位ではあるが、貴族家として、その栄誉の血が交ざることは、王家に匹敵するほどの箔をつけるということだ。当然、大きな利権や武勇の血も得る。


元の世界で言えば、恐ろしく強い競走馬を、専属の種馬として得ることと同じ、とでも言えば良いだろうか。


貴族の立場として考えた場合、タイガを婿として迎えれば、数代における家の躍進は確約されたものと言える。しかも、通例として娶る妻は1人であるはずがない。王家や大貴族の女性とさらなる婚姻をかわせていけば、強固な派閥形成など容易いこととなるのだ。


「確かに。噂では、ディセンバー卿の人脈や信頼の厚さは相当なものだど聞くしね。テスラの王太子殿下も、頭が上がらないらしいし。」


マリアが言うように、次期国王である王太子殿下も、同国の家臣とは言え、ディセンバー卿とその息女を見て顔をひきつらせている。お国事情だが、かなり前の内乱で、ディセンバー卿の武勇がなければ王家が転覆していた可能性があったとも聞いているので、仕方がないことなのかもしれない。


「それにしても···。」


「うん···タイガは相変わらずタラシ全開。」


「あの人···さっきまでは他人を寄せ付けない感じのクールさだったのに、タイガに話しかけられた瞬間にデレたわね。」


「しかも、覇王って呼ばれている怖い親父さんまで頬が緩んでる···。」


「タイガは自覚症状がないんだろうなぁ···」


5人はやれやれといった感じで、小さなため息をつくのだった。









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