第1章 110話 天剣と呼ばれた男①

「どう、使い心地は?」


「バランスが良い。初めて振ったとは思えないくらいしっくりとくるよ。」


ニーナの工房で、新しいバスタードソードを試した。


以前の魔族からのお下がりも、ニーナの改修で使い勝手は良かった。だが、これはまったくの別物と言えた。


俺の握力や体格、剣筋から身体能力に及ぶまで、ニーナ独自の視点で鍛え上げられた完全な一点物。


重心や全体のバランスが緻密な計算の基に形作られており、見た目のゴツさと相反して重さを感じない。カスタムしたランニングシューズと同じような馴染みかただ。


「前の物よりも動きにキレが出てる。ちょっと不安だったけど、大きな問題はなさそうね。」


「問題どころか刀に近い振りができるし、前のバスタードソードに比べて耐久性も大幅に上がったようだから戦術も広がるよ。」


「ありがとう。それは、相手の鎧や剣を叩き折るソードブレイカーよ。蒼龍と対にして、破龍と名付けたの。」


「最強種の名を冠した剣か···恥じない結果を出すよ。」


「あなたに相応しい剣を、と思って作ったの。世界最強のスレイヤーさん。」


そう言ったニーナに、潤んだ瞳でみつめられた。


ドキッとした。




ニーナの工房を出てから、銃のホルスターと剣帯を一緒にできないか思案しながら歩いた。


「一緒にすると嵩張るな···銃はやはり別にするべきか···。」


などと、ブツブツと呟いていると、神アトレイクが話しかけてきた。


『武具の装着で悩んでいるのか?』


「そうだ。新しい武器を身につけようと思っているが、結構嵩張るから効率の良い装備の仕方を考えている。」


『ふむ···時に、そなたの出生地では敵と相対する時に放つ掛け声のようなものはあるのか?』  


は?


なんだそれは?


「掛け声ねぇ···いてまうぞ!ゴラぁ!!とかかな。」


『ほう、他には?』  


「なめとんかぁ!ああっ!!とか。」


『ふむふむ、他はどうだ?』


···何なのだ。


「永眠させるぞ!」


『あと1つ。』


「ケ○の穴に手を突っ込んで、奥歯をガタガタいわしたろうか!」


『よし、完了した。』


はい?


「完了したって···何をだ?」


嫌な予感しかしない···。


『転移術の応用だ。テトリアの鎧と同じように、設定したキーワードを唱えることで、亜空間に作った武器庫から瞬時に武具を取り出せるようになった。収納も同じキーワードで可能だ。』


「························。」


『どうした?絶句するほど嬉しいのか?』


「························。」


『感謝するが良い。ホッホッ···まっ、待て待て!なぜ、ピアスを外して投げようとする!?』


確かに便利だが、キーワードがアホ丸出しだろうが!


この堕目神がっ!!




「いてまうぞ!ゴラぁ!!」


蒼龍を収納した。


「なめとんかぁ!ああっ!!」


破龍を収納した···。


「永眠させるぞ!」


SGー01を収納した······。


「ケ○の穴に手を突っ込んで、奥歯をガタガタいわしたろうか!」


GLー01を収納した·········。


亜空間を利用した収納は便利だが···俺は何か、人間として大事なものを失う気がした···。


「キーワードの変更をしてくれ。」


『それは無理だな。他と混同をさせないために、キーワードは最初の設定で決めたものしか使えん。』


「説明義務違反という言葉を知っているか?」


『そんなものは知らぬ。』


「························。」


武器を自由に出し入れできるということは、丸腰でなければならない場合や、突発的な危険にも即対応ができるし、武器の持ち替えに関してもタイムラグがない。しかし、相手をひどく威嚇するようなキーワードが必要だと、状況によってはどの武具を使おうとしているのかをさらすということになる。戦いにおいて、癖と同様で自分の手の内を敵に教えることにもなりかねないのだ。


いや、待てよ···。


もしかして···。


俺は言葉を発さずに、キーワードを念じてみた。


瞬間、蒼龍が右手に握られていた。


そうか···やはりキーワードは言葉ではなく、念じるだけでも発動するのか。


これならいける。


『ちっ!』


おい、今舌打ちをしたよな?


性根がネジ曲がった堕神が。


神ジョークのつもりか?


まあ、良い。


これで、どこぞの極道のような真似をしなくとも、武具の出し入れが容易にできるようになったという事だ。


『···さすがだな。固定観念にとらわれず、その術を使いこなすとは。』


とりあえず、無視だ、無視。


それよりも、この術の有効性を考えると、今以上の戦力強化も可能だと考えられる。


もっと大きな武器でも携行できるのだ。ならば···。


『タイガよ···そなた、また黒い笑みを浮かべておるぞ。次は何をやらかすつもりだ?』


うるさい、だまれ。




王都に3日間滞在をして、新たな設計図を作成した。


完成したそれをベイブに渡して、追加依頼を出す。


「おいおい、マジか?この前の銃器製作に、弾薬増産による継続収益。さらにコイツの製作って···うちの工房の10年分の売上が賄えるぞ!?」


そんなことを言っているベイブだが、儲けよりも新しい技術の取り込みに、職人としての魂に火が着いたようだ。気持ちの高ぶりが態度に出ている。


「前回と同様に、情報が漏れないようにお願いします。戦争利用でなければ、技術の流用はお任せしますので。」


「ああ、わかってるさ。それにしても、コイツもとんでもねぇな。まさか、世界相手に戦争でも始める気か?」


「まさか。そこまでの武力にはなりませんよ。せいぜい、上位魔族に致命傷を与える程度の物ですよ。」


「それでも、とんでもねえ代物だと思うがな···ま、あんたの事だから万一もないだろうが。」


こちらにすれば、アッシュやサキナの魔法の方がヤバいと思うがな。


俺には魔力がないのだ。


神アトレイクの神威術に便乗して、可能な限りの戦力補強をするしかない。


「大物だが、構造的には前のやつと似たようなものだから、1週間を目処で仕上げてみせるぜ。」


ベイブはすぐにでも作業に取り掛かるようだ。


因みに、今回の製作コードはAMRー01。


詳細については···今は教えられないな。




転移で王都から戻ると、アッシュから呼び出しがあった。


「よう、早かったな。」


ギルマスの執務室には、アッシュ以外にもリルとアンジェリカがいた。


「何かあったのか?」


「大公閣下と、テスラの教会本部から通達があった。叙爵式の日程についてだ。」


ああ···そんなこともあったな。


このギルドの主要メンバーには、事の経緯について話をしてあった。全員が唖然とした表情をしてはいたが、「俺が拠点を移す気はない。」と伝えると、それぞれに納得をしたようだった。


「いつだ?」


「2週間後だ。護衛を兼ねて、このギルドからも数名が参列をすることになった。」




「あのような男がテトリア様の転生者であるなど、絶対に認められん。」


シニタ中立領の貴族街にある豪邸。その一室で、1人の男が感情をあらわにしていた。


「聞くところによると、奴は魔法が使えないと言うではないか。テトリア様は膨大な魔力を持つ魔法剣士だった。あのようなスレイヤー風情に、天剣爵位などもっての他。」


「では、叙爵式でそのことを公に曝してしまうと言うことですか?」


「そうだ。奴が偽物であるとわかれば、天剣爵位など白紙撤回となる。」


「確かにそうでしょうが···。」


「配下の者では何かと危険が伴う。冒険者崩れなどの数を揃えて奇襲をかけようか。」


「それは···奴の実力は、我が国やフレトリアで実証されています。数百の魔物を壊滅し、上位魔族まで屈服させる武力。冒険者崩れ程度では、相手にもなりませんよ。」


「ならば···昨今の安寧により、暗殺者集団と化した奴等ではどうだ?闇ギルドを通じてなら、交渉も持てよう。」


イジイベラ伯爵兄弟である。


地位と名誉の向上のために魔道具による兵器開発を企み、その手段として軟禁していたカノンの両親を無条件に解放させられた恨みは根深い。


兄は直接タイガには会っておらず、弟に説得をされて不満ながらも計画を中断するに至った。しかし、時間が経つにつれて怒りは増大し、叙爵式の話を聞いて、ついに行動に移そうかと言い出したのである。


キレ者である弟ではあるが、直情的な兄には辟易としていた。何より、自分の足枷になられては困るのである。しかし、領地で得た収益の一部を、立身出世のために援助してくれた兄を無下にすることはできず、本人自身も、自らの野望に水を差したタイガに思うところもあった。


「···それでは、こうしませんか?」


咄嗟の閃きから、弟は兄に提案を試みた。


罠を仕掛け、名声を落とす。それが失敗するようであれば、実力行使により、魔法が使えずに混乱を打破できない様を白日のもとに曝す。


命を奪うことが難しくとも、失態を演じてもらえれば良いのだ。


それで奴は天剣という立場にはいられなくなる。そうなれば、今後の自分達にとっての弊害ではなくなるのだ。


ただの武力だけの男となれば、そこから堕とすことなど容易なのだから。


イジイベラ伯爵(弟)は、兄とは違い溜飲を下げたいだけではなかった。天剣とまでなれば、魔に属する者達の討伐だけではなく、各国の上層部に大きな影響力を持つ。忌避すべき正義感を持つ相手を無力化しておくことは、自分の野望にとって必要不可欠なことに他ならなかった。


「うむ、それでいこう。さすがは、我が弟だ。」


イジイベラ伯爵(兄)は、いやらしい笑みを浮かべた。












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