第1章 103話 エージェントは、相棒と共に無双する②

国は違えど、スレイヤーギルドのギルマスともなると、互いに親交を持っていたりする。


定期的な会合や、国家が主催するパーティーなどに招待をされ、そこで顔を突き合わせるからだ。


ケイメスとアッシュは、顔を合わせれば話すという程度の間柄ではあったが、互いにランクSに至ったスレイヤーとして、相手の実力を理解していた。もちろん、ケイメスは既に引退をしているが、外側から客観的に物事を捉え、現役のスレイヤーに的確なアドバイスを送ったりする。


ケイメスにとって、アッシュは同じランクSでも格が違うと思っていた。剣技や魔法に長けているのは当然だが、老練とも言える状況判断力と、臨機応変な対応力を兼ね備えているのだ。若さゆえに、スピードもパワーも一級品。戦闘センスも含めた総合力で言えば、彼に匹敵する者など、いようはずがなかった。


アッシュは現在、世界最強のスレイヤーとも言われている。それは、百戦錬磨のケイメスにとっても納得ができることだったのだ。


そんなアッシュが、今回の戦地に応援として来た。はっきりと言って、そこらの有象無象が大隊クラスで集結してくるよりも、よほど頼りになると言える。


ただ、なぜか嘔吐きながら、無気力な眼で見てくるのが不安ではあった。


それと···一緒にいるハゲの得体が知れない。


こちらも先程までは嘔吐いていたが、今は多少落ち着いている。しかし、死んだ魚のような眼をしているし、何やら、「二度目なのになれない···。」「距離が遠いほど圧が強いのか···。」などと、意味のわからないことをブツブツと呟いているのだ。


本当に、援軍だと考えて良いのだろうか···。


ケイメスは苦悩した。


「···ケイメス殿。まさか、この2人が援軍と言うのではないだろうな?」


一度、期待が最大値となった騎士団からの問いかけは、まるで永久凍土のような冷たさを含んでいた。


まだ冷静に耳を傾けようとする者など良いほうで、中には「こんな時に悪質な冗談を言ってんじゃねーよ。」的な眼で見てくる奴もいる。しかも、騎士団よりも、部下であるはずのスレイヤーの大半がそうだった。


「···そこの銀髪は、アッシュ·フォン·ギルバート本人だ。」


ケイメスは下手に繕うよりも、スレイヤーとして高名なアッシュの名を伝えることにした。


「「「「「えっ!」」」」」


一瞬の間の後、一同に驚愕の波が押し寄せた。


「嘘だろ?アッシュ·フォン·ギルバートが、この国にいるはずがないだろうが。」


ケイメスの言葉に異を唱えたのは、ランクAスレイヤーのクレイマンだった。


彼は数週間前にランクSへの昇格を願い出て、ケイメスにあっさりと断られていた。理由は、「器ではない。」の一言だった。


本人にしてみれば、当然納得がいかない。実績も強さも、ギルドでナンバーワンだと自負しているのだ。


「それに、こんなやつがランクSとかありえないだろう?見ろよ、戦ってもいないのに、死にそうな顔をしてるじゃねーか。」


そーだ、そーだと言う声が、何人からか聞こえてくる。


クレイマンはその声を聞いて、さらに挑発的なことを言う。


「だいたい、隣にいるハゲは誰だよ?彼氏かぁ?」


直後、クレイマンは背後から肩をたたかれた。


とっさに振り向いたクレイマンの頬に、タイガの人差し指が食い込む。


「痛っ!?」


「誰がハゲだ?それに、誰が彼氏だ?」


不機嫌そうにタイガが質問をするが、頬を突かれたクレイマンには、なにが起こったのか理解ができなかった。たった今まで目の前にいたハゲが、いつの間にか背後にいるのだ。これには居合わせた者全員が混乱し、アッシュの隣とタイガに何度となく視線を走らせた。


「おっ!何それ?どうやったんだ?」


そんな中で、これまで死にそうな顔をしていたアッシュが、眼をキラキラとさせてタイガに質問をしていた。どうやら、転移によって想像以上の圧を受けて気分を悪くしていた事よりも、タイガの気配を操った移動術への興味が勝ったようだ。


「気配を消して移動しただけだ。」


「それだけじゃないだろ?コツを教えてくれ、コツを。」


律儀に答えたタイガに、興味深々に食い下がるアッシュ。


「移動する前に、気配を強くして意識を引きつけるのがコツだ。あとは、相手が他のことに気を取られた一瞬をつく。」


「おぉ、なるほど。」


そう言ったアッシュは、言われた通りの方法で、クレイマンの背後に移動した。


タイガと同じように肩を叩き、人差し指で頬を突こうとしたが、何の因果か、振り向いたクレイマンの鼻の穴に人差し指がはまってしまった。


「ぐわっ!?」


激痛で叫びと鮮血を飛び散らせながら、うずくまるクレイマン。


「おお、流石だな。一度見ただけで、そこまで模倣するとは。」


タイガが笑いを噛み殺しながらアッシュをほめたが、当人は自分の人差し指を見ながら憮然としていた。


周囲の者達は今のわずかな出来事を見て、「いろんな意味で、目の前の2人は只者ではない。」と感じたという。




「作戦は?」


俺は並行して疾走するアッシュに問いかけた。


フレトニア王国騎士団本部から通信が入り、俺達が救援に来ることがオフィシャルであると伝えられた。


アッシュと合流した時点でシニタ中立領のサーラと通信で連絡を取り、ここに来ることについての了承を得ていた。騎士団本部からの連絡が前後したのは、他国のスレイヤーが国境からほど遠い場所に現れることについて、一悶着あったのだろう。同盟国とは言え、騎士団やスレイヤーにも自分達の領分を侵されたくないという、縄張り根性があって然るべきだ。


おそらく、サーラは公爵家から王家を経由して、テトリアの名前を巧みに使い、根回しをしたのだと思う。そう言った交渉事に長けていなければ、大使になどなれるはずがないのだ。


当然、彼女にも何らかの思惑があると考えられる。自身の地位向上か、公爵家の発言力を高めるためかはわからない。正直なところ、政治利用をされたり、テトリアの転生者として周知されることには抵抗がある。だが、そんなことに躊躇して、救える命を救えないのなら、些細な問題として切り捨てることにした。


さすがに、転移できることを情報として広げられると、救援要請に際限がなくなるので、今は他言無用であることを救援の条件としている。


因みに、遠い所へは救援に行かないという意味ではない。案件の切迫度合いによって優先順位をつけ、それに応じた戦力で対応をしたいと考えている。何せ、身は一つだ。それに、自分が最強だとも自惚れてはいない。状況によって最適な準備を行い、チームとして事にあたるのが定石と思えるからだ。このシステムが構築できれば、場合によっては、同時に複数箇所での救援も不可能ではないと言えるのだ。


「ノープランだ。」


「マジか?」


「マジだ。」


アッシュからの返答を聞く前から、そんな気はしていた。何せ、魔物達の戦力と状況の説明を受けた際に、「厄介なのは、ミノちゃんか。」などと、焼肉ホルモンの部位か?と思える軽い発言をしていたのだ。


ミノちゃんとは、ミノタウロスという牛の頭と、マッチョな人間の体を持つ魔物である。パワーとスピードに優れ、魔法耐性の高い上位種だ。スレイヤーでも、ランクによってはミノタウロス1体と互角に闘うためには、2~3名以上を要すると言う。こいつがおよそ30体。他に、オークやゴブリンが総勢90体いる。


対して、相対している騎士とスレイヤーは総勢50名。約半数が既に戦闘不能に陥り、残りのうち15名が峡谷の入口で魔物達を抑える壁役となっているらしい。峡谷の間口が狭く、敵が一気に攻め入ることが難しい地形が幸いしているが、消耗がかなり激しいとのことだ。


「俺が突っ込む。アッシュは後ろから、最大威力の魔法を放ってくれ。」


「ああ、実はそのつもりだった。おまえに魔法が効かないとはいえ、さすがにそれを口にすると、非道に思えるから黙っていた。」


アッシュは涼しい顔で、そんな発言をした。


「言わなくても、やろうとしている時点で非道だ。むしろ、黙ってやる方が質が悪いぞ。」


「あ···やっぱり、そう思う?」


「魔法が効かなくても、その爆風や衝撃で飛んでくる石とか砂が痛い。場合によっては、致命傷を負いかねないからな。」


「そう言えばそうだな。そんなこと、気がつかなかった。」


アッシュはハハハと笑ったが、笑い事じゃないと思うぞ。




峡谷の入口が見えてきた。


高さ約10mの岩壁が両脇に聳え立ち、風なのか水なのかはわからないが、自然の力が長い年月をかけて形成した地形を思わせる。


およそ4m幅の通路は数十メートル続き、そこを抜けると、途端に10倍以上に広がっていた。


現場に居残ったスレイヤーや騎士達は、間口が広がる手前で障壁を作り、その後方から魔法を放って耐えている。


全員が満身創痍。


「先に行く。」


アッシュにそう告げたタイガは、右方の壁を目掛けて地面を蹴った。


助走がついていたとは言え、3m程の高さにまで跳び上がったタイガを、後方から追いかける他のスレイヤーや騎士達が視界に入れて驚愕する。


再び岩壁を蹴って跳躍したタイガは、三角蹴りの要領で5m以上の高さにまで到達し、張られていた魔法障壁を難なく飛び越えた。


そして、続くアッシュも跳躍する。


こちらは硬化魔法で空中に足場を作り、階段を数段とばしで駆け上がるように高さを稼いでいく。


後続の者達は、アッシュの行動にさらに驚愕し、その動きを眼で追った。


この世界では、一部の精霊の恩恵によるもの以外に、飛行魔法など存在しない。しかし、アッシュが見せた動きは、まるで自由に宙を駆けるような、飛行魔法と見紛うような動きに映ったのだ。


魔法とは、発想によって進化するものである。アッシュが使ったのは、飛行魔法などとは程遠い硬化魔法の応用である。しかし、そもそもが、硬化魔法をそんなふうに使う者など皆無と言えた。


長い歴史によって、魔法技術は完成度の高いものに到達した。その反面、新たな魔法の開発や、その活用術には目を向ける者が少なくなったと言える。進化させることよりも、既存の技術の修得が目的となってしまったのだ。


アッシュは、そういった既成概念を良しとはしなかった。戦闘後に感じる「たられば」を、実際に実現するにはどうすれば良いのかを、常に創意工夫の中から見出だして取り込んでいた。


それが、今日の世界最強と呼ばれるスレイヤーを育んだと言っても、過言ではなかった。




一足先に宙から敵地に降り立とうとするタイガに、着地点近くにいたミノちゃんが手に持ったバトルアックスを構えた。


さながら、野球のバッターのようなフォームでタイミングをはかるミノちゃんの姿に、壁役のスレイヤーや騎士達が中空のタイガに目を向ける。


無謀な特攻としか思えない行動に、ハゲの命は風前の灯と誰もが認識した。後方にいるクレイマンに至っては、ざまぁなどとこの場ではすべきではない表情をしている。


しかし、ハゲは落下しながら右手で細い剣を抜き、眼で見えない速度でそれを振った。


剣圧による一撃。


風撃斬。


タイガが放った風撃斬は鋭い斬れ味を見せ、ミノちゃんを袈裟斬りに分断した。


元々は牽制用に使えると模倣した風撃斬だったが、何度となく使用しているうちに習熟度が上がり、今では魔物相手になら一撃必殺のものとなっていた。


「なんだ、あの技は!?」


「魔法じゃないぞ!」


ミノちゃんに返り討ちにあうと思っていた後方部隊からは、次々に驚きの声が上がる。


「しばらく見ないうちに練度が上がっているな。俺も負けていられないか。」


一方、タイガの動きを見ていたアッシュは、硬化魔法を1ヶ所に定着させて足場にする。あたかも空中に浮かんでいるように見えるこの技術は、最近身につけたものだ。


硬化魔法は、瞬間的かつピンポイントで防御に使う魔法。本来であれば、一瞬で消える元素の集束。継続的なものとするためには高い集中力と大きな魔力の消費を伴う。デスクワークばかりでギルドから離れられなかったアッシュは、日々の鍛練の時間を有用に使い、2つのスキルを身につけていた。


1つは地表や大気から魔力を集約する術。


もう1つは、戦闘用の補助魔法の応用展開。


この2つのスキルを身につけることにより、アッシュの戦闘力は格段にアップすることとなった。


「一気に蹴散らす。」


空中で静止したアッシュは、周辺から魔力をかき集め、無詠唱による上級魔法を、ものの数秒で完成させた。


「ダムド!」


魔物達が集中する場所に手をかざすと、その先端から赤い魔方陣が浮かび上がる。


下にいるタイガがアッシュを見た。「え!?うそ?マジで!?」という顔をして、全力で疾走を始める。


「嘘だろ···味方がいるのに、あんな破壊力の魔法を撃つのか···狂ってる。」


クレイマンが後方で呟いた言葉に、他のスレイヤーや騎士達も同意といった表情をする。ダムドとは、広範囲で連鎖爆裂を起こす凶悪な魔法なのだ。


実際には、アッシュの魔法がどれだけ強力であったとしても、タイガにはノーダメージである。他人から非道、悪魔と罵られても、「実害がないのだから良いじゃん。」と本人は思っていた。


しかし、タイガは別の危惧をしていた。味方の魔法に触れると、それを消し去ってしまうのだ。せっかくの攻撃が無と化してしまうから、自分は早々に離脱すべき···と言うのは建前。本音は、「あんな強い魔力で撃たれたら、爆風でいろんな物が飛んでくるだろ!さっき言ったところなのに、アイツはアホか?」である。


因みに、タイガは魔力の強弱を何となく感じる事ができる。何となくと言うのは、自身が魔力を持っていないので、はっきりとは把握できないのだが、気配やオーラと同じような感覚でなら感じることができるのだ。壁役の出していた魔法障壁を、跳躍により避けたのはこういった背景を含んでいた。


そんなタイガの内心の叫びをまったく無視するかのように、アッシュが構築した魔法陣から、強烈な光が放たれた。


「ド阿呆が···。」


タイガはアッシュを罵りながら、巻き添えを避ける手立てに出た。


「なんでやねん!」


アッシュの魔法が着弾する前に、テトリアの鎧を纏う。そのままの姿だと、飛んできた破片や石などで傷を負ってしまう可能性が高いからだ。こちらが主導して魔法を撃ち込んでもらう場合なら、それなりの準備ができるのだが、今は勝手が違う。他の者達にはアッシュの魔法による閃光で、その姿は見えないはずだった。


その直後、魔物達の中心でアッシュの魔法が弾けた。






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る