第1章 101話 天剣爵位③
「ああ···その前に、少し確認をさせていただきたい。」
俺は、他国の事情に干渉をしなければならなくなる前に、布石を打つことにした。サーラの申し出に消極的な訳ではなく、筋を通しておくべきだと考えたからだ。
「確認?」
サーラが怪訝な表情をしたが、とりあえずスルーする。
「バリエ卿に質問です。私の今の立場だと、フレトニア王国の魔物討伐に関与をするためには、どのような手続きが必要でしょうか?」
「ふむ···タイガ殿は現状、我が国のスレイヤーギルドに属されている。立場的には、準公人にあたるので···相手が魔物や魔族とは言え、他国の問題に介入をするためには、王城の許可が必要となるでしょうな。」
サーラもイジイベラも、驚いた顔をしていた。テトリアの転生者かもしれないとは聞いていたが、まさか一介のスレイヤーだとは思ってもいなかったのだ。
「お待ちください。バリエ卿、この方が、貴国のスレイヤーギルドに属していると言うのは本当でしょうか?」
「事実です。彼によって、我が国の多くの民が救われています。それに、彼の現在の肩書きは、ギルドマスター補佐。国王陛下より、爵位も賜られています。」
サーラは、予想外の話に唖然とした。
「まさか···貴国は、テトリア様の転生者である可能性も踏まえて、彼に今の立場をお与えになられたのですか?」
「いいえ。彼の素性は謎でした。しかし、多くの功績により大公閣下が推薦をされ、国王陛下が実際に会われて叙爵をされたのですよ。」
「···························。」
サーラにとっては、計算外だったのかもしれない。同じようにシニタ中立領に隣接する他の二国とは異なり、自分の国とタイガとの接点は無いに等しい。今後のことを考え、理由をつけて取り入ろうという打算がなかったとは言えないのだ。
「気にすることでもないと思うよ。」
そこへ、ビルシュが軽い口調で割り込んだ。
「どういう事ですの?」
サーラの疑問に、ビルシュはふふんと得意気に鼻を鳴らす。
「教会としては、彼に天剣爵位を叙爵···いや、認定と言った方が正しいね。とにかく、一国ではなく、ワールドワイドに活躍をしてもらうように助力するつもりだよ。」
部屋にいた全員が、その言葉に目を見開いた。
「天剣爵位を···。」
「何百年ぶりの認定だよ、そりゃ。」
「それは、素晴らしいアイデアです!」
「「···························。」」
サーラとディセンバー卿、そして大司教代理は感嘆の言葉を上げ、イジイベラ伯爵とバリエ卿は押し黙ってしまった。
天剣爵位?
···嫌な予感しかしないのだが。
「天剣爵位とは、何だろうか?」
自分の知識の中にはない単語だ。読み漁ったこの世界の文献には記述があったのかもしれないが、あまり関心を持てずに記憶していないだけかもしれない。
「天剣爵位とは歴史上で唯一、テトリア様のためだけにアトレイク教会が設定した名誉爵位です。天が使わせた剣、すなわち英雄を意味します。」
大司教代理が丁寧に説明をしてくれた。
「いくら名誉爵位とは言え、テトリアとの関連性が見えない人間がもらって良い称号ではないと思うが···。」
騎士爵のように、汎用性の高い名誉爵位とは意味合いがまったく異なる。この世界の人々が、歴史上の大英雄だと崇めるテトリアだけの称号だ。そんなものを叙爵するなど、重たすぎる。
「君には既にそれだけの資格があると思うよ。身を呈して救った人の数は、一介のスレイヤーの枠を超えているし。」
ビルシュが真面目な顔をして理由を話しているが、その目には別の思惑が潜んでいる気がしてならなかった。
「それに、これは天啓でもあるからね。断れないよ。」
あ、そういうことね。
「神アトレイク。」
『どうしたのだ?』
「あんたか、ビルシュに余計なことを吹き込んだのは?」
『ふむ、天剣爵位のことだな。だが、それは必要なことだろう。』
「一個人や一国家の制限を受けずに活動するために、と言うことか?」
『そうだ。もはや、そなたがテトリアの転生者かどうかなど、些細な問題でしかない。重要なのは、持てる力を必要な時に発揮できるかどうかなのだ。何者の制限も受けずに動くためには、天剣であると広く認識されることが一番効果が高い。』
「天剣となった場合、何が変わる?」
『それは、教皇からの説明を聞くと良い。』
おお、丸投げかい。
「天剣は誰かに仕えることじゃないからね。あくまで、天が民のために遣わせた剣。その目的を違えないのであれば、普段は何をしていようと問題はないよ。一応、犯罪とか、著しく名を落とすようなことは避けないと、歴史上に嫌な名前を残すことになるけどね。」
ビルシュの説明は、常識的なものだった。ただ、注釈が非常に重い。
「天剣を名乗るようになれば、国家の柵からは解放される。でも、その反面、今まで以上に取り入ろうとしてくる者達も増えるだろうし、過度な期待も寄せられると思う。」
との事だった。
「確かに···視野を広げてみると、タイガ殿が天剣としての立場を明瞭にすれば、国や立場に関係なく救済される人々は増えるでしょう。しかし、天剣爵位とは名誉爵位。騎士爵と変わらず、日々の糧をそれほど得られるものではありません。」
バリエ卿が苦り切った表情で苦言を放った。
「確かに···スレイヤーであれば、魔族や魔物の討伐で報酬を得ることはできましょうが···天剣として、各国を渡り歩くとなると···。」
大司教代理も、聖職とは言え職務に従事をして日々の糧を得ている。バリエ卿の言葉に同様の危惧を抱いたようだ。
俺自身に関しては、既に多額の報酬を得ており、その辺りはどうでも良いと思っていた。ただ、なぜ本人を無視して、天剣とやらになる話になってきているのかが、いささか疑問ではある。
「我が国での行いに関しては、これまで通りの条件···いや、それ以上とならないかを王城に進言するつもりです。ただ、他国に関しては···。」
そう話すバリエ卿の表情は微妙だった。危惧をしていると言うより、他国に牽制をしていると見てとれるのは、俺だけではないのじゃなかろうか。
「なるほど。バリエ卿は、あくまでもタイガ様を他国に流出させたくないと、そうお考えなのですね。」
サーラがストレートに問い質した。
「いや···そう言う訳ではなく···。」
「確かに、おっしゃる意味は理解ができます。タイガ様に、世の安寧を委ねると言うことは、それだけ過酷な日々を強いること。見返りも相応になくては、精神がもたないでしょう。」
どんどん話が嫌な方向に持っていかれる。遂には、守銭奴とも取られかねない俗な存在にされたか。
「私も進言致します。我が国の陛下なら、貴国以上の成果報酬を準備するように英断されるはずですわ。」
「おいおい、それはうちも同じだぜ。何せ、先日の件を報告したら、王城に招くようにとテスラ王から、お達しがあったからな。」
黙りを決め込むイジイベラ伯爵を差し置いて、ディセンバー卿までが参戦をしてきた。
部屋の雰囲気は混沌としている。
そろそろ、身勝手な討論は終了をさせた方が良さそうだ。
「お取り込み中に申し訳ないが、貴殿方はどこで何と私を闘わせようとしているのでしょうか?」
「「「え?」」」
「魔族が攻勢をかけてきたからと報告を受けても、それぞれの国に向かうにはそれなりの準備と時間がかかると思いますが、それについてはどうお考えでしょうか?」
仮に、3国が接しているシニタにいたとしても、先日のような近場でもなければ、援軍として到着するのは、下手をすると数ヶ月も先と言うことになる。飛行機でもあれば別だが、そんなものはこの世界には存在しない。
「それは···。」
「··················。」
サーラとディセンバー卿が絶句する中で、バリエ卿だけが微笑みを浮かべた。
「ふむ···やはりタイガ殿は、現状通りに我が国との縁を継続されるべきだな。既に知己もいることだし、それ以外の答えはないでしょう。」
さすがはバリエ卿。
自国の優位性を唱えるタイミングを逃さない。
そんな風に議論が結末を迎えそうになった時、ビルシュが当たり前のように、場を再燃させるような一言を放った。
「あれ?君は転移できるのじゃないの?」
は?
できねーよ。
「テトリアはできたよ。」
いやいや、魔法使えねーし。異世界転移も神アトレイクの仕業で、俺には···。
ん?
「転移というのは、一般的な魔法なのかな?」
ふとした疑問がよぎった。
「まさか。誰にでも使える訳じゃない。それに、魔法ではないよ。」
ビルシュの回答は、俺に1つの仮説を生み出した。
「どういう意味だ?」
「神威術の1つだよ。歴史上では、後にも先にもテトリアしか使い手がいなかった。受け売りだけど、神アトレイクの力を借りていたみたいだよ。」
「神威術?」
「神の御力による施術だよ。」
「···何となく理解した。」
俺は真偽を確かめることにした。
「神アトレイク。」
『転移について聞きたいのだな?』
「話が早いな。その通りだ。」
『あれは人間では使えない。もちろん、テトリアも含めてな。』
「実際には、あんたが転移術を施していたと言うことか?」
『そうだ。神がこの世界で具現するわけにはいかぬからな。カムフラージュというやつだ。』
「今でも使えるのか?」
『私を誰だと思っておる。』
使えると言うことだと解釈した。
「デスベラ様。」
神アトレイクに必要な事を確認してから、サーラに質問をした。
「サーラで構いません。」
「では、サーラ。」
「はい(えっ!?いきなり呼び捨て?)。」
「貴国で魔に属する者達の脅威が迫っていると言っていたが、具体的な内容を聞かせて欲しい。」
「····(次はタメ口?なんて気安い···いや、テトリア様だと考えれば、不快ではないが···。)···あなたは、我が国の地理に明るいのでしょうか?」
「いや、まったく。」
「···ご説明致します。フレトニア王国は、シニタより南東に位置しております。国土は東西に広く、テスラ程の面積はありませんが、その6割が平坦な地形ゆえに、商業が発達しているのが特徴です。国の中心部に王都があり、そこから真東に交易の中心となる港町ベルイスが存在するのですが···。」
どうも、この世界には広域の地図なんてものはないらしい。国ごとに作成し、管理がされてはいるが、機密情報として持ち出すことは厳禁なのである。
俺は、サーラの説明を聞きながら、頭の中で地図を形作る。都市間の距離の目安や、位置関係を大まかに記憶していく。現地に実際に赴くとしたら、いろいろと修正は必要となるが、まったく知らないよりも、遥かに役立ったりするのだ。
「···半月ほど前より、王都と港町ベルイスの中継地点に、上位種の魔物が蔓延り、往来を遮断されているのです。もちろん、王国騎士団の派遣や、スレイヤーギルドへの依頼も行っておりますが、それにも多大な被害が出ている状況。このままでは、経済が停滞するばかりか、国力の低下を招くかもしれません。それに、多くの民が危険に晒されています。」
軽く聞いたが、大事のようだ。
これは···無視できなくなってしまった。
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