第1章 99話 天剣爵位①

とりとめのない話に辟易したタイガは、ディセンバー卿とバリエ卿にきっぱりと言い放った。


一瞬沈黙をした2人は、真顔になって質問をする。


「それは、やはり使命というやつか?」


「君はやはり···。」


む、話を終わらそうとしたが、違う方向に飛び火しそうだぞ。


『タイガよ、天命だと言ってもかまわん。そなたの成すべきことを、その者達に伝えると良い。』


このタイミングで、神アトレイクが話しかけてきたが、なぜ今なのか。


「理由は?」


『その者達は、そなたの良き理解者となるであろう。そして、今後の協力も得られるはずだ。』


「いまいち意味がわからないが···何か特別な理由があるのか?」


『その者達は、私の加護を持つ家系なのだ。シニタを囲む三国の王家は、そもそもが世の安寧のために、古代より私を崇拝してきた。テトリアの活躍も、直接的間接的を問わず、彼らの力添えがあったからこそと言える。』


「目の前の2人である理由は?」


『大柄な方はテトリアと共に戦い、旅を共にした者の直系。もう一方は、テトリアを経済面、物質面でバックアップをした者の直系だ。』


「初めて聞いたぞ。そんな貢献を果たした家系なら、家名が文献などに記されていてもおかしくはないかと思うが。」


『同様の事態に陥った場合、公になっていると危険だからだ。彼らの直系尊属は、後裔に言い伝えるだけに留めてきた。』


歴史が繰り返し、魔族がかつてのように人間を滅ぼそうとするのなら、テトリアとその協力者の末裔を真っ先に滅ぼそうと考えるだろう。故に、詳細を歴史に残らないようにしたというのは納得ができる。


「しかし、直系尊属がそうであったとしても、現在の彼らも同じようにするかはわからないのではないか?」


『天命だ。宿命と言っても良い。』


確かに、先ほどの彼らの表情は、何かを悟っているとも思えた。しかし、疑問も残る。


「サキナも、その直系だと思うが、彼女は違うのか?」


『時の当主、家長が司るものだからな。彼女にも、いずれ引き継がれるかもしれないが、今はその父親が担い手だ。』


この話の流れでは、自分がテトリアの後継者であると、吹聴しなければならない状況が作られていってるようだ。これは、ハメられたと考えるべきか、もしくはやはり天命と考えて素直に受け入れるべきか。


タイガが頭を悩ませていると、再びドアがノックされた。




「突然呼び立てて、すまなかったね。」


予想外の人物から呼び出しを受けた。


バリエ卿の執務室を訪れたのは、既に面識のある大司教代理だったのだが、最上階最奥の部屋に案内をされて通されると、そこに待っていたのは、金と白のローブと半円球型のズケット様の帽子を着けた、まだ20代とおぼしき人物だった。


豪華と言うよりも、質実剛健な執務机にいる彼は、目を糸のようにしてニコニコと微笑んでいる。取り立てて存在感があるわけでもなく、普通の服で街を出歩いていると目立たない存在とも言えた。


ルックスに関して言えば、かなりの容姿端麗。そして、ただ一点、普通とは異なる耳の形状をしていた。


「エルフ?いや、ハーフエルフかな?」


「そうだよ。だから、見た目以上に人生経験は豊富と言っておこう。」


ハーフエルフは、エルフほどではないが寿命が長い。一般的に、数百年から千年と言われている。因みに、ハーフエルフは人間とエルフの混血児を意味し、プライドが高く、異種族への警戒心が強いエルフからは、忌み嫌われる存在と聞く。だったら、人間側はそうではないのかと問われると、そこは人によるだろう。エルフとの接点を持ち、彼らを嫌っている者からすると、同じようなものだとも言えるが、大半の人間はエルフと出会ったことすらない。固定観念なしにつきあえば、それは個人の気質によるとしか言いようがないのだ。


「エルフの血を引く者には初めて会った。噂通り、キレイな顔立ちをしている。」


「はは、素直にありがとうと言っておくよ。ただ、僕は聖職者として、そう言った俗世間の交際は自重をしているからね。君がそのつもりでも、気持ちには答えられないかな。」


···容姿を褒めただけで、なぜゲイにされているのか意味がわからない。しかも、告白もしてないのにフラれたぞ。


「大丈夫だ。俺はアブノーマルな趣味を持ってはいない。」


「くすくす···冗談だよ。」


イラッときた。


「なんだ···知り合いの冒険者が、そっちだから紹介をしてあげようと思ったのだが。」


ジェシーが、確かゲイだとうそぶいていたからな。


「あ···いや···遠慮しとくよ···。」


目の前のハーフエルフは、急に焦りだした。


ふん。


人をからかうなら、死ぬ気でやれ。


関西人は甘くはないぞ。




「何か、随分と感じが違うね。以前はもっと正義感の塊という印象だったけど。」


「···すまない。何を言っているのか、理解をしかねる。そもそも、あなたが誰なのかわからないのだが。」


目の前の人物は、前から自分のことを知っているかのような口調で話すが、当然のごとく心当たりなどない。先程も話した通り、この世界に来てからも、エルフやハーフエルフには会ったことなどないのだ。


「あれ?君はテトリアでしょ?」


「違う。」


「あれ?オーラが似ているけどなぁ。」


オーラ?


「まるで、テトリア本人を知っているかのようだが、そうなのか?」


エルフ系は寿命が長い。


その可能性がないとは言えない。 


「うん。知っているよ。」


「···まずは、何者なのか教えてくれないか?」


「ああ、そうだね。僕はビルシュ·タートリア。今は、アトレイク教の教皇をしている。かつては、テトリアと共に旅をした治癒士さ。」


何かを思い出すかのように、遠い目をするビルシュ。テトリアが活躍した時代は、今から500年以上も前だと聞いている。


「いろいろとツッコミたいところが満載だな。」


「ああ···君はやっぱり、そちらが専門···さ、殺気を出すのはやめてくれないか。」


「まず1つ目の質問だ。教皇と言ったな?と言うことは、他界した大司教の監督責任があると言うことだ。あの件について、何か関与はしているのか?」


「もし、していたとしたら、どうするのかな?」


「敵とみなして斬るよ。」


「···違うから。絶対に関与はしてないから。そのヤバい殺気を放つのはやめて欲しい。」


まあ、ソート·ジャッジメントは反応していないので、とりあえず信じることにした。


「2つ目の質問。なぜ、大司教の企みに気づけなかった?」


「言い訳でしかないけど、僕は半年もの間、複数の国を外遊していた。それ以前からではあるけど、教会の運営面については、大司教に一任していたのさ。」


「だから、策略に気づけなかったと?」


「残念ながら、そういうことになる。もちろん、全責任は僕にある。」


初めて真剣な顔を見せた。


魔人が出現してから、教会は天文学的な数字の犠牲者を出している。元から気づいていたとしても、何らかの対応ができたかはわからないが、その責任は重大だろう。


「外遊の目的は?」


「うう···尋問されているみたいだ。」


「尋問をしている。」


ふっ、とため息を吐きながら、ビルシュはこんなことをつぶやいた。


「君を探しに行っていた。」


は?


「どういう事かな?」


ビルシュは俺を探していたと言う。クレアと同じような理由とは思えない。言葉のニュアンスがかなり違うのだ。


「御神託さ。半年前に、アトレイク様から受けたんだよ。」


「···内容は?」


「かつて魔族を生み出し、世を混沌に陥らせた堕天使が力を蓄えている。対抗するために、我はテトリアの転生者を召喚する。神アトレイクは、僕にそう語ったのだよ。」


「····················。」


「それが、君のことだと考えている。」


それが俺のことだとしたら、少しタイミングが違う。俺がこの世界に転移したのは、今から少し前のことだ。


「少し待ってくれ。それが事実かどうか、記憶を探る。」


「記憶を探る?何を言って···。」


俺は右手を上げて、ビルシュの言葉を遮った。幸いにして、この場には彼と自分しかいない。目をつむり、問いかける。


「神アトレイク。」


『うむ···聞いておった。』


「御神託は本当か?」


『うむ···本当だ。』


「···テトリアの転生者が、俺だと言うのは?」


『さあ···わからん。』


「は?」


『は?』


「御神託とは、適当な希望的観測を述べることなのか?」


『それは、違う。違うぞ。』


「違うと言うのは、俺がテトリアの転生者ではないと言うことだな?」


『いや、違う。そうではないのだ。』


「俺がこの世界に来たのは、ほんの少し前のことだ。しかも、転生ではなく、おそらく転移。」


『そうだ。テトリアのオーラ···存在の根源となる波動のことを指すのだが、それがこの世界には存在しなかった。』


「どういうことだ?」


『おそらく···テトリアは、まったく違う世界に転生したのではないかと思う。それで、私は各世界の垣根を超えて、同じオーラを持つ存在を探したのだ。』


「それが俺と言うことか?」


『たぶん。いや、おそらく···。』


「は?意味がわからんぞ。」


神アトレイクが語った内容は、複雑すぎて、理解し難いものだった。


一度、要点ごとにバラして、簡素化する。


まず、テトリアのオーラを探っていた神アトレイクが、この世界には彼の根源が存在しないのではないか、という結論に行き当たった。


もしやと思い、他世界を探ってみると、それらしき存在を感知。既に転生をして、成人していると推測する。


そして、神力により、その人物に召喚術をかけて、この世界に呼び寄せるが、その後の消息は不明となる。


ここ1ヶ月で再びオーラを感知し、偶然にもその発生源である人物···すなわちタイガと、教会本部で接触することとなった。


召喚術を発動した半年前からの5ヶ月間、神アトレイクにも対象のオーラは感知できていない。しかも、オーラの個性は感覚的なものとしてしか認識できず、完全一致しているかどうかは、断言できないと言う。


「ずいぶんと曖昧だな。」


はっきりと言って、ただの偶然とも考えられる。


『だが、可能性は高い。テトリアの鎧を纏うことができたことも、裏付けになる。』


「ただ魔力がないから、纏えたのじゃないのか?」


『適性というものがある。あの鎧は、人間としての尊厳が高くなければ、命を奪う。』


怖っ。


てか、尊厳が低かったら死んでいたのかよ。


「安易に鎧を纏わせたが、下手をしたら死んでいたということか?」


『結果的には適性があった。そなたがテトリアの転生者である可能性は、それなりに高いということだ。』


「それなりに···か。」


今、さらっと適性がなかった時のことをスルーしたよな。


恐ろしい神だ。


『そなたの他人への優しさや、命を敬う気持ちは、十分に認識ができた。次代のテトリアとして自認するが良い。』


自分が何者なのかということに、興味がないわけではない。まして、異世界転移というイレギュラーを経験したのだ。なぜそうなったのかを知りたいと思うのは、当然のことだろう。


だが···


「最初から仕組まれていたということか。」


俺はそう答えたのだった。


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