第1章 98話 エージェントの憂鬱④
さすがはバリエ卿。
ちゃんと、手回しがされている。
守衛に認定証を提示すると、「カウンターの端にある石板のようなものに近づけて欲しい。」と言われて、その通りにした。
「はい。ご本人確認が取れました。ランクSスレイヤー、タイガ·シオタ様。ご協力ありがとうございます。」
「異世界の情報技術もなかなかやるなぁ。」などと思う。認定証をかざすと、登録元に照会をかけて、その場にいるのが本人かどうかをフィードバックしてくれる仕組みらしい。複雑な魔法術式が組まれており、いまいち理解が追いつかないが、エージェントの秘密兵器みたいなものだと思うことにした。根本的に、魔法が使えない俺が理解しやすいものではないのだ。
「では、バリエ卿のお部屋までご案内致します。」
詰所内にいた他の守衛が案内をしてくれるらしい。一国の大使の客人という扱いで、迅速な対応だった。
「それでは、奴はどこかの国の元暗部と言うわけか?」
「可能性があると言うだけですよ。むしろ、そのあたりにしか考えが及ばない、というのが正直なところですけど。」
バリエ卿は1人の巨漢と話をしていた。魔物の群れが発生した件でシニタを訪れた相手が、旧知のバリエ卿に会いに来たのだ。
バリエ卿は、大使となる以前は他の者達と同様に、外交官として複数の国に滞在をしている。目の前の相手とは、10年来のつきあいになる。魔物の対処についての議案書を作成するため、当時公務で訪れたテスラ王国の辺境で知り合い、意気投合した。
お互いに趣味が同じで、娘がいるという共通点から、不定期ではあるが酒を飲みかわす仲である。
「ふむ···では、奴が瞬時に擬態したかに見えたのは、昔に身につけた変装か何かのスキルなのかもしれんな。」
「ああ···テトリア様の姿ですね。」
「知っているのか?」
「私は直接見てはいませんが、教会本部の大聖堂で、大勢の人がその姿になるのを目撃しています。聖女クレア様と共に、瀕死の重傷を負った聖騎士団長の命を救い、そこに居合わせた魔人を倒したそうです。」
「本当か!?」
「はい。彼は数日前にも、私と娘を盗賊達から救い、さらに別の魔人も目の前で倒しました。」
「······················。」
「驚かれるのも無理はありませんが、今や我国で彼の名を知らない貴族はおりません。スレイヤーになる以前の素性は謎ですが、人間性に関しても保証できますよ。」
「···そんな奴が、なぜスレイヤーに甘んじているのだ?王城への登用や、下賜を受けていてもおかしくはないのではないか?」
「彼と話す機会がありましたが、地位や名誉に興味がないようです。むしろ、立場によって動けなくなることが嫌だと言っていました。助けられる命を救えないことの辛さは、身をもって経験していると。」
「···サキナが言っていたことは···真実だったのか···。」
タイガの実力をまざまざと見せつけられた後に、別邸に戻ったドルク·フォン·ヴォルフ·ディセンバーは、昨夜からの経緯を家令であるビクトリアから聞いていた。
驚くべきことに、あのタイガ·シオタというスレイヤーは、危害を加えるどころか、これまで異性に興味を持とうとしなかったサキナの心を奪ったと言う。因みに、他の使用人からの評価も上々で、いつも無愛想な料理人が、奴の料理に関する知識を笑いながら褒めちぎったくらいだ。
その後、魔物の群れが出た現場に行き、サキナと合流をしたのだが、奴の名前を出した瞬間、「お父様はタイガのことを知っているの!?まさか、知り合い!?」などと言って食いついてきた。
一体、奴は何なのだ。
「奴···いや、彼がテトリア様の転生した姿だと言うのは、本当なのだろうか?」
「どうでしょうか。本人は否定をしていたみたいですが、教会は認定するようですよ。」
「教会がか?まぁ、大司教が魔人と通じていたなど、醜聞どころではないからな。違う意味で救世主を持ち上げたいのだろうな。」
そこでドルクは気がついた。
早とちりとは言え、自分は歴史上の大英雄の転生者かもしれない男を、こともあろうか、いきなり斬りつけたのだ。これは下手をすると教会を敵に回し、世界から糾弾されることに発展するかもしれない。
ドルクとて、国内では覇王と呼ばれる戦乱の英雄ではある。だが、相手は昔と同じように、今現在も多くの人々を魔に属する存在から守った大英雄···の可能性がある。しかも、自身の娘も、彼がいなければ今日を迎えることができなかったかもしれないのだ。
「···バリエ卿、彼は根に持つタイプだろうか?」
「いきなり斬りつけたことをですか?たぶん、大丈夫じゃないですか。」
バリエ卿は、あっさりとそう返した。
「なぜそう言えるのだ?」
「彼は敵に対しては容赦がない。それは、私自身が目の当たりにしました。あなたが今無事にいると言うことは、敵とは見なさなかったのだと思います。」
ああ、なるほど。
確かに、自分もそうだ。敵対する相手には慈悲など持ちあわせない。しかし、それだとやはり手加減ができるだけの余裕があるということだ。底知れず強い。
「テトリア様の器と言うことか···。」
ドルクが小さく呟いた時、部屋がノックされた。
「バリエ卿。ご来客中に申し訳ございません。スレイヤーのタイガ·シオタ様がご訪問されました。お通ししてもよろしいでしょうか?」
バリエ卿がこちらに目線をやっていた。部屋に招き入れて良いのかを確認しているのだろう。
ドルクは、すぐに首を縦に振った。
遅かれ早かれ、話をすべき相手だ。
話を聞かずに、いきなり斬りかかったことへの謝罪も必要だろうが、サキナを救ってくれたことへの礼もある。そして、何より人間性を確かめたい。テトリア様云々よりも、もしかすると将来の娘婿になる可能性もあるのだ。
そんなことを考えながら、彼が入室してくるのを待つ。
覇王と呼ばれた男は、社交辞令が苦手である。今も、どんな顔をして、言葉を投げかけるのが一番良いのかを思考し、がらにもなく緊張をしている自分に気がついた。
なぜだ···何をびくついている。自分の顔がひきつり、唇の端がひくついている。
俺は覇王だ。
緊張などとは縁がないはず。
なのに?
なぜだ!?
この時、ドルクは頭がショートしていた。
戦場では最強と呼ばれた自分を、簡単にやりこめた存在に。
男嫌いと思っていたサキナを惚れさせた稀有な存在に。
歴史上の大英雄の転生者と、噂される存在に。
様々なことが頭を駆けめぐり、それがまとまりもなく表情に出ていた。
そう···ひきつった顔で無理に笑おうとして、逆に恐ろしいまでの形相になっている自身に気づかず、ドアが開いた瞬間に立ち上がり、そちらに向かって足を進めていた。
タイガは、バリエ卿の執務室のドアを開けた。
軽く挨拶を交わそうと思い、室内に視線をやると···あのおっさんがいた。
凄まじい形相で、こちらに間合いを詰めてくる。必殺の覇気をこめて。
サキナの父親である、ディセンバー卿。
まさか、こんなところで待ち伏せているなど、想定外だった。
ドスドスと大股で進んでくる相手は、間合いに入る瞬間に、腰の辺りから片手を上げてきた。
経験豊富なエージェントであるタイガは、無意識にその動きに反応する。
信条は、やられる前にやれだ。
次の瞬間、タイガの右ストレートが、カウンター気味にディセンバー卿の顎にヒットした。
まるで、映画のワンカットのような鮮やかなKO劇。
ディセンバー卿は顎にストレートが決まった瞬間、棒立ちとなり、そのままキレイに床に倒れた。
「あれ?」
突然襲いかかってきたので応戦したが、あまりにも手応えが無さすぎた。何がしたかったのだ?
「タ···タイガ殿···いくら何でもそれは···。」
バリエ卿が、汗たらたらに何かを言っている。
「はい?」
「はい?じゃなくて···君の怒りは当然だろうが、まさかテスラ王国の覇王と呼ばれる人を素手で瞬殺するなんて···。」
いやいや、殺してないし。
「覇王?世紀末覇者ではなくて?」
「世紀末覇者って、何だい?」
ああ···伝わるわけがないか。
「いえ、気にしないでください。それよりも、別に怒ってなどいませんよ。」
「いや···でもほら、いきなり友好的に握手を求めに行ったディセンバー卿に、あの仕打ちはないと思うが。」
は?
友好的?
握手?
あの覇気で?
あの形相で?
「···職業柄、自然と体が動いてしまいました。しかし、あの形相で迫られるのは、相手を威嚇しているとしか思えないのですが。」
「形相?いや、私には背中しか見えなかったが···。」
ごもっとも。
バリエ卿はディセンバー卿の後方にいたので、あの鬼のような顔が見えなくても仕方がない。
「ところで、ディセンバー卿がなぜここに?」
「ああ、私とは旧知の仲なのだ。君に謝罪と礼を言いたいから、居場所を知らないかと聞きに来られたのだよ。」
そうなのか。
てっきり、この前の続きをやるのかと思った。
「しかし···この状況はマズイなぁ···。」
何がマズイのかは理解ができるが、殴り倒されるような、まぎらわしい真似をしたオッサンが悪い。
「フォローしときますから、バリエ卿は適当に合わせてください。」
「え?」
俺はディセンバー卿の上半身を起こし、背中側から活を入れた。
「は!?」
すぐにディセンバー卿が意識を取り戻す。
「な、なんだ?何が起こった?」
キョロキョロとあたりを見回し、混乱する様子を見て、殴られたことは記憶にないのだろうと思うことにした。
「ああ、ご無事でしたか?」
「な、あ!?きさ···君は!?」
声をかけると、ディセンバー卿は俺を見て驚いた顔をした。
「絨毯に足を取られて、倒れられたのですよ。気を失われていたので、心配をしました。」
「そ、そうなのか···いや、そうだ!この前は、失礼をした。ちゃんと話も聞かずに申し訳ないことしてしまった。それに、サキナを救ってくれたそうだな。」
脳筋は楽で良い。
誠実そうな対応をすれば、それに返してくれるからな。
そう思っていると、唖然とした顔をするバリエ卿が目に入った。
余計なことは言わないようにと、目線で訴えておいた。
「私の返答が誤解を招いてしまったのでしょう。斬りつけられたのは、自業自得かと思います。それに、お嬢様を救えたのはたまたまです。感謝されるようなことではありません。」
殊勝に答えるタイガに、ディセンバー卿は少し感動をしていた。あれだけの強さを持ちながら、なんと心が広く、謙虚なのだと。
一方、近くで見ていたバリエ卿は、「あんなに簡単に、もっともらしいデマカセを言えるとは、どれだけ頭の回転が速いのか···やはり、曲者···。」と内心で引きぎみだった。
この反応は、武人と高級官僚の違いであろう。
「そうか。それでは、フランクに話をするとしよう。君は、サキナをどう思っている?」
いきなりそれ!?
フランクと言うより···ただの直球じゃん。
「ご息女とは、まだ知り合ったばかりで、特別な関係ではありませんが···。」
「それは聞いている。だが、親としては心配なのだ。これまで、異性に対して特別な感情を抱いたことがないような娘だ。それが、君とは出会ってすぐに打ち解けている。何かあるのではないかとな。」
またか···。
国王や大公もそうだったが、ディセンバー卿も同じなのだろう。辺境伯と言うのは、貴族階級の中でも特殊だ。出世を考える貴族が多い中、辺境の地を守護し、国の平和を支えることに誇りを持つ領主が多い。そう言った背景から、家柄や地位を高める政略結婚を、必然であると考えない者もいると言う。
「君は騎士爵だそうだが、個人的に地位は関係ないと思っている。優れた能力を持ち、誠実な人柄であれば、ディセンバー家は歓迎する。」
ディセンバー卿は、既に決定事項かのように、そんなことを言い出した。
「ディセンバー卿、それは困ります。我が国では、陛下や大公閣下が身内を彼に娶らせようかと考えています。他国の方が先に婚姻を結ぶと言うのは···。」
バリエ卿が話の腰を折ろうとした。
「国は関係ないな。互いに憎く思っていない者同士が、一緒になることは自然なことだと思うが。」
ディセンバー卿も反論をしだした。
本人を置いといてする討論ではないだろうに。まったく、めんどくさい人達だ。
「お言葉ですが、私には成すべきことがあります。それが終わるまでは身を固める気はありません。」
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