第1章 80話 エージェントの長い1日②

「誰だ?それに、なぜ俺の名前を知っている?」


何となく察しはついていた。


俺には魔力がない···となると、魔法によるテレパシーのようなものは当然使えない。それに、今いる場所には、動かしたりすると魔力を吸収すると言う、呪いの鎧みたいなものまであるのだ。


『私が誰かなど、察しているのではないか?』


「···神アトレイク。」


『···なぜ、堕天使テトリアではなく、神アトレイクなのだ?』


「まず、正解なのかどうかを答えてくれないか?」


『·····················。』


「沈黙は肯定とみなす。」


『···なぜそう思ったのだ?』


おそらく、正解なのだろう。


神の使徒だったら、自分が神であるとは偽らない。すぐに否定をするはずだ。それに、堕天使テトリアと言うのは、架空の存在としか思えなかったのだ。


「ただの主観だが···俺はこの世界のことはあまり知らない。だから、神アトレイクや、堕天使テトリアについての文献を読んでいて、その内容に矛盾を感じた。テトリアが活躍したよりも以前の古文書には、神アトレイクの使徒は十二の天使と記されていた。だが、そこにはテトリアという名の天使の記述はない。それ以降の書物には、必ずといって良いほど色濃く書かれているのにだ。」


『それだけで特定をするのは、少し乱暴ではないか?』


「神アトレイクと、テトリアの容姿が類似しているとしてもか?」


『···そんな記述がある書物など、存在はしないはずだ。』


ハッタリだった。


だが、返答が遅れたところを見ると、それも正解だと感じる。


「そもそも、神界の掟に背いたからテトリアは堕天使となり、黒髪黒瞳に変貌をしたと言うが、その程度の処罰で済み、人間を守るためにあれだけ目立つ行動に制限がなかったことが矛盾している。神アトレイクの特命で動いていたという説も、それが要因だ。神が直々に武力を用いて、魔族を打倒したという説は、神界の掟上、あり得ないこととして記されなかっただけだろう。」


『そなたは···なぜそれほどまでに、細かい考察をしたのだ?』


「信仰や宗教が大きな争いの火種になるというのは、どこの世界でも同じだろう。だから、調べた。あとは、神話じみた話に関心があったからというところかな。」


『ふむ···なるほどな。そういったことを生業にしていた···か。』


「さっきから何を見ている?まさか、神だから心の中まで覗けるとでも言うのか?プライバシーの侵害も甚だしいぞ。」


『いや、私とて心の内までは···。』


「やはり、神アトレイクか。」


『···あっ!?』


この程度の誘導尋問に引っかかるとは···。


駄目神か。


「他言をするつもりはない。俺に用があるから話しかけたのだろ?要点を聞かせてくれ。」


『························。』


「話さないのなら、俺はここを出る。時間の無駄だ。」


『そなたは···神を相手に、敬意や恐れを知らないのか。』


「俺は現実の中で生きてきた。元の世界では、神に救われるのは精神的なものだけだ。それも、信仰の深い者に限られるがな。」


『こちらでも、それが普通なのだ···私が行ったことは、神世界に背く結果となった。』


「堕天使ではなく、堕神か。」


『ゴロが悪い。駄目神のように聞こえるではないか。』


そうじゃないのか?


「それは失礼をした。それで、なぜ神アトレイクが俺に話しかけてきた?」


『私は···厳密には、私の精神体は、この鎧から離れることができないのだ。それが、神世界に背いた私に課せられた神罰。』


「今でも立場上は神なのか?」


『立場上はな。だが、他の神々との交流はなく、神界での決議には参加できない。名ばかりだ。』


「そこの鎧に精神体が封じ込まれていると言うことか?」


『そういうことになる。』


「テトリアの姿にはなれないのか?」


『テトリアと言うのは、自らの意志で媒介となった人間の勇者だ。』


「堕天使ではなく、実在の人間だったのか···。」


この事実が知れ渡ると、史実が大きく変わる。まぁ、真偽を立証するのは容易ではないが。


『強い正義感と、膨大な魔力を有した若者だった。ちょうど、そなたと同じ黒い瞳をしていた。その禿げ上がった頭にあった髪も、同じ色なのかな?』


さすがに神が相手なので、フードは脱いでいた。しかし、こちらの敬意に対して、この駄目神はハゲと抜かしやがった。


「ハゲではない。剃っただけだ。俺の毛根は生きている。」


『そ···そうか···それは悪いことを言った。神ジョークとして聞き流してくれ。』


笑えねぇよ、そんなジョーク。


て言うか、神ジョークって何だよ?


悪質過ぎるだろ。




「人間を媒介にして、神が下界で大暴れか···神罰を与えられるのは当然じゃないのか?」


『誤解だ。媒介と言っても、精神支配をしたわけではない。固有スキルや一部の力を付与するために、融合したと言った方が正しい。』


「神が直接下界の争い事に干渉をしたと、見えないようにか?人間を媒介にするよりも、神のまま力を振るった方が効率的だと思うが。」


『魔族を滅したのが、神では駄目なのだ。』


「なぜ?」


『···それを聞いてどうする?』


「こちらに来てから、魔族と対峙するのが本職になったからな。以前から気になっていたんだ···魔族とは何者なのかと。」


『何者だと思うのだ?』


「神···いや、元神だな。堕神の末裔といったところか。」


『!?』


「沈黙をしたと言うことは、正解かな。」


『な···なぜそれを···。』


簡単な推測だ。


人間よりも遥かに高い能力を保有している魔族。自然の摂理で考えれば、異質すぎた。生態系のバランスは保たれなければ、一強が支配するか、他が滅びるしかない。そんな状況では、秩序などないに等しい。世界を創造した神が、そんな未来を計るとは思えない。


また、この世界でも、神が下界に直接的な干渉をすることはないと言う。それにも関わらず、神アトレイクはそれを行動に起こした。人間を存続させるためだけに行ったのではなく、魔族を鎮圧する理由もあったのではないかと解釈をしてみた。


確証があったわけではない。


ただ、そう考えた方が自然と思えたのだ。


「魔族は個体ごとに凄まじい力を持っている。数が少ないのであれば、人間が多勢で対処をすることも可能だろう。現に、スレイヤーギルドがそうやって対処をしているしな。しかし、先の魔族と人間とでの戦いでは、魔族は数万規模の軍で攻めこみ、数日で国を滅ぼしたと記されている。現状を考えると、数が多すぎるし、好戦的すぎる。これは世界を創造し、間接的な管理を行っている神の采配にしては、乱暴すぎる事態だ。自然の摂理から考えても、アンバランスとしか言いようがない。違うかな?」


『大筋で···その考えは正しいと言えるだろう。しかし、この世界の人間ではないそなたが、なぜそのような推測を立てられるのだ?』


「仕事柄、何事に対しても、分析、仮説、検証を行うことが癖になっている。論理的な思考を常にするように、訓練をされてきたからな。」


『そんな感じだと、異性にはモテないのであろうな···』


うるさい。


沁々とした口調で言うんじゃない。


いつも一言多いんだよ。


堕神め。




「それで、神が魔族を滅ぼすことの何が駄目なんだ?」


『ここまで話したのだ···良かろう。魔族とは、神の1柱が下界に降り立ち、世界のバランスを維持するために生み出した生体。知能や団結力の高い人間が増長し、安寧を壊しかねない時に備えてな。』


イメージしやすい話だ。


人間は欲深い。強い力を持ったり、集団になった途端に残酷にもなる。どこの世界でも同じようなものだ。


「···増長を食い止めるために、武力行使を行うと言うことか?」


『ただの抑止力のはずだった。共通の敵がいることで、人間は互いに争わず、平和を維持できると考えられていた。』


それって核兵器と同じ存在意義じゃないか。あくまで表向きはだが。


「それに気づけないほど、人間は愚かだったと?」


『それと同じ主張で暴走したのだ。下界に降りた神が···。』


「それで数多の魔族を生み出し、人間を滅ぼそうとした。それを阻止するために、神アトレイクが動いたと言うわけだな。」


『大筋ではそういうことだ。』


「まさか···神が直接手を下せない理由は、神界の決議で可決されたことを、自らの手で覆せないからとか言わないよな?」


『な···なぜそれを···。』


···お前らは政治家と同じか?


「先ほど、神界での決議がどうとか言っていたからな。」


どうやら、神界でも面子などを気にするらしい。


『神にも様々な者がいる。保守派、急進派などな。魔族に関する議会での決議は、最大派閥が推したのだ。それに相対すれば、下手をすれば神界で争いが起こる。』


「想像はしたくないが、もしかして人間は神をモチーフに生み出されたのか?」


『そうだが···。』


何のことはない。


神も人間と同じ思考をするということだ。万能な神々の争いなど、それこそすべてを無に帰すに等しい。


「魔族を生み出した神はまだ健在なのか?」


『私と似たような状態だ。神罰が下り、何らかの形で封じられている。』


と言うことは、また同じことが起こる可能性がある。


「その神を完全に無力化する方法は?」


『ない。』


「神界が強制的に帰還をさせる可能性は···ないか。」


『うむ···ないな。』


前の世界では可決された議題を撤回、もしくは内容変更をするためには、最大派閥の失脚か、民衆の総意が必然となる。だが、民主主義政権でもそんなことはほとんど起きない。神界の議会がどのような形態かはわからないが、おそらくそんな期待は持てないだろう。


「あんたはその鎧に封印されていると言っていたが、もしかして、その打開策のために俺に話しかけたのか?」


『話が早くて助かる。その通りだ。』


「俺なら、その封印が解けるとでも?」


『それは無理だな。神界からの力が働いている···って、なぜ後退る!?』


「···何か、嫌な提案をされそうだからな。」


『大したことではない。そなたはこの鎧を纏い、行動をすれば良いだけだ。』


「···は?」


『だから、そなたが鎧を纏って動けば、私もそこに便乗して移動ができるのだ。』


「·····························。」


『·····························。』


「····やだ。」


『なっ!?』


「その鎧を着ると、魔力を奪われると聞いた。テトリアは、膨大な魔力を持っていたから耐えられたのかもしれないが、俺は違う。」


『そなたには魔力など無いだろうに。』


「さっきからずいぶんと俺のことをわかっているようだが、やはり人の心が読めるのか?」


『それは違う。我々神は、人間のステータスバーが見えるのだ。』


ステータスバー?


何だそれは?


MMOかよ!?


「そのステータスバーには何が書かれている?」


『それほど多くの情報はない。名前、性別、職業、魔力値、2つ名といったところだ。例えば、そなたの2つ名は···なんじゃ!?めちゃくちゃ多いぞ。2つ名どころか、2桁···。』


「そんなものはどうでもいい。で、魔力のない俺がその鎧を着たらどうなる?」


誰だよ。


勝手に俺の2つ名を増やしている奴は。


『ふむ···まずは、勇者テトリアに擬態することができる。』


「···他には?」


『む···それだけのようだ。』


「は?」


『ああ···あと、少しだけ防御力が上がる。敏捷性は少し下がるが···。』


「それって···ただの鎧じゃん。」


『···そのようだな。』


「何のメリットもないぞ。」


『英雄になった気分を味わえる。』


「いらん。超いらん。」


『いや···待て待て待て待て!ドアから出て行こうとするな!!』


「メリットがないなら、そんな古い鎧は着たくない。それに···テトリアに擬態をして動き回ったりしたら、2つ名が3桁になるかもしれんだろ。」


『そうかもしれんな···わかった。ならば、本題に入ろう。』


急に神アトレイクの口調が固いものへと変わった。


ようやく茶番は終了のようだ。






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