第1章 81話 エージェントの長い1日③

『そなたは先ほど、テトリアと私の容姿が酷似していると言ったな。』


「ああ。」


ハッタリだけどな。


『それは、神がかった力を持つテトリアと、堕天使テトリア、そして、私が同一のものだと考察した学者が存在したことに由来する。実際に、その事が記された書物も一時的に世に出たこともあり、そこからテトリアの容姿が、神アトレイクと類似するものだと伝えられたのだ。』


「その書物はどうなった?」


『神界からの力により消滅し、人々の記憶からは薄らいだ。』


···汚職をもみ消す政治家かよ。


「それで?」


『消えたのは他にもある。魔族を作り出すための処方とも言うべき、言い伝えだ。』


「処方?」


『詳細については言えぬ。だが、聖女の血が必要と言うことだ。』


「聖女の血だと···。」


『そうだ。聖女となり、祈りを捧げた者には、何かしらかの神通力が宿る。その血が使われる。』


「今も···そうなのか?」


『ここで長い時を過ごしていたが、しばらくはその非道を聞くことはなかった···だが、またその兆候を感じている。』


「具体的には?」


『いつもこの鎧を清掃している修道士が、立ち聞きをしたらしい。「聖女様が生け贄にされる。」とな。懺悔のような形で私に告白をした。』


「何か答えたのか?」


『いや···その者には何の力もない。私自身も動きようがないのでな。下手に答えて混乱を招く訳にはいかなかった。』


「いつ頃の話だ?」


『ほんの1週間くらい前だ。』


「···俺は行く。生け贄の対象は知り合いかもしれない。」


クレアの顔が頭に浮かんだ。


魔族の贄になど、させるわけにはいかない。


『私を連れていけ。そういったことの経緯には、役立つこともあろう。』


「だめだ。常時、鎧を纏うのは目立ちすぎる。」


『ならば、しかたあるまい。少し待て。』


そう言うと、近くにある鎧が急に光をおび、集約された一線となってタイガに向かって走り抜けた。


「なっ!?」


『これで邪魔にはならんだろう。』


高速の光がこちらに向かって来て、不覚にも一瞬視界を失った。視覚が戻り、周囲に目を走らすと既に鎧は跡形もなく消えている。


耳に違和感を感じた。


耳の上部、耳輪の位置に何かがある。


「これは···カフスピアスか?」


こちらの世界でも、ピアスは宗教的に魔除けや厄除けの意味合いがあり、重用されている。


『つるっぱげにピアスは···ゲイのようだがな。』


こいつだけは···。


「トイレに流すぞ。」


『···やめてくれ。』




「ピアスなんかに変形ができるのだな。」


タイガは先を進みながら、念話のようなもので、神アトレイクに質問をしていた。


『テトリアも、ずっと鎧を纏っていたわけではない。』


平時はこんな感じだったということか。


「そんな風に変態できるなら、あの部屋から抜け出すことなんて、難しくはなかったのじゃないか?」


『先ほどの話にもあったように、普通の人間では魔力を吸いとられて衰弱してしまうからな···いや、そなた、今変態と言わなかったか?』


「変体と言ったぞ。身に覚えがあるから、そう聞こえたのじゃないか?」


『そうか···いやいやいや、身に覚えなんかないぞっ!神に対して変態呼ばわりとは、この罰当たりめがっ!!』


「だから、誤解だ。それよりも、その魔力を吸いとるというのは呪いなのか?」


『呪いではない。そなたが知らないのも無理はないが、この世界では、大地と生物の魔力が相互に引き合うのだ。魔力の強い者ほど、その力は大きくなる。例えて言えば、私は生物ではなく、大地と同義に近い存在なのだ。』


「確か、基礎魔法学の本にあったな···一流の魔法士は、大地や大気からの魔力を利用して、自身の限界を超えるとか。」


『ほう、なかなかの勉強家だな。そうだ。しかし、それは魔法を練る時のことだ。平時では引き合うのだ。』


「引き合うと言うことは、均衡が保たれるのだろ。なぜ、あんたの場合は、相手の魔力を吸いとることになる?」


『今の私には、緻密な制御ができないのだ。どれだけ魔力を抑えようとしても、意図に反して相手の魔力を奪い取ってしまう。』


「それは神罰の一環じゃないのか?あんたを縛りつけるための。」


『おそらくな···。』


クレアの身を案じていながら悠長に会話をしているが、これは聖女の今の状況が、神アトレイクには感じることができるためである。自身を崇める聖女に限られるが、神通力により天啓や神託をうける立場となった者とは、精神的なホットラインのようなもので結ばれるのだそうだ。それによると、今のところは安否に異常はないらしい。


「魔力のある者と大地が引き合うということだが、俺のような魔力のない人間はどのように作用している?」


『ふむ···我々神が統べる世界には、魔力のない人間はそなただけだ。他に事例はない。』


「わからないということか···。」


『なぜこの世界には魔法が存在すると思う?』


「さあな。先天的な事象を言われると、答えに困る。」


『もっと単純なものだ。人間は脆弱なのだ。素手や物理的なものでは、魔族には打ち勝てん。そこを補足するのが魔法と思えば良い。』


「理解はできるが、強靭な肉体を持つ魔族が魔法を使えたり、商業魔法なんてものを目の当たりにすると、あまりシンプルに捉えるのは難しい。」


『魔法を使う人間に、素手の魔族が圧倒的な力を誇示するのは難しい。それと、商業魔法については、人間の努力が生んだ副産物。そう考えれば良いのではないか?』


理屈を言えば、そうだろう。


「バランスということか。」


『そういうことだ。』




「この世界に重力は存在するのか?」


『無論、存在する。無ければ、万物は浮遊してしまうからな。』


「こちらに来た時に感じたのだが、俺の身体能力が格段に上がっている。重力値が低いのが原因かと思っていたが、原因はわかるか?」


『そなたのいた世界の重力値がどのくらいかはわからん。こちらでは魔力の引き合いもあるので、抑えぎみなのかも知れん。創世の神にでも聞かねば、解答はできんな。』


地球よりも重力が低めでも、こちらの人間は魔力で大地と引き合うという負荷がある。やはり、魔力のない俺は、重力値の低さが原因で、常人離れした身体能力を得たと解釈すべきか···いや、そんな細かい事に固執する意味はない。


「創世の神と言うのが、この世界を創ったのか?」


『世界だけではない。神界の神々もまた、創世の神の産物なのだ。』


「壮大な話だな···話を振っておいて何だが、今はそこまで聞いている時間がない。これからのことで確認をしておきたいことがある。」


『答えられる範囲でなら話そう。』


「聖女を生け贄にしようと考えているのは、教会の幹部か?」


『断定はできない。話を聞いた修道士も、誰の企みなのかまでは言わなかった。だが、少し前から邪悪な気を近くから感じている。微かなもので、魔族そのものの気配ではない。おそらく、何らかの方法で隠蔽を施している。』


タイガのソート·ジャッジメントは反応していない。魔族や、魔人そのものであったのなら、気がつくはずだ。神アトレイクが言うように、隠蔽を施しているのだとしたら、スキルに頼りすぎるのは危険だろう。


「その気配は、近づけば誰が発しているものなのかわかるのか?」


『当然だ。』


「聖女クレアのところに行きたい。おそらく、一番新しい聖女だ。」


『ならば···この建物の最上階だ。東南の角部屋に、その者はいる。』


「わかった。」


その瞬間に、タイガは走り出した。




「くっ···貴様達、何の真似だ!」


教会本部最上階に位置する角部屋では、クリスティーヌが複数の聖騎士達と対峙していた。


本部に戻ってからのクレアとクリスティーヌは、半ば幽閉される形でこの部屋で過ごしていた。


魔人の嫌疑をかけられているタイガと友好関係を築いたことに対して、教会本部の規範に反した疑いがあると、更迭をされたのだ。


そして、治癒修養会の初日である今日、突然慌ただしく扉が押し開かれ、今の状況に陥っていた。


「聖女様を連行するように、大司教様から仰せつかった。」


聖騎士の1人が答えた。


クリスティーヌには、大司教への不信の念がある。嫌疑をかけられていたタイガは、まぎれもなく人間だ。それも、多くの人々の命を危機から救った英雄と言える。それを確たる証拠もなく、魔人の嫌疑をかけた上に、擁護したクレアとクリスティーヌを更迭したのだ。


「なぜ、クレアが連行されるのか理由を言え。」


「あんたはいつまで団長のつもりなんだ?もう何の権限もないぞ。」


クリスティーヌの言葉に、聖騎士の1人は口もとを歪めてそう言った。


「お前達はおかしいと思わないのか。我々を魔人の脅威から救った彼を貶めて、聖女と聖騎士団長を職務から遠ざける。それが聖職の長である大司教の所業なのかと!」


元来、真っ直ぐな性格をしているクリスティーヌだ。善悪ではなく、組織の中での進退に関連してのみ動く者達に、怒りがこみ上げていた。


「うるせぇな。いつまで上から目線なんだよ。聖女様はともかく、あんたは抵抗するようなら、適切な処置を施せって言われてるんだ。二度とでかい口をたたけなくしてやる。」


「待ってください!私は言われた通りに行きます。だから、団長は···姉には手を出さないで下さい!」


やり取りを見ていたクレアが、クリスティーヌの背後から抜け出て、強い口調でそう言い放った。


「クレア!下がっていろ!!」


「だめ···素手でこの人数を相手にしては、無事では済まない。それに、私にも聖女としての意地があるわ。ただ守られるだけの存在で良いわけがない。」


「クレア···。」


この部屋に幽閉される前に、クリスティーヌの剣は取り上げられていた。それに、クレアが言うように、素手で5名以上の聖騎士を相手に闘うのは無謀でしかない。頭部こそ屋内なので露出しているが、首から下はフルプレートを装備しているのだ。


「理屈はわかっている···だが···ぐっ!」


クレアに気を取られていた隙に、聖騎士の1人がクリスティーヌを羽交締めにした。


「今のうちに連れていけ!」


「はっ!」


他の聖騎士2人がクレアの両腕をそれぞれに拘束し、足早に部屋を出る。


「クレアっ!放せっ!!」


クリスティーヌが、頭を斜め上に突き上げる。


「ぐがっ!」


羽交締めをしていた聖騎士の鼻っ柱を頭部で強打し、拘束が緩んだ瞬間にすり抜けて、こめかみに肘を打ち込む。


ドサッ!


クリスティーヌは純粋な騎士だ。


元来、無手による体術を得意とはしていない。しかし、わずかな時間ではあったが、タイガと旅をして護身術を学んでいた。短時間のレクチャーではあったが、間接を逆に取ったり、相手の力を利用した投げ技や極め技、急所への攻撃など、非常に実用的、かつ効果的な術を身につけていた。


『これも、彼の導きか。』


クリスティーヌは、タイガに陶酔していた。合理的で、手段を選ばない男ではあったが、それもすべて善行のためだと見てとれた。


神アトレイクを崇拝する気持ちは変わってはいないが、実在する英雄として、タイガの存在はその神に匹敵するほど大きなものとなっていた。


「斬り捨ててやる!」


正面の聖騎士が、剣の束に手をかけた。


クリスティーヌは一気に間合いを詰め、その束頭を左掌で押さえながら、右の掌底をその男の鼻に叩き込んだ。




「団長を···姉をどうするつもりですか!?」


両脇から拘束をされて歩くクレアは、前方を行く男に問いかけた。何度となく見かけたことがある聖騎士団の副団長だ。


「大人しくしていれば、危害を加えるつもりはない。もっとも、そんな性格ではないだろうがな。」


振り向きながら、副団長は嫌な笑みを見せた。


「もし···抵抗をしたら、どうなるのですか?」


「さあ、切り捨てられるか、嬲り物にされるかだろう。元団長には、妬みや恨みを抱いている者も多いからな。」


ニヤニヤと笑いながら、そう吐き捨てる副団長に、クレアが怒りをあらわにした。


「そんな!?ここは教会本部ですよ!!そんなことが···。」


「実際に何が起ころうと記録には反目した元団長が、聖騎士団に鎮圧をされたと記されるだけだ。」


クレアは目の前が真っ暗になった。唯一の肉親であり、ずっと頼りにしてきた姉が、そんな無惨な最後をむかえるなど、想像すらしたくない。


「それでも聖騎士ですかっ!あなた方には良心も、人としての尊さもないのですかっ!!」


副団長も、両側にいる聖騎士達からも返答はなく、ただ下卑た表情だけが返ってきた。


「こんなやつらには、何を言っても無駄だ。」


突然、上方から聞き覚えのある声がした。それが誰のものなのかを理解する前に、クレアの瞳からは涙が溢れ出す。


「なっ!だれ···。」


天井から影が降りてきたと感じた瞬間、連続した打撃音が聞こえ、クレアを連行していた3人がほぼ同時に床に沈んだ。


副団長が倒れ、前方の視界が開けたクレアの前には、修道士の衣服を着た背の高い男が立っている。フードで顔こそ見えないが、それが誰なのかをクレアはしっかりと理解していた。


「タイガさんっ!」


走りよって、その胸に飛び込む。


「無事で良かった。」


タイガはそう言いながら、クレアの頭を撫でようとした。


「姉を!クリスティーヌを助けてください!」


クレアはすぐにタイガの手を取り、来た方角に戻ろうとする。


「何があった?」


「姉が···聖騎士団に囲まれています。助けに戻らないと!」


クレアの悲壮な表情を見たタイガは、一言だけを返した。


「わかった。」








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