第1章 77話 エージェントはやはりフラグに気づけない②
『さて、どうやって教会本部に潜り込もうか。』
マリア達と連携を取ることで、冒険者である彼女達をカモフラージュとして使うことができる。
もちろん、彼女達の名誉や命を危険にさらさないように、細心の注意を払うつもりだ。
最大の課題は、俺の髪や瞳がこの辺りでは珍しい黒色であるということだ。そして、蒼龍やバスタードソードを、どうやって隠して所持するのか、というところが焦点となる。
「あ、良いことを思いついた!」
これからの行動について考えていると、ティルシーが突然ドヤ顔で手をあげた。
「···嫌な予感しかしないんだが。」
「···それなりに、似合っているよ。」
マリアが優しく声をかけてくる。
「···ありがとう。慰めてくれて。」
「···············。」
目に包帯を巻き、頭を剃りあげたスキンヘッド。今の俺の姿だ。
ギルドの任務で目を負傷した元冒険者。それが役どころ。確かにこれなら、瞳や髪の色をごまかせるし、同行するマリアたちは元パーティメンバーとして付き添っているという自然な体裁でいられる。
髪はまた生えてくるし、目を包帯で覆っていても、気配で何となく動ける。加えて、両脇からマリアとシェリルが腕を取って補助をしてくれているので、問題は···腕にあたる2人の柔らかな感触を、変な方向に意識しないくらいか。
ああ···やわらけぇぇ···。
「何か鼻息が荒いけど、視界が遮られているのはやっぱり辛い?」
「い···いや···大丈夫だ。」
あかん···不埒な考えは捨てねば、軽蔑されるやんけ。
「なんか、その頭は卑猥だよね。」
前を歩いていたティルシーが、突然振り返って、そんなことを言う。
この案を出したのはおまえやんけ!
「あ、青筋が立った。やっぱ卑猥~。」
ケラケラ笑いながら、ティルシーがトドメをさそうとする。
やめろっ、悪魔かおまえはっ!
両サイドから変な視線を気配で感じる。マリアとシェリルが俺の頭をガン見しているようだ。2人とも、俺の腕を揉むようなしぐさをしだした。なんだ、なんなのだ、このシチュエーションはっ!
イギリス発祥の有名なスパイ映画がある。
コードネームで呼ばれるその主人公は、様々な女性と関係を結び、枕詞を重ねている。しかし、現実のエージェントの職務では、任務に関わること以外に異性と懇意にすることは御法度で、そんな夢のようなシチュエーションは皆無と言って良い。
機密漏洩や、寝返りを警戒する本部が、エージェントにはプライベートでも監視をつけ、万一そういった関係が明確になれば、相手の命が奪われたり、自身が軍法会議や懲戒処分にかけられたりするのである。
フラグクラッシャーの2つ名を持つタイガは、いわゆる唐変木とは少し違った。生まれ育った環境や、閉鎖的な職務の慣習が礎となり、この不幸な鈍感ぶりが形成されたと言っても過言ではない。
逆に言えば、女性に対して誠実な態度を徹底するからこそ、言い寄ってくる者が多いとも言えた。
本人がその手の思考に疎いのが、非常に残念ではあるが···。
「なんか、かわいい。」
見慣れてきたのか、マリアが事あるごとにタイガの頭を触ってくる。
「そうね。最初は違和感があったけど、似合っているのは間違いないわ。」
シェリルも同じように、頭をさわさわとしてきた。
「ねぇねぇ、高速で撫でたら毛穴ってなくなるのかな?」
ティルシーが明るい声で恐ろしいことを口走った。
「やめろ。そんなことをしたら、俺はティルシーの存在を消すかもしれない。」
「怖っ!冗談なのに、そんな殺気を放っちゃダメだよ。」
冗談に聞こえねーんだよ。
変装のためにスキンヘッドにしただけなのに、毛穴を破壊なんかされてたまるか。
そんなほのぼの?とした会話を交わしながら、タイガ達は長い行列の中にいた。
今日は、1ヶ月に一度の治癒修養会の日だった。
治癒修養会とは、教会が恒例儀式として執り行う、病や傷を高位治癒士が無償で治癒する日のことを言う。この世界は魔法が主体となっているので、医学よりも教会所属の聖魔法士が行う治癒が、人々の命を救う最高峰とされている。
この街に来てから既に10日が経過していたが、この日のために潜伏生活のようなことをしてきた。頭髪を剃り、盲目の元冒険者を演じるための練習や知識の習得を行い、元パーティメンバーの役どころである2人とは、恋仲という関係に見えるように(これに関しては、マリアとシェリルからの強い要望があった。「そんな嘘はバレるだろう?」と言ったが、「大丈夫!絶対にバレないから!!」「そうよ。盲目のあなたを補助しきってみせるわ。なんだったら下の世話も···。」などという勢いに圧されてしまった。下の世話は···ちょっと良いな···。)意識を切り替えた。
因みに、ティルシーはただの付き添いだ。ヘタに演技をさせると、何をしでかすかわからないからだ。
教会本部内には、普段は部外者は立入れない。礼拝などは別の場所に設けられており、治癒修養会などの開催時にしか一般解放をされていないのだ。それに、本部内の見取図などが手に入る手段もなく、潜り込むにはリスクが高すぎると判断をしたのだ。
そこで、冒険者の任務で負傷した両眼の治癒を希望する者として、この治癒修養会に参加をしている。
因みに、治癒修養会に参加できるのは、敬虔な信仰者に限られるのだが、事前にソウリュウ名義で教会に多額の御布施を行い、参加の権利を得ていた。こういった所は元の世界の一部宗教と同じで、非常に俗っぽく、エージェントとしての知見が大いに役だったと言えた。
「それで、これからどうするの?」
フェリは苛立っていた。
クレアを教会本部に送り届けた後、別室に案内をされて、要職にあると言う人物に面談をされたのだが、「治癒修養会が3日後に迫っているので、多忙で部外者を立ち入らせる訳にはいかない。そもそも、スレイヤーギルドの方々にお力添えをいただく必要などない。」と、慇懃無礼にあしらわれたのだ。
予想通りの返答ではあったが、フェリは粘り強く交渉をしようと考えていた。だが、同席しているガイウスがあっさりとその言葉を受け入れて、そのまま退室を促したのだ。フェリは納得がいかずに食い下がろうとしたが、リルに制され、結局何も言えずに教会本部を後にした。
「これ以上、話をしても心証が悪くなるだけよ。結果的にタイガの立場をさらに悪くするわ。」
リルの言葉は理解ができた。
タイガを救いたい一心でここまで来たのだ。でも、打つ手を見いだせないことに、不甲斐なさと苛立ちを抑えられないのだ。
「きっと、ここに現れますよ。」
ガイウスが真面目な表情でつぶやいた。
「現れるって···タイガが?」
「ええ。あの人ならきっと。」
フェリ自身にも同じ想いはある。
自分の立場が不味い状況だからといって、ただ逃げ出すようなタイガではない。きっと、自分の力で解決をしようとするはずだ。しかし、それは教会や王都の革新派とも言うべき勢力の罠に、自ら立ち入るような行動でもある。王国の騎士団も非公式にではあるが、教会本部の外側に陣取り、タイガを発見すべく監視体制を強めている。
「騎士団は、本気でタイガを拘束するつもりなのかな···。」
「そう動くでしょうね。少なくとも、表面上は。」
フェリの不安に、リルがそうつぶやいた。
「···どういうこと?」
「教会との対立を王国は望んではいない。となると、タイガを拘束するように動かざるをえないわ。そうでなければ、爵位を与えた陛下が糾弾される可能性が出てくる。」
「そんな···。」
リルのつぶやきにフェリは言葉を失う。何となくは感じていた不安が、具体的な言葉を耳にすることで、大きな波となって胸の内に広がり、足下から侵食するように襲いかかってくる。
「でも、本気で敵対をすれば、王国は大きな被害を受けますよ。あの人の強さは尋常じゃない。魔族の脅威とは別物です。小隊や中隊規模なら、1人で無力化できるでしょうし、何より魔法が効かない。失礼を承知で言えば、アッシュさんですら本当の真剣勝負となれば、タイガさんの敵ではないかもしれないと僕は思っています。」
「兄さんでも?」
後を引き継いだガイウスの言葉に、フェリは驚きを隠せなかった。確かにタイガは強い。対等に闘えるのは、兄くらいのものだと感じていた。それを、敵ではないと言う。
「アッシュさんの強さも桁違いです。戦闘力だけで言えば、タイガさんとまともな勝負ができるのはあの人だけでしょう。でも、タイガさんを本気にさせると、例え知り合いであろうと、躊躇せずに命のやり取りができるタフさを持っていると僕は見ています。」
「···そうね。そうかもしれない。タイガは、何というか···私達の常識とは違う世界で生きてきた人だと、感じることは多いわ。」
ガイウスの言葉をリルが肯定する。魔族と闘う立場であるスレイヤーは、超人と言って良い強さを持っている。しかし、それは相手が魔族だからであり、人間同士の、しかも友人が前に立ちはだかるとなると、精神的な葛藤が生まれる。中でも、アッシュは特に情が深い。タイガと命のやり取りを行うなど、余程の大義名分がなければできないだろう。
「東方の島国では、乱破と呼ばれる職業があるそうです。暗殺、諜報活動などに長けていて、幼少の頃から死と隣合わせの鍛練を受けさせられ、生き残った1割程度の強者のみが本職に就けるそうです。その呼称は、乱を破ると書くのですが、大きな戦争を回避させるために、1人もしくは少人数で暗躍して、戦乱をおさめることに由来するとか。僕は、タイガさんがその乱破か、それに類する存在だったのではないかと考えています。」
『この人はなんて鋭いのだろう。』
フェリはそう思った。
タイガが異世界から来たことを知っている者は限られている。フェリやリルは、エージェントという職業がタイガの以前の仕事だと聞いていたが、ガイウスが話した乱破という職務の内容に確かに類似したものだった。
さすがはチェンバレン大公の血筋と言うべきか、それとも自らが知見を広げた成果なのかはわからない。どちらにせよ、ガイウス·チェンバレンは、タイガの今後にとって要注意人物だとフェリは感じている。普段は飄々としているが、何か大きな流れにタイガを巻き込もうとしているのは間違いないだろう。
「タイガの過去については、私達も詳しくは知らないわ。でも、どんな過去であれ、今のタイガは私達の大切な仲間よ。あなたはタイガを何かに巻き込もうと考えているのかもしれない。でも、まずは彼の潔白を晴らすことが先決だと思う。」
フェリと同じ危惧を感じてか、リルが冷静に答えた。
こういったところが、自分よりも大人だとフェリは感じる。リルは自分にとって姉のような存在だ。幼少の頃から頼りにしてきた。だからこそ、彼女が最近になって変わってきたことにも、すぐに気がついた。
以前のリルは、常に冷静沈着。
周りの者が無茶をしようとすれば、その歯止めをする役を担っていた。それが、タイガの事となると、言動や行動が驚くほど大胆になり、理詰めで相手を納得させていた以前とは真逆で、何か得体の知れない圧で自分の意思を押し通そうとする。たぶん···リルもタイガに特別な感情を抱いているのだろう。
でも、不思議とライバルとは思わない。タイガを独占したい気持ちもあるが、それはわがままなのだと思う。フェリ自身、貴族として育ち、一夫多妻制の慣習に違和感はない。それに、タイガは何かに束縛をされることのない自由人だからこそ、タイガという存在なのだ。優しさや誠実さ、戦闘時の手段を選ばないエグさ、にこやかに笑う仕草に、ボケとツッコミというやつの鋭さ。この世界では唯一無二の人。
恋愛経験のないフェリだったが、たまに自分だけを見て、大きな手で頭を優しく撫でてくれるだけで幸せを感じられた。時折、自分のボケで激しくツッコまれたいと思うのは、もしかしてドMなのだろうか?などと、思考が脱線しかけたそんな時···
「えっ!」
フェリは視界に、何か光る物体を捉えたのだった。
フェリ達が今いるのは、街のメインストリート沿いにある2階建てのカフェだった。今日から始まった治癒修養会で賑わう通りを見るために最適な場所としてここを選び、2階のテラス席に朝から陣取っている。
メインストリートは、教会本部を目指す人々に埋め尽くされた状態で、タイガが行動をするなら一番目立たないルートだと3人の意見は一致していた。加えて、長身のタイガは群衆の中にいても、頭一つ分程度が飛び抜けることが多く、上階からなら見つけやすいと考えられた。当然、タイガの拘束を狙っている者達も、その程度のことは考えているだろうし、タイガも素顔を晒して歩いているとは考えにくい。しかし、フェリやリルにしてみれば、タイガが変装をしていたとしても、歩き方や仕草で見抜く自信があったのだ。
タイガは、爪先が先に地面に接するように歩く。摺り足に近いため、体の上下動も少なく、ほとんど足音をたてない。いわゆる猫足というやつだ。また、耳たぶが少しふくよかな福耳で、たまにそれに触れるような仕草をする。
身近で接したことのある者にしかわからない歩き方と仕草。それを頼りにタイガを探していたのだ。
フェリは、メインストリートで光る物体を注視した。眩しいほどに光るそれは、人々の頭一つ上にある。周囲の歩調に合わせて移動する光は、上下動がほとんどなく、まるで小さな太陽が水平に移動しているような錯覚すら受ける。
『あれは···人の頭!?』
その光に目を凝らすと、太陽光を反射するスキンヘッドであることに気がついた。そして、建物の日陰に入ったその顔立ちを見て、フェリは思わず立ち上がった。
「うそ···。」
目隠しまでされている。
変わり果てた姿ではあるが、あの背格好や歩き方、シャープな顎のラインはタイガに間違いない。
フェリの突然の動きに、視線を追ったリルも珍しく震えるような声音で口にした。
「タイガ···。」
続けて、事情を知らない2人はこうつぶやいた。
「軍服の2人に両側から拘束されてる···一体何があったの···。」
「目隠しをされているし···微かだけど、何かに耐えるような表情をしているわ。心なしか···内股で歩いているようにも見えるし···まさかケガを!?」
「行こう、リル!」
「ええ!タイガを助け出さないと!!」
2人はそのまま駆け出し、光輝くスキンヘッドの所に向かった。
「え···え~···あれが···タイガさん!?」
1人、理解が追いつかないガイウスは出遅れてしまうのだった。
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