第1章 76話 エージェントはやはりフラグに気づけない①

出血は致死量とまではいかないが、ブウツーの連続突きにより血煙が全身を覆い、見た目的には大量出血しているように見えた。


タイガは全身に不快感を感じながらも、ブウツーの絶命を確認する。息も脈もない。教会との関連性を聞き出せなかったのは残念だが、そんなことに固執をして、命を落とす訳にはいかないのだ。


バスタードソードを回収し、蒼龍に刃こぼれがないかを確認する。特に問題はなかった。


さすがニーナが鍛えた業物だ。少し無茶をし過ぎたかと思ったが、刀身には傷ひとつない。


「タイガっ!」


マリア達がこちらに駆け寄ってきた。


「「大丈夫っ!?」」


マリア、シェリルがハモって無事を確認してくれた。出会って間もないのだが、何て優しい人達なんだろうと、ちょっと感動した。


「ああ、大したことは···。」


「大したことはって、左腕から血が流れてる!」


「とりあえず止血!」


マリアとシェリルの連携がすごかった。


本来、この世界では回復魔法で事足りる傷なのだろうが、タイガには意味を成さない。


それを踏まえて、布で二の腕を巻いて出血が止められ、シェリルが持っていた薬を塗りたくられた。


当然、上半身は脱がされ、治療に邪魔な部分の布地は切り裂かれた。先程のブウツーの"もろだし"とは逆の姿となっている。


下着姿ではないが、荒々しいホットパンツのような姿に変身だ。


道中で調達した着替えはあるが、現状はかなり恥ずかしい。


シェリルの故郷では、魔力が枯渇した時や温存しておくべき時のために、回復魔法の代替えとして独自の薬学が盛んに研究されているという。これは、タイガにとって貴重な情報だと言えた。治癒にかかる期間は要するが、良薬があれば深い傷にも対処がしやすい。


「シェリル、薬の処方は難しいのか?」


エージェントとして様々な知識を持ち合わせてはいるが、薬学に関しては、内容物や効能に詳しいだけで、処方に関しては素人と言えた。何より、この世界の薬類に関してはあまり詳しくないし、元の世界のものは化学合成物がほとんどなのだ。


「処方と言っても、薬草同士の配合でも毒になる場合もある。地域特有のものも見分けることが必要だから、身に付けるのは簡単ではないと思うわ。」


ですよね~。


一般的に市販されている薬がない訳ではない。だが、小傷や腹痛程度に効くものばかりだ。以前に魔族との闘いで傷を負った時も、治療薬というより、消毒薬のお世話になった気がするしな。


「大丈夫よ。その···私が側にいてあげるから。」


シェリルが真っ赤になりながら、そんなことを口走った。


「えぇーっ!」


驚いて大声を出すマリア。


それはそうだろう。


冒険者を辞めてスレイヤーになるなんて、パーティーメンバーに言われれば驚かないはずはないのだから。


「もう···決めたから。」


スレイヤーの職務の何がシェリルを惹き付けたのかはわからないが、決意は固そうだった。まぁ、俺には都合が良いのだが···キレイだし。


「···じゃ、じゃあ、私も一緒に行く!タイガの側にいる!!」


マリアも?


俺の側?


どゆこと?


「タイガの側にいたら、退屈しなさそうだもんね。私も一緒に行く!」


続くティルシーの言葉に、なぜか納得をしてしまった。


ああ、そうか。


俺はスーパーカンサイジンだしな。ボケとツッコミとか、ノリが楽しいのかも知れないな。




薬を塗りたくられた後は、アルコール度数の高い酒を浸した布で傷以外の場所を拭き取られた。因みに、酒はバリエ卿からの提供だ。


「あとはこれで患部を抑えて布を巻くわ。」


シェリルがティッシュと何かの葉を取り出した。


「その葉は?」


「これは薬草の一種で、化膿を防ぐ効果があるの。このまま巻くと葉から水分が出るから、布との間にティッシュを挟みこむのよ。」


ティッシュか。


そう言えば、紙やティッシュペーパーがそれなりに流通している。科学技術が発達している訳ではないが、繊維や織物の産業が活発であることが起因しているそうだ。元の世界では、ティッシュは100年以上前にガーゼの代替え品として、とある国の軍が開発をした。そう考えると、最先端の技術が必要と言うわけではないのだろうが、この世界での製造法に興味がわき、調べてみたことがある。


元々は、古紙を活用するために、日常生活で「あったら良いな」的な発想で開発が始まった。紙は高価なものでもあったので、書類や手紙の廃棄がもったいないという考えから、とある繊維職人が取引先の商人から依頼をされて研究が始まっている。当初は柔らかな素材にすることが難しく、鼻をかむと、鼻水よりも鮮血に染まるという笑えないものが幾度となく産み出された。しかし、これに聖属性魔法の浄化を組み込み、不要な内容物を一掃することで、現在の柔らかなティッシュが商品化されたという。余談だが、この聖属性魔法の浄化は、後に錬金術のようなものに発展し、独自の進化を経ている。紙やティッシュだけではなく、酒や水、化粧品や香水といったものの精製にも役立ち、今や商業魔法としての1つの流派に発展しているらしい。




治療を終えたタイガは、服を着替えて馬車で横になっていた。


それほどのダメージがあるわけではないが、マリアとシェリルが献身的に看てくれている。なぜか、交代で背後から抱きかかえられて寝かされているので、休息を取ろうとしてもなかなか眠ることはできない。何せ、枕がわりに頭の下にあるのは、彼女達の胸で、さらに背後から腕を回されて頭や胸をナデナデされているのだ。


「え···と···この体勢は、治療と何の関係があるのかな?」


「傷口が早く塞がるように、あなたの体を固定しているの。」


今現在の抱っこ当番?であるシェリルが答えた。


「別に安静にしていたら1人でも···。」


「だめ。えと···あの薬は体温が高いほど効能が増すから。」


「だから密着していた方が良いと?」


「うん···。」


そう言いながら、シェリルは頭をすりすりと頬擦りする。


ああ···すりすりと同時に胸の揺れが伝わる。だめだぞ。そんなことをすると、俺の真ん中の足がむくむくと起きてしまう。


「ちょ···ちょっと、シェリル。そのすりすりは何よ!?」


「早く治るためのおまじない。」


マリアのツッコミに、当然のように答えるシェリル。


『ああ、そうなのか···シェリルの故郷では、こんなに素晴らしいおまじないが存在するのか。だったら、余計に真ん中の足を活気づかせるわけにはいかない。不謹慎だと軽蔑されてしまう。』


と、タイガは苦行に耐えるがごとく、煩悩を抑止するための努力を続けた。


因みに、魔人を倒した後は焼却処分を行い、駆けつけた衛兵達の護衛を受けながら、シニタ中立領のバリエ卿の邸宅に向かっていた。その間に、精神的苦行を敢行していたタイガが、傷口を何度か開かせたのは言うまでもない。




「あれが教会本部?荘厳というか、豪華な建物ね。」


フェリが馬車の中から街並みを眺めながら、思った通りのことを口にした。


「やはりそう思いますか?信仰のシンボルということで、豪奢な佇まいにしたとも言われていますが、私は好きにはなれません。」


聖女クレアは、日頃は口にできない言葉で返した。


スレイヤーギルドを訪れてからすぐに、信頼するタイガは行方をくらましてしまった。しかも、教会の難敵である魔人の嫌疑をかけられたままだ。


クレアは、自分がタイガを今の苦境に追いやってしまったのではないかと思い悩んでいた。命まで救ってくれたというのに、自分と関わってしまったばかりに災難をもたらした···と。


暗い表情をするクレアに、同じ年頃のフェリの言葉が身に染み渡った。


「タイガが魔人?それは絶対にないわ。強さは魔族を超越しているし、とにかく優しいもの。無意識に女の子を口説いたり、人の気持ちには鈍感だったりするけど···下心とか悪気があるわけじゃないし。なにより彼は多くの人の命を救ってきたわ。私は何があってもタイガを信じているし、必ず助けて見せる。」


迷うことのない意志を瞳に宿すフェリを見て、クレアも決心をしたのだ。


『私も、私にできることをしなきゃ。フェリさんと同じように、タイガさんの手助けを。』


この時、クレアは聖女である意味を改めて考えた。人の苦境を見過ごして成り立つ平穏なんてない。仮に教会を敵に回しても、聖女として、一個人として、恩人であり、多くの人々を魔族の脅威から救う希望であるタイガを日常に戻さなければならない。


「教会に戻って、タイガさんの潔白を証言します。」


強い意志を秘めた言葉で、アッシュを始めとしたスレイヤーギルドのメンバーに、そう告げたのだった。




クレアの護衛兼調査隊として、教会本部に出向くメンバーをアッシュが選抜した。


本来はアッシュ自身が率先して行きたかったのだが、魔族からの攻撃と、王都との対応が必要な場合に備えて、待機を余儀なくされた。


『魔人と闘えるぞっ!ひゃっほ~い!!』


と当初は考えていたが、立場を弁えることにした。何より、嫁が恐い。タイガと出会う前に、魔族との闘いに率先して出動し、ギルマスの決済仕事を放置していたのだが、「仕事を真っ当にしないのなら、家から追い出すわよっ!」と言われて、本当に家から締め出されたのは記憶に新しい。


またその時のように、ギルド職員がチクらないとは限らないのだ。


そういった事情も踏まえて、フェリやクレア達は教会本部のある街を訪れたのだった。


タイガの身の潔白を証明するために。


そして、再び彼の日常を取り戻すために。




教会本部に到着したフェリ達は、来賓用の部屋に通された。


クレアとクリスティーヌとは、教会本部に入った時点で別行動となっている。


「リル、このまま素直に受け入れてくれると思う?」


「そうね···やんわりと追い出されるのじゃないかな。」


「やっぱり、そうよね···。」


クレアの護衛を兼ねて同行したのは、フェリとリル、ガイウスの3人だった。


「やはり、教会側は受け入れませんよね。タイガさんに魔人の嫌疑がかかっている以上、所属していたギルドと共闘、もしくは共同調査を行うことなど、了承をしないでしょう。」


「···ガイウスさん、タイガを過去形にしないでくれる。」


「やだなぁ。タイガさんはこれからの王国を支える逸材です。過去形じゃなくて、さらに飛躍する運命を背負っているので、現在進行形ですよ。」


「それって···どういう意味?」


フェリは急に不安にかられた。


ガイウスは一見、好青年である。優しげな笑顔と、物腰の柔らかさを持っているが、抜け目がない印象をフェリは強く感じている。さすが、チェンバレン大公の直系とも思えるが、タイガへの執着をこの数日間で垣間見て、何を企んでいるのかわからない要注意人物であると認識している。


「タイガさんの戦闘能力は凄まじいの一言です。でも、その強さの一端には、明晰な頭脳と、高い精神力が見え隠れします。魔族から王国を守護するスレイヤーの職務は重要ですが、あの人にはもっと大きなことを成し遂げる力が備わっていると言うことですよ。」


「それって···チェンバレン大公の一派に組み込む動きがあると言うこと?」


ガイウスの主張に、リルが口を挟んだ。


「テレジアと婚姻関係になれば、あるいはそうなるのかもしれません。ですが、タイガさんが王都に出向いた際に、国王陛下が直々に誘いをかけたようですよ。」


「「!」」


フェリとリルにとって、初めて聞く衝撃の内容であった。国王陛下の意図はわからないが、直々に誘いをかけたということは、要職や騎士爵以上の爵位を用意するという意味にも解釈できるのだ。


「···それで、タイガは何と答えたの?」


「断ったみたいですよ。スレイヤーとしての職務が今は重要だからと。」


2人はその言葉にほっとするも、先のことを見据えると、手放しに安心できるものではないことを感じた。


タイガはある意味で英雄である。


数多くの魔族を退け、多くの人々の平穏な生活を守った。そして、王城内での反乱分子を炙り出し、要職にあった一派を拘束するにまで導いたのだ。


本人にその意志がなくとも、その武力や機転を、政に利用しようとする者は必ず出てくるだろう。


そして、続くガイウスの言葉が、2人の不安にさらなる追討ちをかける。


「この件が無事に片付いたら、おそらく始まりますよ。タイガ·シオタ争奪戦が。」


「争奪戦って···そんな···。」


「本人や周りの意思がどうであれ、優れた人間には大業を成し遂げる椅子が用意されるものです。タイガさんは良くも悪くも、目立ってしまった···国王陛下は、国の繁栄のためだけに王城へ誘いをかけた訳ではなく、他国や反乱分子への流出を抑えたかったという考えもお有りかと思います。」


呆けたような表情をするフェリは、リルの顔をうかがった。


無言で目を閉じ、首肯するリル。


「確かにそうかもしれない。でも、今はそんなことを考えるより、優先すべき事案があるわ。」


しかし、冷静に現状を言い放つ。


「そ···そうよね!今はタイガの嫌疑を晴らす事が最優先よ!!」


先の事への不安で一杯だったフェリは、目先の課題に目を向けることで、具体的な思案へと気持ちを切り替えようとする。


そんなタイミングでノック音が低く響いた。




「それって、本気で言っているの!?」


教会本部近くの、とある大きな食堂で、マリアの声が甲高く響いた。


「マリア、もう少し声を抑えてくれ。」


ここは個室である。


多少の声なら気にしなくても良いのだが、今の声量では壁を越えて響き渡った可能性がある。あまり、周囲に聞かれたい話の内容ではない。


「落ち着きなさい、マリア。それにタイガも無茶を言い過ぎだと思うわ。」


「そうよ。馬車の振動だけで何度も傷口が開いたのに、単独行動なんて自殺行為よ。」


シェリルもマリアも、タイガの身を案じてくれていた。


「あぁ···あれは···。」


まさか、胸の柔らかさに興奮をして、自制のために力んだから傷口が開いた、などとは言えない。


「ほら、まだ傷が痛むんでしょ!苦痛って顔をしてるわ。」


いや···マリア、違うぞ。


苦痛じゃなくて、どちらかと言うと悲痛なんだ。


悲しい男のサガ···。


「とにかく、私はあなたの治療も兼ねて一緒に行くから。」


「だったら、私も行くわ。」


「じゃあ、ついでに私もっ!」


ティルシーよ。


さっきまで目の前の食い物しか眼中になかったのに、なぜそこで手をあげる···。


「3人の気持ちはありがたいけど、事がことだ。俺に手を貸すことで、今の職を失ったり、罪に問われる可能性があるんだぞ。」


「え!?···食を失う···。」


ティルシー···ツッコミたい所だが···今は無視させてもらう。











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