第1章 74話 エージェントvs魔人Ⅱ①

「3人は魔法障壁が得意だったりするのか?」


タイガはマリア達に問いかけた。


「それなりに自信はあるわ。」


シェリルが答えた。


他の2人も頷いている。


「今すぐにバリエ卿と、その一行を1ヶ所に集めて障壁を展開して欲しい。」


バリエ卿の従者や、護衛の騎士達は、傷を負っている者がほとんどだが、6人が健在でいる。本人と娘を合わせて8人。冒険者3人なら、何とか防御体制ができるはずだ。


「どういうこと?」


「魔人が近づいてきている。すぐに臨戦体勢に入る。」


全員が絶句した。


「···魔人を探知できるってこと?」


「俺の四十八手あるスキルの一つだ。邪気や悪意の強いものを探知できる。」


「四十八手···プフッ。」


バリエ卿が吹き出した。


「すいません。大人のジョークです。」


この世界でも通じるのだな···。


「ジョークって、魔人のこと?」


シェリルが真面目に聞いてきた。


「いや···魔人が来るのは本当だ。」


「四十八手って、もしかしてエロいやつ?」


ティルシー、深堀りするんじゃない。


「そっ、そんな悠長なことを言ってる場合じゃないでしょ!」


マリアが至極当然のことを言った。


「···タイガ、1つ聞いても良い?」


シェリルが真顔で質問をしてきた。魔人を探知できることを知って、疑いが再燃したか。


「なんだ?」


「大公閣下のお嬢様は、婚約者なの?」


···なぜ今それを聞く?


「お···おい、何だよ魔人って。俺達はどうなるんだよ!」


盗賊団が騒ぎだした。


「大丈夫だ。お前らは簡単には死なせない。」


「あ、あんた、守ってくれるのか!?」


タイガの言葉に、意外そうな言葉を返した盗賊達。


「守る?それは違うな。お前らは、これから死ぬよりも辛い償いを受けるべきだ。簡単に死ねるとは思うな。」


自らの欲望のために、罪のない人間の人生を台無しにした奴らに救いなどない。


それは、どこの世界でも徹底されるべきだった。




長身、細身の男だった。


覇気とか闘気といったものは感じられない。


飛来し、静かに地上に降り立ったのだ。


背中に長剣を装備しているが、殺気を放つわけでもなく、ただこちらを見ていた。


こちらも相手の目を見据えて、様子をうかがう。


「貴様か···。」


「···あんたか?前の魔人との闘いを遠くから見ていたのは。」


「ほう、気づいていたのか?」


「2人で静観していたようだが、気配は消せていなかったからな。」


「···さすがは、"なんでやねん"の使い手と言うことか···鋭敏な感覚をしている。」


は?


何だ?


なんでやねんの使い手?


恥ずかしすぎるぞ。


「誰から聞いた?」


変な誤解をされているので、確認をしてみた。


「もう1人が体術の使い手だからな。貴様の強さは解説をしてもらった。」


···アホだ。


魔人は軒並みアホだらけだ。


「ふん、何でやねんを素人が語るな。その真髄を知っている奴はこの世にはいない。」


せっかくだから乗っかってやった。


「ほう、大した自信だな。ならば、俺がそれを打ち破ってやろう。」


「良いだろう。あんたのことは、魔人ブウツーとして屠ってやるよ。」


「···何だ、ブウツーとは?」


「俺の故郷(で流行ったマンガ)では、魔人と言えばブウ。その二人目だからブウツー。」


「貴様っ!ドヤ顔で俺を愚弄するかっ!?」


あ、怒った。


「最大の賛辞だよ、ブウツー。」


「許さんぞっ!」


魔人ブウツーは長剣を抜き、瞬間的に間合いを詰めてきた。




「なんでやねんって、何っ!?」


「それよりも挑発しちゃってるよ!」


マリアとティルシーが、初めて見る魔人に取り乱しながらも、ツッコミを入れていた。


「なんでやねんはわからないけど、挑発は相手の冷静さを欠く戦術よ。さすが···未来の旦那様。」


「「はぁ?」」


大公閣下の娘は婚約者ではないと聞いたシェリルは、別の想いで胸がいっぱいだった。


そして、バリエ卿は···


この娘たちは、本当にランクS冒険者なのか···と、冒険者ギルドを不安視していた。




魔人の長剣が、袈裟斬りに振り下ろされた。


速い。


バスタードソード。


抜き様に長剣を弾く。


重い。


剣の厚みがそれほどあるわけではない。だが、膂力なのか身体強化なのかはわからないが、並外れたパワーがある。


以前に苦戦をした魔族とパワーは同等。剣筋のキレとスピードはそれ以上か。


弾かれた勢いで体を横回転させながら、バスタードソードで凪ぎ払う。


また長剣と弾き合う。


パワーは互角。


剣身の長さで、良くも悪くも差が出る。


相手もそれは熟知しており、間合いに入れないように、大振りはしてこない。


少し後退し、相手の間合いから離れた。


「どうした?その間合いでは、貴様の剣は届かないぞ。」


バスタードソードを正眼に構えた。


左手で柄を握り、右手で剣先をコントロールする。右足を少し前に出し、そちらに重心を置く。剣道の構えと酷似していると言えば、わかりやすいか。


剣先を微かに振り、フェイントを入れていく。


かかった。


右に剣先を少し振り、同時に右膝の可動で体をわずかに沈みこませた。ブウツーは、右下からの斬り上げを狙っていると考えたはずだ。


ブウツーが、最小限の動きで反応をした。突きを繰り出してきたのだ。


右手首の返しでバスタードソードの軌道を変える。こちらも最小限の動き。剣道で言う小手。


利き腕が左手だったブウツーの甲を、剣先で斬りつける。


竹刀で試合をしているのではない。真剣で仕合っているのだ。


いかに相手にダメージを与え、無力化するか。その結果が、勝敗であり、生死を分ける。


「ぐっ!」


骨にまで達する感触。


普通なら、剣をまともに扱えなくなるはずだ。


「小細工を···。」


ブウツーが腹立たしそうに言った。


剣術の違いだ。


この世界で見てきた剣術は、パワーや体格、剣の質量や耐久性にものを言わせた西洋剣術に近い。レイピアのように技術重視の剣も存在するが、あれはもともと護身用に作られたものである。


多くの騎士や戦士は、ブロードソードやサーベルをメイン武器とし、古代よりもその技術が発展してきた。ブウツーの長剣は個性が強いが、ベースとなる技術はやはり同じ流れを組むものだと見てとれた。


一方、刀から派生したタイガの剣術は、チャンバラで打ち合うようなものではない。


刀は鋭く、斬れ味は抜群だが、刃こぼれや刀身が折れるリスクが常につきまとう。故に、ブウツーが言う小細工じみた技術が磨かれた。


何より、忍の郷で育ったタイガは、居合いをベースに相手を無力化、もしくは弱体化させる技法に長けている。切っ先で足の甲や指を突く、束で鼻を殴打するなど、その術は変幻自在と言えた。


体格や、剣の剛性が軸となる西洋剣術になど、勝るとも劣らないのだ。


まして、刀ではなく、剛性と破壊力に優れたバスタードソードを使っている。チャンバラ上等、弾きあい上等である。


ブウツーが間合いを取ろうとした。


タイガはもう一歩踏み込み、突き上げるようにバスタードソードを疾らせる。


ブウツーの鳩尾をとらえたかに見えたが···。


硬い鎧に剣を突き立てたような感触。


硬化魔法か?


持ち手を変えて、ブウツーが長剣で凪ぎ払う。


タイガは無意識に間合いを取り、ブウツーのカウンターを辛うじてかわした。




「な···何あれ···。」


「2人とも···強さの次元が違いすぎる···。」


「タイガって···まともに闘っても強いんだ···。」 


「今さら何を言ってるのよ。模擬戦でも見たでしょ?タイガの圧倒的な強さ。」


「あ~、あれね。すぐに終わったから、睡眠薬でもバラまいたかと思ってたよ。ほら、スパイス·オブ·マジシャンって言うしさ。」


「「·······················。」」


それはもはやスパイスじゃないだろっ!


と、マリアとシェリルはティルシーにツッコミを入れたくなった。




「硬化魔法か?」


「そうだ。貴様の剣では俺の体は貫けん。」


硬化魔法については、アッシュとの模擬戦の後にレクチャーを受けたり、図書館で調べあげた。


なぜ、魔法を無効化できるはずなのにできないのか。こちらの世界では、科学があまり発達していないので立証は難しいが、概ね次のような事象であると理解をしている。


高等魔法士が使う硬化魔法は、身体そのものを硬化させるものではない。大気中に存在する元素を、瞬間的に集束、硬化させて、一時的な盾を作る魔法なのだ。


例えば、アッシュが以前に使用した硬化魔法は、火属性魔法特有のもので、炭素をピンポイントに集めて硬化させ、超速かつ連続して壁を形成する魔法だそうだ。他の魔法属性についても、元素は異なるが、仕組みは同じらしい。


また、クレアのゴーレムの場合は、硬化魔法とは異なり、魔力を個体にコーティングして障壁とする手法となっている。


後者の場合は、魔力そのものが防壁となるため、タイガには効力がない。だが、前者に関しては、元素そのものが障害となるのだ。魔力が消滅しても、集束した元素はすぐに分散せずに剣を阻む。惰性で動いている車にひかれても、ケガを負うのと似ていると言える。


何にしても、魔人が硬化魔法を使ったことは厄介でしかなかった。


素直な攻撃では致命傷どころか、傷すらつけることができないということだ。


「悪いが、振り出しに戻させてもらうぞ。」


ブウツーが突然そんなことを言い出した。


シューっという音がしたかと思うと、魔人の左手が白い霧に覆われ、傷が瞬時に癒えていった。


「マジか···。」


「俺の回復魔法は超速だが、貴様は二度とこれを見ることはないだろう。」


「···どういう意味だ?」


「我が奥義で屠ってやろう。」


あ~、コイツはあれだな。


自尊心が強い。自分の力で相手を捩じ伏せることに快楽を感じる、変態族だ。前の世界にもこんなヤツがけっこういたいた。ほら、眼がいっちゃってるよ。


「その奥義の前に、1つ聞いてもいいか?」


「なんだ?」


「教会との繋がりは何だ?」


「·······················。」


「今から屠ってやると言った相手にだんまりか?小心者のブウツーが。お前みたいな変態野郎は、むっつりのまま消してやるよ。」


「貴様っ!ぶっ殺してやるっ!!」


おお、地が出た。


怖っ。






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