第1章 75話 エージェントvs魔人Ⅱ②

「ま···また相手を怒らせた。」


「て言うか、ヤバくない!?あの回復は何なのよ!」


「それより、タイガが悪い顔をしてるよ。次は何をやらかすんだろ。」


冒険者3人は、またそれぞれ好き勝手に話をしていた。


その後ろに控えていたバリエ卿は、ため息をつきながら視線をタイガと魔人に戻す。


『魔人は強い。普通に考えるなら、対等に闘える者など人間にはほとんどいないだろう。いや···それよりも、あのタイガという男だ。大公閣下が推しているだけのことはある。一見、卑劣な手段を使って勝利しているように見えるが、先の先を見越して様々な戦略や戦術を身につけている。あのスパイスをばら蒔くやつなど、普通では考えられない手法だが、風上を読んで最も効率のよい効果を導いている。おそらく、有事に備えて周到な準備を日頃から行っているに違いない。大公閣下が、自らの血筋に加えたがるのは、交渉ごとにも無類の強さを発揮するであろう、あの論理的思考力や探求心に違いなかろう。』


2人が死闘を繰り広げる最中、バリエ卿の頭は、今後のことで頭をフル回転させていた。


『今回の件で、私はタイガ殿の身の潔白を主張できる。王都内で素直に意見に耳を傾けてくれるのは、大公閣下の一派に限られるかもしれない。だが、盗賊団という第3者もいることだ。説得力が皆無というわけではあるまい。それに、彼は爵位を持つ身。潔白が証明されれば、その特権である一夫多妻が許される。そうすれば、我が娘を二番手でも、三番手でも構わないから嫁がせれば···。』


バリエ卿に、大公閣下を出し抜こうという考えはない。しかし、同じ一派でも、その下のポジション争いは熾烈を極めた。実績のある逸材と身内になることは、貴族としての将来を考える上で効果的な策の一つに違いなかった。


「ね···ねぇ、あの大使さん···何か、ニヤニヤ笑って気持ち悪いのだけど···。」


「気が触れたのよ、きっと。」


「血を見るのが好きな変態なんだよ。」


ひそひそと話すが、言いたい放題である。


『君たち···全部聞こえているぞ···。』


バリエ卿は、行き場のない怒りと羞恥心に叫びたくなった。




「何度も侮辱したことを後悔させてやろう!」


ブウツーは利き手で柄を握り、刀身をやや斜め下に構えると、前に出した左足に重心を置き、突きを放ってきた。


タイガは間合いを取り回避しようしたが、突きのスピードと、肩や肘の伸縮、膝のクッションを巧みに使われ、剣先は予想以上の伸びを見せる。ブウツーから距離を取ることができず、バスタードソードで弾くことで辛うじてかわした。


しかし、ブウツーの突きは止まらない。連続で放たれるそれは、速射砲のごとくタイガを襲う。


2メートル強の間合いでは、射程の長い突きを防ぎきるのは容易ではない。加えて、反動を利用してどんどん回転を上げるブウツーの攻撃に、タイガはしだいに対応しきれなくなっていった。


二の腕を長剣がかすめ、血しぶきがあがる。鋼糸を随所に織り込んだ上衣ではあったが、鋭い突きにより裂けていく。


立て続けに繰り出される突きによって、血煙が漂う様を魔人は嘲笑を浮かべながら見ていた。


『こいつには回復魔法も障壁もない。油断さえしなければ、足下をすくわれることもないだろう。』


魔人はすでに勝利を確信していた。しかし、それが油断であることを自覚していないことが、強者としての欠点である。


バスタードソードで、ブウツーの突きが急所に入らないように軌道をそらし続けるタイガ。最小限の動きで、痛みと出血をともないながらも、致命傷は受けない。不利な状況で大切なのは、冷静さを失わないこと。これまでのエージェントの任務で、幾度となく強敵と対峙し、生き残ってこれたのは、精神力の成せる業だと理解をしている。


集中力勝負。


どちらか先に切らせた方が、次の機会を失う。


ブウツーの奥義は、連続する高速の突き。剣技による1対1では、相当なイニシアチブを持つ。逆に言うと、その間隙こそが最大の弱点となるのだ。


タイガはそのチャンスを待っていた。


ヒリヒリとするような緊張感と、ミスのできない対処に追われながらも、勝つためのビジョンは見えていたのだ。




ブウツーの連続突きにより、負った裂傷は数十ヶ所を数えるだろう。アドレナリンが沸騰状態にあるので痛みは感じないが、血煙が色濃く漂っている。


時間にして1分程の攻防。


神経が擦りきれそうなほど長い時間に感じるが、実際の立ち回りはそんなものだろう。


ブウツーの回転が少し弱くなってきた。


そろそろか。


タイガは、ブウツーの動きを見定めた。ほんの一瞬とも言える間隙。重心が少し後ろにかかった程度のものだが、そのコンマ何秒かを逃す手はない。


長剣を軌道をそらす程度に弾いた反動で、バスタードソードをブウツーに向けて投げた。


「!」


威力はほとんどない。だが、鋭利な刃物が飛んでくれば、誰もが条件反射に入る。魔人とてそれは同じだ。


一瞬、体が引けたブウツーに向けて攻撃を仕掛ける。


抜刀。


踏み込み、腰の辺りを狙って一閃。


シュッ!


「···くっくっ、リーチ差を読み間違えたな。」


ブウツーが言うように、長剣と蒼龍とのリーチ差では致命傷は与えられない。しかし、そんなことは承知の上だ。


にんまりと笑うタイガは、返す蒼龍で斬り上げるモーションを見せた。


「無駄だっ!貴様の奇策など···うぉっ!!」


この世界で、ストレッチ素材の生地はコットンのものに限られる。肌触りが良いことで、コットンやシルク素材で仕立てられた衣服は貴族達にも重宝されているが、戦闘に従事する者にとって、それらの素材は高価なだけでなく、耐久性の乏しさにより、魔法士の一部が使用するくらいにとどまっている。対して、剣士は厚手の生地で縫製された、かなりゆったりとしたシルエットのズボンをはくことが多い。現代社会で言うと、サルエルパンツかニッカポッカ風が人気だ。


ブウツーもサルエルパンツ風のズボンに、腰帯を巻いている。タイガが斬ったのは腰帯であり、その結果は想像通りである。


止めていた腰帯が斬られ、膝上までずり下がったズボンに足をとられたブウツーは、体をよろけさせた。


奥義"もろだし"


幕末までは、武士は袴をはいていた。忍は、相手の命を奪ったり、口封じの必要がなければ、無用な争いは避ける傾向にある。そんな時に活用されたのがこの技だ。


もう一度言おう。


"も·ろ·だ·し"だ。




多くの人は下半身を露出したまま、目の前のことに集中することはできない。また、スボンがずり下がって足をとられれば、動きが極端に鈍るか、こけるものだ。


現代社会では、衣服や生地の発展で効力はなくなったが、過去の時代や異世界では非常に有効な技といえた。


それが、奥義"もろだし"である。


ブウツーの硬化魔法が発動しないように、奇を狙った。リーチ差で深い傷を負わないという無意識の油断も相まって、ギリギリの所でかわそうとしたことが仇となった形である。


こういう状況になると、タイガに詰めの甘さはない。相手を無力化するビジョン通りに動いていく。


斬り上げるモーションから、手首を返しての突き。間一髪で、ブウツーの硬化魔法が発動した。だが、そのまま高速の連続突きに移行する。


「くっ!」


硬化魔法は連撃への対応が難しい。ピンポイントでの魔法効果のため、瞬時での意識の切り替えが必要となり、それに集中をしなければならない。敵の奥義を模倣した高速の突きは、ブウツーを防戦一方に追い詰める。


やがて、利き手を狙った突きがヒットした。


硬化魔法の効力でダメージは与えられないが、防御に集中し過ぎたためか、長剣の握りが甘くなっていた。タイガは弧を描くように蒼龍を手首でコントロールし、長剣を絡めとる。


「!」


長剣をはね飛ばし、前蹴りを入れる。硬化魔法で防がれた。だが、その集束された硬い元素を足場に跳び上がり、反対側の足で側頭部に回し蹴りを放つかに見せかけて、体をひねり延髄蹴りを決めた。


「ぐおっ!」


踏み止まろうとしたブウツーが、ずり下がったズボンにまた足を取られ、顔面から倒れこみそうになる。そのまま後頭部を鷲掴みにし、体重を乗せて地面に叩き込んだ。


そこから躊躇いもなく、トドメの一撃を入れ、絶命させた。




「倒した···。」


「魔人を···倒しちゃった···。」


シェリルとマリアは目の前で起きたことが信じられず、思わず呟きをもらした。


そして、ティルシーの次の一言で、現実なんだと実感することになる。


「お尻丸出しで死ぬって···魔人も相手が悪かったよね···。」








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