第1章 61話 聖女からの依頼①

クレアと向かい合って座った。


とは言っても、それほど広い部屋ではない。ベッドと、1つだけあるイスに座って、ほぼ膝をつきあわすような感じだ。


用意の良いことに、クレアはお茶の準備までしていた。


「お口に合うかはわかりませんけど、ハーブ茶です。酔いざましに良いと思いますよ。」


毒などの心配はしていなかった。


そもそも、命を取る気なら、酔って寝ている間に好きにできただろう。


一口味わう。


ハーブの香りが鼻に抜け、頭がスッキリとした。ジャスミンティーに近い風味だ。


「飲むのをためらわないのですね?」


「君自身は、俺に危害を加える気はないと思っている。」


「···それは、私が聖女だからですか?」


クレアの表情が、翳った気がした。


確かに、聖女が他人を傷つけたら、その存在意義はおかしくなってしまう。だが、俺は無信仰者だ。聖女だろうが、教祖だろうが、そんな立場に何の興味もない。エージェントとしての任務なら、必要とあれば利用はしただろうが。


「相手の立場が何であろうと、関係はないな。信じるか信じないかは、自分の直感と経験による。」


俺の直感と言うのは、ソート·ジャッジメントに他ならない。この世界で、魔法が使えない俺が生き延びてこられたのは、このスキルにより、信じられる仲間と出会えたからに他ならない。


「それでは私のことは、一個人として信用できると思ってくれるのですか?」


「個人としてで言えばそうだ。気になるのは、公的な立場として何を考えているかだな。」


少し考える素振りを見せたクレアだったが、やがてまっすぐに俺を見て話し出した。


「タイガさんは、魔人の存在をご存知ですか?」


「魔人?いや、知らないな。」


「私たち教会が今対峙しているのが、その魔人なんです。」


予想外の存在が出てきた。


「魔人というのは、魔族と同格なのかな?」


「魔人とは、かつて人間であった者が、何らかの理由で魔族に匹敵する力を得た者を言います。なぜその力を得たのかは解明されていませんが、強さだけではなく、邪悪な精神が宿っていることが問題なのです。」


魔人という存在を聞いて、マイク·ターナーを連想した。


魔族の血を研究し、自らが被検体となり、生涯を終わらせた研究者。


彼と同じような事例が起こる可能性は考慮をしていたが、クレアの語る魔人という存在は、もっと完全なものに感じられた。


「人としての意識を持ちながら、魔族と同等の戦力を備えた存在が魔人です。彼らは、邪気を感知することのできる聖属性魔法士が集う教会を、各地で攻撃しています。」


「目的は?」


魔族や魔人にとって、自分たちの存在を感知する聖属性魔法士は邪魔なのかもしれない。だが、互いに交わることのない生活をしていれば、敵対する必要はない気がする。


「推測ですが、彼らは戦争を起こす気なのではないかと考えています。」


「人の世界を支配しようとしているというわけか?」


「おそらく。」


確かに、それが一番無理のない理由だと考えられた。人としての意識があるのならば、征服による支配を考えることは、おかしいことではない。


魔族は、人間とは異なる習性や思考を持っていると聞いたことがある。好戦的だが、支配欲に乏しい。


スレイヤーと魔族との闘いは、縄張り争いのようなものだとアッシュも言っていた。奴等が集団で人間社会に闘争を仕掛けてこない理由は、個人主義だとか、人間への支配に興味がないからだというのが定説と言える。


だが、人間と同じ思考を持った魔人だと、状況は異なるのだろう。


生きることのため以外に略奪や殺人を行う生物は人間だけだと言われているくらい、人は強欲な存在なのだから。


「それで、あのゴーレムは何の意味があるんだ?」


魔人と敵対しているのはわかったが、俺達を試すような真似をした理由が思い浮かばなかった。


「あなたが魔人であるかどうかを見極めるためでした。」


「···どういうこと?」


俺が魔人?


なぜ?


「魔族を素手で倒せるスレイヤーの出現を噂で知った時は、必然的に教会での警戒が高まることにつながりました。数百年の過去の事例を調べあげても、それだけの戦力を持った一個人など、存在しなかったのですから。」


「それは俺が魔力を持っていないから実現できたことだと思う。魔法が使えないから、物理的な攻撃でしか対抗ができなかった。当然、素手ではかなり苦戦を強いられるしね。」


「はい。あなたを実際に見ていて納得ができました。武芸に秀でているのはもちろんですが、あなたの魔族に対する無類の強さは、魔力がないという特異性が一要因であると。」


なぜかうれしそうに話すクレアを見ながら、ふと、魔人とは俺と同じ転移者だったりはしないのかと考えていた。


俺が魔人ではないかと勘違いされたのは、人でありながら魔族に対する異常な強さ発揮した故だ。同じような転移者ならば、魔法は効かない。


だが、次のクレアの言葉がそれを否定した。


「これまでに、魔人は個別の3体が確認されています。いずれも魔法に長けており、武芸に関しても並外れた技量を誇っていました。外見は人間と変わりませんが、冷血な性格であることも共通しています。そういった点では、あなたには武芸の能力以外に関して、魔人との共通点を見いだせませんでした。」


「俺のように、魔力のない魔人は存在しない?」


「はい。それに、あなたは優しいです。魔人であるはずがありません。」


「まあ、人間だからな。人並みの感情は持っているよ。それよりも、魔族と魔人の見分け方というのはあるのかな?」


「魔族は人間に擬態をしたりもしますが、基本的に赤い瞳をしています。あとは、聖属性魔法士にしか感知できないかもしれませんが、魔族は邪気一色で、魔人には邪気に加えて悪意とも言うべき感情が多分に含まれています。」


悪意と言うのは、人の感情だ。


マイク·ターナーの時にも同じことを感じたが、魔族は生まれながらにして勝ち組的な種族だから、人間を見下したりするのは悪意ではなく、必然的な感情だったりするのだろう。人間が他の生物に対して、意識せずに優越感を持っているのと同じだ。


「なるほど。人間にとって、本当に厄介な相手は魔族ではなく、魔人という感じだな。」


嫉妬や妬み、支配欲などを持つ人間の負の側面が、異常な力を突如として持つことになった魔人には顕著化する。人間の習性や習慣を理解しているだけに、張り巡らす策謀も闇深いものになるのかもしれない。


「それで、俺に何をさせたいのかな?」


直球的な質問だった。


腹の探りあいが常習的なエージェントの任務では、こんな質問の仕方はまずしない。会話の中に罠を撒き散らせて、自然と回答を誘導するのがセオリーと言えた。


ただ、クレアにくだらない駆け引きをすることは、彼女の俺に対するわずかな信頼を損なうように感じられた。


気を使ったのは、クレアが聖女という立場だからではない。


リアリストの俺が、無条件に相手に心を開くことはない。クレアに対してもそのスタンスは変わらないのだが、魔族同様に魔人も自分たちスレイヤーの討伐対象と見るべきだった。


共通の敵を持つのであれば、組織のしがらみはあるだろうが、一定の信頼関係は構築すべきだろう。


「私たち教会側では、残念ながら魔人に対抗できる武力が備わっていません。タイガさんに、魔人討伐の協力をお願いできないかと考えています。」


魔人の戦力を考えると、ゴーレムでは凌げない。わずかな時間の足留めができるくらいだろう。


「スレイヤーの組織に対してではなく、俺個人への依頼なのか?」


「本来ならば、教会からスレイヤーギルドに正式な依頼を出すべきだとはわかっています。ですが、魔族との闘いに備えて、そちらの組織としてもあまり戦力を割けない状況だと聞いています。」


確かにそうだ。


上位魔族との闘いに備えて、戦力の底上げを行っている最中のスレイヤーギルドでは、あまり多くのメンバーを別の地域に割く余裕などない。


「情報収集力が高いな。確かに今のスレイヤーギルドには、あまり余力はない。それに···俺も立場上、勝手に動くわけにはいかないぞ。」


「はい。それも心得ています。できれば、ギルドマスターのアッシュ·フォン·ギルバート卿とも協議を重ねたいと思っています。」


「そうしてくれた方が良い。俺はギルマス補佐だけど、スレイヤーギルド内では1ヶ月足らずの新顔だからな。慣習とかには疎いんだ。」


魔人の脅威は十分に理解ができた。できれば助力を申し出たいが、所属している組織の意向を無視するのは、よろしくないだろう。


「あれだけの実績と実力を兼ね備えていても、きっちりと筋を通すのですね。素敵ですよ。」


クレアの笑顔は、引き込まれそうな威力があった。これも魅了とも言うべき、精神干渉の一種なのだろうか。


「アッシュやスレイヤーギルドのみんなには、お世話になっているからな。あまり身勝手な行動はするべきじゃないと考えているだけだよ。」


聖女と言うのは、こんな女性ばかりなのだろうか。気を抜いたらメロメロにされそうだ。


モテない男にとって、危険な存在なのかもしれない。












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