第1章 60話 帰路③

馬車に乗り込んで出発した。


デュエル·ソルバ達も一緒だ。


「タイガ殿は相当な腕前なのだな。あのゴーレムは、教会の守り手として、過去に一部の者が使用したという記述を見たことがあります。魔法による耐性強化も施されているので、普通なら剣が折れてしまうはずなのですが。」


簡単な話だ。


ゴーレムは砂や土で成型されている。だが、成型も耐性強化も魔法が軸となっているのだ。俺に魔法は効かない。当初はゴーレムがどんなものなのか、わからずに斬撃を放ったが、剣が触れた瞬間に魔法が分解消滅したような感触を味わった。


「ソルバ司祭は、最初から聖属性魔法によって、ゴーレムが放たれたと考えられていたのですか?」


「いえ···あなたが壊滅させた後に思い当たりました。私は実物を見たことがないですし、ましてやゴーレムは精霊魔法によって発現されるというのが、今日では常識と考えられていますから。」


この話は、魔族との今後の闘いにとって非常に有用だった。もともとは、事前に魔族の存在を察知するために聖属性魔法士を集めようとしていたが、もし彼らがゴーレムを扱えるようになれば、戦力は飛躍的に増強する。実際に発現させてみせたケリーの存在も大きい。ギルドに戻ったら早速検証をしてみようと思っていた。


「タイガさん···なぜ私を罰しようとはしないのですか?」


ディッキー·ダレシアは暗い顔をしている。使命とは言え、大それたことをしてしまったと、先程から何度も謝罪の言葉を繰り返していた。


「実害がない。それに君は信仰と職務に忠実だっただけだと思うから。」


「でも···。」


「俺も無関係のクレアに恐怖を与えてしまった。内容は少し違うかもしれないが、君が罪に問われるなら、俺も同じような罪を起こしている。」


はぁ~、と近くで盛大なため息をつく男がいた。スレイドだ。


「ギルマス補佐は、武芸だけではなく、知略や話術でも無類の強さを誇ります。押問答をしてもやり込められますよ。それに、間違ったことは言わない人です。」


おっ、スレイドが初めて俺を褒め称えた。雪でも降らなきゃ良いが。


「それでも···あなた方を危険に追いやったのは間違いありません。」


「いやいや、俺達はともかく、ギルマス補佐は素手で魔族をボコボコにする人ですよ。あんなの、ハエを追い払うようなものですよ。」


やめろ、スレイド。


その素手がどうのという言葉で、デュエル·ソルバや他の冒険者達数名が引いているぞ。


クレアは大丈夫だろうか···と顔を見てみると、クスッと笑われた。大丈夫のようだ。


「それに、ギルマス補佐が本気で怒っていたら、デスソーおおおっ!」


いい加減にしとけ、という目線と、赤い小瓶をスレイドの視界に入れて、強制終了させた。


「デスソーおおおっ!?」


ディッキーも不思議な顔をして聞き返している。


「ディッキー、気にすることはない。司教も、教会の長い歴史に終止符を打つようなことはしないさ。」


「そ···そうですな。そんな教会にとって···不名誉なことを、司教がなされるはずはありません。」


デュエル·ソルバはひきつった笑みを浮かべていた。今の言葉の真意がわかったのだろう。発言的にはディッキーとクレアを配慮して、今回の闇討ちのような事件が明るみに出るようなことを、司教がこれ以上はしない、と言っているが。


俺は敵対するのであれば、教会を壊滅させることも、やむを得ないと感じていたのだ。


ディッキーが言っていた街に到着した。


ここからスレイヤーギルドの街までは、1日半くらいの距離だ。




「まだ15時くらいか。宿も予約したし、ここからは自由行動だ。明日の8時には出発するから遅れないようにな。」


そう言って解散した···のだが。


「なぜ、ついてくる?」


なぜか、ディッキーとデュエル以外は、全員が俺についてきていた。ディッキーは報告のために残り、その後に夕食時に合流をすると言っていた。デュエルはこの街にいる、信仰心の厚い信者を訪問するらしい。


「この街には娯楽もそんなにないからだよ。」


「タイガさんについていけば、また何かおもしろい事件とか起こりそうだしね。」


「うんうん。」


マルモア、ガイウス、クレアの順にそんなことを言っている。クレアは短い時間でみんなと溶け込んだようだ。


「タイガさん、今日も何か買い物をされないのですか?」


「一応、商店街をぶらつこうとは思っているよ。」


「じゃあ、ご一緒します。」


次はアンジェリカだ。


「別に構わないけど、楽しいかな?」


「はい。楽しいですよ。」


それなら良いけどね。


「タイガさぁ~ん、スイーツ食べに行こっ!」


マルモアが腕を組んできた。


いや···胸があたる、あたってるぞ。やわらけぇ。


「あ、ずるい。」


もう片方の腕にセイルが抱きついてきた。と言うより、ぶらさがってる。重い。胸は···将来に期待しよう。


「歩きにくいから、離れてくれないかな?」


「「やだっ!」」


こうして俺の意思とは関係なく、スイーツ屋に拉致されてしまうのであった。


「何気にギルマス補佐ってモテるんだよなぁ···。」


最後尾にいるスレイドがつぶやくと、隣にいたジェシーが相づちをうった。


「まぁ、あれだけの実力者なのに、傲った所がまったくないし、何より優しいからでしょう。」


「まぁ、それはそうかな。たまに悪魔みたいなトコあるけど···。」


「しかし、最近までは噂すら聞いたことがなかったのですが···スレイヤーになる前は何をしていたんでしょう?」


「さぁ、聞いたことはないな。スレイヤーギルドに来たのだって、まだ2~3週間くらい前だぜ。」


「そうなんですか?そのくらいの期間でギルマス補佐になるとは···。」


「ああ。でも、実力も人格的にも非の打ち所がないからな。ギルマスや、その周囲の人達は、あの人にベタぼれだし、街の住民にもなぜかファンが多いんだよな。」


「あの人はそれを自覚していないのじゃないですか?」


「そうなんだ。言い寄ってくる女の子がいても、相手の気持ちに気づいてないからな。フラグ·クラッシャーの名を欲しいままにしている。」


「だからでしょう。いつも自然体で、無欲だからモテるんですよ。」


「確かに···でも、相手を見ていて、かわいそうになるよ。もうあの中にも、何人かギルマス補佐に惚れている奴がいるんじゃないか?当然、ギルマス補佐本人は気づいてはいないけど。」


今日も今日とて、フラグ·クラッシャーは健在なのであった。




みんなと宿の近くの店で夕食を囲んだ。


何だかんだで、ほとんど同じメンバーと過ごしている。コミュニケーションが深まるので良いが、自由時間とは何ぞやの心境だ。


「ギルマス補佐は結婚しているの?」


「彼女は?」


同席している冒険者からは、そんな質問ばかりをされている。


俺がモテないと思って、からかっているのか··正直、辛いからやめて欲しい。


元の世界では、男性に「彼女いるの?」みたいなことを聞く女性のほとんどは、その相手に実際には興味を抱いていない、と教えてくれた友人がいた。


純粋な恋心を持っているのであれば、そんなことをストレートに聞けるはずがないのだそうだ。


確かに、高校時代のクラスメイトの女の子にそんなことを聞かれたので、「いなかったら、つきあってみる?」と冗談で言ってみたら、「何それ、笑える。」と返された記憶がある。


いろいろと浮世離れをした生活を送ってきたことで、女性どころか、世間の一般論すらよくわかっていない唐変木であることに気がついたのは、この頃だ。


幼少期からの、いきすぎた鍛練の副作用だと思い、かなり落ち込んだ記憶がある。


今では良い思い出···ではないが、あの生活があったから今の自分がいると思うことにしていた。


そうでなければ、やりきれない。




夕食で酒を飲み過ぎた。


自分の部屋までたどり着いたことまでは憶えているのだが···。


そう···俺は酒に特別強い訳ではない。


普通に飲んでいれば、泥酔することも、二日酔いもしない。ただ、速いペースで飲み、許容範囲を越えると意識が飛んだり、泥酔する。酒量はコントロールできなければ、ただの毒として体や精神に負担をかける。今はそれだ。


どうも場の雰囲気に流されて、飲み過ぎたようだ。仲間との酒宴が楽しすぎて浮かれていた。


そして···不覚をとってしまった。


誰かが俺の腹の上に、馬乗りになっているのだ。


周囲はともかく、密着している相手からは、悪意や邪気は感じられない。いたずらっぽく微笑むその顔を見て、酒で苦しんでいることも忘れて、つい相手の頬を撫でてしまった。


相手は目を細めて気持ち良さそうに笑った。


くすくすと笑う彼女の顔には、妖艶さとあどけなさという、正反対の表情が含まれていた。


少し紫がかった瞳が、吸い込むような光を放っている。


「あなたは何者なのですか?」


鈴の鳴るようなきれいな響きを持つ声は、直接頭に問いかけるような感じで浸透してくる。昼間の彼女とはまったく違う印象をまとい、不思議な感覚に陥るような感じさえする。


「···関西人だよ。」


おかしな状況と、彼女からの質問。急激に酔いが冷めていくのを感じた。


「カンサイジン···カンサイ人ですね?それは、どの地方のことをいうのですか?」


エージェント時代に、催眠術を操り、相手を自白させるスペシャリストがいた。これはその手法に似ている。


「···東の最果てにある地域のことだ。」


「そう···あなたはそこの出身なのですね。そこはどんな所ですか?」


現実と非現実の間にいるような陶酔。


これは精神干渉とか、魅了というやつなのではないのか?何となくそう感じて、利用してみようと感じた。酒には酔いやすいが、逆に覚めやすい体質が項を奏したと言えるのかもしれない。冷静でいられるのなら問題はない。魔法による施術なら、もともと効かないのだ。


「みんながヒョウ柄の服を着ている。」


「ヒョウ?ヒョウ柄ですか?」


少し驚いた表情に吹き出しそうになったが、このまま調子に乗らせてもらおう。


「そうだ。ヒョウ柄がトレンドだ。街には巨大なカニがうごめき、みんなが関西弁でのノリツッコミという伝統を重んじている。」


「カ···カニ?ノリツッコミ?」


「そうだ。」


「···あなたの本当の職業は?」


「関西人は、生まれながらにして芸人の血を引いている。」


「ごめんなさい、意味がわからないのですが。」


「芸人とは、技芸や芸能に優れた人物を言う。国特有の職業だ。」


「···あなたは、その···芸人なのですか?」


「プロではない。しかし、他の地域よりも笑いに厳しいから、何割かの人間は自然とセミプロの領域に達する。」


「···それは、職業ではないのでは?」


「かもしれない。気質の問題だ。」


「···何か、質問の意図がすり替えられているような気がするのですが···もしかして、私の精神干渉が通じていないのですか?」


「精神干渉···よくわからないが、君の温もりと、かわいさにメロメロなのは間違いない。」


「··························。」


「··························。」


クレアの顔が真っ赤だ。


「よく恥ずかしくもなく、そんな事を言えますね。」


「冷静に言われると、恥ずかしいからやめてくれ。」


「················ぷっ。」


クレアが吹き出した。


そう、彼女だ。


人畜無害な顔をして、ゴーレムに怯えていたが、どうもその演技に騙されていたらしい。


「やはり、噂は本当だったのですね。」


「噂って?」


「あなたには、魔法が一切通じないということです。」


笑顔のまま答えるクレアに、敵意はないと判断した。その表情には、まったくと言って良いほど悪意がない。もちろん、ソート·ジャッジメントも反応なしだ。


「それをわかっていて、罠を仕掛けたのかな?」


「はい。失礼かと思いましたが、あなたを試させてもらいました。」


昨日までとはまるで違った、落ち着いた口調にギャップを感じる。萌えるまではいかないが。


「ひょっとして、ゴーレムを出したのはクレアか?」


「はい。」


いや···にこやかに肯定されてもな。


「詳しい事情を説明してくれないかな?」


悪意がないからといって、味方かはわからない。手の込んだ罠を仕掛けた主犯が彼女だとしたら、目的をはっきりとさせておかなければ、このまま同行されるのは厄介かもしれない。


「その前に、私の事を話させてください。クレア·ベーブスと言う名は本名です。立場上は聖女と呼ばれています。」


「聖女?」


確か、慈愛に満ちた女性の事を指す言葉だ。宗教的には、神の恩寵を受けて奇跡を成したり、弱者救済の象徴とされている。


「はい。アトレイク教会では、50年周期で聖女認定がされます。神の恩寵を受けたと目される女性を対象として認定式が施行され、唯一選ばれた者だけが聖女としての洗礼を受けます。」


その聖女様が俺の腹に乗っかってるのだが···教会ぐるみで美人局とかないよな?


ああ、えちえちな行為はないぞ。


勘違いするなよ。


「クレア、ちゃんとイスに座って話さないか?この体勢は···落ち着かない。」


「私の温もりと交わるのは、お嫌ですか?」


いやいや、その前にいろいろと問題だろ。聖女様でしょうが。あと、交わるとか言わないでくれないかな。誤解しか生まないぞ。


「嫌じゃないけど、真面目に話を聞きたい。」


「う~、残念ですけど···わかりました。」


やめて、目をうるうるさせてそういう事をいうのは。俺も誤解しちゃうよ?









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