第1章 36話 vs 上位魔族④
「よし。今後の課題もわかったし、さっさとこの状況を終わらせようか。」
「えっ!?」
タイガはいたずらっ子のような表情をしている。
本当にこの人は···噂通りの人だな。
ミシェルはそう思った。
ギルド内では一時はナチュラル·ジゴロの2つ名で呼ばれていたが、最近ではその鈍感すぎる態度から、フラグ·クラッシャーと言う称号にランクアップしている。
一説によれば、今は協力なライバルが犇めいているので、互いに牽制をしあっている状態であると言う。
もし、タイガが爵位を授与されて一夫多妻が認められれば、求婚や交際を申込む女性の数は、両手では足りないくらい存在するだろうと予測をする者が多勢を占めていた。
これは、ギルドにおける元祖伊達男のアッシュが、恐妻家であることが周知の事実となったことも起因しているらしい。
男性スレイヤーからは、なぜそんなにルックスの良くないギルマス補佐が···と言う意見が多いらしいが、女性から見てタイガのルックスはそれほど悪いものではない。
東方の人種の特徴である艶やかな黒髪は神秘的で、良く言えば切れ長、悪く言えば細目がちな瞳も、笑うとかわいいと好評なのだ。加えて、ゴツい体格ばかりのスレイヤー男性の中では、長身痩躯はプロポーションが良く見える。
そして規格外の強さと、優しさを兼ね備え、人を笑わすノリツッコミが大好評なのだ。
「ミシェル?」
「あ····すいません。考え事をしていました。」
タイガの言葉がミシェルを現実に引き戻した。
「メテオライト·ドライブを空に向けて撃ってくれ。」
「えっ、空に向けて···ですか?」
「ああ。それで方がつくはずだ。」
何度となく空から攻撃を繰り返す魔族に、スレイドとセティは疲弊していた。
このままではどんどん圧されていくな···。
スレイドがそんな風に思っていると、背後から突然大きな魔力を感じた。
振り向くと、ミシェルが魔族のいる空に向けてメテオライト·ドライブを放っていた。
あれほど大きな魔法では、すぐに避けられてしまう。
そう思ったが、魔族はメテオライト·ドライブに脅威を感じたのか、慌てて地面に降下してきた。
スレイドは近くにいたセティにアイコンタクトを送り、身体能力強化の魔法をかけながら魔族に突進をした。
こちらに気づいた魔族が回避をしようとした所に、ケイガンの風撃が直撃する。
動きを止めた魔族にスレイドが一閃。
それに続いたセティが炎撃を入れ、さらに剣撃でトドメをさした。
魔族を討伐したスレイド達がミシェルの方を見ると、タイガに付き添われたミシェルは気恥ずかしそうに笑みを浮かべていた。
「メテオライト·ドライブをフェイントに使うなんてね。」
「あんな威力の高い魔法がフェイントって···ものすごい魔力の無駄遣いだな。」
「でも、おかげで助かったよな。」
3人は笑いあい、ミシェルとタイガの元に走って行ったのだった。
剣撃に加えて炎撃を放つが、厚い障壁に阻まれる。
上位魔族の剣術はかなりの腕前だった。体の周囲を覆った障壁も硬い。
アッシュの剣術のレベルは、タイガと遜色がない。
いや、柄の先端にあたる石突きや、剣撃の合間の足技などによる打撃を散りばめ、さらに魔法をフェイントに使う。この世界での実戦経験の豊富さは、タイガとは比較ができない。
対する上位魔族は、魔法による攻撃を使わずに魔力を障壁に集中させているようだ。有利となる空からの攻撃もしない。あくまでも剣での勝負を挑むつもりなのかもしれない。
剣と剣が衝突し、火花を散らす。
この魔族の身長は2メートル程度。剣の長さも1メートルに満たない。間合いはそれほど変わらず、剣での闘いはアッシュにとってハンデのない状況と言えた。
「わざわざ不利な状況で闘ってくれているのか?」
「不利?ああ、剣での闘いのことを言ってるのか?気にすることではない。貴様の実力を存分に引き出せる状況でなければ面白くはないからな。」
なめられていると言うのとは違う。
この上位魔族は闘いを楽しんでいる。特に剣での闘いが好みなのだろう。
少し前にタイガが戦ったウェルクという魔族が、似たような奴だったと聞いている。
俺と同じか。
魔族にもバトルジャンキーが存在すると思うことにした。
上位魔族は気づいていた。
他の魔族が全滅したことに。
遠巻きにこちらを見ているスレイヤー達は、目の前の男との戦闘には介入してこない。それは良い判断だと言える。もし多勢で来るのであれば、空中からの攻撃で時間をかけずに殲滅をしなければならない。
それは面白くない。
目の前の男は相当な強さだ。
やり方によってはもっと簡単に倒せるだろうが、剣での闘いだからこそ面白いと言える。
力も鋭さも剣の扱いもほぼ互角。
違うのは、自分が魔力を障壁に集中させているのに対し、相手は身体能力の強化に特化していること。
相手の剣が通っても自分には致命傷とはならないが、逆は違う。
上位魔族はそんなリスクの中で闘う相手に、称賛すら送りたいと思えるほどだった。
アッシュの集中力は極限にまで高まっている。
幾度となく剣を打ち合うが、わずかに圧されているのは自分の方だ。
体の周囲に展開している障壁は、あくまで魔族の邪気を絶ちきるものでしかない。防御にはそれほどの効果はないのだ。
一撃が急所に入っただけで絶命する。
そんな薄氷を歩くような闘い。
だが、その状況がアッシュの気持ちを静かに高揚させていた。彼にとっては、こういった闘いこそがおもしろいのだから。
何度剣を打ち合っただろうか。
柄を握る手が痺れ、魔力が枯渇しかかっている。
時間にして、わずか5分程度の攻防。
その短い時間に、アッシュは持てる限りの力を注ぎ込んでいた。
目の前の上位魔族に変化は見られない。
やはり、こちらよりも余裕があるのか?
そんなことを考えていると、急に魔族が長い間合いを取って、5メートル程の高さまで飛んだ。
背中の翼を羽ばたかせて静止する。
「人間よ、名前を聞いておこうか?」
「ほう···どういう心境からだ?」
「初めて人間との闘いを面白いと感じた。だが、この続きは次に持ち越そうと思う。」
「次だと····。」
気がつくと、他の魔族は全滅したようだ。タイガ達もこちらに向かっている。
「このままだと、今のような闘いを続けることは難しかろう。貴様も多くの犠牲者を出してまで、我との闘いを続けるのは本意ではないであろう?」
その通りだった。
上位魔族との闘いは互角のように見えて、全体としては圧されている。しかも、こちらに条件を合わせての闘いだ。
他のスレイヤー達に取り囲まれれば、この上位魔族がどのような手段に出るかはわからない。恐らくは上空からの攻撃、しかも魔法による無差別攻撃を行われる可能性が高いのだ。
「おまえはそれで良いのか?」
「我の目的はもともと貴様らの殲滅ではない。同胞を葬った原因を突き止めれば、あとは知ったことではない。」
「次と言うことは、また俺達の前に立ちはだかるんだろ?」
「そうだ。貴様とトリックスターと呼ばれる男を順番に相手してやろう。」
「アッシュ·フォン·ギルバート。この名前を忘れるな。」
アッシュは名乗った。
この上位魔族の戦士としてのプライドを信じたのだ。
「よかろう。我はグレイド。貴様こそ、この名を忘れるではないぞ。」
上位魔族はそう言うと、急激に高度を上げて去っていった。
俺とタイガを順番にか···同時に相手をするのは厳しいと思っているのか、もしくはただの余興か。
アッシュにしてみれば、命拾いをしたという意識はなかった。どちらかと言うと、不完全燃焼に近い。
ただ、ギルマスとしては、今回のレイドで大きな被害がなかったことについては喜ばしいことであった。
「みんな無事?」
逸早く駆けつけたパティが、アッシュに確認をする。
上位魔族が去った後、レイドに参加をしていたスレイヤー達は、アッシュの元に集結をしていた。
タイガ達に同行をしていたスレイドのパーティーを含めて総勢で36名。スレイヤーギルドの約5分の3の人数にあたる。
スレイヤーギルドの管轄地域は、魔族の占有地と隣接する南北400キロ近くに渡り、定期的な巡回だけでもかなりの人員を要する。当然、余裕があるわけでもなく、今回のレイドで犠牲者が出なかったことは不幸中の幸いと言えた。
「ああ、助かった。それにしても、予想外の速さでの到着だな。」
「タイガのアイデアで速く着いた。え~と···すとりっぷすとりっぷだっけ?」
「は?すとりっぷすとりっぷ?」
周囲にいたスレイヤーに、はてなマークが吹き荒れた。
パティよ···それでは、18禁だろうが。
近くまで来たタイガは、ツッコミたい気持ちを抑えて内心でそう思った。
「スリップストリームだ。」
「ああ、それそれーっ。」
頭痛がするぞ、パティ。
「それに興味はあるが、詳しい話はまた今度聞くよ。それよりも気づいたか?」
アッシュが真面目な顔で聞いてきた。そこら中から血が滲んでいる。
「ああ。これまでの魔族とは別物だな。」
「上位魔族と言っていた。普通の魔族が5体がかりでも倒せないらしい。」
「闘った感想は?」
「強いな。手段を選ばない奴なら、ここにいたスレイヤーは全員殺られていたかもしれん。」
「そうか···。」
タイガはやはり自分が複数の魔族を討伐したことにより、厄介な上位魔族を呼び寄せてしまったと感じていた。
「気にするなよ。」
「ん?」
「上位魔族が来ようと、追い払えば良い。」
「そんなに簡単な話か?」
「お前がキーマンだ。」
「は?」
アッシュはニヤッと笑いながら、タイガの肩を叩いた。
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