第1章 33話 vs 上位魔族①

魔族との戦闘は、村から約500メートル離れた地点で行った。


スレイヤー達の魔法障壁のおかげもあり、何らかの被害が村に出ることはなかったが、爆裂魔法のせいで北側の地域は半径200メートルに渡って木々が吹き飛び、更地へと変化をしていた。


村長と話をすると、魔族を倒したことに感謝をされ、更地となった場所についても、「畑にするから問題ない。」と言ってもらえたので助かった。


3組のパーティーに、魔族達の後処理と周辺の警戒を依頼した。


俺は水とタオルを借りて、どろどろになった体をきれいにする。衣服については土が乾いてからブラシを借りて汚れを払い落とし、濡れたタオルで拭くことにより、ある程度の汚れを落とすことができた。


モテるためには清潔感が大事だ。


まぁ、それだけでモテたら苦労はないが。


シスとテスが意外にも女子力を発揮して、俺の汚れ落としの作業を手伝ってくれた。


貴族の出なのに、苦労したんだなぁ。


そんなことを思い、つい抱き締めたりなんかした。


2人とも驚いてはいたが、顔と耳まで真っ赤にして恥じらう姿がかわいかった。


「それ、セクハラ!」


パティにそう言われ、背中を叩かれてむせてしまったが···ごめんなさい。


でも、拒否られなかったから、大丈夫だろう···たぶん。


スレイヤー達の中から、ミシェルを見つけて声をかけた。


「ミシェル。君の魔法が、魔族達との闘いの参考になったよ。ありがとう。」


そう言うと、ミシェルは最初は驚いていたが、すぐに嬉しそうな顔をして、「お役にたててうれしいです!これからもずっと添い遂げます!!」と意味のわからないことを言い出したので、スルーすることにした。


なんかコイツめんどくさい。


「ギルマス補佐。ギルドから連絡です。」


連絡用の水晶を持ってきているらしい。


あの魔法で相互連絡ができるスゴいやつだ。


携帯用のものは100キロ範囲内でしか使えないようだが、それでも非常に助かる便利グッズと言える。携帯電話代わりに俺も欲しいと思ったが、そもそも魔法が使えないから無意味なものとわかり、購入を断念していた。


「タイガか?そっちは片付いたようだな。」


アッシュからの連絡だった。


「大した被害は出なかった。もう少ししたら戻るつもりだ。」


「そうか···実は別の場所でも魔物が大量発生した。」


「またオークか?」


「いや、オーガだ。50体以上いるらしい。」


アッシュの話では、オーガが発生したのは俺が以前に魔族3体と遭遇した山間部。この世界に始めてきたあの場所だ。


各箇所の巡回を強化した結果、スレイヤーがオーガの集団を発見したのだ。


オーガを実際に見たことはないが、鬼のような容貌で、統率がとれた集団行動をする厄介な魔物らしい。


アッシュは魔族が4体も発生したこちらの状況を省みて、自分が対処をすると話していた。


彼は強い。


魔法も剣術も他のスレイヤーとは段違いの実力を持ち、冷静な判断力と経験も有する。以前に魔族と1人で闘い重傷を負ったとは聞いているが、それは何年も前の話のようだ。それからレベルアップもしているだろう。


気がかりなのは、複数の魔族と対峙した場合のサポートだ。


精霊魔法が使えるフェリや、冷静な状況判断のできるリルがいればまだ安心だが、あの2人は普段は学院に通っている。それ以外のスレイヤーとなると、俺が話そうとすると急にオドオドとして目を合わせてくれないのだから、どんな相手なのかを把握できていない。


俺が魔族に対して連戦連勝でいられるのは、単に魔法が効かないというイニシアチブが大きいからに他ならない。まともに闘った場合、ウェルクという魔族のように剣術に秀でた相手が複数いた場合は、かなりの厳しい闘いになることが予想できる。相手の虚をつく戦法で、いつも切り抜けられるとは考えない方がいいのだ。


チャンスは絶対に逃さない。


それは、エージェントとして生き残るために必要な鉄則と言えた。




アッシュのサポートに行こう。


そう決めた。


「別の場所でも魔物が大量に発生した。俺はそちらに向かう。」


パティ達に声をかけた。


「私達も行くよ。」


同じパーティーだから当然でしょといった感じで頷く4人が頼もしい。


「ギルマス補佐、我々のパーティーも同行させて下さい。今度は遅れは取りません。」


スレイドからも申し出があった。


アッシュに次ぐ実力と言われた魔法剣士と、威力の高い魔法を放つミシェルは戦力として魅力だと考えられる。


「わかった。ありがとう。」


地図を確認した。


目的地までは馬で4~5時間の距離だった。俺達はすぐに準備をして、残るスレイヤー達に後の事を指示して村を出発した。




アッシュは久しぶりのレイドに心が躍っていた。不謹慎とはわかってはいたが、バトルジャンキーの血は抑えられない。


タイガの存在は非常に大きい。


たった1人で複数体の魔族を倒しただけではない。国の大勢に影響する事件まで難なく解決に導き、気難しいことで有名な大公にまですぐに気に入られた。


おかげで、自分は執務室に拘束されて事務仕事に忙殺されるようになった。デスクワークが一番嫌いなのにだ。


だが、アッシュはそれで良いとも感じていた。


身近な人間が命を落とすことのない環境···平和なことが一番だと思う。強いて言えば、もっと模擬戦や巡回任務に参加をしたい。ただそれだけなのだ。


タイガに対しては嫉妬などを感じることもなく、良いライバルであると思っている。一緒に酒を飲んでいてもノリが良いので会話も弾む。


一度、「コミュニケーション能力がスゴいな。」と聞くと、「関西人だからだろう。」とよくわからないことを言っていた。「カンサイ」とは、たぶん出身の地域のことを言っているのだろうが、


生まれついてノリが良い?


コミュニケーション能力が高い?


そんな人間ばかりの地域って、どんなところなんだ?


ある意味で恐ろしい気がするが···。


そういえば、冗談を言った相手に「なんでやねん!」と言って胸を手の甲で叩く「ツッコミ」という名の慣習を歓迎会で披露していた。


それを見ていたスレイヤーの間で「なんでやねん!」が流行りだしたそうだが、初心者が力の加減を間違えて、3人くらいが胸骨を折られて治療院送りになったらしい···うん、やっぱり「カンサイ」は恐ろしいところなんだと思う。そんなところで生まれ育ったから、あいつはあんなに強いんだろう。納得だ。


あの「ツッコミ」も、タイガは相手に痛みを与えない絶妙な力加減でやっていた。女の子達に「私にもやってみて!」と言われて、合意の上で胸にタッチをするというラッキースケベシチュエーションまで自己演出していたくらいだ。


たぶん、「ツッコミ」にもスレイヤーと同じようなランクがあって、タイガはランクSかマスタークラスなんだろう。


····本当に恐るべしだな、カンサイジン···。


そんなこんなで、アッシュはタイガのことを気に入っていた。


あわよくば、タイガが身内になれば良いのにとも思っている。


あの男嫌いのフェリだけではなく、人とあまり深く関わろうとしないドライなリルも好意を寄せている。パティもそうだ。


本人は鈍いのか、まったく気がついてはいないが···そこが見ていて笑える。


あの中の誰かが、タイガと結婚をするかもしれない。爵位を授与されれば一夫多妻も可能になるので、もしかしたら全員と···。


女性ばかりに囲まれた生活で尻に敷かれまくるタイガを思い浮かべて、アッシュはニヤッと笑ったのだった。




アッシュは4組のパーティー(総勢22名)と馬を走らせて現地に急行した。


オーガ50体に対してのレイドとしては、決して多いとは言えない人員である。


タイガとオーク討伐に向かったスレイヤー達と、ギルドに残してきた予備人員で手がいっぱいの状態なのだ。


「どう攻めますか?」


同行しているランクAのステファニーが、アッシュに確認をしてきた。ウェーブのかかった水色の髪をしたキュートな女性だが、剣の腕前は凄まじい。スレイドと同等レベルと言っても良いだろう。


「オーガは大群で動くとしても、必ず小隊規模のリーダーがそれぞれの配下を統率しているはずた。50体いるなら、その内の4~5体が司令塔と考えるべきだろう。」


「では、司令塔を先に潰すべきと言うことですね?」


ステファニーは頭の回転が早い。


「そうだ。奴等は物理攻撃も魔法にも耐性が強い。遠隔と近接攻撃のコンビネーションで、撹乱をしながら致命傷を与える必要がある。司令塔を潰すのが優先だが、それにこだわりすぎると囲まれるぞ。」


「では、状況に応じて動きましょう。弱点は頭部ですか?」


「ああ。だが、魔法を撃つなら目、耳、口を狙え。他は皮膚が硬くて、大したダメージにはならない。」


「わかりました。混戦時の同士討ちには気をつけないといけませんね。」


そんな打ち合わせをしていると、監視で残っていたスレイヤー達が合流をしてきた。


「ギルマス!」


「お疲れ。動きは?」


「今のところはありません。数も報告のままです。」


巡回時にオーガを発見した彼等は、そのまま監視任務に入っていた。


この合流により、オーガ討伐のメンバーは合計で27名となる。


「1人あたり、2体を討伐って感じですか?ちょっときつめですね。」


オーガが相手なら、1体につきスレイヤーが2~3人で対応するのがセオリーだ。非常にタフなので、1対1で持久戦になるとかなり危険というのもあるが、小隊規模で行動をすることが多いので、数で負けると囲まれてしまうのだ。


「やはり援軍は難しいですか?」


「オークの殲滅地点からは、どんなに急いでも4~5時間はかかる。馬の疲労を考えると、それ以上縮めるのは無理だろう。それに···連戦を強いると、犠牲者を大量に出すかもしれん。」


タイガには状況に応じた指示出しをしてくれと伝えている。何時間も馬での移動を繰り返し、連戦を行うとなると疲労度は相当なものとなる。場合によっては、戦闘時にまともに動けない可能性もあるので、無理強いはできない。


「そうですね···でも、向こうは30人強でオーク500体と魔族4体を討伐したんですよね?こちらも負けていられませんね。」


「···そうだな。」


アッシュには言えなかった。


そのうちの半分以上···魔族に至っては、そのすべてをタイガ1人で倒したとは····士気に関わるし···。


打ち合わせを終えると、アッシュ達はオーガ達のいる地点へと向かった。


斜面を登り、一番上にある平地に近づいていく。


「この上に奴等が集結しています。」


地形的にまずいな···上から一斉攻撃に出られると、かなり不利な位置となる。


「回り込もう。この位置は···。」


そう言いかけた時に、オーガ達の雄叫びが轟き渡った。こちらに向かってくる行軍の足音が、地響きのように唸りをあげている。


「まずいっ!」


罠だったのだ。


スレイヤーが集結するのを待って、一網打尽にするつもりだったとしか思えない。


オーガにこんな計画的な待ち伏せを行える気長さなどあるはずがない。他の何者かが···おそらく、魔族が指揮をとってこの罠を仕掛けたのだ。


久しぶりのレイドに対して慎重さが足りなかったと、アッシュは自分の愚かさを責めた。


「奴等に構わずに斜面を駆け降りるんだ!下の平地まで行って体制を立て直すぞ!!」


アッシュ達は全力で斜面を駆け降りた。


斜面での闘いは、上にいるものが圧倒的に有利だ。


体重が余すことなく乗った攻撃ができる上に、視野も広く取れる。


このまま下の平地に向かったところで、別の何者かが待ち伏せをしている可能性は高いが、押し寄せてくる超重量級のオーガの大群に真っ向勝負をする訳にもいかなかった。


「魔族が出るかもしれん!前方への警戒は怠るなよっ!!」


「了解っ!」


足元に注意を払いながら、全力で駆ける。


間もなく平地にたどり着くが、今のところは別の気配は感じられなかった。


間断なく聞こえてくるオーガの雄叫びと、地響きのような行軍の足音。いつしか、スレイヤーの間に恐怖を植えつけていく。


「はぁはぁ···ヤバい···このままじゃ···。」


スレイヤーの1人が弱音を吐いた。このような負の感情は他の者にも伝染する。


「やる前から弱音を吐くなっ!状況に飲まれるな!!」


アッシュが伝染しかけた負の感情を、一喝して断ち切る。


ギルマスとして、国内最強のスレイヤーとして、この求心力はタイガにも真似ができないアッシュの強さそのものである。


「見えた!」


誰かがそう叫んだ通り、木々の切れ間から平地が見え隠れする。


そして、そこへと出た瞬間、常人の目では捉えることのできない斬撃が、一番前を走っていたスレイヤーへと襲いかかってきた。





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