第1章 19話 スレイヤーのお仕事①
翌日、朝からギルドに行き、討伐依頼が出ていないかを掲示板で確認した。
魔族や魔物の目撃情報が出ると、掲示板に捜査、もしくは討伐依頼が出る。
これの多くは、一般人から提供された情報が発信源となっている。
通常、スレイヤーは定期的な巡回を、パーティーを組んで行っている。そこで強力な魔物が発見された場合も、掲示板に依頼が出される。
巡回をしているパーティーで対応が可能な場合は、もちろんその場で討伐を行うのだが、身に余ると判断されるとギルドで討伐ランクが検討され、レイドとして依頼が出される仕組みだ。
因みに、アッシュ達と出会ったのは、この定期巡回中のことだった。
魔族に関しては、それぞれの個体が強力なため、ランクA以上のスレイヤーに指名が入ることがほとんどだ。複数体が一緒に行動をしている場合などは、ケースバイケースでレイドととして参加者を募ることもあるらしい。
魔物が発見される頻度は週に1回程度、魔族に関しては月に2~3回程度くらいらしい。
今は掲示されているものは何もない。
平和で何よりだ。
受付カウンターに行って、俺への指名任務がないかを確認する。
「お疲れ様です。ギルマス補佐への任務は、今の所はありません。ですが、昨日の事件により、基準の任務はこなされました。特別報酬も出ていますよ。」
スレイヤーは固定給制でもあるので、一定期間で所定の任務数をこなす必要がある。ランクに応じて規定があり、任務の難易度や数でポイント計算をされて査定がされる。
俺はマイク·ターナーの件で、今回の規定任務をクリアしたようだ。
口座を確認すると、3000万ゴールドが報酬として振り込まれていた。
こんな緩い感じでお金だけが貯まっていくが、それでいいのだろうか···。
ふとそんなことを考えていると、後ろから他のスレイヤーの話し声が聞こえてきた。
「昨日、ギルマス補佐がまた魔族を素手で殴り倒したらしいぞ。」
「マジか?本当に化物かよ。」
「普通はランクAが3人がかりでも命がけなのにな。」
「いくらなんでもチートすぎんだろ。」
深く考えるのはやめにした。
結局、ギルドでは何の仕事もなく暇をもて余してしまったので、ブランチを取るために自宅の1階にあるレストランに行くことにした。
依頼や任務がない場合は、鍛練や装備を整えたり、巡回に時間をあてるスレイヤーが多いのだが、俺には知人が少ないので、できる事が限られている。地理に疎いので1人で山に入ったりすると、ほぼ100%迷子になるだろうから巡回にも行けない。
ギルドを出る時に、あいつを見かけた。
そう、ラルフだ。
朝からすでに酔っていて、壁に向かって何やらブツブツと呟いている。
こいつ···あぶなくないか?
関わりあいにならないように無視してギルドを出ると、前から来た誰かとぶつかった。
「あっ!」
バランスを崩しかけた相手を抱き止めると、くりくりっとした大きな瞳をしたパティがいた。
「あ、タイガ。おはよ~。」
抱き止めたパティのプリケツを、どさくさにまぎれて触ってやろうかと思ったが、身長差がありすぎて断念した。
残念。
「おはよ。今日もかわいいな。」
眼を見開いて、真っ赤になっていくパティ。
「タ···タイガだけだよ、そんなこと言うの。」
「そうなのか?他の男は見る眼がないのか、恥ずかしがっているだけじゃないのか?」
「う···タイガは恥ずかしくないの?」
「なんで?自分の気持ちを素直に口に出してるだけだぞ。」
耳まで真っ赤にしたパティは、下を向いてしまった。
「パティはこのあと予定があるのか?」
「えっ!?予定?」
「うん。」
「それって···デー···。」
ん?
語尾が小さくて聞こえないぞ。
「一緒に巡回に行ってくれたら、助かるんだが?」
「へっ?巡回!?···あ···そうだね。うん、行く!」
元気なようでなによりだ。
「朝食は食べた?」
「うん、食べた。」
「そっか··俺はまだなんだ。巡回に行く前に、食べに行っても良いかな?」
「うん、良いよ。」
巡回に行く前にあまり時間を取るわけにもいかない。ギルドに戻り、カフェでサンドイッチを食べる。パティはショートケーキを頬張っている。
「巡回先には、何で移動をするんだ?」
以前はフェリの精霊魔法による馬車を利用したが、今日は学校に行っているから使えない。
「ギルド専用の馬がいるから、それを使う。」
そんなものがあるんだな。
「一番近い巡回先だと、どのくらいの時間がかかるんだ?」
「1時間半くらいかな。」
乗用馬は最速で時速36キロメートルくらいのスピードだ。地形や起伏も考慮すると、だいたい30キロメートル前後の距離ということか。
ギルドの受付で、巡回と馬の借用申請をした。
万一のことを考えて、任務や巡回に出る時はギルドに申請をすることが必須となっている。
行方不明になった場合に捜索をしたり、魔物や魔族出現の可能性に対処をするためだ。
「ギルマス補佐が巡回に出られるのであれば、他のパーティーと帯同していただけませんか?新人2人が巡回を希望しているのですが、実力的に不安がありますので。」
職員からの申し出があった。
ギルマス補佐としての仕事と考えるべきだろう。
「うん、良いよ。」
あっさりと引き受けた。
パティが少し不満そうな顔をして
「2人でデートだと思ったのに···。」
とつぶやいていたが、俺には聞こえていなかった。
職員が帯同するスレイヤーを連れてくると言うので、俺は装備を整えるために2階に上がった。ギルマス補佐特権で、施錠ができる専用のロッカーをもらったのだ。
買い揃えていた装備は、自宅から移動をさせてここに保管をしている。
鋼糸で補強されたベストと、黒のロングコート、ブーツを着用し、肩から革の鞘入れをたすき掛けに着ける。
武装は蒼龍を背中の鞘入れに納め、警棒2本とダガーは腰のベルトにケースごと吊るした。
所有している武器のフル装備だ。
色彩はほぼ黒で統一しているので、髪の色と含めて考えると、ちょっと重たい感じになる。
今度、何かワンポイントになる小物を買おう。
受付の方に戻ると、2人の若い女の子がパティと話をしていた。顔が良く似ているので、たぶん双子か姉妹だろう。
「お待たせ。」
声をかけると、パティがこっちをみて笑顔を見せた。
「あの時に買ったやつだね。」
「うん。パティに見立ててもらったやつだ。」
「似合う。」
「ありがとう。」
2人に視線を移すと、驚いた顔をしている。
「同行するタイガ·シオタだ。よろしく。」
「ギ···ギルマス補佐が、同行をしてくれるんですか!?」
髪をポニーテールにしている方が、恐る恐るといった感じで話しかけてくる。茶髪で少し気の強そうな顔つきをしている。
「そうだよ。嫌かな?」
「そ、そ、そんなことはありません!」
なんか怖がっていないか?
「ギルマス補佐様、初めまして。テス·フェルナンデスと申します。こちらは姉のシス·フェルナンデスです。緊張をしているので、言動がおかしいとお思いでしょうが、お許し下さい。」
隣のおかっぱ頭が、姉のシスに代わってあいさつをしてきた。こちらはしっかり者のようだが、なんとなく危険な香りがする。少し腹黒い感じだ。
「フェルナンデス家と言うと、子爵家の?」
「はい。貧乏貴族ですが···。」
「そっか。じゃあ行くか。」
貴族の家の事情に深く関わる気はないので、適当に話を終わらせた。
「················。」
テスはもっと話を広げろという眼をしている。こういうタイプは、かまって欲しいという困ったちゃんが多い。
そんな風に、無言で見つめられても知らんぞ。
厩舎で馬を借りて出発した。
馬術もエージェントとしてのたしなみだ。山岳地帯などでの任務では、車やバイクは使えないので重宝した。久しぶりだが、問題なく乗れる。
目的地までの道程がわからないので、パティが先頭に立つ。眺めも期待できるので、長時間でも飽きないだろう。何の眺めかって?わかるだろう?
それなりのスピードで馬を駆けさせ、30分後に1度目の休憩を入れた。他の3人もさすがに貴族の出身なので危なげなく馬を操っており、ここまでは何の問題もなく来れた。
パティに確認したところ、地面が乾いているために馬足が早く、すでに半分の距離まで来ているとのことだ。
「目的地は正面に見えてる山だよ。あそこの麓に村があるから、遅くなった場合は一泊できる。」
パティが言う山は、それなりの標高がありそうだが、天候が良いので巡回に不安はない。
「巡回はどのくらいの範囲を行っているんだ?」
「だいたい、4時間の道程かな。」
ギルドを出発したのが10時半頃。このペースなら、山の麓には遅くても正午前には到着をする。何もなければ、ギルドに戻れるのは早くて18時というところか。
「ギルマス補佐様、お水はいかがですか?」
テスが水筒を持ってきた。
「ありがとう。今は大丈夫だ。」
「···そうですか。」
なんとなく気落ちした表情を見せるので、こちらから話しかけてみる。
「呼び方が堅苦しいぞ。タイガで良い。」
「ですが、失礼にあたります。あなた様はスレイヤーギルドのナンバー2であり、国内でも稀有なランクSです。ファーストネームでお呼びするなど···。」
めんどくさいなぁ。
「俺の故郷には、慇懃無礼という言葉がある。」
「慇懃無礼?」
「気を悪くさせたら申し訳ないが、丁寧すぎる態度は相手を卑下しているいう意味だ。テスがそんな人ではないとは思うが、俺は貴族ではない。普通に接してもらった方がやりやすい。」
「そんな···。」
「品格がないとか、無礼だとか思われてもかまわない。だが、人とのコミュニケーションは、相手と腹を割って話すことから始まるものだ。」
「···················。」
なんか悔しいような、悲しいような表情をされてしまった。貴族の社交場になれ過ぎていると、こんな感じになるのか?
ふぅ、と息を吐く。
「悪い。俺の価値観を押しつけるのは、良いことじゃないな。」
そう言って頭を撫でた。
「!」
テスが眼を見開いて、フリーズする。
「ギ···ギルマス補佐様···何を···。」
「失礼なことをしている訳じゃないぞ。勝手な解釈かもしれんが、いろいろと大変な想いをしてきたであろうテスを労ってるつもりだ。俺といる時は肩の力を抜け。相手の腹を読もうとするな。完璧な自分を演じようともするな。以上。」
あ···なんか涙眼になってる。
「タイガ、そろそろ行くよ!」
あれ、パティも怒ったような顔をしているぞ。
またやってしまったのか?
再び馬を走らせる。
テスは涙目になっていたが、少し内面を変えてあげた方が良いと考えて言葉をかけた。
彼女はこれまで相手の内面を窺い、目上となる者には媚を売るような仕草をしてきた。
普段からそうしているのか、俺の言葉に対する反応が、いつもと勝手が違う人間を相手にしている、というような表情として現れていたように感じる。
エージェントの任務は、化かしあいという側面がある。
自然と相手の心理を読み、表情のわずかな変化を捉えて、状況を自分の都合の良い方向に軌道修正させる。
洞察力や状況判断力は、高いレベルのものが要求されるのだ。
テスの育った環境や置かれている状況はわからないが、おそらく彼女は位がそれほど高くない貴族の息女として、絶えず周囲に気を配り、四面楚歌のような状態の中で自分を演じてきたのだろう。自分がいじめられないように、本意ではないのにいじめっこ側につく心理に似ている。
姉のシスにも人に気を回しすぎる傾向があったが、外交的な性格なのか、まだ明るい表情は出せている。対して、テスの表情は、笑顔であっても仮面のような印象があるのだ。
指導とかフォローとか、ギルマス補佐も大変だな。と思いながらも、もう少し面倒を見てみようかと思っていた。
山の麓に到着した。
思っていたよりも早くに着いたが、帰りのことを考えて早速巡回を開始することにした。
3人とも無口だが、三者三様だ。
パティは拗ねている感じなので、問題はないだろう。街に戻ったら、スイーツでもおごって労うことにした。
シスはときどき俺とテスを見ながら困っている表情をし、テスに至っては表情が暗かった。
あまり構わずに、少し考える時間をあげた方が良いと判断した。
パティが先頭に立ち、巡回コースを歩いていく。
魔法で索敵をしながら進んでいるので、たまに立ち止まって周囲を伺っている。
索敵魔法は、設けた範囲内の魔力で気配を察知するものだ。動物がいた場合に、魔物ではないかどうかの確認が必要なのだ。
「本当にタイガは魔力がないんだね。索敵で反応しないや。」
パティがようやく話をしてくれた。
「特異体質だからな。」
パティは俺がどこから来たのかは知らない。
アッシュやリルとの取り決めで、これ以上は俺の正体を明かさないことにしている。
大人の事情と言うやつだ。
「ギルマ···タイガ様は、魔力がないのですか?」
シスもやっと口を開いてくれた。
「うん。だから魔法はまったく使えない。」
シスだけではなく、テスも心底驚いた顔をしている。
「それなのに、ギルマス補佐まで上り詰めたのですね···すごいです。」
「自分が持つことのできないことを、いくら嘆いても仕方がないからな。長所を最大限に伸ばすことに、労力を割いた方が生産的だろ?あと、様とかの敬称もいらないからな。」
後ろにいる2人に振り返って言うと、テスが驚愕の表情で、じっと俺を見ていた。オレが眼を合わすと伏せてしまったが。
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