第1章 18話 学校に行こう!④

テレジアは、上目づかいにチラチラとこちらを見ながら話し出した。


「ご存知かもしれませんが、ターナー教諭は私の元婚約者です。チェンバレン家は、貴族階級としては最高位。結婚相手は、家柄よりも個人の能力が重要視されるのがしきたりのようになっています。」


一息つきながら、じーっとこちらを見つめるテレジア。


「あの···タイガ様は、どうして命がけで私を助けてくれたのですか?」


「ん~、かわいいから?」


あ、しまった。


いつもの癖で、またテキトーなこと言ってしまった。


「かわいいから···。」


おお、テレジアがタコのように真っ赤だ。


「かわいいから···。」


ブツブツと何度も同じ言葉を復唱している。大丈夫か?


「···あ、すみません。」


遠い世界から戻ってきたようだ。


「続きを話してもらっても良いかな?」


「はい。」


テレジアが顔を真っ赤にしたまま話す内容はこうだった。


代々、チェンバレン家は派閥の拡大よりも、能力に富む者を家系に組み込むことが家の存続には不可欠だと考えてきた。


貴族としての最高権力を持つ立場では、勢力のある貴族と親族関係を築くことは、不祥事や王族からの不信を招くことにつながる。むしろ、一族に能力の高い者を取り込み、強い血族の輩出による繁栄を重視することが、最善であるとみなしてきた。


テレジアの婚約は出生時にすでに決められていたことであり、代々が武人として国の要職についているターナー家の血の強さを考えてのことだったと言う。


しかし、婚約者である三男マイクは、成長するにつれて非現実的な思想を抱くようになり、ターナー家の異端児と言われるようになった。武人の家に生まれながら武芸には興味を持たず、才能も開花しない。この世界では軽視されがちな薬学にのみ没頭する、いわゆるコミュ障となっていた。


そんなマイクを見限り、婚約を破棄させたのは、父親のデビット·ターナーだったと言う。


婚約が破棄されたのは5年前。


コミュ障のマイクとはそれほど親交がなかったテレジアは、魔導学院で教師と生徒として再会することになったが、会話を交わすこともほとんどなかったらしい。


「一度だけ、学院で話しかけられたことがありました。」


その時に、マイクは「君も僕の価値がわからないのかい?」という質問をしてきたという。


意図がわからずに返答ができなかったテレジアを見て、マイクは寂しそうに笑い、去っていったらしい。


「あの時のことを思うと、何かを思い詰めていたのかもしれません。」


大した親交があった訳ではないのだろうが、テレジアは元婚約者という立場上、ちょっとした罪悪感にとらわれている気がした。


人はほんの少しの関わりだけでも、情を芽生えさせる。情の強さに関しては、その人の優しさと比例するものでもあるのだが。


「テレジア、君は他人の痛みがわかる優しい心を持っているのだと思う。」


そういうと、驚いたように俺を見る。


「マイク·ターナーがなぜあんな風になったのかは今はわからない。でも、君が不安を感じた時、心細さを感じた時は、俺で良ければいつでも頼ってくれたらいい。」


テレジアはタイガの言葉を聞いた瞬間に、モヤモヤした何かが消え去っていく気がした。


「い···良いんですの!?」


勢いよくテーブルに両手をつき、前のめりになって顔を近づけてくる。


近い···。


かわいいから良いけど。


「タイガ様を、いつでも独占できるのですか!?」


独占って何?


「え···いや··独占と言うか、相談相手にならなるって意味だけど。」


「相談相手でも構いません!頼らせてください!!」


「はい。」


あれ···何か思ってたのと違う。


そんなこんなで、テレジアとの会話は終わり、応接室を出て教室まで送って行った。


途中、なぜかテレジアが腕を絡めてきたが、胸のあたる感触に抗えずに、そのまま堪能したのは言うまでもない。


大きかった。




「大学の研究室で捜索をすることになったけど、行くか?」


アッシュと合流をすると、そのまま大学に向かうことになった。


「大公のご息女と何の話をしていたんだ?」


「マイク·ターナーのことを話していた。思い詰めた顔をしていたのに、何もしてやれなかったと落ち込んでいたみたいだ。」


「ああ、元婚約者だったな。」


アッシュの反応はあっさりとしたものだったが、知人でなければこんなものだろう。




大学まではそれほどの距離はなかった。魔導学院の裏門を抜けてしばらく行くとキャンパスに入る。


「講師の立場でも個室があるのか?」


「マイク·ターナーは、薬学部の中でも新薬の研究員だったから、個室があるらしいぞ。それほど広くはないが、専用の研究室も併設してる。」


「ずいぶんと薬学に力を入れているんだな。」


「病状を検査するために必要な薬品に関しては、どこの大学でも力を入れているさ。魔法はそこまで万能じゃないからな。ケガと違って、回復魔法を使えば治るわけじゃない。」


「そうなのか?回復魔法は何にでも効くと思っていた。」


「ウィルス性の病気なんかだと、回復はできてもウィルスは残るからな。薬を使わないとすぐに再発する。」


なるほど。


納得。




マイク·ターナーの研究室に入った。


事件の内容を伝えた大学職員へは、ギルドマスターとその補佐の権限により、他の者の立ち入り禁止を命じている。


「ギルマス権限って、そんなに強いのか?」


「ああ。魔族や魔物、貴族が関わった事件は緊急避難措置としての権限が発動される。辺境伯レベルのものだと考えていい。」


「···そんな権限を俺にまで付与してるのか?」


「ん?なんでだ?お前なら変なことには使わないだろ?」


使わないけど···会ってからまだ数日なのに、良いのかよ。




研究室には様々な備品が置かれていた。


作業机には試験管などが雑多に並べられているが、特に目を引くものはない。


俺は個室に入り、デスクを調べる。マイク·ターナーの所持品にあった小さな鍵で引き出しを開けていく。


几帳面な性格が伺える。


二段目まではきっちりと仕切られ、きれいに小物が整理されていた。


一番下の引き出しを開けると、ファイルが並んでいたので一冊ずつ中身を確かめる。


あった。


魔族の血に関する資料。


さらっと見ただけでは、ただの研究資料に見えたが、マイク·ターナー自身が被験体となったレポートが中程から綴られている。


半ば日記のようなレポートだが、魔力や体力の増大幅や、採血した血の成分量などが時系列に記載されていた。


エージェントとして、医学の知識はそれなりにある。時には医師に扮して、任務を遂行することもあるからだ。


このレポートに記載された血の成分には、人が持っていないものが含まれていた。また、血液の半分以上を占める血漿成分の数値が異常なほど高く、出血の際に凝固させる作用や抗体量が、基準値の3倍はあった。


他にも同様の資料がないかを調べてみる。


引き出しの中に他に気になるものはなかったので、壁際にあるキャビネットの鍵を開けて同じように資料に目を通していく。


一冊のノートを見つけた。


縦に差し込まれたファイル類の奥に隠すように入れられている。


中身は簡単な日記だった。


マイク·ターナーが魔族の血の研究を開始したのは1年程前のようだ。


たまたま研究に使う植物を採取するために山に入り、重症を追って死にかけている魔族を見つけた。そこで血液を採取して持ち帰り、薬への流用のための研究に利用することを思い至ったようだ。


当初の目的は、難病治療のための薬品開発。


強靭な肉体と治癒力に優れた魔族の血を解明し、治療が困難な難病患者を寛解に導くためという志の高いものだ。


だが、自らが被験体となってから、日増しに精神的な異常が見られるようになり、憎しみが増大していく経緯が綴られていた。


···これが真相か。


マイク·ターナーの研究は禁忌のようなものだ。成功すれば多くの難病患者が助かったかもしれない。だが、不確定要素が高すぎる危険な研究でもあった。


結果として、マイク·ターナー1人の犠牲で済んだが、最悪の場合は魔族化した被験体が多くの死傷者を出していた可能性があった。


いたたまれない気持ちになりながら、同じように狂気じみた研究をした奴のせいで、自分がこの世界に飛ばされたことを思い出した。




証拠となる資料を押収した。


時間は既に18時近く。


あたりは薄暗い夕闇が迫っている。


「一度ギルドに戻って、今後のための協議をしておいた方がいいな。」


アッシュの言葉通り、慎重に構えなければならない証拠を手にしてしまった。


マイク·ターナーの研究は、悪用をしようと考えるなら生物兵器としての流用ができる。この世界にも、そんなヤバい薬に手を出そうとする奴はいるだろう。




他のメンバーと合流して、ギルドに戻ってきた。


ギルマスの執務室には、アッシュとリルと俺の3人だけがいる。


「衝撃的な内容ね。」


「ああ。これはあまり公開して良いものじゃない。生成方法については詳しくは書かれていないが、模倣する奴が出てくるかもしれん。」


珍しくアッシュが真面目なことを言っている。普段はちゃんとギルマスをやってるんだな。


「チェンバレン大公とターナー卿への報告についてはどうするんだ?」


マイク·ターナーが死去した件はすぐに伝わるだろう。


詳細報告が遅くなれば余計な推測を生み、王城内が荒れるかもしれない。


「その件なんだか···先ほど、大まかな内容が学院側からチェンバレン大公とターナー卿に伝えられたらしい。」


「どうやって?」


「水晶を媒介にして、相互通話ができる魔法があるのよ。」


水晶って、あの銀行のATMみたいなやつと同じ仕組みか。この世界でも、電話みたいなものがあるんだな。すごいぞ、異世界。


「国の要職についているターナー卿の嫡出子が、学院内で変死したんだ。学院側も秘匿するような真似はできないだろう。何せ、理事長は大公閣下だしな。」


「そうなのか?」


「チェンバレン大公は、人材教育こそ将来の国の繁栄につながると唱えている方よ。貴族や平民の区別なく、同等の教育が受けられる体制を作られたことでも有名だわ。」


コンコン!


ドアがノックされた。


ギルド職員が、伝言を伝えるためにやって来たのだ。


「先ほど、ターナー卿から連絡が入りました。チェンバレン大公とこちらに向かわれるそうです。到着は3日後の予定とのことで、ギルマス補佐との面談を希望されています。」


「·············。」


「ご指名だな。よし、今回のことはタイガに任せた。」


ばかやろう、おまえも参加だよ。














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