第1章 16話 学校に行こう!②
食事を終えてリル達との会話を楽しんでいると、フェリの級友らしき生徒が来て、俺を紹介して欲しいと言ってきた。
「ギルバート先生、フェリさん、そちらの方とお知り合いなんですの?」
いかにも貴族といった雰囲気を醸し出した、金髪碧眼のお嬢様だ。
後ろには取り巻きのように、2人の女生徒がいる。
「あ···テレジアさん。」
フェリは少し苦手なのか、固い口調でその女生徒の名前を呼ぶ。
「テレジアさんとおっしゃるのですね。私はタイガ·シオタ。ランクSスレイヤーで、ギルドマスター補佐を勤めることになりました。以後、お見知りおき下さい。」
席を立って、貴族風の自己紹介をする。
空気を呼んで、図書館で学んだ作法を使った。場所が場所だけに、さすがに片ひざをついたりはしなかったが、この女生徒は気品が高く、貴族としても上位の家柄だろうと推察されたからだ。
アッシュから知らされていなかったのか、ギルドマスター補佐という言葉に、リルとフェリも驚いた顔をしている。
「まぁ、ご丁寧な自己紹介痛み入りますわ。私はテレジア·チェンバレン。フェリさんとは級友であり、ライバルですの。」
自信ありげな言動だが、テレジアに他意はなさそうだ。
俺のスキル"ソート·ジャッジメント"に反応はない。
極度に腹黒い人間だったりすると何らかのアラートが鳴るのだが、おそらく彼女は家柄や育った環境で、物言いに高飛車なところが出るのだろう。
チェンバレン家と言えば、王族の末端で、父親は貴族の最高位である大公だ。フェリの反応も、それが原因かと感じられた。
図書館で得た予備知識がなければ、失礼な応対をしてしまってリルやフェリに恥をかかせていたかもしれない。
「異国の出身ですので、私の家名は呼びにくいかと思います。失礼でなければ、タイガとお呼び下さい。」
「わかりましたわ、タイガさん。さすがギルドマスター補佐を勤める方ですわね。その紳士的な応対は感銘を受けますわ。」
シオタという名はこちらの言語では発音がしにくい。下手をすると、ショタと呼ばれてしまう。それはこちらも避けたいのが本音だ。
「それにしても···私は社交辞令が苦手なのですが···テレジア様は気品に溢れていらっしゃる。本意から、その美しさに眼を奪われてしまいますよ。」
こんな感じにアゲとけば良いかなと思って適当なことを言ってみた。今後のことを考えると、国のトップにいる大公の息女に、好感を植えつけといて損はないだろ。
「まぁ···。」
テレジアは耳まで真っ赤に染め上げて、急にオロオロとしだした。
あれっ?
何かミスったか?
「きょ···今日のところは、初見のご挨拶だけで失礼します。ご機嫌よう。」
そそくさと去って行ってしまった。
リルとフェリからはジト目で見られている···。
「···なんか、言い方がまずかったかな?」
「···悪くはないわ。むしろ、そんな応対ができるなんてすごいわ。」
リルの言葉には、なぜかトゲがある。
「わざわざ社交辞令が苦手って言っちゃうから、誤解されたかも。テレジアさんって、いつもあんな感じだけど、家柄がすごいから本音を語るような男性とは免疫がないと思うよ。」
フェリが捕捉をしてくれるが、さっぱりわからない。
「えっ···つまり、どういうことかな?」
「要約すると、私は建前は申しませんが、あなたはとても美しいと感じていますって、真顔で語った感じね。その前にファーストネームで呼んで欲しいとも言ってるから、求愛に近い表現に感じられたかもしれないわ。」
えっ、マジか!?
貴族の応対って難しい···。
「でもテレジアさんらしいわ。彼女は家柄とか関係なく、強い人に興味を持つの。男女関係なくね。」
男女関係なく、というところをなぜか強調してフェリが言う。
「そうなのか?」
「魔法も剣もかなりの腕よ。ランクBクラスが相手なら、それほど苦労をせずに勝てると思うわ。」
リルも同調する。
「入学当初はお兄ちゃんにご執心だったけど、結婚したら興味がなくなったみたい。」
···それって、強い男が好きってことじゃないのか?どうでもいいが。
「彼女には家が決めた許嫁がいたんだけど、相手があまり強くないから婚約を破棄したって噂もあるの。」
フェリが周りを気にしながら、小声で話すのでそれにならう。
「大公の息女なのに、そんなことで婚約破棄とかありえるのか?」
貴族の息女は、家の繁栄のために婚姻を交わすというのが通例だ。
「大公家ともなると、権威を高める相手というのは家柄ではなく個人の能力が重視されるのかもしれないし、正直わからないわ。ギルバート家みたいに、自由恋愛推奨かもしれないし。」
確かにそうだ。
国王の次に権威を持つ大公家をさらに繁栄に導ける相手となると、王の直系か公爵家くらいになる。家柄ではなく、実務能力が高い人間の方が、将来的には大きなプラスになると考えてもおかしくないのかもしれない。
あれっ?
そうなると、自分にふさわしい結婚相手を探しているということなのか?
それに、ギルバート家は自由恋愛による結婚が推奨って···。
俺の中での貴族のイメージが少し変わった。
「!」
会話の途中に、先程と同じ悪意を感じた。
反応が強い方を見る。
白衣のひょろっとした男性。
眼があった瞬間に立ち去っていくが、視線はおぼろげなものに見えた。
やはり、悪意の中にわずかながら邪気を孕んでいる。悪意を感じられない者では、気づかない程度のものだが···。
「あの白衣の男性が誰か知っている?」
食堂を出て行こうとする男性のことについて聞いてみた。
「白衣?ああ、マイク·ターナー先生よ。系列の大学で薬学を教えている人で、この学院でも非常勤講師をしているわ。」
「薬学って、魔法にも関係するの?」
「魔法による精製術があるのよ。ポーションとかの作成に役立つわ。」
「ターナー先生って、確かテレジアさんの元婚約者って噂がある人よね。いつも寡黙な人だから、あまり目立たないけど···あの先生がどうかしたの?」
「いや、ちょっと白衣が珍しいなと思って···。」
確証はないので、とりあえず誤魔化した。
昼食後に再び図書館に戻った。
マイク·ターナーのことは気になったが、午後からも授業があるようなので、放課後に少し調べることにした。
パティは隣で刀についての本を見つけたらしく、興味深けに読んでいる。
俺は生活に関して書かれた本を開き、実生活での情報収集をすることにした。
地域ごとの産業や食材などについて調べ、普段の生活で困らない程度の知識を身につける。
元の世界との違いは、動植物の種類や、剣と魔法の使用についてが大きな相違点というだけで、それ以外に関しては支障が出るほどのものは特になかった。
アメリカや日本に住んでいる者が、アフリカの片田舎に移住をした時ほどのカルチャーショックはないという感じだ。
気になった本を手当たり次第に読み、必要なものは記憶するようにした。
自分が置かれた立場を考えれば、ギルドに関する知識も欲しかったのだが、組織の沿革が書かれた資料くらいしかない。アッシュや他の職員に聞きながら覚えていくしかなさそうだ。
時計(これも魔石で動いているらしい)を見ると、2時間が経過していた。すでに15時過ぎだ。
生徒達の授業は、あと30分と経たずに終了する。
『その前に学校を出るか。』
そう思い、パティを見ると、また寝ているようだ。
耳ばかりだと芸がない。
背筋を、すっと上から下まで指でなぞる。
「うっ···うわぁぁぁぁぁっ!」
背中も敏感なようだ。
指を口にあてて、声を抑えるように伝えた。
これってセクハラになりますか?
図書館を出ると、一段下がった位置にあるグラウンドを、上から見下ろすようにマイク·ターナーが立っているのが見えた。
悪意も微かな邪気も消えてはいない。
近くまで行ってグラウンドを見ると、フェリやテレジアが魔法の実践練習をしていた。
「あんた、魔族の血が体に混じってたりしないか?」
マイク·ターナーにそう話しかけた。
「···なぜ、貴様がそれを知っている。」
ゆっくりとこちらに顔を向けて、かすれた声でターナーは答えた。
ああ、やってしまった。
どうやら、俺は地雷を踏んでしまったようだ。
ホラー系の映画や小説なんかで良くある設定だ。
別の生命体の血や細胞を、何らかの形で体の中に取り入れて化物になるやつ。
薬学を学んでいて、微かな邪気を発する男。
魔族と人間の混血児として生まれたと考えるよりも現実的だった。
ターナー家は侯爵の位を持ち、騎士団長を何度も輩出した、代々が武人の家系だ。現在の騎士団長も、当主が務めていると図書館の本に載っていた。
そんな家系に魔族が混じっているとなると、王城や教会にいる聖属性魔法士が気づくはずだ。
「なぜそうなった?」
ターナーの眼には、狂気が宿っていた。邪気が増していく。
「············。」
互いに無言でにらみ合う。
「タイガっ!」
膨らんだターナーの殺気に反応したパティが、武器を抜く。
パティに気をとられた一瞬で、ターナーが跳躍。
数十メートル先のグラウンドに降り立ち、生徒達に向かって吠えた。
「グゥオアアアァァァァァーっ!」
突然の出来事に生徒達は呆気にとられ、ターナーを凝視している。
「タイガっ!まずいよ、あいつの魔力が増幅してる!!」
パティがそう叫ぶと同時に、俺は全力で走り出した。
生徒達とターナーの距離は、およそ30メートル。
すぐに魔法が発動され、100はあろうかという氷柱が空中に発生した。そのまま高速で生徒達の中心にいたテレジアを襲う。
教職員であるターナーから突然の魔法が発動され、生徒達は何が起こったのか理解ができていない。フェリやテレジアも含め、動けなかった。
その時、迫る氷柱と生徒達の間に割り込んだ黒い影。
正面から迫り来る氷柱を見て死を意識したテレジアは、自分の前に突如として現れた広い背中を見た。
「タイガさんっ!?」
両手に警棒を持ったタイガは、後ろの生徒達を守るように氷柱を叩き落とし始めた。
風撃無双!
凄まじいスピードで、警棒が衝撃波を出して氷柱を相殺していく。テレジアを狙っている分、攻撃が狭い範囲に集約されているので、対処がしやすい。
しかし、ここで役得然るべきと考えた俺は、テレジアにまっすぐに向かってくる氷柱のみを残して警棒を止めた。
風擊無双の限界という風に装って。
「タイガ、危ないっ!」
フェリが叫ぶ。
とっさに俺はテレジアの方を向き、その体を抱き締める。身を呈して守るため···という感じに見えるように。
「はぅ···。」
テレジアは息を吐き出しながら驚いた表情で俺を見るが、背中に氷柱をくらいながらも、命がけで自分を守るタイガに感動をおぼえた。
「タ···タイガさん!?」
氷柱の連撃がおさまると、俺はテレジアの顔を見て、
「大丈夫?」
と囁いた。
「は···はい。でもあなたが···。」
「大丈夫。頑丈だから。」
笑顔でウィンクして、ターナーの方を振り返った。
くぅ~、女の子の体って柔けぇ~。
それに良い香りがする。
モチベがアップした。
「貴様ぁ···許さんぞっ!」
ターナーが怒り狂っている。
テレジアにちょっかいを出したことが原因か?事故だよ事故。
「何に対して怒ってるのかは知らんが、不意打ちで生徒達を襲ったことを恥じるべきだろう。それとも、最初からただの外道か?」
額の血管がピクピクしているが、怒りと比例して邪気が増大している。
「ハッ!」
俺に気を取られていたターナーに、パティが後ろから踵を落とす。
脳天にまともに入った。
だが崩れない。
距離をおいたパティは、両手のダガーを構えた。
その時、ターナーの体に異変が生じた。
身体中の血管が浮き上がり、肌が青銅色に染まっていく。
「なっ···何これ!!」
「パティ、離れろ!」
俺が言うと、パティはターナーに眼を向けたまま後退する。
「フェリ、障壁は作れるか?」
「うん!大丈夫よ!!」
「みんなを守ってやってくれ。あと、先生はいますか?」
「は···はい!私です!!」
「スレイヤーギルドのタイガです。生徒のみんなに指示をお願いします。戦う必要はありません。防御と、負傷した人がいたら回復だけに専念してください。」
「わかりました!」
「タイガはどうするの?」
フェリが心配そうに聞いてくるが、あっさりと答えた。
「あいつを倒してくる。」
タイガは知らなかった。
後ろに控える生徒達と先生が、尊敬と敬愛の眼差しで自分を見ており、何名かの女生徒がこの黒髪の青年にときめいていたことを。
この日から、フェリの苦悩はさらに加速した。
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