第1章 15話 学校に行こう!①
ギルドマスターの執務室を訪れた。
執務机には、昨日よりはマシになったとはいえ、口をたらこのように腫らしたアッシュがいる。
「ぷっ!」
「笑うなよ。」
「少しマシになったみたいで何よりだ。ぷぷっ。」
昨夜の歓迎会で、アッシュの食べている料理に激辛スパイスを入れたのは俺だ。
まぁ、いろいろとやらかしてくれたので、軽い意趣返しのつもりでやったのだが···入れた激辛スパイスが強烈だったようで、火を吹くような反応のあとに、みるみる唇が腫れ上がったのだ。
「しかし、誰があんなことをしたんだ?」
「さあな。それより、要件を聞こうか?」
無理やり話をそらした。
まぁ、アッシュは天然だし、人が良いからすぐに忘れるだろう。
「リルが申請していた身元保証の件だけど、これを渡しておこうと思ってな。」
アッシュは唇を気にしながら、カードを渡してきた。
「これは?」
「いろいろと考えたんだが、おまえは信用できるし、実力も申し分ない。だから、ギルドマスター補佐になってもらおうと思っている。」
「え?」
「大した仕事があるわけじゃない。たまに式典や会議に出てもらうこともあるが、基本は任務があればそちらを優先してもらう。あとは俺が動けない時に、魔族や魔物に対する警戒巡回や、スレイヤー間のもめごとの仲裁をするくらいかな。」
「良いのか?ギルド内で反対する奴もいるだろ?」
ニヤッと笑ったアッシュが、嫌なことをカミングアウトした。
「大丈夫だ。すでにおまえは恐怖の対象だからな。反対しそうなやつらには、いろいろと吹き込んでおいた。」
それを聞いた瞬間、激辛スパイスの件で芽生えていた小さな罪悪感は、完全に消え去った。
アッシュ、おまえという奴は···。
ギルマスの執務室を出た。
階下のホールに下りると、リルが手を振っている。パティも一緒だ。
「おはようリル、パティ。昨日はありがとう。」
歓迎会のお礼を言った。
「おはようタイガ。昨日は楽しかったわ。」
「おはよ。昨日の試し斬りすごかった。」
笑顔で返してくれた。
2人ともタイプは違うが、本当に美人姉妹だ。
「げへへへ。2人とも俺のものにしてやる~。」
なんて言ったら、リルに昏睡させられるんだろうなぁ。言わんけど。
「アッシュから身分証はもらった?」
「うん。リルには感謝している。いつも、いろいろと配慮をしてくれてありがとう。」
「ふふっ、お礼ばかりね。やっぱり、タイガは変わってる。」
「そうかな?」
「貴族もスレイヤーの男性も、そんなふうにあどけない笑顔でありがとうって言う人はいないもの。」
「確かにタイガは変わってる。なんかあったかい感じ。」
姉妹揃ってそんな感じに誉められたらテレるぞ。
「かわいい、照れてる。」
「いや、からかわないでくれ。」
つい後頭部をかいてしまった。
こちらの世界に来てから、変な気負いがなくなっていたのは自覚している。
知らない間に、コミュ力がアップしているようだ。
リルは図書館に案内をしてくれるために、待っていてくれた。
学院に向かいながら、いろいろと話をする。
魔導学院の魔法学科特別講師も勤めているとのことで、今日は授業の打ち合わせがあるらしい。
「学院に着いたら私は職員室に行くけど、パティが案内をしてくれるわ。ランチは食堂が使えるから、一緒に食べましょう。」
「わかった。パティ、よろしくな。」
「うん。りょーかい。」
身分証を提示して、学院に入る手続きを済ませた。
首からかけるパスカードをもらい、職員に言われた通りにスレイヤー認定証であるネックレスを、見えるように服から出す。
リルと別れて図書館に向かった。
休み時間なのか、結構な数の生徒を見かける。
チラチラとこちらを見てくる生徒がいるが、視線は俺ではなく、パティの方を向いてる気がする。
学生もパティのプリプリなお尻に魅せられているのかと一瞬思ったが、女生徒も同じような反応だったので違うようだ。
「あれ···パティ先輩じゃない?。」
2人組の女生徒から、そんな声が聞こえてきた。
パティはそっちに向けて手を振っている。
「やっぱり、パティ先輩!お久しぶりです!!」
「久しぶり。」
かわいい笑顔で後輩の挨拶に答えている。
どうやら少し前に卒業をしたばかりのパティは、学院の人気者のようだ。
「そちらのかたは?」
「ん?···タイガ。私のパートナー。」
へっ?
パートナーって、何の?
いつの間に?
「えっ?スレイヤーの方ですか!?」
そう言って、俺の胸元にある認定証を見た。
「ね、ねぇ···あの色、ランクS!?」
「「「「「ランクSっ!?」」」」」
周辺にいた生徒たちが目を見開いて叫んだ。
「タイガはランクSだけど、アッシュよりも強い。そこ重要。」
俺がランクSであることに驚く一同に、パティがトドメのような言葉を放った。
「あのアッシュ様よりも強いって···。」
「マジか!?」
「もしかして、素手で魔族を瞬殺したっていう時の人!?」
周囲がざわついている。
時の人ってなんだよ。
瞬殺してねーし。
こら、パティはドヤ顔で頷いてるんじゃないっ!
カーン、カーン。
休憩時間終了のチャイム?が鳴った。
生徒達はこちらを見ながらも、校舎に戻っていった。好奇心の強い眼をしている気がする。
「!」
その時に一瞬だが、俺のスキル"ソート·ジャッジメント"が反応した。
悪意?
邪気とは違うが、それに近い印象をほんのわずかだが感じた。
悪意は人が持つ負の性質、邪気は魔族が持つ基本的な性質。
この数日間の経験でそのように振り分けた方が良いようだと思っていたが、先ほどのものは悪意の中に邪気が少し含まれている感覚だった。
単一の存在で、両方の性質を持つこともあるのか?
決めつけるのはまだ早い。
唯一のスキル"ザ·ワン"だ。
他に事例がない以上、明確なロジックは存在しないのだ。
「タイガ、どうかした?」
「いや、何でもない。図書館に行こう。」
パティを促してその場を去った。
休み時間終了のチャイムが鳴り、生徒達が席につく。
「さっきの人、ランクSだって。すごいよね?」
「パティさんがパートナーって言ってた。同じパーティーなのかな?」
何人かが、口々にそんなことを言っている。
タイガだ!
タイガが学校に来ているんだ!!
フェリは級友達から聞こえてくる言葉を聞き、
『早く授業が終わらないかな。』
と、始業のチャイムが鳴ったばかりなのに、考え出していた。
図書館は知識の宝庫だ。
この世界について、俺が知らないことを補填する資料が数多く揃っていた。
まず、世界地図を閲覧する。
この地域と、魔族の生息地を確認してみる。
元の世界とは、位置関係や地形が当然異なる。現在地は、例えるなら欧州の真ん中あたりと言えるだろうか。
全体図で言えば、ユーラシア大陸をもっと東西に広げ、別でアメリカ大陸を小さくしたようなものが2つある感じの地図。
極東と言われる部分は島国だが、日本よりも遥かに大きい国土を持っていた。
次に、世界と今いる国の歴史書関連に眼を通す。
戦争と技術革新が交互に繰り返されるのは、
どこの世界でも同じなのだなと辟易しながら、科学と魔法文化の違いに注目した。
魔法は生活にも密接している。
魔石を動力源に用いた照明や家事道具が普及し、銀行のATMの代わりを果たすシステムなど、その技術力は決して低くはない。
逆に兵器などは存在せず、魔法士が大きな火力として戦争の道具となっていた。
争い事があっても大量殺戮兵器という概念がないため、剣や魔法に頼る攻防が一般的なのである。
そういったバックボーンにより、諜報活動はエージェントの職務とは異なり、もっぱら政争のためのスパイ活動と、暗殺が主なものと言えた。
次に、魔法の基本書を開く。
そこでひとつの論理的解釈にたどり着いた。
無力な人類は、魔族や魔物という強力な敵に対抗する手段として、魔法を編み出したという記述があったのだ。
魔法は魔族が編み出したものではないのか?
最後の項まで眼を通しても、その疑問を解消することはできなかった。
だが、仮説を立てることは可能だ。
この世界の人間は、身体能力がそれほど高くない。そのために、力のある魔族や魔物と対等に戦える武器として、魔法が編み出され発展した。
元の世界に置き換えて考えてみる。
魔族も魔物もいない。
よって、対抗手段となる魔法も当然存在しない。生活の利便性と、対人兵器の機能追及で科学が究められ発展した。
どちらも必要に迫られて環境に適応し、それぞれの道を歩いたということだ。
それを基準に考えると、俺の身体能力が魔族並みなのは、重力のせいではなく、もともとの体力が魔族と拮抗しているというだけなのかもしれない。
いや···仮説は所詮、仮説。
考えても立証はできない。
今はこの辺にしておこう。
期限が定められたミッションと言う訳ではない。できることだけをやり、ゆっくりとでも情報が集まればそれでいい。
何せ、異世界の文字をすらすら読めるこの状況すら、なぜなのか理解ができていないのだから。
気がつくと正午前だった。
横ではパティが机に突っ伏して昼寝をしている。
耳にふーっと、息を吹きかけてみた。
ビクッと体を震えさせて起きるパティ。
「おはよう、パティ。」
「あ···おはよう···。」
耳が気になるのか、しきりに触っている。
反応がかわいい。
くせになりそうだ。
「リルと合流して、ランチに行こう。」
「うん。」
待ち合わせ場所である本館の入口に向かう。
「目当ての本はあった?」
リルはすでに来ていた。
「ごめん、待たせた?」
「いえ、大丈夫よ。」
「そっか。読みたい本が多すぎて、午後も入り浸る予定だよ。」
「読書が好きなの?」
「嫌いではないかな。」
そんな話をしながら、まだ眠そうなパティと3人で本館の奥にある食堂に行く。
名門校だけに生徒数も多く、食堂の広さもかなりのものだ。今は7割近くが塞がっている。
「教職員と来賓の席は向こうよ。」
ランチを頼んで、席まで運ぶ。
途中でパティが後輩達に声をかけられ、久しぶりなので同じ席で食べてくると言って離れていった。
「タイガ。」
名前を呼ばれたので振り向くと、ランチのトレイを持ったフェリがいた。
「フェリも今からか?」
「うん。御一緒させてもらうわ。」
食堂中から視線を感じる。
「あの背の高い人、リル先生やフェリさんとどういう関係なのかしら?」
「黒髪ってめずらしいね。」
「あの人だろ?ギルドの認定官を、まとめてフルボッコにしたの。」
そんな感じの声がいろんな方向から聞こえてくる。
と言うか、フルボッコって言ったのは誰だ?お前をボコるぞ。
「もう有名人ね。」
リルがおもしろそうに笑っている。
「ランクSって、そんなにすごいのかな?」
「そうね。大陸中を探しても10人といないわ。」
「ランクAでも、騎士団の小隊と対等に渡り合えるというのが共通認識なの。ランクSだと、大隊クラス並みの戦力と言われているわ。」
「マジか···。」
大隊って、人数で言えば300から1000人規模の戦力だ。それは注目をされてもおかしくないかもね。
「今度は1000人斬りにチャレンジしてみようかな。」
「「それはやめて。」」
冗談で言ったら、2人に本気で止められた。
なんかゴメン···。
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