第1章 11話 異世界生活の始まり④

「あとは任せてくれていい。」


そう言ってターニャの母親から借用書の控えを預かった。


本当は賃貸契約の後にと思っていたのだが、向こうが早々に事務所に来いと言うのならさっさと終わらせてしまおう。


親子にはものすごく感謝をされて、頭を下げ続けられたので少しお願いをしてみた。


「部屋を見せてもらっても良いですか?」


家具を揃えたいからだと伝えて鍵を借りた。


昼時なので2人に手間をかけさせないように、「勝手に見て、鍵だけ返しに来ます。」と言って、フェリ達と3階に上がった。


「結構広いね。」


何もない空間なのでよけいに広く感じるが、20畳ほどのLDKと8畳の個室があった。バスとトイレは別れている。


以前は学生が住んでいたと言うが、贅沢すぎないか?


「クローゼットがあるから、収納ダンスだけでいいわね。あとは···ベットとダイニングテーブルくらいは買わないとね。」


リルがそんなことを話してくるが、何か新婚さんみたいで楽しい。


「賃貸のお部屋って、こんな感じなんだぁ。」


興味津々でフェリがいろんなところを見ている。


「本棚も必要だな。」


「読書が好きなの?」


「うん。エッチなやつとか。」


「「···最低。」」


ハモって軽蔑された。


ジョークなのに···。


一通り部屋を見た後に、鍵を返して賃貸契約を明日に行う約束を取り付けた。




仕立て屋に向かう。


こちらもリルが知っているお店だった。


「タイガの体格なら、フォーマルウェアとか似合いそうだよね。」


「そうねぇ。細身だけど、手足も長いし肩幅もあるから、どれでも似合いそう。」


ここでの俺はほぼ着せ替え人形状態だった。


2人が楽しそうだから、まぁ良いか。


こちらの世界のフォーマルウェアは、派手な色が基調とされている。


タキシードなどのダーク系スーツは、執事などの従者が着る服装のようだ。


貴族が基準だから、そういうものなのだろう。


シックなものが好みだという主調が通り、光沢のある黒系にネイビーの装いがされたものと、白地に赤で装飾がされた2着をオーダーした。


「ちょっと地味だけど、シンプルで良いかな。」


いや、どこがシンプルなのっ?


派手じゃね!?


とツッコミたかったが、これがこちらのスタンダードなのだから、それに合わせよう。




次は家具屋と生活用品なのだが、フェリとリルは貴族だ。


何が言いたいかと言うと、一般的な家具屋がどこにあるのか知らないらしい。


貴族には御用達の業者がいて、「こう言ったものが欲しい。」という依頼を出すと、希望にそったものを買い付け、あるいは製作してくれるのが通例となっている。


「あまり高価な家具はいらないから、ギルドで聞いてみようか。」


俺の提案に2人がうなずく。


スレイヤーは、貴族よりも一般人出身が多い。


だいたい貴族は、騎士などになることが多いので、アッシュ達の方が特殊と言えるのだ。


魔族の脅威からの防衛を、辺境伯の子息が担っているのは、世界的に見てもあまり事例がないらしい。




ギルドに行くと、アッシュが声をかけてきた。


「よう。」


相変わらず、気さくな笑顔だ。


「よう。」


社交辞令で同じ挨拶をした。


周囲の者達は、ギルマスに対して無礼な挨拶をする俺を見て、ひそひそと話をしている。


「あれ···昨日のやつだよな?」


「今日はちゃんとした頭をしてるぞ。」


「ギルマスにタメ口とかすげぇ···。」


「イケメン」とか「カッコいい」って感想はないのか?


「今日は街の案内じゃなかったのか?」


「そうなんだけど、タイガの住むところが決まったから、家具を買いに行きたいと思って···誰か良いお店を知らないかな?」


なるほどというような表情をしたアッシュはカフェの方を見て、


「確か、カフェのウェイトレスの実家が、家具を製作販売してたのじゃないかな。聞いてみたらどうだ?」


という情報をくれた。


「そうなんだ。ありがとう、兄さん。」


リルもこの兄妹も、ギルバート家の人間は本当に面倒見が良い。


それなのに···なぜおまえはそうなんだ···と、昼間から待合スペースのソファでグロッキーなラルフをみつけてジト目で見た。


二日酔いだろう···そのまま永眠していいぞ。




フェリがウェイトレスに話を聞きに行ってくれている間に、アッシュが昨日の魔族のことについて話をしてきた。


「あの地域には調査メンバーを向かわせた。他にも魔族や魔物がいる可能性は低いかもしれないが、万一の時はまた力を貸してくれ。」


「ああ、かまわない。スレイヤーとしての任務ならいつでも言ってくれ。」


「助かる。ところで、タイガの歓迎会をやろうと思っているんだが、今夜は空いてるか?」


歓迎会か。


エージェントの世界では、そんなものはなかったな。


組織内でも個々の存在は必要最低限のメンバーにしか知らされていないし、対外的には歓迎されるような存在じゃないしな。


「うれしいけど、先約があるんだ。」


「先約?デートか?」


なぜかリルを見た。


「違うわ···実はね。」


リルは俺に話をしても良いか、目線で確認を入れてきた。今後のこともあるので、対応策を相談したいのだろう。貸金業者についての説明はリルに任せて、補足だけをすることにした。


しかし···なぜアッシュは、「デート」の言葉のあとにリルを見た?


ちょっと気になるぞ。


「そうか···そんなことがあったんだな。」


「今後も同じような被害が出るかもしれないわ。何か対策はできない?」


「そうだな。とりあえず、俺も今夜は一緒に行くよ。」


「え?なんでだ?」


「潰しに行くんだろ?その悪徳貸金業者。」


「違うわ!」


このバトルジャンキーめ。


暴れたいだけじゃないのか?


「違うのか···そうか残念だ。だが、やっぱり一緒に行こう。2人でいけば、精神的な圧力にはなるだろう。警備隊には調査依頼をすぐに出しておくから、悪事が立証され次第拘束させる。」


今度は真面目に答えてくれた。


こういったやり取りは、ちょっと疲れるからやめてくれ。




フェリが戻ってきた。


「家具屋さんの場所がわかったよ。」


アッシュと待ち合わせの時間を決めて、ギルドを出た。


家具や生活用品を購入した後に、3人でカフェに行った。


「2人ともありがとう。助かったよ。」


「ふふっ、私達も楽しかったわ。」


「うん。タイガといると退屈しないよ。」


違う世界の人間同士だが、会話の中に違和感もなく、なんとなく溶け込むことができているようだ。


「でもニーナの発言にはびっくりしたわ。普段はあんなことを言うキャラじゃないのに。よっぽどタイガのことを気に入ったのね。」


「ニーナさん、きれいだよね···。」


なんか勘違いをしているようだからフォローしておこう。


「ニーナは刀工として優れているし、誇りを持っているからね。自分が鍛えた刀が、誰にも使いこなしてもらえないとなると、作り手としての喜びが少なかったんじゃないかな。」


「「··················」」


ん?


なぜ二人とも黙る?


「刀を使いこなせるから、ニーナが喜んでると思ってるんだけど。どう思う?」


「タイガって唐変木なんじゃない?」


「そんな気がするわ。ほっときましょう。」


「うん···。」


ひそひそと話し込む2人。


俺···なんか変なこと言ったか?




アッシュと待ち合わせて、貸金業者の事務所に向かった。


「俺が話をするから、横にいてくれるだけで良い。」


余計なことをしないように釘をさしておく。


「わかってる。今日は金の返済だけして、おとなしく帰るんだろ?」


「ああ。」


アッシュが事務所に行くだけで、かなりの牽制になるはずだった。


国内最強のスレイヤーであるギルドマスター。


辺境伯の子息でもあり、その領土の第2都市を治める領主代行でもある。


昨夜の態度を見る限り、貸金業者は強者や権威のある者には、絶対に逆らわないタイプだろう。


だが、こういった男は、追い詰めすぎると精神的に許容範囲をこえてしまい、とんでもないことをしでかしたりする。


「あの家族に対して、貸金業者が恨みを残すような展開は避けたい。返すべき物は返して、フラットな関係にするんだ。」


そうすることで、貸金業者が断罪されても遺恨は違うところに行くだろう。


「···本当に優しいな、タイガは。」


アッシュはそうつぶやくが、そういう訳ではないのだ。


エージェントとして活動をしていると、任務を最優先して助けることができなかった者達が、かなりの数で存在した。


大きな脅威をもたらす敵を壊滅、もしくは牽制することで、より多くの命が助かったのだとは割り切れない。


特に、ソート·ジャッジメントというスキルで人の内面を見極めることができる俺は、この世界で人間としてやり直すべきだと思う。


ただの自己満足だったとしても···。




アッシュが名乗ると、貸金業者も巨漢くんも卒倒しそうになっていた。


「ターニャ達の代理で俺が借金の返済をする。これはその委任状だ。」


「·············。」


「何か問題はあるか?」


「·············。」


「···深呼吸をした方が良いぞ。人間は息をしないと死ぬ。」


「···は···はひぃ···。」


やはりアッシュの存在は刺激が強すぎたようだ。


呼吸困難に陥っている。


「ここに利子分も含めた金額を置く。不足がないか確認をしてくれ。」


無呼吸状態からなんとか抜け出した貸金業者は、震える手で金の確認をする。とは言っても、1000万ゴールドは白金貨1枚なので、それが本物かどうかを確認するだけで済む。


「た···確かに。」


「じゃあ、借用書の原本をくれ。」


「は···はい。」


借用書を確認する。


貸金業者の直筆で、完済を証明するサインが書かれていた。


「抵当権解除の書類は?」


「こ···これです!」


これでターニャ達を苦しめた借金は消え、自宅兼店舗の抵当権解除ができる。


抵当権は借金が返済できなかった時に、土地と建物が貸金業者のものになるという権利だが、解除のための書類があれば、役所でそれを抹消することができるのだ。


「何か言いたいことは?」


「ありませんっ!」


やるべきことはすべて滞りなく終わった。


元の世界と同じような書類や手続きだから、何も問題は残らないだろう。




「無事に終わったな。」


外に出るとアッシュがそう言った。


「さすがアッシュ·フォン·ギルバートは偉大だな。横にいてくれるだけで簡単に終わった。」


「そうか?俺には貸金業者がずっとおまえを恐れているように見えたぞ。」


「そんな訳はないだろ。」


「なんか納得いかん。」


そのまま帰路についた。




「お···おいっ!荷物をまとめて、この街を出るぞっ!!」


「わ、わかりました。すぐに準備を始めますっ!」


アッシュとタイガが帰った後、貸金業者はあたふたとしていた。


「あんな···魔物を素手で倒した上に···ギルドマスターを力でねじ伏せて、従者として扱うような男からは早く逃げるぞ!悪魔だ、あいつはっ!!」


貸金業者を恐怖のどん底に追いやったのは、アッシュではなかったようだ。




後日、領土内のとある街で、貸金業者は拘束された。


アッシュが警備隊に手を回し、悪行の数々が露呈したことにより、犯罪者として捕らえられたのだ。


貸金業者は、


「あの悪魔には、二度と会わせないでくれっ!」


と、何度も訴え続けたと言う。











  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る