第1章 10話 異世界生活の始まり③

ギルドから歩いて20分くらいのところに、その武器屋はあった。


街中なのに店舗だけではなく、工房や住居らしき建物もある広い敷地。ギルドと同じくらいの規模があるのかもしれない。


「ここの店主は鍛治職人としても有名なの。まぁ、私の幼なじみなんだけどね。」


リルの幼なじみか。


鍛治職人と言うと、むさいおっさんというイメージが先行するが、イケメンだったりはしないよな。


店内に入ると、ちゃんとした正装をした渋いおじさんがいた。


おっさんじゃなく、おじさんだ。


このニュアンスの違いをわかってくれ。


「おや、リル様じゃないですか。お久しぶりです。」


渋い声だ。


将来はこんなおじさんになりたい。


「こんにちは、ティーンさん。今日はお客様を連れてきたの。ニーナはいる?」


「それはありがとうございます。店主をすぐに呼んでまいりますので、お待ちください。」


ニーナ?


店主?


もしかして、女性なのかな。


そんなことを考えていると、


「リルじゃん。ひさしぶりだね。」


おぉっ!


すごいのきたぁ~。


170センチくらいの女豹をイメージするような女性。


スリムグラマーなお姉さんだぁ。


今更だけど、異世界のレベルは高い。


ニーナをガン見してると、後ろからの視線がなぜか痛い。


ああ、フェリさん。


やめて、瞳から軽蔑のビームを出さないで!


「それで、そこのタイガさんの武具を揃えたいってこと?」


リルが事情を説明すると、ニーナは値踏みをするような眼で俺を見てきた。足の爪先から首の辺りまでを観察している。


武器の適性を知るための視線だと感じた。骨格や筋肉の状態を見ているのだろう。


「手を見せてくれる?」


手のひらを上にして見せると、ニーナはおもむろに両手で触りだした。皮ふの固さや豆の具合を撫でるようにして確認し、何度か頷いている。


近い···。


胸の膨らみが上から見えてしまう。


あ···またフェリからの視線が···努力して目線を反らすようにした。


「あんた、極東の出身?」


入念な身体チェック?の後にようやくニーナが口を開いた。


質問への回答が難しい。


異世界から来た!とは言えない。


「そんなところかな。曖昧な返答で申し訳ないけど、事情があって詳しい出身地は説明しづらい。」


できるだけ失礼のないように答えた。


「ふ~ん、これって刀を振ったことのある手だよね。」


名の通った鍛治師だからかニーナは刀を知っていた。


それにしても、体や手を見ただけで刀を扱えることがわかるのがすごい。


「ニーナわかるの?」


リルが代わりに質問をしてくれた。


「まあね。刀は剣と違って扱いが難しいから。重心のかけ方とか筋肉のつきかた、手のひらの状態なんかで、ある程度は推察できるんだ。ただ、タイガの場合は、いろんな武器を使いこなすみたいだから、少し判断に時間がかかったけど···左手にある古い傷が決定打かな。」


素直にすごいと思った。


刀は外側に反っている。


帯剣する時は抜きやすいように刃を上に向けるので、扱いが未熟なうちは鞘に納める時に手に独特な傷を負うのだ。


ニーナは幼少の頃につけた俺の傷跡を見て確信したのだろう。


本当に信頼のできる鍛治師のようだ。


「それと、私の体をジロジロ見ずに視線を外してくれてたから、人間としても信用できるかなって。」


あぶねぇ···。


フェリよ、視線をくれてありがとう。


「私は信用できそうな人にしか武器は売らないようにしているんだ。うちから提供した武器で、嫌な事件とか起こされたくないから。」


本当に信用して良いようだ。


鍛治師としても、人間としても。


むしろ俺の方がヤバかった···。


「ニーナさん、刀は取り扱ってるのかな?」


俺の質問に、ニカッと笑ったニーナは、


「ニーナで良いよ。ちゃんと使いこなせるのなら、見せてあげる。」


そう答えたのだった。




売り場ではなく、保管庫に向かっていた。


「刀は鍛治師の腕を極限にまで高める打刃物なの。このあたりでは剣が主流だけど、最近は型にはめて作るだけの大量生産品になりさがってるわ。」


「鋳造か···もろい剣しかできないだろうな···。」


俺のつぶやきに、ニーナは眼を見開いた。


「詳しいね。もしかして、刀鍛治の経験があるとか?」


「さすがに刀鍛治の経験はないよ。あれは刀匠と言われるレベルに達するのに、最低でも5年はかかる。満足のいく鍛造ができるまででも、相当な努力が必要だろうし。」


「そうそう。鉄を鍛えに鍛えて、最高の強度にするまでが大変なんだ。タイガはわかってるよね!」


ニーナはおもちゃをもらった子供のような表情で、俺の背中をバシッと叩いた。


なんだろう···刀マニアか?


無意識にニーナの何かの扉を開いてしまった気がする。


「タイガのこと気に入っちゃった!とっておきのを見せてあげるよ。」


そう言って俺の手を取り、奥の方にズンズン進んで行った。


後ろではフェリとリルが目線を交わし、


「なぜこうなった!?」


と話していた。




保管庫の奥の壁に何本かの刀がかけてあった。


「扱いやすそうなのを選んで。」


まず、普通の刀を手にする。


軽い。


こちらの世界に来て身体能力が極端に上がってしまっていたので、扱うには少し重量がなさすぎる。


抜刀せずに壁に戻す。


目線を並んだ刀に戻し、一番端にあった刀を手にする。


他の刀よりも太くて長い。


太刀ではない。


陸場で主に使用される刀とは違い、馬上での使用が目的とされている太刀というのがある。名前から間違った認識をされやすいが、使用目的から片手でも扱いやすいように、実は刀よりも軽量なものとなる。


「大太刀か。」


ぴくんっと、ニーナが反応した。


顔にはうれしそうな笑顔を浮かぶ。


大太刀はその名のとおり長大な刀だ。主に野戦での使用のために作られた。


甲冑や馬ごと切り捨てるポテンシャルがあるので、斬馬刀や野太刀とも言われている。


刃渡りは90センチほどだから、長大と言っても俺の体格なら扱いやすい。


「これを試してみて良いかな?」


「うん!」




「それは蒼龍と名付けた大太刀よ。私の一番の自信作なの。」


外に出て試し斬りのために設けられたスペースに行く。


3人が距離を取ったのを確認して、柄に手をやる。大太刀は反りが深く、刃を下に向けて持つ。


抜刀。


陽を浴びて、刀身が仄かに青く光る。


なるほど、蒼龍か。


「キレイ···。」


フェリが思わずつぶやいた。


一般的な剣は刀身が鈍色だが、刀の部類は芸術品とされているほどに美しい輝きを放つ。


極限にまで研鑽されたそれは、切れ味において世界最高峰の能力を発揮する。


一度、刀身を鞘に納める。


鍔がカキィンと涼やかに響いた。


息を吸い、腹にためる。


ゆっくりと吐き出しながら、摺足で右半身に構え、腰を落とした。


抜刀。


風を裂くように、真一文字に大太刀を振るった。


青い線が稲光のように空気を両断する。


「「「!」」」


ゆっくりと鞘に納めて、ニーナを見る。


「すごいな、コレ。1000万で譲ってもらえないか?」


「いっ、1000万っ!?」


フェリもリルも耳を疑っている。


剣の価値は、高いものでも30万ゴールド程度。宝石などの装飾が施されたものだともっと値は張るが、それは武器ではなく宝飾品の部類になる。


刀の価値が高い理由は、作り手である刀工が鍛治や研磨の技術を極め、一般的な剣よりもはるかに複雑な工程で刀身を鍛え上げることにある。


作るのではなく鍛えると言われるのは、魂を擦り込むと同意義でもあるのだ。


刀身のバランス、扱いやすい重心、切れ味など、この大太刀も最高峰と言って良いレベルに仕上がっていた。


「安かったかな?」


そう言うと、ニーナは満面の笑みでこう返してきた。


「もぉ···本当に大好きだよ、タイガ!」


感極まって、スゴいことを言うニーナ。


そして、


「···え···ええー!?」


何かを勘違いしたフェリがいた。


「この大太刀の価値をわかっているし、使いこなすこともできる。タイガなら、ただで譲っても良いよ!」


「···いや、それは逆に困るんだが。」


テンションMAXのニーナをなだめるのに苦労した。


蒼龍は生半可な使い手が振っても、稲光のような青い線は出ないそうだ。


理想として思い描いていた太刀筋を見せた俺を、ニーナは剣士として惚れ込んだということだ。


残念ながら、異性としてではない···本当に残念だが···。


「刀の部類としては重量も長さもあるし、剣になれた人が振っても、あんな空気を裂くような音はしない。使いこなしてくれる人が実在するなんてうれしくって···。」


何か涙眼になってる···


でもほら、やっぱりって感じだろ?


そんなモテ期なんかに縁はないから···自分で言ってて悲しいが。


「私の方からお願いするよ。タイガに蒼龍を使ってほしい。」




何かと渋るニーナを説得し、最終的に支払った額は300万ゴールド。


個人的には、それでも安い買い物だと思う。


命を預ける武器は、ちょっとした能力差で持ち主の生死を分かつものだ。だからこそ、高い価値をつける事ができる。


「俺が適正な代金を支払うのは、ニーナの技術と心意気に高い価値をつけたからだ。ただで譲ってもらうことは、それを冒涜することだと思っている。くだらないこだわりかもしれないけどね。」  


最終的に、ニーナはその言葉で納得をしてくれた。


「ますます気に入ったよ。何ならつきあう?」


そんな冗談を言いながら。


その様子を見ながら、


「うう···ライバル増えたぁ···。」


フェリは一人で落ち込んでいた。




ニーナの店を出ると昼時になっていた。


大太刀は砥を入れてくれると言うので、今日はそのまま預けてきている。


他にも伸縮式警棒2本とダガーを購入し、そちらは携行していた。


「お腹空いてない?」


「そう言えば、もうお昼ね。ランチに行きましょうか。」


フェリは何やら考え事をしているようだったので、リルがそう答えてくれた。


「いろいろとお世話になってるからおごるよ。」


そう言って、ターニャの自宅に向かう。


「タイガさん、いらっしゃい。」


ターニャの母親が笑顔で歓迎をしてくれた。


店内はまだ閑散としている。


今は2組の客しか入っていないが、落ち着けばすぐに繁盛するだろう。


料理がおいしいからな。


「昨日はありがとうございました。」


弟くんもカウンターから出てきてお礼を言ってくる。


「ここの料理がおいしいから、知り合いを連れて来たんだ。今日のおすすめをお願いしても良いかな?」


「はい。腕によりをかけて作りますよ。」


弟くんは気合い十分だ。


「キレイな女の子達ねぇ。ターニャもうかうかしてられないわぁ。」


母親の方がそんなことを言うので、


「仕事仲間ですよ。」


と答えておいた。




「美味しい。」


「うん。こんな良いお店があったんだね。」


海老とマカロニのグラタンと、魚のトマト煮込みがテーブルに並んでいた。


リルもフェリも幸せそうに料理の感想を言っている。


こういう時間って何か良い。


エージェントをやっていた時には味わえなかった些細な幸せというやつだろうか。


食後のコーヒーを飲んでいると、奴が来た。


親子に緊張が走る。


貸金業者の金魚のフン。


巨漢くんだ。


「な···。」


俺を見て固まりやがった。


失礼な奴だ。


「何か用かな?」


ずっと固まった状態なので、声をかけてみた。


「あ···いや···その···。」


「んー?」


大丈夫か?


顔色が死人だぞ。


「しゃ···借金の返済をしたいから、連絡が欲しいって言付けがあったから来たんですよ。」


「ふ~ん、で?」


「しゃ··社長からの伝言です。今夜8時に、全額を事務所に持って来い···来て欲しいと。」


しゃ···しゃ···って歯の隙間から空気でも漏れてるのか?


それとも顎がしゃくれてるのか?


「わかった。それにしても汗がすごいな。病気か?」


「い···いえ···。」


巨漢くんはそう言うと、逃げるように去っていった。


「もしかして例の話?」


「うん。例の話。」


勘の鋭いリルは、今の会話で悟ったらしい。









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