第1章 8話 異世界生活の始まり①

「おめでとうございます!ランクSスレイヤーとしての認定完了です。


模擬戦の後、スレイヤーの登録手続きを完了させるために、ギルドの受付カウンターに戻った。


先ほどのギルド職員が祝いの言葉をかけてくれる。


「ありがとう。」


ギルド内全体からの視線を感じる。


模擬戦を観ていたのか、新しいランクSスレイヤーに興味津々なのかはわからないが、非常に居心地が悪い。


やめて、見ないで。


石を投げるぞ。


「それでは確認事項を説明させていただきます。今回、ランクSに認定をされましたので、支度金は1億ゴールドとなります。」


「へっ!?」


「えっ?」


登録時にランクごとの支度金一覧表を見せられたが、一番下のランクのものしか見ていなかった。


「「···········。」」


「···ランクSの支度金は1億ゴールドですよ。」


「あ···はい。」


予想外の金額で一瞬焦った。思わず敬語になる。


エージェントは月給制だ。


普通のサラリーマンよりは遥かに高い賃金だが、一時金で1億なんてもらうことはない。


「次にいきます。タイガさんはギルマスがヘッドハンティングをしてきたと言うことなので、特別契約金5000万ゴールドがさらに支給されます。」


「··················。」


「あの···大丈夫ですか?」


「···はい。気にせずに続けてください。」


宝くじに当たった人は、こんな気持ちなのかもしれないな···。


「加えまして、既に魔族を1体討伐されていますので、討伐報酬が支払われます。3億ゴールド追加です。」


「!」


···危ない。


思わず口から魂が出そうになってしまった。


「···あと、今月分の固定給が200万ゴールド支給されます。」


億のあとだと、200万が安く感じられるのはなぜだろう。


「合わせて、4億5200万ゴールドです。認定証であるネックレスの代金は差し引かれて支給されます。既に認定証と口座はリンク済みですので、すぐに現金を引き出すこともできます。ご用意しましょうか?」


衣食住のために必要だが、確か認定証で買い物もできたな。


「とりあえず、5万だけお願いします。」


「わかりました。それではご用意します。今後、討伐依頼を検索される場合については、掲示板をご覧ください。任務を受けられる場合は、通常はこちらの受付カウンターでの申込となります。」


ギルド職員は、何かご質問はございますか?と最後に付け加えてきたが首を振った。


「ではご希望された金額は、口座取扱い専用デスクでお受取りください。こちらが認定証の機能に関するマニュアルとなっておりますので、ご不明点があればお読みください。」


小冊子になったマニュアルをもらい手続きは完了した。




認定証代わりのネックレスに埋め込まれた魔石は、ランクごとに色が異なるようだ。


ランクSの魔石は琥珀色をしていた。


「その魔石は、光があたると黄金色に輝きます。最高等級であるランクSの象徴みたいなものなんですよ。このギルドで所持しているのは、ギルマスとタイガさんだけになります。お揃いですね。」


「·······················。」


いや····アッシュとお揃いと言われても、別に嬉しくないぞ。


ニコッと笑われても反応に困る。


礼を言って席を立った。


口座取扱い専用カウンターに向かう。お金をおろして、とりあえず住むところと服を確保したい。


ボサボサの頭と汚れた衣服を着て歩き回るのもいい加減嫌だしな。


異世界とは言え、エージェントとしての威厳は保ちたい。




口座取扱い専用カウンターの前に着いた。


有人の切符売り場みたいな造りだ。


正面のカウンターの上に50センチ×15センチくらいのスリットがあり、その上部のガラスには会話用の穴が開いている。そして、カウンターの端には、大きな水晶が置いてあった。


ちょうど、ここを利用する人がいたので、参考のために手続きのやり方を見せてもらった。水晶に認定証をかざすと魔法?により、中の人間に口座のデータが開示されるようだ。


「10万頼む」


利用者である男性が、担当者に金額を伝えて出金が行われた。


自動認証か。


魔法で構築された生活のためのシステムが何気にすごい。


俺はカウンターに近づき、水晶に認定証をかざした。


「5万ゴールドの出金ですね。こちらをどうぞ。」


無事にお金を引き出せた。


わからないことばかりでドキドキする。




さて、どこに行こうか。


と考えていると、フェリとリルが近くで待っていてくれた。


「タイガ、手続き終わったんだね。」


「うん。なんとか。」


「じゃあ、街を案内してあげる。」


フェリがかわいい笑顔で誘ってくれた。


助かるよ。


「フェリ、今日はもう遅いから、街の案内よりもタイガの生活のための準備を手伝ってあげましょう。」


リルが提案をしてくれる。


時間はもう夕方だ。確かにその方が助かる。


「あ、そっか。そうだね、ごめん。」


「いや、気づかってくれてありがとう。」


「タイガは泊まる所が必要よね。あと、服も買わなきゃ。」


リルが仕切ってくれた。


優しいフェリとしっかり者のリル。異世界に飛ばされたとは言え、この出会いには感謝をしなきゃな。


2人ともかわいいし。


「まずは服かな。フォーマルも今後必要かもしれないけど、とりあえずはカジュアルね。」


そう言って、ギルド近くのお店に連れて行ってくれた。


スレイヤーが着るような戦闘系のものはなく、若い人向けのセレクトショップのようだ。驚きなのは、イージーパンツやTシャツなどもあり、元の世界のアパレルショップと比べてもあまり違和感がない。


適当に服を見ていると、リルとフェリが数着の服を持ってきた。


「これ、似合うと思うから試着してみて。」


男性の服を選ぶのが好きな女の子は多い。ただし、好感を持っている相手の場合に限るが。


異性としてはともかく、2人には悪いようには思われていないようだ。


俺は2人が選んだ服を試着して、サイズの合う物はすべて買うことにした。


この世界のトレンドなんかはわからないので任せた方が良い。それに、せっかく選んでもらったので、自分の好みに囚われずに着てみようと思ったのだ。


俺が自分たちが選んだ服を買ったことで、2人ともうれしそうにしてくれていた。


認定証を提示して会計を済ませる。ギルドと同様に、カウンターに水晶があったので、同じようにかざすだけで済んだ。


インナーや靴を含めて合計12点の買い物。代金は4万ゴールドを少し上回るくらいだったので、やはり1ゴールド=1円換算くらいで良いのかもしれない。


価格価値が何となくわかれば、ボッタクリにあう心配も少なくなる。




「じゃあ、あとは泊まるホテルね。何か希望はある?」


「それなりの設備が揃ったホテルが良いかな。」


「じゃあ、こっちね。」


少し歩いて瀟洒な建物に行く。


「ここは必要な設備が全部そろっているし、部屋も静かでくつろげると思うわ。少し高いけど、ゆっくり休めた方が良いと思うから。」


リルは的確に物事を進め、最良の提案をしてくれる。フェリも社会勉強といった感じで興味津々だ。


「わかった。いろいろとありがとう。」


礼を言うと、「フェリ、街の案内は明日にしようか?」と、リルがフェリに確認をする。


「うん。タイガもそれで良いかな?」


「ああ、まかせるよ。」


そう言って2人と別れた。




ホテルのフロントに向かった。


若いフロントマンは、俺の姿を見て眉をピクピクさせていたが、「いらっしゃいませ。」と、普通に声をかけてくれた。


こんな格好でも門前払いをされることがなかったことを考えると、ちゃんとしたホテルなんだろう。


「こんな姿で申し訳ない。スレイヤーなんだが、今日泊まれるかな?」


認定証を提示しながら話す。


「それはランクSの!?は、はい!喜んで!!」


ランクSの威厳はすごいらしい。




部屋に案内をされて、室内に入る。


ダブルベットとソファー、執務机があるが、それでも余裕のある広さだった。家具も寝具も安物ではなく、これで一泊1万ゴールドなら満足度は高い。


さっそくシャワーを浴びて、汗と疲れを洗い流す。


髪を洗っていると、何ヵ所かの毛先がチリチリになっていた。爆発で焦げたのだろう。


気になったので、シャワーを出た後に購入をした服を着て外に出た。




ホテルの近くに美容室を見つけて入る。


毛先のカットと顔剃りをしてもらった。


こうしていると、異世界に来たという違和感はほとんど感じられない。エージェントとしての任務で海外に出向いた時と大差がないのだ。


「お客様の髪、キレイですね。」


茶色の髪をショートカットにした美容師が話しかけてきた。ボーイッシュな雰囲気をしているが、瞳が大きくキュートな感じだ。


胸が大きく、顔を剃ってもらっている時にたまに頭に触れるので、心地いい思いをさせてくれていた。


「そぉ?」


「はい。艶やかな黒髪って憧れます。神秘的で。」


「生まれ育った場所だとこんな髪質が普通だったから、気にしたことはないかな。」


「東の方の出身ですか?」


「うん。逆に無いものねだりで、そんな茶色の髪が羨ましいと感じたりもするよ。似合っているし。」


「えっ···そんなものですかね?」


髪をほめられてうれしいようだ。


はにかんでいる。


「そんなものだよ。」


笑顔で返答をしておいた。


胸のお礼だ。


美容室を出た後、繁華街らしき場所が見えたのでそちらに足を運んだ。


もう夕方と言うより夜だ。


長い1日だったが、ずっと何も食べていないことに気がついた。


腹へった。


異世界の食べ物って、何となく怖い気がするが、これからは日常的に摂取しないといけない。


服のように違和感のないものであることを祈りながら、飲食店を眺めて歩く。


ふと、ガラス張りのバルのような店舗に眼が吸い寄せられた。


見覚えのある2人が、立ち飲みをしながら会話をしているようだ。


なぜか、涙と鼻水を流しながら頷きあっている。


なんだ、どうした、ラルフ&元ランクS認定官。


この店はないな···。


中の2人に気づかれないように、店の前をそっと離れる。


しばらく行くと、肉の焼けるいい臭いがしてきた。


店先で串を打った肉が炭火で焼かれている。


何の肉だろうか?


とりあえず旨そうだから、候補としてキープ。


旨そうな臭いがしている店は多いが、何の食材を使っているのかがわからない。


店先のメニューを見ても、固有名詞の理解ができない。


躊躇っていても仕方がないが、初めての異世界メシでトラウマを作りたくはないので、慎重になってしまう。


そんなふうにキョロキョロしているうちに、袖を引っ張られた。


「お客さん、何をしているのですか?」


声の方を見ると、さっきの美容師だった。


「あれ?仕事終わったの?」


「はい。帰る途中です。」


ニコッと笑う笑顔が、とても素敵だ。


「接客スマイルよりも、今の笑顔の方がいいね。」


「え···違います?特に意識はしていないんですけど···。」


「俺の勝手な感想だから気にしなくていい。」


店にいる時の方が少し表情が固い気がするが、余計なお世話だろう。


「フフッ、お客さんおもしろいですね。何をしていたんですか?」


「お腹が空いたからご飯を食べたいと思って。美味しそうな店を探してるんだけど、お薦めはあるかな?」






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