第1章 7話 vs アッシュ·フォン·ギルバート

「模擬戦終了だ。」


アッシュの声が響くと、周りが歓声に包まれた。


何となく気がついていたが、ギャラリーが増えている。


暇なスレイヤーや、ギルド職員が観戦に来たようだ。


「あのボサボサ頭の奴すげーっ!」


「認定官って、めちゃくちゃ強くなかったか?俺は等級認定でフルボッコにされたんだぞっ!」


etc···


そうなのか?


この世界の強さの基準がイマイチよくわからん。


あ、そう言えば俺、爆発に巻き込まれた格好のままだったな。


ちょっと恥ずかしいぞ。


怪訝な表情をしていると、アッシュが声をかけてきた。


「おつかれ。思った通りやるなぁ。」


「···ラルフはいいとして、認定官達は現役を退いてから長いのか?」


「う~んと、1~2年くらい前までは現役だったはずだぞ。」


そうなのか?


はっきりと言って、手応えはなかったぞ。


「そんな難しい顔をするなって。次は俺とだから退屈はさせないぜ。」


親指を立てて、ニカッと笑うアッシュ。


まぁ、あまり期待せずに聞いておこう。


「あ、そうそう。今の模擬戦で、タイガのランクは暫定Aだから。俺に勝ったら、S当確だ。」


ちょっとやる気がでた。


単純だな俺も。


え~と、ランクAの支度金は、確か1000万ゴールドだったな。


認定証であるネックレスの価格価値から考えると、1000万円=1000万ゴールドくらいの換算で良いのかな?


服とか武具が買えるし、とりあえず衣食住は何とかなるか。


そんな計算を難しい顔でしていると、勘違いをされたのか、フェリが話しかけてきた。


「おつかれさま。やっぱりタイガは強いね。でも兄さんには気をつけて。さっきの人達が束になっても勝てないくらい強いから。タイガなら良い勝負ができるとは思うけど、ケガはしないでね。」


労いとアドバイスに、思わずフェリの頭に手をやって撫でてしまった。


「えっ?ふぁっ···。」


「ありがとう、フェリ。」


ニコッと笑うと、フェリはタコのように真っ赤になってしまった。


「お、おい。フェリちゃんがデレてるぞ!」


「他の奴があんなことをしたら死ぬぞっ!」


「シスコンのギルマスが何も言わない···いつもなら即治療院送りなのに···。」


ギャラリーから不穏な声が聞こえてきた。


そうなんだ···気をつけよう。




「さあ、始めようか。」


何も気にした雰囲気もなく、アッシュが模擬戦に誘ってきた。


模擬戦と言うルールの元で俺を葬るつもりじゃないだろうな。


頭を撫でるのはセクハラか?


いや、貴族だから不敬にあたるのか···。


何にしても、前の世界とは常識が違うようだから自重しなければ。


そんなことを考えながら、アッシュと対峙する。


彼は別人のように雰囲気が変わっていた。


ギャラリーは沈黙し、ひきつった顔の奴が絶賛増殖中。


これは最初から本気で行くべき相手かもしれない。


「さぁ、楽しい模擬戦の開幕だ。」


アッシュの口元には、えげつない笑みが浮かんでいた。


怖っ!


飄々としていたこれまでとは違い、重苦しい気を放つアッシュ。


国内最強スレイヤーの名は伊達じゃないようだ。


「最初に言っとくが、お前は強い。手加減なしで行くから、死ぬなよ。」


低い声音で話すアッシュ。


大丈夫だ。


死にたくないから、俺も本気でやる。


「行くぞ。」


アッシュがそう言った瞬間に、突然炎の壁が俺達2人の間に出現した。


魔法。


詠唱しているようには見えなかったが。


こちらからアッシュは見えないが、気配を読む。


来る!


炎の壁の数ヶ所が盛り上がり、直径2メートルほどの炎の玉が出現した。


高速でこちらに迫ってくる。


合計6つ。


魔法が効かないのを承知の上での発動か。


なら、考えられる攻撃パターンは···


俺は右から2つ目の炎の玉に突っ込んで、警棒を振るった。


ガッキィーン!


金属同士が衝突。


剣と警棒が弾きあい、火花を散らす。


炎撃を隠れ蓑に使った奇襲。


先ほどの俺の闘い方の応用だ。


俺は弾いた剣の側面、平たい部分に反対側の手に持った警棒を叩きつけた。


ガッ!


鈍い音が鳴る。


そのまま裏拳の要領で回転し、アッシュのこめかみ部分に警棒を振るう。


紙一重でかわすアッシュ。


そのまま間合いを取り、再び炎撃を開始した。


こいつ、戦闘センスの塊だな。


素直にアッシュの攻撃に感嘆する。


一度見ただけの攻撃を模倣するのは簡単なことではない。


タイミングが難しいのだ。


だが、俺も得意なんだよ。


人の物真似が。


足を踏み出し、腰の回転につなげて警棒を振るう。


風撃斬!


そしてその反動からの風撃無双!


アッシュの眼が驚きで見開かれた。




衝撃的だった。


フェリだけではない。


リルも、観戦しているギャラリーも、意識を取り戻した認定官達···ついでにおっさん顔のラルフも。


ここにいる全員が、次元の違う闘いに釘付けになっていた。


「何なの···アッシュは本気だし、それに互角に渡り合えるタイガも···。」


「眼で追うのがしんどいくらいのスピード···あれは!?」


一度打ち合った後に、再び炎撃を連弾で放つアッシュ。


それに対抗するタイガは、体全体を使ったフォームから、警棒をものすごい勢いで振り回し、風を圧縮した連撃を放つ。


出現した炎撃のすべてに風撃斬が命中し、魔法そのものを打ち消す。


そしてまだ止まらない!


警棒から生み出される風撃は、炎撃を消滅させてもなお発生し、アッシュを襲う。


「マジか···風撃無双をあんな警棒で···一度見ただけなのに···。」


認定官の1人が、ショックで呆けたような表情になっていた。




「嘘だろ···。」


一方、ラルフはかつて見たことがない本気のアッシュと、それに対等に渡り合うタイガに、鼻水を出しながら畏怖の念を抱いていた。


「無理だ···あんな奴等を相手になんかできない···。」


涙眼で頭を抱え込んだ。




襲い来る無数の風撃無双に、アッシュは剣で対抗していた。向かってくる風撃を、剣の斬撃で相殺する。


かつて、認定官との模擬戦で経験したことのある風撃無双。


しかし、タイガの警棒から放たれるそれは、見た目こそは酷似していたが、威力は段違いのものがあった。


『そもそも、剣とは違って太くて短い警棒で風撃を出せるなんて、どんだけチートなんだよ!』


剣は刃先が薄い分、キレのある斬撃を出しやすい。風撃斬は、その斬撃を突き詰めることで完成する。


それに比べて、太くて短い警棒は、斬撃などという概念とは無縁なものだ。とうてい模倣するなんてレベルではない。


先程までとは違い、アッシュにはすでに精神的な余裕がなかった。


一撃一撃に集中して捌かなければ、呑み込まれる。


そう感じた瞬間、アッシュは自分に迫る気配に気がついた。


風撃の対処に意識を反らせ、自らの気配をぼやけさせたタイガが間合いを詰めてくる。


風撃無双は、タイガにとって必勝の技ではない。


アッシュの誤算はここに露呈した。


『なっ!風撃無双が牽制だと!?』


アッシュはタイガへの攻略として、炎撃を利用した奇襲を慣行した。


魔法による身体能力の強化を最高値までかけた上でだ。


想定では、身体能力値は魔法による強化でほぼ互角。


体術を得意とするタイガへのイニシアチブとして、剣による斬撃で自分が優位に立つことを計算していた。


しかし、予想外の風撃無双とその威力。そして、戦闘中の対応力と、トリッキーな動きがアッシュの想定をこえていた。


ルールが定められたスポーツとしての試合であれば、アッシュはこのような劣勢には陷らなかっただろう。


タイガの忍の末裔としての練度と、エージェントの職務で培った経験値は対人戦、特に一対一の勝負で無類の強さを発揮するに至ったのだ。


間合いはすでにタイガの距離だった。


死角からの一撃。


アッシュの重心は逆方向にぶれており、カウンターや防御は体制的にも不可能。


見守るすべての者が、アッシュの敗北を感じた。


だが、


『悪いが、敗けねぇ!』


アッシュの最大の武器は、剣術でも炎撃でもない。


無詠唱魔法。


この世界の魔法は、詠唱をすることにより精神の集中と魔法式の形成をもたらす。無詠唱の魔法は、不安定で発動に至らないというのが定義である。


しかし、アッシュは自らが持つ先天的なセンスにより、無詠唱による魔法発動を実現した。


短時間で効果が消えてしまうデメリットは伴うが、詠唱時間がいらないことで瞬時に戦況を変えることができる。


近接戦においてはこれ以上のものはない。


『硬化魔法!』


無詠唱による防御魔法を発動し、体を一時的に硬化する。


警棒がアッシュの首に叩き込まれた。


ノーダメージ!


体制を切り替えたアッシュが、袈裟斬りに剣を振るう。


風を切り裂く唸りをあげて、タイガの首筋に一直線に剣が走った。


ゴキンッ!


斬撃がタイガに直撃する寸前で、甲高い音を立てて剣が折れた。


タイガの警棒が、またもやアッシュの剣の側面を叩いたのだ。


「···狙っていたのか!?」


唖然としたアッシュは思わず口走った。


最初の打ち合いの時。


風撃無双による数十回に渡る衝撃。


そして最後の一撃。


剣の側面は、刀背や刃部分に比べて薄い。やわではないが、耐久値を上回る衝撃を与えれば、折ることは理論上可能だ。


互角の闘いの中で狙ってできるようなものではない。


タイガにはそれを実現してもおかしくない奥深さがあった。


「まだ続けるか?体術なら俺の方が優勢だと思うが。」


タイガの言葉は的を得ている。


剣が折れた状態で、このまま模擬戦を続けてもアッシュの敗北は見えていた。


「ふっ···くくく。俺の敗けだ、完敗だよ。」


闘いにおける着地点と、それに対する攻撃の組み立て。


今から考えると、タイガに誘導されていたように思える。


常に一手先を読み、自分に勝機を呼び寄せる。やはり、この男は強い。


「タイガ·シオタ。ランクS確定だ。」


アッシュの一言で勝敗は決し、模擬戦=等級認定は終了した。


取り囲むギャラリーからは、盛大な歓声と拍手が起こる。


「兄さんが敗けるの、初めて見た。」


フェリは兄が敗けたにも関わらず、ある種の感銘を受けていた。


魔法の効かないタイガ。


その固定観念が、視野を狭めていた。直接の魔法攻撃は通用しなくても、視野を阻む壁には使える。体や武器に魔法を付与することで、間接的な攻撃や防御にも流用ができる。


魔法は万能ではないが、要は使い手しだいなのだ。兄の闘い方は、正にそのお手本だろう。


そして、タイガの闘いにおける状況判断や、緻密に計算された攻撃手順は、魔法士としても参考になることが多かった。


できることが制限されていても、その都度最大限の効果を発揮できる手法を選択し、最良の結果を導きだしていた。


魔法には創造性と工夫が不可欠なのだ。タイガの姿勢には、類いするものがあった。


「私ももっとがんばらなきゃ。」


2人に触発されたフェリは、今後の課題を頭の中でイメージするのだった。












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