鑑定勝負の向こう側で

 アーヴァインとカーディウスの鑑定勝負は白熱していた。

 勝負内容は、正午までにどちらが多くの品物を鑑定できるか。アーヴァインとカーディウスにはそれぞれ補佐が一名ずつ付き、鑑定品の数を集計する。

 二人とも、クリスタルモノクルを片手に鑑定をしていた。

 そんな二人を遠くで眺めるジュジュ。


「な、なんか燃えてる……アーヴァインは負けず嫌いっぽいけど、カーディウス公爵様も負けず嫌いだったのかな」


 と、のんびり構えていた。

 ジュジュは、三千点を超える盗品が並ぶ地下宝物庫で、一人歩く。

 いろいろな物があった。


「わ、なにこれ……変なツボ。こっちは銅像? えーっと……んん、こんな錆びついてるのに、あたしじゃ鑑定できないわー」


 汚いツボを鑑定してみたり、錆びついた銅像をモノクル越しに見ていた。

 鑑定の手伝いに来たのだが、アーヴァインとカーディウスがいれば問題ないだろう。

 ゼロワンはというと……備え付けのソファでぐったりしていた。

 そんなゼロワンを見て、ジュジュはクスっと笑う。


「さーて。あたしもお手伝い……お、なに?」

 そして、ジュジュは見つけた。

 盗品の中に埋もれる小さな棒のような物が、淡く発光していたのだ。


「……わぁ、キレイ」


 その棒を掴み、掲げる。

 棒にはいくつかの穴が空いており、先端部分が平たくなっている。

 モノクル越しに見ると。


◇◇◇◇◇◇

〇妖精の笛


妖精にしか聞こえない音が出る。

◇◇◇◇◇◇


 と、表示される。 

 オモチャかな? とジュジュは微笑む。

 だが……少しだけ気になった。

 妖精。ボナパルト家の遺物から生まれた、小さな妖精。

 

「…………まぁ、オモチャよね」


 ジュジュはハンカチを取り出し、先端部分を磨く。

 そして、笛に口を付け軽く吹いてみた。


「……あれ?」


 音が出ない。 

 空気の抜けるような音がするだけだ。

 もう一度、今度は強く吹くが……やはり音は出なかった。


「やっぱりオモチャ『うるっせぇぇぇ!! ああもう、聞こえてるっつーの!!』……え」


 と、ジュジュの眼前に、小さな妖精が現れた。

 小さな光が瞬いたと思ったら、妖精のロキが耳を押さえながら浮いていた。


『なんか用かよ? ってか、お前それ吹けんの? おっかしーな。契約者しか吹けないはずだけど』

「ろ、ロキ? あなた、どこに行ってたの?」

『遊んでたに決まってんじゃん。それよか何か用か?』

「え、えっと……ただ吹いただけ。ってか、音鳴らないよ、これ」

『妖精にしか聞こえない音だよ。それより、その笛の音聞くの、数百年?ぶり?……まぁとにかく久しぶりだなぁ。お前、ギルデロイの関係者か?』

「ぎ、ギルデロイ? 誰?」

『ま、いーや。お前、面白い奴だな。なぁなぁ、妖精の里に来ないか? 遊ぼうぜ』

「よ、妖精の里?」

『おう。あま~い蜜茶を飲ませてやるよ!』

「え、え、ちょ」


 ロキはふんわりとジュジュの周りを飛ぶ。

 すると、ジュジュの周りが淡く一瞬だけ光り───身体が浮き上がった。

 思わず目を閉じ、ゆっくり開けると……そこはもう、知らない場所だった。


「……うそ」


 花畑だった。

 崖の上なのか、花畑の先には大きな滝が流れ落ちている。さらに、花畑の先には小さな家がぽつんと建っていた。

 さらにさらに……花畑には、小さな妖精たちがたくさんいた。

 ロキは、ジュジュの眼前で一礼した。


『ようこそ、妖精の里へ』


 ◇◇◇◇◇◇

 

「…………」

『さ、こっち来いよ。王様に会わせるからさ!』

「え、ロ、ロキ……なに、ここ?」

『だから、妖精の里だって。ほらほら』


 頭がパンク寸前のジュジュ。

 王城の地下宝物庫から、妖精の里へ。

 ロキと一緒に向かったのは、小さな一軒家だ。

 赤い屋根の、小さな家。どことなく可愛らしいデザインだ。

 すると、ドアがゆっくり開く。


「人間がここを訪れるのは、二度めですね」


 ドアから出てきたのは、光り輝くような美青年だった。

 サラサラの銀髪ストレートヘア。整いすぎて人形かと思えるような精巧な顔。緑色の装飾が施されたローブを身に纏い、薄い笑みを浮かべている。

 美青年の耳は、長くとがっていた。


「初めまして。お嬢さん」

「…………」

『おい、挨拶!』

「あ、は、はじめ、まして……」

「ふふ。混乱しているようですね。大丈夫、ギルデロイの子孫ですね? まずはお茶にしましょうか」

「ギルデロイ……?」

「そうですね……初代アーレント国王、といえばわかりますか?」

「え」


 初代アーレント国王。

 カーディウス曰く、妖精の目の持ち主。


「すぐにわかりました。血は薄いですが、あなたはギルデロイの子孫。そうですか……あの子がここに来て、お別れをしてからもう何百年も経過してるのですね」

「あの……あなたは?」


 美青年は、優しい笑みを浮かべたまま一礼する。


「私はアルフェリオス。妖精の王といえばわかりやすいですかね」

「妖精の、王……」

「ギルデロイの子孫、名を聞かせていただいても?」

「あ、はい。ジュジュです」

「ジュジュ。では、お茶にしましょうか。この花畑の蜜から作る蜜茶は絶品ですよ」


 アルフェリオスに誘われ、ジュジュは家の中へ。

 家の中は、とても質素だった。

 どこにでもありそうなテーブル、椅子、キッチン、ベッドしかない。

 椅子に座ると、ロキが蜜茶を淹れてくれた。


「ロキを起こしてくれて、感謝します」

「い、いえ」

「ロキ……人間界で眠るなとあれほど言ったのに」

『えへへ。眠くなっちゃってさ』


 ロキは頭を掻き、逃げるように窓から飛んでいった。

 ジュジュは蜜茶を飲む……とても甘く、飲みやすい。


「わぁ、美味しい」

「それはよかった」


 アルフェリオスの笑みは温かい。だが、どこか儚く見える。

 ジュジュは、思い切って聞いてみた。


「あの、あたしの眼って、妖精の眼なんですか?」

「ええ。間違いありません。あなたは、ギルデロイと同じ血が流れている」

「…………なんで。あたし、捨て子で」

「人間の事情はわかりません。ですが、断言します」


 妖精の王のお墨付き。

 ジュジュは、初代アーレント国王と同じ血が流れている。つまり……アーレント王族。

 どういう理由で捨てられたのかは知らない。だが、現国王の娘である可能性が高い。


「そっか……あたし、王族なんだ」

「少し、よろしいですか?」

「え?……っ!!」


 顔を上げると、アルフェリオスの顔が間近にあった。

 アルフェリオスは、ジュジュの眼を覗き込んでいる。


「ふむ。人間の血が濃く混ざっていますね……少し、失礼します」

「あわわっ!?」


 アルフェリオスがジュジュの額に触れた瞬間、ジュジュの眼が熱くなった。

 じわりと涙があふれてくる。


「妖精の力を完全になじませました。少しは見やすくなったかと」

「えっと……」

「まぁ、帰ればわかりますよ。ふふ、久しぶりに楽しい時間を過ごせました。ジュジュ、また遊びに来てください。あなたなら歓迎しますよ」

「は、はい。あの……」

「ギルデロイは、私にとって息子のような存在です。その子孫であるあなたは孫のような存在……ジュジュ、あなたに妖精の加護があらんことを」

「あ……」


 アルフェリオスは、ジュジュの頬に触れ笑みを浮かべた。

 そして、ジュジュの身体がふわりと浮かび上がり……気が付くと、地下宝物庫に戻っていた。

 手には、妖精の笛がある。


「…………夢?」


 頬には、アルフェリオスの触れたぬくもりが残っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る