ゼロワンの依頼

「婚約者っていますか?」

「…………」


 ある日。

 アーヴァインとジュジュは、公爵邸で鑑定の訓練をしていた。

 何気ないジュジュの質問に、アーヴァインは硬直する。


「……どういう意図があっての質問だ?」

「えっと、先日、バネッサ令嬢がうちに来て「わたくし、アーヴァイン様の婚約者となりましたの! おーっほっほっほ!」って」

「…………」


 アーヴァインは頭を抱えた。

 そして、大きなため息を吐く。


「デマだ」

「え、そうなの? でも、あんなに自信たっぷりに」

「で、ま、だ!」

「う、うん……わかった」


 どうやら、今は深く聞かない方がよさそうだ。

 そんな時。

 鑑定の訓練を再開すると、ゼロワンがやってきた。


「アーヴァイン兄ぃ! ジュジュ! 手ぇ貸してくれ!」

「「…………」」


 いきなりのことで、アーヴァインとジュジュは固まる。

 ジュジュは、手に持っていた高価な装飾が施された置時計を、そっとテーブルに置く。そして、スカートの裾をつまみ、挨拶した。


「ごきげんよう。ゼロワン「挨拶なんてどーでもいいって!」……」

「全く騒々しい……ゼロワン、ちゃんと説明しろ」


 アーヴァインとしては、ジュジュとの時間を邪魔されてイライラしていた。

 いつの間にか、ジュジュに勉強を教えるのがアーヴァインの楽しみとなっていたのだ。好意なのか、義務なのか、そのあたりはアーヴァインにも曖昧だが、楽しい時間に変わりない。

 ゼロワンは、ジュジュに近づいて手をガシッと掴む。


「頼む。ジュジュ、お前の協力が必要だ!」

「え、あの」

「おいゼロワン……その手を放せ」


 逆立った赤い髪、ぱっちりした燃えるような目、まだ幼いが整った顔立ちがジュジュに迫る。

 アーヴァインはゼロワンを引き離し、ジュジュを背中に隠した。

 そして、椅子を引き、ゼロワンを無理やり座らせる。


「話があるなら聞いてやる。とりあえず、茶でも飲んで落ち着け」

「お、おお。悪い、アーヴァイン兄ぃ……」


 メイドを呼び、お茶の支度をさせる。

 驚いたことに、ゼロワンは護衛の騎士を連れていなかった。


「実はさ、王城にある古代の遺物が盗まれたんだ」

「何ぃ……?」

「あ、犯人は捕まえたよ。どうやら、王城で働いてる兵士の一人が賊に買収されてさ、城に手引きしたみたいなんだ。兵士はたぶん処刑、賊も同様の処分が下ると思う」


 処刑。

 ジュジュは、ぞくりと身を震わせる。

 だが、アーヴァインとゼロワンは気付いていない。話は進む。


「問題はそのあと。賊のアジトに遺物を回収に行ったんだけど……あるわあるわ、大量の盗品が。んで、オレを含めた王城の鑑定士で遺物を探そうと鑑定してるんだけど、見つからなくてよ」

「つまり……あたしに、盗品の中から遺物を見つけてほしいの?」

「そういうこと。あ。もちろん礼はする。妖精の眼のことも言わないし、手伝いに来た鑑定士がたまたま見つけたってことにするから」

「んー、あたしはいいけど……」


 ジュジュは、アーヴァインをチラッと見る。

 アーヴァインは小さくため息を吐き、言う。


「立場上、拒否もできます。というか、その案件なら俺に協力を求めるよう指示が下るのも時間の問題だ。この馬鹿が先行して俺に手伝いを求めたってことにすればいい」

「さっすがアーヴァイン兄ぃ! あ、カーディウスにも声掛けよっと! じゃ、準備できたら王城に来てくれ! じゃーなっ!」

「あ、ちょ、今!?」


 ジュジュが引き留める間もなく、ゼロワンは出て行った。

 アーヴァインは執事を呼び、ゼロワンに騎士を付けるよう言っていた。


「全く、嵐のような奴だ」

「あはは。でも、面白い子だよね」

「…………」

「ん、どうしたの?」

「いや、お前……ああいう奴がタイプなのか?」

「へ?」

「……なんでもない」


 二人は、さっそく王城へ向かった。


 ◇◇◇◇◇◇


 王城には、カーディウスがいた。

 まるで待ち構えていたかのように、門の前で待っていたのだ。

 馬車から降りたジュジュとカーディウスを出迎えたカーディウスは、ジュジュの手を取る。


「お久しぶりです。ジュジュさん」

「えっと、お久しぶりってほどでもないような……あ! ごきげんよう、公爵様」

「あはは。堅苦しいのはナシで。いいですか?」


 カーディウスは、片目を閉じ、人差し指を唇に当てる。

 ジュジュは、何気ない仕草に頬を染め……二人の間にアーヴァインが割り込んだ。


「おっと。あなたもいましたね」

「ああ。最初からな」


 バチバチと、見えない電撃が流れていた。

 この二人、仲良しじゃなかったっけ?……ジュジュはそんなことを想う。

 そして、騎士の案内で王城地下の宝物庫へ。

 宝物庫の扉が開くと、中には大勢の鑑定士が盗品を鑑定していた。

 だが……アーヴァインとカーディウスの登場に鑑定を中断。全員が跪く。


「鑑定を続けろ」


 アーヴァインがそう言うと、鑑定士たちは鑑定をつづける。

 カーディウスは、ジュジュに耳打ちした。


「アーヴァインは、ここの鑑定士にとって憧れの存在です。神のような存在、とでもいうのでしょうね」

「確かに……特級鑑定士ですもんね。って、公爵様もじゃないですか」

「おや、そうでしたっけ?」


 カーディウスはクスクス笑う。

 すると、疲れ切っていたゼロワンがフラフラしながらやってきた。


「来たかぁ~……悪い、あとは任せていいか? オレ疲れたわぁ」


 ゼロワンも、特級鑑定士だ。

 鑑定が困難な物を引き受け、ずっと鑑定を続けていたらしい。

 鑑定は、位が高くなればなるほど、集中力が必要だ。

 ゼロワンは、フラフラと部屋を出て行った。どうも、挨拶する気力もないらしい。


「さて、始めるか。ジュジュ、お前はできる範囲でいいから鑑定をしろ。できなくても気にするな」

「う、うん……」

「さてアーヴァイン。久しぶりに勝負をしますか? 昔みたいに」

「おまえ、俺に勝ったことあったか? 勝てない勝負はするもんじゃない」

「おやおや、面白いですね……」


 アーヴァインとカーディウスの間には、やはり火花が散っていた。

 するとカーディウスは、ポンと手を叩く。


「いいことを考えました。私とあなたで鑑定勝負をして、勝った方がジュジュさんをデートに誘う、というのは?」

「え」

「…………カーディウス、お前」

「ジュジュさん。あなたはどうですか?」

「え、えっと……で、デートって、町でお茶したり、買い物したり?」

「ええ。きっと楽しいですよ? 貴族街の有名レストランで食事したり、公爵家お抱えの商会でお買い物したり……どうです?」

「…………」


 ジュジュの眼はキラキラしていた。

 貴族街。いつもは、入口を眺めるだけ……でも、買い物や食事ができる。

 カーディウスはクスっと笑う。


「決まり、ですね」

「…………面白い。カーディウス、後悔するなよ」

「ええ、もちろん。悪いですが、本気ですよ?」


 こうして、二大公爵による『鑑定勝負』が始まろうとしていた。

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