悪意の洗礼
しばらく、アーヴァインの元で修行を続けたジュジュ。
毎日毎日、アーヴァインの元に依頼される鑑定品を、アーヴァインと一緒に鑑定する毎日。
さらに、鑑定のレベルを上げるために、様々な知識を頭に詰め込んだ。つまり、家庭教師を付けての勉強かいである。
勉強、鑑定、勉強、鑑定の毎日が続き……ジュジュは、頭がパンクしそうになっていた。
「……死にそう」
ジュジュは、公爵家の自室にあるベッドに身を投げ出す。
連日の勉強で疲れ切っていた。
休みが欲しい……そうアーヴァインに言ったが、『鑑定医になるんじゃないのか?』の一言であっさり切り捨てられた。
クッションに顔を埋めていると、ドアがノックされた。
「ふぁ~い……」
「入るぞ」
「え!? あ、こ、公爵様!?」
「全く……だらけていたのか?」
「ぅ……」
慌てて起き上がるジュジュ。
アーヴァインは部屋に入ると、ソファにどっかり座った。
女性の部屋に入るマナーではないが、不思議とアーヴァインがやると様になる。長い足を組み、黒い髪を撫でつけ、ジュジュを見つめる真紅の眼差し。
ずっと一緒にいるので慣れてはきたが、やはりこの美貌は心臓に悪い。
「で、何か?」
「……よくない知らせだ」
「え……」
「支度しろ。出かけるぞ」
「あ、あの」
「…………」
すると、アーヴァインと入れ替わりに部屋に侍女が入ってきた。
外出用意のドレスを準備し、ジュジュの身支度を整える。
玄関まで案内されたジュジュは、アーヴァインにエスコートされ馬車へ。
馬車はゆっくり走り出した。
「あの、どこへ?」
「……行けばわかる。それと、何があっても気を落とすな」
「……?」
それから数十分。
到着したのは、ジュジュにとってなじみのある場所……ボレロ鑑定屋だった。
馬車から降り、生家を見たジュジュ。
「え……」
ボレロ鑑定屋は、ペンキで汚されていた。
明らかに、悪意あるペンキだった。
入口のドアに向かってカラフルなペンキが無茶苦茶に撒き散らされている。さらに、入口を飾っていた鉢植えが割られ、たくさんの張り紙もしてあった。
張り紙には、「インチキ鑑定屋」だの「極悪鑑定屋」だの、中傷の言葉が並んでいる。
「な、何これ……」
「数日前から、嫌がらせがされている。犯人を捕まえようとしているが、なかなか……」
アーヴァインは、つまらなそうに舌打ちする。
ジュジュは、慌ててドアを開けて中へ。
「おじいちゃん!!」
「おお、ジュジュか……」
すると、祖父ボレロが滅茶苦茶になった店内を掃除していた。
中は、酷い有様だった。
外と同じようにペンキで汚され、カウンターは重い物でも叩き付けたように砕けてる。飾ってあった花瓶は砕け、ソファは斬り裂かれていた。
「ひ、ひどい……」
「すまん、ジュジュ……わしが不甲斐ないばかりに」
「なに、これ……おじいちゃん、なにが」
「わからん。数日前から小さな嫌がらせが始まってな……無視していたのだが、今朝、大勢の男たちが現れて、メチャクチャにしていきよった」
「そんな……」
犯行は、アーヴァインが派遣した鑑定士や護衛が離れた一瞬の隙に行われた。
ジュジュは、涙を浮かべながら……花瓶の欠片を拾った。
「酷い……なんで、なんで」
「ジュジュ……すまん」
「おじいちゃんのせいじゃないよ。悪いのは……こんなことした奴ら」
すると、アーヴァインが入ってきた。
「必ず、犯人は捕まえる。ジュジュ……安心しろ」
「ごめんなさい……少し、一人にして」
「……ああ。しばらく休め」
この日。ジュジュはボレロ鑑定屋に泊まった。
護衛を倍に増やし、交代で休むことなく見張りをすることにしたおかげで、悪戯をされることはなかった。だが……家を滅茶苦茶にされたジュジュの心の傷は、深かった。
◇◇◇◇◇◇
アーヴァインは、ボレロ鑑定屋に悪意ある悪戯をした人間を探していた。
だが、公爵としての仕事もある。
それだけではない。アーヴァインの誕生会というイベントも迫っていた。
アーヴァインは、誕生会など開きたくはない。だが……公爵ともなるとそうはいかない。
やりたくもないが、今回は利用することにした。
アーヴァインは、執事のノーマンを呼ぶ。
「ノーマン」
「はい」
「誕生会だが、盛大に行うことにする。腕の立つ料理人、楽団を手配しろ」
「かしこまりました」
「それと……ジュジュに招待状を出せ。あいつに合う宝石やドレスも手配しろ。金はいくらかかってもいい」
「かしこまりました」
少しでも、ジュジュの慰めになれば。
ノーマンは、優しく微笑んでいた。
「旦那様。ジュジュ様のこと、気にかけておられるのですね」
「まぁな。あいつもけっこう使えるようになってきた。まぁ、鑑定士としてはまだまだ未熟だが……」
「ふふ……」
素直ではない。
そう思うノーマンだが、口には出さない。
アーヴァインは、ジュジュのことになると饒舌になったり、気を遣うことが多かった。どこまで自覚しているのかわからないが、少なくとも意識はしている。
アーヴァインは、筆を取る。
さらさらと羊皮紙に字を書き、封筒に入れて蝋を垂らし、印を押す。
手紙をノーマンに向ける。
「これをジュジュの家…………いや、俺が直接届ける」
封筒を胸にしまい、アーヴァインは部屋を出た。
◇◇◇◇◇◇
ジュジュの家は、綺麗になっていた。
だが、ペンキの跡は完全に消えてはいない。
ドアをノックするが、反応はない。
だが、バタバタと階段を降りる音が聞こえ、ドアが開いた。
「これはこれは、公爵様」
「ボレロ殿……ジュジュは?」
「いやぁ……掃除や家事などはこなすんですが、ため息ばかりでして。まだ完全に立ち直っていないようですわ」
「そうか……では、これを渡して欲しい」
「これは……?」
「招待状だ。頼む」
「わかりました。間違いなく、お渡しします」
ボレロは深々と頭を下げた。
◇◇◇◇◇◇
ジュジュは、鑑定屋のカウンターで、ボレロからもらった招待状を眺めていた。
「誕生会、ね……」
アーヴァインの誕生会。その招待状だ。
公爵ともなると規模が違うのか。ライメイレイン家が所有するパーティー会場で、大々的に行うようだ。
ドレスや宝石など全て準備するので、ライメイレイン家に来て欲しいと書いてある。
「どーしよ……」
正直、外出する気になれなかった。
生家がめちゃくちゃにされたショックは、まだ深い。
豪華なドレスや宝石より、家の戸棚や花瓶のが気になった。
公爵家が弁償してくれたが、心の傷は未だ癒えない。
「あー……「こんちわーっ!! ジュジュ、いるか?」
と、いきなりドアが開き現れたのは、ゼロワンだった。
ゼロワンは入るなり、カウンターに向かってくる。
いきなりのことで、ジュジュは驚いたまま何も言えなかった。
「ジュジュ!! あのさ、アーヴァイン兄の誕生会があるんだけどよ、オレにエスコートさせてくれ!!」
「え」
「大丈夫大丈夫!! 綺麗なドレスや宝石、いっぱい準備してるからさ!! よし、オレの秘密基地行くぞ!!」
「え、え、え?……エェェ!? ちょ」
すると、どこからともなく女性騎士が数名現れ、ジュジュをガシッと掴んだ。
「じゃ、行くぞ!!」
「ま、待って、あたし行くなんて」
「いいからいいから。さ、行くぜ!!」
「ちょーっ!?」
有無を言わさず、ジュジュはゼロワンに連れて行かれた。
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