六(3/3)
「なんかこの公園よくない? 雰囲気っていうか、
「それはまぁ」
私もそう思うけれど。
ここには市街地にあるような雑多な人の喧騒は見られない。代わりに住宅地であるせいか、近所の子どもが遊びに来たり近所のおばさんたちが談笑していたりするけれど、それもささやかなもので不快感はない。
四方を囲む植樹や茂みなんかからは程よく自然も感じられ、近くに高層マンションもあるおかげで時間帯によっては一部日陰もできる。
疲れたりささくれ立ったりした気持ちを落ち着けるにはもってこいの場所。
黒のTシャツにジーンズという男の質素な出で立ちは、そんな場所に違和感なく溶け込んでいるような気もしたけれど、その表情は言動とは裏腹に、無感動で感情の見えないものだった。
言葉に真実味が感じられなかったけれど、私も同じように思っていたせいで安易に否定できない。
「どこに住んでるんですか?」
もうあの部屋のこととは関わりのない、完璧に興味本位の会話だった。会話を切り上げるタイミングがわからなくなったとも言える。
私の疑問に返ってきたのは、この町の隣に位置する町の名前だった。その町のどの辺りに住んでいるにしろ、この公園から市境までの距離を考えると、毎日ここまで足を運ぶには少し面倒な距離ではある。
「そこから毎日、この公園に来てるんですか?」
「いや、最近は帰ってない」
家族との関係性に色々あるのかもしれない。
今度は少し面倒そうにそれを匂わせた男の人に、私はおずおずと切り出す。
「あの、答えにくかったら全然いいんですけど……。普段は何をしてるんですか? その、学校とか仕事とか」
「いや、ニートだから、俺」
それなりに気を遣って訊ねたつもりだったのに、向こうから返ってきたのは極めて淡白で端的で、実にあっけらかんとした答えだった。あまりに淡白過ぎて、やっぱりその表情からはこの人が何を考えているのか読み取ることができない。
しかし、私の胸の内には微かだけど確かな不快感が持ち上がる。
「ご両親への引け目とか、ないんですか?」
ウチの家庭環境があまり良いとは言えないせいで、そういうはっきりとしない立場には良い印象が持てないからだ。
ところがこの人の身の上はもう少し、社会的に下の方に位置しているみたいだった。
「親と暮らしてるわけじゃないしね。迷惑は掛けてない」
「…………」
そういう問題じゃないし、だったら家賃は……と反論したかったけれど、それを口にしようか躊躇っている隙に彼が衝撃的な事実を明かした。
「俺、居候だから。別に働かなくていいとも言われてはいるけど」
居候でニート。
働きもせずに他人の家に住み着いて生活させてもらう。
それはつまり、ヒモ、ってこと?
何この人……。
私が思っているより最悪だ……。
私の脳裏に少し、父親の影が
一応、父は定職についてはいたけれど、自分勝手な振る舞いには重なるものがあるのも事実で。
けれど、こういう人には何を言ってもムダだということは何となくわかっていた。いや、根気強く話をすればわかってもらえるものもあるのかもしれないけれど、私にそのバイタリティはないし、私とこの人はそんな関係でもない。
「ちゃんと仕事したほうがいいと思いますよ。それじゃあ、私はこれで失礼します」
私は淡々とそう言うと、相手の返事も待たずに
背中に視線を感じたけれど、そんなものは努めて無視して、部屋へと戻った。
あの、三○二号室へと。
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