第35話 二次会

 二次会に選んだのはいつもの焼き鳥屋。

 できるだけ安くお酒が飲める場所を考えた結果こうなった。


「マジでここにするんですか……」


「嫌なら帰ってもいいんだぞ?」


「別に嫌とかじゃないですけど……」


 俺と麗子さんには馴染みのある店だが、予想していた通り、藍葉は何か言いたげな様子だった。


 しかし今日は麗子さんもいるからか、以前のように食い下がっては来なかったので、まだマシだと言える。


 俺たちが店に入った瞬間。

 当然のように客たちからは注目の眼差しを向けられた。


「お客様何名様でしょうか?」


「3人です」


 なにあの2人⁉︎ 超美人!


 そんな声と共に確かな視線に晒されながら店の奥へ。美人を2人連れて歩くのも色々と考えものだと思った。


「こちらの席へどうぞ〜」


 幾度となくこの店に通ってきたが。

 3人以上の席に案内されるのはこれが初だ。


 故に今までは無かった問題。

『誰がどこに座るか問題』が突如発生してしまった。


「席、どうします」


 案内されたのは通常4人がけのテーブル席。

 つまり誰かしらは並んで座らなければならない。


「私、奥行きま〜す」


 まずは藍葉が先に席に着くと。

 麗子さんから着席を促す視線が送られてきた。


 まさかわかってるわよね?


 的な圧を背後からひしひしと感じながら。

 俺は藍葉の向かい側の席に恐る恐る腰を下ろす。


「藍葉さん隣いいかしら」


「あ、はい。どうぞ」


 最後に麗子さんが藍葉の隣に座り。

 ひとまず席の問題は無事に解決となった。


(あっ、俺の隣じゃないんだ)


 とは一瞬思ったりもしたが。

 藍葉がいる手前俺たちが並ぶのも違うのだろう。


 その後、俺と麗子さんはビールを、藍葉は甘いカクテルを注文し、世界一静かな乾杯をして地獄の二次会がスタートした。






 最初こそ特に目立った会話などはなかったが、気を遣ってくれたのか、麗子さんの一言で緊張の糸が解けた。


「藍葉さん。今日は段取りを取ってくれてありがとう」


「い、いえ。お金儲け……センパイに頼まれたので仕方ないです」


 今こいつ絶対『金儲け』と言いかけた。


 まあ実際のところそれで間違いないのだが、麗子さんの前でボロを出すのだけは辞めていただきたい。


「ここは私が出すから、好きなものを頼んでいいわよ」


「えっ⁉︎ ホントですか⁉︎」


「ええ。保坂くんも遠慮する必要ないから」


「そんな……悪いですよ」


「気にしないでいいのよ」


 何だかすごく申し訳ない。

 幹事役の藍葉が集金を称して、金を毟り取ったのを知っているからこそ、この麗子さんの曇りのない良心は、今の俺にとって非常に心苦しいものだった。


「このチャンジャってやつ食べてみたいです」


「藍葉さんいいセンスしてるわね。ここのチャンジャはとても美味しいのよ」


「そうなんですか。それはちょっと楽しみです」


 そんな俺の気を知る由もなく。

 藍葉は次々と気になる料理を注文していく。


(お前少しは遠慮しろよ……)


 俺だけが確かな罪悪感を感じていると。


「センパイも何か食べたいのありますか?」


 店員を待たせているこの状況で、藍葉はメニューを渡してきた。


 本当は遠慮したいところなのだが。

 ここで変に気を遣うと逆に麗子さんに申し訳が立たない。


「それじゃ焼き鳥とか頼みますか」


「いいですね! 私焼き鳥大好きです!」


「それならせっかくだし盛り合わせにしましょう」


 太っ腹な麗子さんは躊躇なく盛り合わせを注文。タレか塩かを聞かれ、いつも通り塩と答えたのだが。


「え〜、私タレがいいな〜」


 ここでも藍葉は自分勝手を発動し、塩派2人を前にして絶対に言ってはならない禁句を口にしたのだ。


 これにはさすがの俺も我慢ならず。

 塩派代表として一言物申してやろうと意気込んだ。


 はずだったのだが……。


「私は別に構わないけど。保坂くんもタレでいいかしら?」


「え、あっ……俺も全然タレでいいです」


「やった! そしたらタレでお願いしま〜す」


 まさかの麗子さんの一言で焼き鳥はタレに。絶対的塩派の彼女は、躊躇なく藍葉のワガママを飲んだのだ。


(ちょっと甘やかしすぎですよぉぉ)

 

 彼氏の俺には時折厳しかったりするはずだが、なぜか後輩の藍葉にはめちゃくちゃ甘い上に、いつもは見せないような笑顔を浮かべている。


 それが少し胸のあたりで突っかかるような気がして、2人が会話を弾ませている間、俺は1人やるせないこの感情と戦っていたのだった。




 * * *




「そういえばセンパイたちはいつから付き合ってるんですか?」


 藍葉の一言で、一瞬空気がピリついた。


「私が知らないだけでかなり前からなんですかね」


 マドラーで氷をグルグルと混ぜながら。

 この空気を意に介さずそう聞いてくるのだ。


「何だよいきなり」


「いやいや。気になったんで」


 その気持ちはわからんでもないが。

 そんな『いいからはよ答えろや』みたいな顔するかね。


「はぁ……お前が出張に行ってた時だから1ヶ月前くらいだ」


「へぇ〜、割と最近なんですね」


 俺がしぶしぶ答えると。 

 藍葉は動かしていた手をピタリと止め。

 酒をグビッと一口飲んでは続けざまに一言。


「どっちからですか?」


 これまた答えづらい質問だった。

 というか普通に考えて恥ずかしいだろこれ。


(誰か助けて……!)


 チラッと麗子さんの方に視線を移すと。

 目が合った瞬間、わかりやすく視線を斜め下へ。

 この感じだとこの人も俺と同じ気持ちなのだろう。


「べ、別にどっちでもいいだろ」


「その反応はセンパイからですね」


「ぐっっ……まあ俺からだけど……」


「ふーん。センパイって意外とやることやるんですね」


『意外と』って言葉が多少引っかかったが。

 そりゃ俺だって男なのだからやる時はやる。


「そういうお前はどうなんだよ」


「え。どうっていうのは」


「彼氏とかいるんじゃねぇの?」


 俺は後輩相手に何を言ってるんだ。

 という自覚は多少なりともあったが、これ以上俺たちのことを聞かれるのは辛抱ならなかったので、どうか許してほしい。


「はっ? 彼氏?」


 だが藍葉は案の定眉をひそめ。

 めちゃくちゃ低い声で「別にいませんけど」と一言。


(こういうのって聞いちゃまずかったか……?)


 もしや禁句だったのかもしれない。

 そう思うと『ああそうなんだ』では済ませなかった。


「ま、まあでも。藍葉は可愛いからモテるだろ」





 ピキッ。


 空気が割れるような音が聞こえた。

 それと同時に目の前の2人は揃って動きを止める。


 自分が今何をしてしまったのか。

 嫌でも肌で実感されられた。


「センパイは私のことそういう目で見てたんですね〜」


「あ、あくまで客観的に見てだな……」


「でも可愛いと思うんでしょ〜?」


「それはまあ……そうだけど……」


 藍葉は露骨に悪い笑みを浮かべ。

 なぜか隣の麗子さんに煽るような視線を向ける。


 逆に麗子さんはじっと俯いているが。

 オーラが闇深すぎて感情が全く読み取れなかった。


 ……死んでしまおうかしら。


 とでも言いたげな冷たい表情だ。

 だから俺は再度場を整えるためのフォローを入れる。


「で、でもまあ俺的には麗子さんが一番だけどな」





 ピキッ。


 またしても空気が割れるような音が。

 と思ったら今度は2人の立場が見事に逆転する。


「保坂くんたら冗談が上手いんだから〜」


「い、いや別に冗談とかでは……」


「でもそうよね。彼女の私が一番よね」


「それはまあ……そうですけど……」


 麗子さんはわかりやすく頬を赤らめ。隣の藍葉は世界の終わりを見たような顔になっていた。


 ……惚気かよ。さっさと刺されて死ねばいいのに。


 そう言われてもおかしくはないその目つき。

 視線だけでこれだけ威圧されたのは初めての経験だ。


(どうしたらいいんだよこれ……)


 どちらかを立てればどちらかが傷つく。

 女性は凄く難しい生き物だと改めて実感させられた。


 というかだ。


 先ほどまではあんなに仲良く話していたのに。

 何がどうなってこんなにピリついているんだ。


「あの……楽しく飲みましょう?」


「そうね。どっちが上とかそんなのはないわ」


 実際のところ彼女は麗子さん。

 そして藍葉はあくまで俺の会社の後輩だ。


 それ以上でもそれ以下でもない。

 俺の中ではこれこそが歴とした事実なのだ。


「そ、そうだぞ藍葉。そもそも俺たちは付き合っているんだから、お互いを一番に思っているのは当然だろ?」


 苦し紛れに俺の持論を伝えると。藍葉はムクっと顔を上げ、怖いくらいの笑みを浮かべこう言った。


「そうですね! 超お似合いだと思います!」


 超お似合いだと思う。


 果たしてそれは本心なのか。

 それとも俺らをおちょくっているのか。


 麗子さんは真に受けて照れているようだが、俺は続けざまに藍葉が何かを呟いた様子を見逃さなかった。


「い、今なんて……?」


「何がですか〜?」


「お前今ボソボソって何か言ったろ」


「やだな〜。別に何も言ってませんよ〜」


「そ、そうか?」


 ただの勘違いだったのか。

 気づけば藍葉はいつもの調子だ。


「それよりもセンパイ。手が止まってますよ〜」


「お、おう」


 そして藍葉に酒を急かされ。

 結局この話は流れてしまった。


(死ねとかなんとか言ってたような……)


 色々引っかかる部分は確かにあった。

 だが気づけば重い空気は消えて無くなり。不安しかなかったこの二次会も無事に進行できている。


 内容はどうであれ、この2人がまともに絡んでいるところを初めて見た。そういう意味ではこの二次会をやってよかったのかもしれないな。

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