第33話 懇親会 ①

 俺が普段通り仕事をしていると。


「保坂くん。ちょっといいかな」


 部長の吉澤さんが俺の元へとやって来た。

 この感じからしてあらかた要件は想像できる。


「吉澤部長。何かご用ですか?」


「いやね。そろそろ懇親会を開きたいと思ってるんだけどね」


「そういえば今年度になってからはまだでしたね」


「そうそう。だから君に段取りをお願いしたいんだよ」


 またかよ……。


 と、思わず愚痴をこぼしそうになった。

 吉澤部長は何かある度に、真っ先に俺のことを頼ろうとする。


 それだけ信頼されているということなのだろうが、裏を返せば、いつでも雑用を引き受けてくれる、都合のいい部下と思われているんじゃないかと思ってしまう。


「いいですけど。今回は別なやつに任せてもいいですかね」


「というと?」


「僕が指導を担当している藍葉です。彼女は入社してまだ日が浅いですし、こういった懇親会の段取りを任された経験もないでしょうから、この機会にと思いまして」


「なるほど。まあその辺は君に任せるよ」


「ありがとうございます」


 吉澤部長に許可をもらい。

 俺は懇親会の段取りを藍葉に任せることに決めた。




 * * *




 懇親会が開かれるのは今週末。

 参加人数は24名で、うちの部署の大半を占める大所帯での開催となる。


 その段取りを任せるべく、俺はすぐさま藍葉の元へ。


「藍葉。ちょっといいか」


「何か用ですかセンパイ」


「今週末懇親会らしいんだが、段取りを取ってみる気はないか」


「懇親会? 何ですかそれ」


「まあ、ただの飲み会だ」


 とは言ったものの。

 部長や課長も参加するので、ただの飲み会ではないかもしれない。


「それって何人くらいでやるんですか?」


「今んとこ24人らしいな」


「24人⁉︎ もしかして部長とかも来る感じですか?」


「そうだな。そもそもこの話の発端は吉澤部長だからな」


「マジですか……」


 部長の名前を出した瞬間。

 藍葉の顔がわかりやすく曇った。


 その気持ちはわからんでもないが。

 定年間近のおじさんをどうか煙たがらないであげてほしい。


「めんどくさ……嫌ですよそんなの」


「そう言わずに頼むよ」


「そもそも私、飲み会の段取りとか組んだことないですし」


「そこは俺が教えるから心配しなくていい」


「センパイがですか?」


「そうだ」


 すると藍葉は思案げな顔を浮かべ。

 しばらく悩んだ末「ならいいですよ」と言ってくれた。


「そしたら早速説明するけどいいか」


「わかりました」


 そして俺は段取りを組む上での注意事項を伝える。


 店はできれば広々とした座敷があるところがいいとか。費用を徴収する際は、できるだけ小銭を避けて徴収するとか。


 本来ならここに出欠確認なども入ってくるのだが。

 幸い今回はすでに出席する社員の数もわかっている。


「お金を多く徴収した分はどうするんですか」


「まあそれが段取りを組んだお前の報酬だな」


「えっ⁉︎ 報酬⁉︎」


 報酬という単語を聞いて。

 藍葉の目の色は露骨なまでに変わった。


「余ったお金は私が貰っていいってことですか⁉︎」


「ああ。もし余ったらだけどな」


「わかりました! 任せてください!」


 明らかに動機が不純なため少しばかり不安ではあったが、やる気を出してくれたようなので、俺は藍葉の言葉を信じて任せることにした。


「それじゃ確定する前に一度俺に知らせるように」


「は〜い!」




 * * *




 懇親会当日。

 終業のタイミングで藍葉は出席者からお金を集めていた。


 今回の会場は職場からそう遠くはない場所にある居酒屋だ。


 酒好きが多数いることを考慮し。

 時間は3時間で飲み放題付き5千円。

 料理はコースで用意されるので別途の費用も発生しない。


 過去に何度か行ったことのある店だが、記憶が正しければ宴会用の座敷もあるし、店の雰囲気も大人で、落ち着いた空気を感じられる場所なはずだ。


 少し値段が高い気もしたが、初めてのセッティングにしてはなかなか上々だと思った。


「それじゃ皆さ〜ん。今から懇親会を始めさせてもらいま〜す」


 店に移動し全員に飲み物が行き渡ったところで。

 今回の幹事役である藍葉が、乾杯の音頭をとる。


 うちの会社では部長などによる乾杯の挨拶は特になく、飲み会をセッティングした社員が、その場のノリで適当に開始の合図を送るのが定石だった。


「藍葉くん。今日はいくら儲けたんだい?」


「うふふっ、それは内緒で〜す」


 茂木課長が毎度お馴染みの小ネタを挟み。

 笑いが生まれたところで懇親会がスタートとなった。


 ちなみに席は12人ずつ向かい合った形で並んでいる。

 席順も一般的な会社と大体同じ感じだろう。


 上座から部長、次長、課長、課長代理となり、主任である麗子さんは俺から見てもかなり上座側。


 逆に俺や堀、藍葉といった平は入り口側に近い場所に座っている。


 そのため俺と麗子さんの距離は遠い。

 おじさんたちに囲まれている彼女が少し心配にもなった。


「センパイ。こんな感じで良かったですかね」


「あ、ああ。初めてにしては上出来なんじゃないか?」


「そうですか。ならいいんですけど」


 役目を終えた藍葉が俺の向かい側に座る。

 不安ではあったがなかなかにいい段取りだった。


「ところで藍葉。ここだけの話いくら儲けたんだ?」


「そうですね〜。まあ、ざっと3万くらいですかね!」


「3万⁉︎」


 いっても1万くらいと思っていたから。

 この金額には流石に驚きを隠せなかった。


「23人で3万……てことは1人から1500円弱儲けたのか⁉︎」


「大体そのくらいですね〜」


「お前なぁ……だったら最初から4000円でいいんだよ」


 藍葉のことだから何か企んでいるとは思っていたが、まさかここまで露骨に金を稼ごうとするとは……。


「センパイが払いやすいようにしろって言ったんですよ〜?」


「そうは言ったが、限度ってもんがあるだろ」


「え〜? 私こういうの初めてなんでわかんないです〜」


「はぁぁ……」


 しらばっくれる藍葉に大きな溜息が出る。

 しかし被害者であるはずのおじさんたちの姿を見れば、部下に金を騙し取られたことなど誰1人気にしてなさそうだったので、これ以上言及するのは辞めにした。


「それよりセンパイ。なんで一番端にいるんですか〜?」


「ああ、俺酒飲んだらすぐトイレに行きたくなるからさ」


「なるほど〜。そうだったんですね〜」


 俺より後輩の社員は何人かいるが。

 いつも決まって一番下手側の席に座るようにしている。

 座敷で隣に誰かがいると、トイレに行くのがめんどくさいのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る