第12話 オムライスと焼肉 ②

 ようやく注文していた肉たちが届いた。


 お腹を空かせていたであろう藍葉は、『待ってました!』と言わんばかりに、届いた質の良い肉たちを、次々と網の上に並べていく。


 焼いている時間は、まるで新しいオモチャを買ってもらった子供のような瞳で、網の上に並べられた肉たちを眺め、両面いい感じの色になったところで、藍葉は次々と肉たちを網から引き上げていった。


「センパイもどーぞ!」


「お、おう」


 気を利かせて俺の分も取ってくれたかと思いきや。

 10枚以上あった肉のうち、俺の元へ来た肉はたったの2枚。

 その他の肉たちは、全て藍葉の皿へと回収されてしまった。


「んんー!! ちょーおいしー!!」


「お前……」


 文句を言いたいところではあるが。

 幸せそうに食っているのでまあよしとする。


 元々今日は初出張を終えた藍葉の為の焼肉なわけで。

 これで満足して明日からの仕事を頑張るなら安い出費だ。


「お酒も進む〜」


「おいおい、ペース考えろよペース」


「わかってますって〜」


 そう言いつつも藍葉は、1杯目のカクテルを完飲。

 そしてすぐさま店員を呼び、次のお酒を注文していた。


(まあ度数弱いし、いいか)


 そんなこんなで俺たちは、普通に焼肉を堪能した。

 最初こそ肉を焼くモチベーションが高かった藍葉だったが……。


 すぐに飽きてしまったのか。

 気づけばこの場は、肉焼き担当と食べる担当に分かれていた。

 もちろん肉焼き担当が先輩の俺、食べる担当が後輩の藍葉だ。


「センパイお酒進んでないですよ。もっとじゃんじゃん行きましょ〜!」


「お前が食ってばっかで、俺に肉を焼かすからだろうが」


「え〜、何のことですか〜? いいからぐびっとぐびっと!」


 早く飲めとはやし立てられる。

 どうやらこいつは、酒が入ると更に生意気度が増すらしい。

 俺だって望んでこの肉たちと戯れているわけじゃないんだぞ。


 とはいえ。

 後輩に言われたままではどうも気が収まらず。

 俺は半分ほど残っていたビールを一気に喉に流し込んだ。


「はぁぁぁ……。お姉ちゃん! ビールおかわり!」


 そしてすぐさま次のビールを頼み。

 上質な脂を求めて食べ頃の肉を網から引き上げた。


「ちょっとセンパイ! それ私が育ててた肉ですよ!」


「その理屈で言ったら、この網の上の肉は全部俺のだ」


「むぅぅ〜。屁理屈はいいですから返してください!」


「おいっ……!」


 そう言って俺の皿から肉をかっさらっていく藍葉。

 何の躊躇もなく、タレを経由して口いっぱい頬張った。


「おいひぃ〜」


「お前……流石に今のはないだろ」


「だって、センパイが私のお肉取るんですもん」


「はぁ……」


 どこまで俺は舐められているのか。

 考えるだけで疲れてきてしまった。


「この肉なら文句はないだろ」


「ああ、それなら食べて良いですよ〜」


 なぜか俺は藍葉に許可をもらい。

 網の端っこにあった小さめの肉を取る。

 それを取られないうちに口の中に放り込んだ。

 

「うまっ」


 すると味は変わらず美味。

 よくよく考えれば、この網の上には良い肉しかない。

 ならば別に肉の大きさで言い争いをする必要もないだろう。


「あっ、センパイまた私の取った!」


「いい加減にしろ」




 * * *




「そういえばセンパイ」


「んー」


「私がいない間に瀬川さんと何かありました?」


「ごほっ、ごほっ……」


 お肉争奪戦がようやく落ち着いたその時。

 何の脈略もなく、藍葉は俺にそう尋ねてきたのだ。


「センパイ大丈夫ですか〜?」


「お、おう……大丈夫大丈夫」


 急すぎて思わずむせてしまったが。

 一体藍葉は何を思って、その質問をしてきたんだ。

 もしや俺と瀬川さんの関係がバレてしまったのだろうか。


「それで。瀬川さんとは何かあったんですか?」


「まあ別に何かあったってわけでもないんだが」


「仕事でやらかしてしばかれたって聞きましたけど」


「いや待て。なんだよそれ……」


 予想の斜め上を行く話だった。

 俺はてっきり付き合ってることがバレたのかと思っていたのだが。


「その話、誰から聞いたんだよ」


「みんな噂してましたよ〜。センパイと瀬川さんが地獄みたいな雰囲気で、食堂で一緒にご飯食べてたって。保坂が何かとんでもないことやらかしたぞ、って」

 

「ああ」


 どうやら藍葉はあの噂を聞いていたらしい。

 確かに俺は昨日、社内の人間の注目を浴びながら、瀬川さんと地獄のようなランチをしていたが、だからと言って瀬川さんにしばかれるようなことはなかった。

 

「しばかれたってか、ちょっと瀬川さんを怒らせちゃっただけだ」


「ふーん」


「な、なんだよ」


 特に嘘をついているわけでもないが。

 何やら藍葉は、不服そうに鼻を鳴らした。


「怒らせるような関係なんですね〜」


「い、いやその……上司だからな俺の」


 意味深な発言に思わずドキッとしたが。

 別に俺の話はおかしいことじゃないだろう。

 俺だって藍葉に説教をするときくらいあるし。


「上司を怒らせたくらいで、あんな噂になりますかね〜」


(うっっ……確かに)


「まあいいですけど」


 そう言って藍葉は、再び肉を食らう。

 しかしその様子からして、あまり腑に落ちてはいないようだった。


 普段はお気楽で遠慮を知らない生意気な奴だが。

 たまに藍葉の言動でゾッとしてしまう時がある。

 今日の堀への対応も、それに含まれるのだろう。


 今こいつは何を考えているのか。

 何を思いどんな感情でそうしているのか。

 彼女の芯に近い部分が今だによくわかっていない。


 無能なのかと思いきや。

 俺なんかよりも能力はずっと優秀だし。

 その上無駄に鋭い指摘をしてくる時があったりする。


「センパイはもうお腹いっぱいですか?」


「ああいや、まだ全然食えるけど」


「早く食べないと私が全部食べちゃいますよ〜」


 とはいえだ。

 お世辞抜きでも藍葉の見た目は可愛い。

 瀬川さんとはまた違う、別の魅力が確かにある。


「うーん! おいひぃ〜」


 こうして普通に肉を食べているだけでも、まるで小動物の食事シーンを見ているような、そんなほっこりした気分に不思議とさせられてしまう。


 それが藍葉才加の魅力であり。

 社内の男どもの興味を引く所以ゆえんなのだろう。


「すいませ〜ん。特上牛ロースと特上牛カルビ1人前ずつ追加で〜!」


 こういう遠慮がないところは、早くどうにかしてもらいたいがな。

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