異世界フードデリバリーサービス:Under Eats ~元勇者が始める配達員生活~

四志・零御・フォーファウンド

ブラックドラゴンのジューシーバーガー

第1話 魔王を倒した男


 Under Eatsとは、世界を股にかけるフードデリバリーサービスのことだ。そして、サービスを行っている人のことをユーイーターU-Eaterと呼ぶ。俺はユーイーターの中でもこの道10年のベテランだ。Under Eatsが設立された当初に転職したのだ。


 10年前、魔王軍領地の最前線で戦っていた冒険者パーティーの一員だった俺は魔王の討伐達成の後、丁度良い転職の機会だと思ってユーイーターとなった。


 深い考えを持って転職したつもりはなかったが、ユーイーターと元冒険者の相性が非常に高かった。Under Eatsと提携している店の中には元魔王軍支配地域という治安の悪い場所も対象だ。そんな場所を通ろうものならば自衛の手段も必要となる。だが、俺は魔王を倒しただけの実力を持っている。そんじゃそこらの盗賊なんて返り討ちだ。


これは俺の配達員としての記録。


――――至高の料理を求め、今日も今日とて仕事が舞い込む。


     *


「おいジェニス、さっさと起きろや!」


「うごぁあ!!!」


 睡眠から意識が戻った瞬間に身体が宙を舞い、地面に叩きつけられる。どうにか頭部への被害は回避したが、背中にジリジリとした痛みが広がった。いつかグリフォンの背中から投げ飛ばされた時の痛みと似ていた。


「いってぇ」


 覚醒しきっていない四肢で無理やり起きようとすると、人影を感じて上を向く。


「いま何時やと思ってるんや、ドアホ!」


 寝起きから強烈な罵声を浴びせてくる彼女はミール。俺と同じ元冒険者で、同じパーティーにいた槍使いだ。血の御伽噺レッド・テイルなんて呼ばれていたほどに戦場を血の海に変える実力者。現役時代では短かった赤い髪は、すっかり伸びて胸の辺りまで伸びている。


「ン、あーしの胸見てどういう妄想してんや、ドヘンタイ!」


「夢や希望を詰め込めるほどの大きさでもねぇじゃ――」


 ミールの繰り出した強烈な右足を顎に喰らい壁まで吹き飛ばされた。今度は背中だけではなく後頭部を強打した。


 現役時代から気性の荒い性格だったが、今でもそれは変わらない。


「朝から暴力はやめてくれよ」


不死身の英雄アンデッド・ヒーローなんて呼ばれた身体に、あーし如きが傷つけられへんやろ」


「うっさいな。……それで、どうやって俺の部屋に入った」


「窓」


「はぁ?」


 ここは5階建てマンションの4階に位置している。


「壁をよじ登って来たものかよ」


「いや、走って来た」


「…………壁を走って来たのか?」


「どない部屋に入れ言うんや」


「階段使って、部屋のチャイムを押してくれ」


「連携技でオマエの大剣を駆け上がってキングオークを倒したことあったろ。アレと同じや。普通に突っ込むんじゃつまらんやろ」


「面白さを求めないでくれ」


 会話が疲れる。

 

「それで、何の要件なんだよ」


「せやな。忘れとったわ」


 ん、と1枚の紙を突き出した。


「仕事かよ」


「今日の依頼は元魔王嶺ビーバック山地にあるハンバーガーショップ、ドランのハンバーガー」


「なるほど、ドラゴンか」


 ビーバック山地と言えば、ドラゴンの群生地だ。


「せや。ドランのハンバーガーはドラゴンの肉を使っとるって話や」


 ドラゴンは知能が非常に高い生き物だ。気品高い性格で、気難しい。人間と共存を望む者もいれば未だに人間を敵視している者もいる。そんな高貴な生物の肉を使うともなれば、提供する店も限られてくる。そこでUnder Eatsの出番だ。このサービスを利用すれば比較的容易に高級食材や珍味を食すことが出来る。


「ほな、頼んだで」


「指定日数はあるのか?」


「特になし。まぁ、早けりゃ早いで越したことはねぇわな」


「わかった。それじゃあドラゴンにでも乗っていくか」


「……ええけど、えらい皮肉やな」


「仕方がないだろ。早い、強いと言ったらドラゴンしか思い浮かばない」


「まぁ、せやな。ほんならあーしのミシェルに話つけとくわ」


 ほんならまた後でと窓に脚をかけた。出入口という存在を知らないらしい。 


「せや、ビーバック山地は元魔王嶺やし気ぃつけや」


「残党はまだ残っているのか?」


「もうほとんど残っとらんはずやけど、一部の連中はまだ魔王が生きていると思っとるヤツがおるらしいで」


「……そうか」


「なぁ、昔にも質問したと思うんやけど」


「どうした?」



「…………当たり前だろ」


 最後に対峙したのは俺と魔王の2人だけ。他のメンバーは幹部の相手をしていて当時の状況を知る由も無かった。


「ドンパチやってたんは城の中にいたわけやから分かっとる。でも、あーしたちは魔王の首を見とらんねん。城が崩壊して、土埃の中から生還したアンタが言った「倒した」て言葉を信じとるわけやしな」


「そうだったな」


「魔王も生きとったら10年も静かにしとらんか。ほんなら、あーしらはまだ勇者しとるやろし」


「それなら俺もユーイーターになってないさ」


「…………なぁ、あーしらのギルドに来るつもりはないんか?」


 彼女の所属しているギルド【ミスリル】。ギルドリーダーのミールを筆頭に、魔王討伐に参加したパーティーが数多く所属している。


「いまのギルドに所属したって中身は腐ってる連中だろ」


「酷い偏見やな。魔王がいなくなったからってぐうたらしとるわけやないで。モンスターやら山賊やらから商人を守ったり、要人の護衛したり」


「守ってばかりじゃないか」


「平和でええやないか」


「俺は平和が嫌いだ」


「何言っとんねん。あねさん殺されて勇者目指しとった言うとったやん」


「……とにかく、俺はユーイーターっていう天職を見つけたんだ。そっちに戻るつい

もりはない」


「はいはい。ほな、あーしは帰るからな。依頼頼んだで」


 ミールは窓枠を蹴って地上へ降りて行った。


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