9、決意と暴露と

64、城の守り

ザレルの呼ぶ声にさそわれ、セフィーリアが本城へと急ぐ。

精霊の姿で上空から城を見下ろすとルランの町並みの外れ、高台に王城が見えてくる。

城はレナントの城より一回り大きく大小の建物が並びそれぞれが回廊で繋がれて、レナントと違い物見の塔が独立して立っている。

東側には中庭の噴水から続きの花壇が広がり、いつもなら色とりどりの花が奥の魔導師の塔まで広がり美しい姿を見せていた。

しかし、美しかった庭園は荒れ果て、目をおおうばかりに草木は倒れて嵐のあとのようだ。


あの胸騒ぎは、あの子の仕業しわざであったか……

何という荒れようじゃ


空に広がる身体を人間並みに小さくして、胸に響くザレルの声を探して目をやると、配下の精霊達が一つの窓を指さす。

その窓に向けて飛ぶと、窓にザレルが身を乗り出し手をげた。


「セフィーリア!」


「ザレル!」


彼の手に、セフィーリアが飛び込んでゆく。

ザレルは彼女を腕の中に受け止め、久しぶりの再会に力強く抱きしめた。


「無事で良かった。

不甲斐ふがいない父で済まぬ、娘一人守れなかった。」


「良い。この子は精霊、お主の力の及ばぬ事もある。」


奥のベッドには、フェリアが消えかけた身体を横たえ、かたわらにレスラカーンが手に手をえている。


「レスラカーン様、フェリア殿の母上、風のドラゴンのセフィーリア様です。」


ライアが憔悴しょうすいした彼に手を貸し、立ち上がらせた。


「お主は確か、宰相殿のご子息ではなかったか?」


「はい、レスラカーンと申します。

フェリアは、魔物から私を救うために無理をしてこのような……

私は、私は彼女を……フェリアを守ることができなかった。

私は……この目さえ見えれば……」


眼にこぶしを押さえつけ、口惜しさに涙を流す彼にセフィーリアが優しく手を添えた。


「風のドラゴン殿、申し訳……ない。」


「優しい子よ、レスラカーン……」


言葉を震わす彼に、風のように暖かく抱き寄せる。

レスラカーンは言葉もなく、ただ声を殺して涙を流した。


「自分を責めずとも良い。

お主のその心、きっとこの子の力になろう。

力を尽くし戦ったその姿、我が配下の者がちゃんと見ておる。よう戦ってくれた、感謝する。」


セフィーリアがレスラをライアにたくし、フェリアの様子を見る。

横からザレルが心配そうにのぞき込んだ。


「どうだ?戦いの中、思い余って精霊の姿で大きくなったのだ。

空を包み込み、何かに手を伸ばしているように見えた。

どうも、この城に隣国の魔導師の部下がまぎれ込んでいるかもしれぬと、このレスラカーン殿とひっそり探していたらしい。

もしかしたら、それを見つけたのかもしれん。」


「うーむ、しかしこの様子では話は無理じゃ。

今は辛うじて、人の部分がこの世につなぎ止めておる。

一度わらわの体内に戻さねば、本当に消えてしまおうぞ。」


「わかった、では頼む。」


ザレルが身を起こし、一歩下がる。

レスラがしばらく会えないと聞いて、慌てて手を伸ばした。


「フェリア、どうか最後に!」


ライアがその手を取り、フェリアの手に重ねた。

レスラがしっかりと両手で手を包み込む。


「フェリア、きっと戻ってくるのだ!私はいつまでも待っているから。

また、あの庭で一緒に話をしようぞ、フェリア。」


すると、フェリアが弱々しく手を握りかえす。

レスラの顔がパッと明るくなった。


「ああ!ライア、握り返してくれた!良かった、フェリアがんばるのだぞ!私は待っている!」


大きくうなずく彼には、何か確信が芽生えたのだろう。

見えない彼の不安を除く、それは大きな力となった。

2人が離れると、セフィーリアがフェリアの頬を撫でる。



「良い子じゃ、ようがんばったのう。

では……我が身より分かたれし我が子よ、この身に帰りしばし休め。」



フェリアの身体が穏やかに輝き、セフィーリアに光となって吸い込まれてゆく。


「これでしばし休ませ、力を得たところで復活させよう。」


「どのくらいかかりそうだ?」


「さて、一週間か、一月か。一年かもしれん。

精霊はひとたびバランスを崩すと消えてしまう、もろいものじゃ。

消えかけている子を復活させるのは容易ではない。

しかし、この子の中の半分の人間の生気が、きっと精霊よりも力強く、生きようとするだろう。今はそれを信じるしかない。」


「強い子だ、きっと戻ってくる。大丈夫だ。」


ザレルが力強く、気落ちして見えるセフィーリアの肩を抱いた。


「ライア、杖を。」


「はい」


レスラカーンが、ライアから杖を受け取り姿勢を正すとセフィーリアに頭を下げる。

そしてザレルにも改めて、フェリアと共に何をしていたかを話しをしようと向き合った。




その少し前、


キアナルーサが、側近のゼブラを連れてザレルの居室へ向かう。

庭の騒ぎのことを他の臣下から聞いた物の、要領を得ないからだ。

アイはベッドの下に隠れて出てこないし、レスラの話を聞こうとしたら、ザレルの娘のそばから離れないという。


「もう!一体何だあいつ!

ちゃんとみんなに話をしないと、何があったのかさっぱりじゃないか。

なんでザレルの娘に張り付いてんだ?」


「王子、あの巨大な精霊がどうも、ザレル殿のご息女のようでございます。」


「知ってる、あの暴風を起こした犯人だろう。

全く、あの庭の惨状を見ろ!ミレーニアが母上に持って行く花がないとキーキーわめいていたわ!」


「聞いた話では、危篤のご様子とか。ザレル殿も、セフィーリア様を何とか呼び寄せると。」

「何?風のドラゴン殿を?うわっ!なんだ?」



ゴウッ!ビョオオオオッ!



上空に音を立てて強い風が吹き、城を取り巻くように吹き荒れて思わず顔をおおった。


「王子、あれを!」


ゼブラの指す方を慌てて見上げると、空に精霊のセフィーリアの姿がある。


「本当に来たのか?!帰ってきたのか?!

この非常時に、なぜ他のドラゴンは誰も来ない!くそっ!」


口惜しい、口惜しい、動いてるのは風のドラゴンだけ。

しかも、彼女は国境のレナントへさっさと向かい、肝心の城の守りは薄くなってしまった。

ドラゴン使いを受け継いだ自分がいるこの城へ、率先して守りに来る精霊王がいないとは。

ラーナブラッドの契約は、これほど甘いのだろうか。


風はこうして動いてくれる。

だが、火のフレアゴートはベスレムにいて動かない。

水のシールーンは使いと会おうともせず、大地のドラゴンヴァシュラムドーンは神殿にはいつも不在だ。


「城の守りを固めるのがあいつらの仕事じゃないのか?

精霊の国と言われるアトラーナが、危機を迎えているというのに。」


グッと手を握りしめ、唇をかんだ。



やっぱり……やっぱりリリスじゃないと駄目なのか?

僕は長子ちょうしじゃないから

父上が嘘をついて決めた世継ぎだから


だからドラゴンは、精霊王達は僕に付いてこないのか?!



「王子、セフィーリア様はザレル殿の居室へ向かわれたようです。

姿が消えて光が向こうへ飛びました。いかがされますか?」


ゼブラが彼女の消えた方向を追って確認すると、こちらを向いてチラリと後方へ目配せした。

ハッと気がつき振り向けば、廊下の隅で貴族の子息が数人ひそひそと語り合っている。


「これはご世継ぎ、ご機嫌よろしゅう。」


彼らはキアンと目が合うと、うやうやしく頭を下げた。

だが、何を話しているかなんてわかっているのだ。

見る目がほくそ笑み、貴族達が自分を影でバカにしているのは知っている。


「行くぞ、ゼブラ。」

「は」


無視して彼らに背を向け歩き出した。

遠くクスクスと笑い声が聞こえる。

ゼブラが、剣に手を添えつぶやくように言った。


「王子、いずれ無礼なやからにもわかるときが来るでしょう。」


「何がわかると言うんだ。あいつらは将来、僕を支えるこの国の柱になるんだぞ。

あんな奴らが、まともに国を思う奴が一人でもいるのか?あんな奴……」


貴族なんて、馬鹿ばかりだ。

人の噂と自己保身じこほしんばかりしか考えない。

気位ばかり高くて……


「では、やはり手打ちにいたしましょう。」


ごく真面目な顔で、極端なことを言うゼブラにキアンがきょんと目を向いた。


「馬鹿なことを。お前らしくもない。」


「私は王子の側近でございますから、王子のためでしたら何でもいたします。

愚挙ぐきょやからを切り捨てるのも、私の仕事でございましょう。」


「お前が内乱を僕に進言するのか?お前は止める立場であろう。」


慌てたように話すキアンに、クスッとゼブラが笑った。


「おわかりであればいいのです。王子は聡明そうめいでいらっしゃる。」


満面に笑みをたたえ、穏やかな顔でそれでも剣に手を添えている。

ゼブラは食わせ物だ。

最近何考えているやら、キアンも一杯食わされることが多い。


「お前に、剣は持たせるべきじゃない気がしてきた。」


「おや、では大きな盾を持ってお仕えしましょうか?

手が滑ったと殴れば、口の軽いやからも静かになりましょう。」


「お前には、剣や盾より口にタオルで十分だ。」


呆れてひょいと肩を上げるキアンが、ふと気がつく。

心が少し軽くなったことに。

クスッと笑って、ゼブラの肩をバンッと叩いた。

怪訝な顔で、ゼブラが向く。


「なにか?ご無礼を言いましたでしょうか?」


「ゼブリスルーンレイア、お前は無礼を言って良し!」


「……ふふっ、はい。私の名前、久しぶりに聞きました。」


「そうだな、貴族らしい長い名前だ。」


「まことに」


クスッと吹き出す。

二人は笑いながら、ザレルの居室へと急いだ。

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