63、剣舞


「兄様、それでは後ほど!」


あっという間に見えなくなるイネスに、セレスが怪訝けげんな顔でサファイアを見る。


「あれはリリと何かやるのかい?」


「は、昨日リリス殿を回復されるのに木を1本枯らしたので、礼祭れいさいを行うとか。」


「この緊張の中で?非常識ではないか?」


「しかし、礼をするのが習わしです。それに、皆様の良い癒しとなりましょう。では。」


サファイアが慌ててあとを追いかける。

回廊に近づくと、なるほど遠くにポンポンと音を調節して軽くかなでている音が聞こえてくる。

フィーネは小さなハープだ。

リリスは5歳の頃からセフィーリアに師事し、知るものは皆名手と認める腕を持つ。

セレスが足を止めて目を閉じ、耳を傾けた。


「いつ聞いても、リリは音を合わせるのがうまいな。耳がいい。」


そばでルビーが、大きくうなずいた。


「はい、楽士長のレドル様がフィーネ担当で是非来て欲しいと、ずいぶんセフィーリア様を説得なさっていましたから。」


「ああ、知ってる。泣き落としも駄目だったとなげいていたっけ。」


クスクス笑いながら回廊に出ると、すでに沢山のギャラリーが集まって芝の上に座っている。

皆忙しいだろうに、よくまあこれだけ集まった物だ。

すでに音合わせも終わり、リリスは祭事に使う曲を思い出すように試し弾きをしている。

なるほどひときわ大きな木は、その半分がリリスに命を与える代わりに葉を落とし枯れたようになっていた。


「なるほどこれは立派な木だ。これに礼を欠いてはヴァシュラム様にしかられよう。」


見上げるセレスの下で、イネスが上着を脱いで剣舞の用意をして木の元に歩んでいく。


「リリ、準備はよいか。」


「はい、いつでも。」


リリスが木の下に座り準備して、サファイアが酒瓶をイネスに渡す。

イネスはその酒を根本に軽く振りまき、数歩下がって一礼した。


パンッ!


手を合わせ、再度一礼して1本剣を抜く。

そしてその剣を捧げるように両手で掲げた。



「聖なる地に宿りし者よ!


御身おんみは神であらず、また木でも無し。

慈悲深じひぶかとおとき者なれば、礼を尽くしここに舞をささげん!」



イネスがチラとリリスに視線で合図する。

リリスは軽くうなずき、そして流麗りゅうれいにフィーネをかなでだした。


イネスが2本目の剣を抜き、音を立てて合わせると舞い始める。


それはフィーネの音とピタリと息が合い、またイネスの舞は力強く、流れるように無駄のない動きは目を奪われるほどに美しい。



シャン!キーンッ



時折皆は剣を合わせるはがねの音にハッと我を取り戻し、そしてリリスのフィーネをあやつるその指に見とれた。




言葉を忘れ、息をのむ。




その軽やかな音は風を呼び、精霊をその場にあふれさせ、すべての思いや願いを浄化し、昇華しょうかさせて行く。

皆気がつけば心安らかに、すでに隣国との不和のことなど忘れようとしていた。



セレスがじっと見ていると、横にいたルビーが後ろに下がった。

見ると、ガルシアが隣に立っている。


「これは公。この木は許しもなく枯らしたと聞きました、まことに申し訳ありません。」


「なに、これはずいぶん昔、山から勝手に持ってきたと聞く。

何代前のじいさんか知らんが、気まぐれもたまには役に立つな。」


王族らしからぬ言葉に、セレスが苦笑して木を見上げた。

半分がすっかり葉を落としているが、枝振えだぶりはたいそう立派だ。

生気を分けて貰っても、木は死んだわけではない。

だからこうして少しでも早く元気になって貰うため、術を伴った舞を奉納ほうのうして木を活性化するのだ。



「ふむ……」



ガルシアが、しばし考え神妙な顔でセレスに聞いた。


酒宴しゅえんの席で舞えと言ったら怒るかな。」


「おやめなさいませ、殴られますよ。」


ククッとセレスが笑う。


「なんと、それは怖い。」


「ええ、たいそう激怒するでしょう。あの子はああ見えて気が短いんです、相手に関係無く。」


「そうか、じゃあやめておこう。剣舞けんぶあやまって首を落とされてはかなわぬ。」


「フフ……、それではあのフィーネだけでもいかがでしょう。

彼は最近、滅多に弾かないらしいのですが、腕は落ちていないようです。」


「ほう?何故あれだけの腕を持ちながら弾かないんだ?」


「さあ、ルランではあの赤い髪と色違いの眼が最大の障害になりますから。

酒の席に出よう物なら、音を出す前に叩き出されるでしょう。」


「本城の奴らはバカばかりだな。」


「え?」


「音楽は目を閉じて、耳をかたむければよい。

それもわからぬから損をする。

自らこれほどのフィーネの音を聞きそびれる、馬鹿揃ばかぞろいというわけだ。

では、あの魔導師殿に話を通しておいてくれ。礼ははずむとな。」


大きくあくびをして、ガルシアが居室に戻って行く。


「承知いたしました。」


セレスは頭を下げ、そしてルビーにぽつりとつぶやいた。


「今、このレナントのおさがあの方であるのは、幸運であったかもしれぬ。」


「はい。」


見事な剣舞は、人々の惜しむ中やがて終わりを告げる。

リリスの手が止まった瞬間、人々は祭事さいじであることを忘れ思わず手を叩き、あたりは拍手が鳴り響いて城を揺らした。

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