48、西の塔

「はあ、おやまあ、これはガーラントではないか。ひさしいな。ふう」


「おお、これはグロス様。」


そこには魔導師のグロスが、杖をついて息をはずませている。

魔導師は東の塔に住まうのだが、さすがによわい60も過ぎると階段はきついのだろう。

大きくハアと息をついて肩を落とした。


「やれやれ、こう坂や階段ばかりだと年を取るとつろうなる。

おや?なんだ、大きい子を背負せおって……お前の子か?赤い髪とは……例の?」


「グロス様、お久しゅうございます。せまい所ですので、こちらで失礼を致します。

これは城から来ました魔導師のリリスという者。少々疲れておりますところを、無理を言って引きずり回している所ですよ。」


「ああ、その子か、道中果敢どうちゅうかかんに戦ったという魔導師の子供は。疲れるのも無理はない。

お主、あれを見せる気か?しかしそれほど弱っていては危ないぞ。」


「は、しかし時間がございません。またいつおそってくるかわからぬ今、すべてを頭に入れておく方がこの少年のためにもなりましょう。」


「……ふむ、まあ良い、結界けっかい強固きょうこにしておるし、今聖水を取りに行っておるからそれを待って入れば問題なかろう。」



『あれ』とは……?



ギルバの目が、好奇心で輝く。

横の若い騎士はくもった表情で、ついて行くのも気が進まない様子だ。


「ギルバ様、およしになった方が……」


若い騎士が、小さな声でささやいた。


「案内はもうよいぞ、お前は帰ればいい。」


突き放した言い方に、若い騎士がキッと顔をめる。


「いいえ、ここまで来ましたからおともいたします。」


ギルバがクックッと笑って階段を上る。

その先に何があるのか、今は興味きょうみだけが先を歩いていた。




その階段を上りきると、一つのフロアーに出た。

いくつかのテーブルと椅子が、部屋のすみに寄せてある。

グロスが一息つこうかと、横の椅子に腰をかけた。

リリスがうながされて背を降り、驚いた様子で慌てて目をこすり、グロスとギルバに頭を下げる。

ここが塔の中であると聞いて、ようやく状況を把握はあくした。


「すいません、ご迷惑をおかけしました。

これは失礼しました、私は風の魔導師のリリスと申します。」


「わしは地に属する魔導師のグロスじゃ。お主の話はようヴァシュラム様よりうかがっておる。

の方が気に入りのその方の力、いずれ見せていただこう。」


「はい、ありがとうございます。

騎士様よろしゅうお願い申し上げます。」


「ふん、指輪もない召使いにかたる名など無い。」


ギルバがぷいっと顔をそむけると、ガーラントがすかさず彼を紹介した。


「騎士のギルバ殿だ。ルランから共に来た石頭いしあたまなので気にすることはない。」


「なにいっ!」


カッとするギルバに、にっこりリリスが微笑む。

その顔はあでやかなほど、邪気じゃきがなかった。


「はい。魔導師では半人前ですので、召使いでかまいません。

御用のさいは何なりと御用時ごようじおおせください、ギルバ様。」


あまりにも素直なリリスの言葉に、ギルバがぐっと言葉にまる。

ガーラントが横で、クックと笑っている。

若い騎士も、一歩出てリリスに手を差し出した。


「私はミラン・リールです。私はここの騎士、とは言ってもまだ駆け出しですが、よろしく。」


その手にリリスが少し驚いた様子で、そっと握手あくしゅして返す。

このレナントは、王都おうととは違う。自由な雰囲気が人の心の壁を低くしている。そんな気さえする。


「よろしくお願いします、リール様。私も指輪のない者、魔導師では未熟でございます。」


「ミランでいいですよ。リールは親族しんぞくであと2人いるのです。

駆け出し同士、仲良くしましょう。」


「あ、ありがとうございます。」


ドキマギとリリスが頬を赤くして微笑む。

なんだか居心地がいいのか、この慣れない雰囲気には戸惑うばかりだ。


「この上が最上階じゃ、それ、階段はまた別になっている。

あれから上ればドアに出る、まいろうか。」


そこだけは木製の階段で、上から釣り上げることができるようになっている。

自己紹介して、皆はさっそく階段を上りその部屋を前にした。




リリスはそこがなんなのか知らず、大きな扉を見上げる。

そこには兵が2人いて、またもリリスたちを止めた。


「これは……ガーラント殿、おひさしい。こちらに何の用事で?」


「シラー殿、済まぬ。

こちらの本城より参られた魔導師殿に、部屋をお見せしたいのだ。」


リリスが訳もわからず、ぺこりとお辞儀じぎする。


「魔導師として参りましたリリスでございます。」


髪と目の色に、初めて会う人はほとんどが眉をひそめる。

それを覚悟していたが、何故か少し驚いたように兵は笑いかけてきた。


「おお、そちらが援軍を救われたという……赤い髪だとお聞きしておりましたが、まだこのようにお若い方とは存じませなんだ。

しかし、ここは危険でございまして、城外の方をお入れするわけには行きませぬ。」


グロスが前に出て、2人の間に割ってはいる。

良い良いと、シラーをせいした。


「我らが共に入る、今は目をつぶるが良い。

魔導師なれば、見ておかねばなるまいて。」


「しかし……」


兵が2人顔を見合わせ、どうしたものかと考える。

ガーラントは先日ここを見る機会があったのだが、そののち余程よほどきつく立ち入りを禁じられたのだろう。



「中を、見せておげなさい。」



突然背後とつぜんはいごから声がして、皆が振り返った。


「これはルネイ様、お二方ふたかたがそうおっしゃるならば。」

シラー達も頭を下げて道をける。


「おおルネイ、遅かったな。聖水は?」


「ここじゃグロス。シールーン様のご加護かごも最近は遠い。あのお方の人間嫌いも困った物じゃ。」


グロスが手を挙げる相手は、先日の会議の席にいた魔導師ルネイ。

この城の魔道師を束ねるおさねている。

すでに髪も白い物が混じり、ふうと息を吐いて手の杖にもたれかかった。


「やれやれ、日頃の運動不足がこたえる。

さあ入ろうか、ここには聖水が必需品でね。私はルネイ、水の魔導師だ。

グレタガーラは君にかなりの迷惑をかけたと聞いた、本当に済まぬな。」


「いいえ、いいえ、とんでもございません。

私の方が大変なお世話になりました、なんと言ってお礼を申し上げればよいか、言葉も浮かびません。」


深々と頭を下げるリリスにルネイがクスリと微笑み、彼の肩をポンと叩きドアの前へ出る。

リリスはあまりの気さくさに驚いて彼を見上げながら、ゆっくりと開くドアに目を移した。

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