44、フェリアとレスラ

翌日、翌々日と食事の世話を手伝って、約束の期日を迎え食事のお手伝いが終わった。

疲れて花にかくれるように庭のベンチに寝転ねころがっていると、またあの猫がやってきておなかの上に飛び乗ってくる。

フェリアはまだ気がついていないが、猫はアイの仮初かりそめの姿だ。


「びっくりした、何じゃまたおまえか。」


「にゃん」


アイがスリスリ、頭をフェリアの手にすりつける。



真面目まじめにやってるじゃない、可愛いだけのガキだと思ってたけどさ。



座って頭をなでるフェリアに、ちょっと見直して膝の上に座った。


「レスラに会いに行かねばのう。

でも、結局犯人がわからなかったのじゃ。


レスラはわしの話をよう聞いてくれるが、わしはだんだん自信がなくなってきた。

本当にあの匂いは城内にいるのじゃろうか?

なんだか、ちゃんと聞いてくれるレスラに悪いのじゃ。」


うるむ目に、クスンと鼻をすすり顔を上げる。


「フェリア、おまえはよくやってるよ。

私はおまえの力になると言うただろう?」


杖を突き、レスラカーンが木のかげから現れる。


「レスラ!」


フェリアはポンとベンチから飛び降り、レスラに飛びついた。


「ほんに、ほんにレスラは精霊のようじゃ。

いつもどこからか突然現れる。」


「フェリア、よく仕事をがんばったそうではないか。えらかったな。」


「うん!だってレスラがたのんでくれたから、わしがしっかりしないとレスラに迷惑がかかるじゃろう?」


レスラが微笑みフェリアの頭をなで、そして腰を落として彼女の身体をぎゅっと抱いた。

小さいのに、なんと思いやりのある優しい子だろう。


やさしい子だね、フェリア。さあ、座って話を聞かせておくれ。」


ベンチに二人座ると、いつからそこにいるのかライアがまわりに目をくばり、そばに立っている。

フェリアは安心して猫のアイを膝にレスラと並んで座り、仕事で行った場所をいろんな話をぜて楽しそうに話し、そしてそこにあの精霊の香りは何もなかったことをげた。


「働くというのは、つらいこともあるが楽しいことも多いのじゃ。

お友達もいっぱい出来て、わしはとっても楽しかった。

夜、お父ちゃまに話すと、お父ちゃまもよう話を聞いてくれる。

良い子じゃ、良い子じゃとほめられた、レスラのおかげじゃ。」


「そうか、心配していたが、お前がそれほど喜んでくれるとは思わなんだ。

目的とは別に、お前のためにもなって私も嬉しいよ。」


「えへへ…」


レスラが頭をなでると、フェリアがにっこり笑う。

そのほがらかな顔が、見えないはずのレスラにも見えるような気がする。

ライアが振り返り、二人の暖かな会話にほおがゆるむ。


フェリアとレスラは、時間を見つけては庭で落ち合い楽しく語らうのが楽しみになっていた。

部屋に引きこもりがちのレスラも、おかげで庭にフェリアをさがしてよく出ていく。

表情も明るくなって、ライアもそばで見ていてうれしい。

まあ、彼はほんの少し複雑な心境しんきょうでもあるが、相手はまだ小さな女の子だ。


「あのね、ただね、魔導師の塔だけはよくわからなかったのじゃ。

塔にはいっぱい精霊がおって、いろんな香りが混じっておる。

それに…ちょっとむかつく事があってのう。」


「むか……つく??」


「えーと、腹が立ったのじゃ。メイスという召使いがね……」


突然ハッとライアが緊張して振り向き、剣に手をかける。



「そのほう、何用か!」



そして叫んだ。

フェリアが顔を上げると、そこに見回りの兵が異様な顔つきで、こちらへふらふらと歩いてくる。

突然、何か重い空気と共にもやがあたりを包む。

ライアが二人の前に立ち、剣に手をたずさえた。


「レスラカーン様、お気をつけください。」


「どうしたのだ、ライア。」


レスラが驚き、立ち上がる。

何か言いようのない気配、それはあの悪夢に襲われた時を容易よういに思い出させた。





井戸をのぞき込み、闇に浮かぶレスラたちの姿にほくそ笑む。

メイスがその闇に手を差し出し、その手から伸びる青い蛇を彼らのそばにいる兵に向けて放った。

蛇は兵の身体に吸い込まれ、兵は一瞬苦しむようにして倒れてしまう。

そして、まるで幽鬼ゆうきのようにユラユラと立ち上がり剣を抜いた。


「くくく、なんと可愛い事よ。

あらがうすべも持たぬ小鳥が、おろかな行為に踊るなど笑止しょうし

しかしお前の存在は、やがてこの城の光明になるやもしれぬ。

恐怖に震え、味方と信じる者に殺されよ。

この城に光はいらぬ。」



ライアが二人の前に立ち、剣を抜きかまえた。


「兵が一人抜刀ばっとうしています。様子が変です、私の後ろへ。」


「フェリア、ライアの指示にしたがうのだ。」


「何じゃ?何じゃ?あのおじさんは。怖い顔をしておる。怖い顔じゃ、フウフウ言っておる。

お父ちゃま!お父ちゃまを呼んでくる!」


フェリアが身震みぶるいして、レスラを離れようとする。

慌ててレスラは彼女を引き寄せ、手をつないだ。


「いけない、気配がまるで違う。これは動いてはならぬ。」


「でも、でも怖い!お父ちゃま!!」


「誰か!兵はおらぬか!」


レスラが叫ぶが声が通らない。

動転どうてんする気持ちをおさえ、しがみつくフェリアに落ち着いて声をかけた。


「フェリア、私は目が見えぬ。おまえが私の目になっておくれ。出来るだけでかまわぬから。」


「あっ」フェリアがはっと顔を上げる。

気がつくとレスラの手にも力が入り、懸命けんめいに耳をすませる彼の姿が目に入った。



そうじゃ!レスラを守らなきゃ!



フェリアが彼の服をギュッとにぎり、周りに目を配る。


「わかった、わしがレスラの目になる!あっ!くる!前じゃ!ライアが!」


正面の兵がとうとうライアにおそいかかり、剣から火花が散った。

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