43、リリスの親友

「やれやれ、今度は何をしている。」


ザレルが抱き上げ、娘の身体から香るパンの香りに思わずニヤリとする。

そういえば、腹が減った。


「えへへ、あのね、秘密なのじゃ。お手伝いできるように、レスラがね、…」


「レスラ?レスラカーン様か?

宰相殿さいしょうどののご子息しそくに、ご迷惑をおかけしたのではなかろうな。」


「違うよ、違うの。お友達になったのじゃ。」


また怒られやしないかと、フェリアがあわてて首を振る。

侍女のルイードを見ると、こちらに頭を下げる。

ルイードは城のメイドの一人だが、フェリアの世話をたのんでから、なんだかゲッソリやせて見えた。

よほど世話に振り回されていると見える。

ザレルは深く聞かず、娘を降ろしてポンと頭をなでた。


「レスラカーン様とお呼びせよ、あの方は宰相殿のご子息だが王族の王子だ。

手伝いをするのはいいが、他の者に迷惑をかけぬよう。良いな。」


「うん!侍女のルイードがついててくれるから大丈夫じゃ!」

「返事は、はい、だ。」

「はい!はい!はーい!」

「一回でよろしい。」

「はい、じゃ!」


元気なのはいいが、どうも母親に似てテンションが高すぎるのはついて行けない。

よくリリスは日がな一日一緒にいて疲れないものだ。

リリスを思い浮かべ、よくよく器用なやつだと感心する。


……ふと、娘の心の中のことが気になった。


「リリスがおらぬのはさびしいか?」


フェリアの顔が、急にシュンとして唇をかむ。

大きくうなずき、ほおを引きつらせながら一生懸命にっこり笑った。


「寂しいが、……大丈夫じゃ!お父ちゃまがいるから!」


「そうか……さあ、手伝いに行くがよい。

ルイードをあまり困らせるな。」


「うん!じゃなかった、はい!」


ザレルと別れ、フェリアが急いで先を行く女たちの後を追う。


「お父ちゃまにうっかり話すところじゃった。」

ぺろりと舌を出して追いつくと、ルイードからパンを受け取った。



フェリアがこうして食事の世話を手伝うのは、レスラの提案ていあんだった。

城内に人は多いが、貴族や役職上身分の高い者以外、皆食事は決まった場所でとっている。

人の目があり、またせっする人が多い分、安全に、かつ精霊の香りをかぎ取るチャンスも多い。

ここであの事件の場でかいだ匂いが無いとしたら、次にあるのは身分の高い者となる。

ここに2、3日ほどお手伝いができるよう、彼が女中頭に頼んでくれたのだ。


「それにしても、食事は食堂だけではないのだのう。城には一体どれだけ人がいるのじゃ。」


「フェリア様、朝と夕食は当番の者だけですから少ない方ですよ。

と言いましても、今は夜間の兵が増えておりますから当番も増えているのですが。」


「3度こうして配るのか?面倒な事じゃ。食堂に来ればよいのに。」


「配るのは交代のいない夜だけです。朝昼は食堂のお手伝いになります。

フェリア様は朝もお手伝いされますか?食堂は、また別の忙しさがありますよ。」


「もちろんじゃ、わしもがんばって早起きする!

リーリは暗いうちから起きて、朝食の準備をする働き者じゃ。

わしにも出来ることを伝えて、お手伝いを出来るようにするのじゃ。」


「まあ、フェリア様は本当にあの召使いをお気にしているのですね。」

何気ない言葉に、フェリアがムッとにらみつけた。


「リーリはわしの大切な兄じゃ、家族なれば誰よりも愛しておる。

おぬしも言葉に気をつけよ。」


「え?あ、はあ……」


本当に、リリスを召使い扱いしかしない城の奴らにはいやになる。

確かに家事をいろいろこなしているのはリリスだけど、使用人を住み込みで置いていないのはリリスをきらう他人をせめて朝夜はけているだけだ。

母が家事など出来ないだけで、自分たちはみんなリリスは家族の一員だと思っているのに。

自分でも、思う以上に腹が立つのは母の血のせいだろうか。


「早う、早う帰ってこぬかリーリ。わしはさびしい。」


またうるんでくる涙をおさえ、女たちの後を追う。

やがて食事を運ぶ先が城の奥の魔導師の塔へと向いて、初めてくる場所にフェリアもきょろきょろ物珍ものめずらしそうに見回した。


「ここはどこじゃ?いつもこっちには兵が多くて入れなかったのじゃ。」


「ここは魔導師様の塔ですよ。怖い怖い魔導師様が、たくさんお暮らしになっているのです。」


「ふうん、リーリたちと同業者か。」


そう言えば、リリスはここへ挨拶に入ってから、少しうれしそうにしていたっけ。

あとでしつこく聞いたら、友達が出来たと言っていたな。


食事を渡す中、魔導師の塔にいる専属せんぞくの召使いだという少年の姿が見える。

彼はフェリアに気がついて、優しい微笑みを浮かべ挨拶をしてきた。


「これは可愛いお嬢様ですね。こんにちは、私は召使いのメイスともうします。」


「こちらは騎士長様のお嬢様です。今日はお手伝いなのですよ。」


ルイードが返して紹介する。

フェリアは何か違和感を感じ、くんと鼻を鳴らした。

しかし、ここは魔導師の塔、精霊が多く香りが入り交じっている。

メイスとルイードは親しげに話をして、作業を続けているが、あまり良い気がしない。



何故なぜじゃろう、こいつの顔はちっとも自然に見えぬ。



怪訝けげんな顔で口をとがらせると、メイスが気がつきにっこり笑った。


「確か、リリスは騎士長様のお宅にお世話になっているとお聞きしましたが。」


「世話になっているとは何だ、リーリはわしの兄じゃ。」


「これは失礼しました、先日私の部屋で一緒にお茶をしました時に、そう話してくれた物ですから。

いつも孤独を感じ、さびしいと。

リリスは無事レナントへついたのでしょうか?」

顔をくもらせ、心配そうにメイスが空を見る。


「こ、孤独こどくじゃと?!嘘を言うな!そんなこと、リーリが言うわけ無い!」


「ああ、申し訳ありません、秘密だと言われておりましたのに、つい口がすべってしまいました。お忘れください。

心配で、ずっと思っていた物ですから。」


孤独??お茶だと?

だいたい何じゃ、この親しげな話し方は!


うそつきめ、余計な世話じゃ!

リーリにはお母ちゃまがついておる。おまえはリーリのなんじゃ!」



くすっ、



メイスが薄い笑いでフェリアを見下ろした。


「私はリリスの親友です。ごぞんじなかったのですか?

リリスもあなた様には話していなかったのですね。失礼しました。」


一礼してメイスが背を見せる。




うそつき!




フェリアは頭にカッカと血を上らせて、その背を見送った。


「おのれ、何であんな男がリーリの親友じゃ。

何かすっごくいやなやつなのじゃ。」


メイスが仕事を続けながら、横目でフェリアを見て舌打ちする。


「城にいるとはやっかいな。精霊くずれが。」


自分が隣国の魔導師とつながっていることを知られるのはまずい。

今夜リューズ様におうかがいを立てなければ。


メイスのそでが、チラリとめくれる。

ルイードがふとそれを見てギョッと目をむき手が止まった。


「何か?」

「い、いえ……」


微笑むメイスの優しく穏やかな顔に、見間違いかとルイードが頭を振った。

メイスの腕には、まるで生きているように動くトカゲの入れずみが、鮮やかに描いてあるのがチラチラと見えていた。

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